【現れた人は・・・・】
しばらく、花寺の文化祭のお手伝いや体育祭があるため、祐巳たちは薔薇の館に来なくていいらしい。
そのため、最近の志摩子はかなり機嫌がよさそうに見える。
2人、手をつないで帰りながら、祐巳の家へと目指す。
「祐巳さん、今日は何をする?」
「チェスでもする?」
チェスは、作戦をねるときに必要な能力を上げてくれる。
「それなら、負けた人が勝った人に一つお願いをできるようにしましょう」
「え?普通反対じゃない?」
首をかしげる祐巳に、志摩子はふふ、と笑う。
「だって私、祐巳さんには必ず負けるもの。だから、勝った人が負けた人の言うことを聞くの」
ちょっと江利子っぽい発言。
もしかしたら、一緒にいて開花したのかもしれない。
「それなら、わたしがわざと負けるかもしれないよ?」
「あら、そうしたらどうしようかしら」
そう言いながら、志摩子は楽しそうな笑みを浮かべている。
少し引っ込み思案な志摩子だが、もしかしたら山百合会の人たちといたのが良いのかもしれない。
本人も知らず知らずのうちに、たくましくなっているようだ。
2人は微笑みあい、福沢家の玄関をくぐった。
「祥子さまの?」
「ああ。花寺の手伝いの時は祐麒が護衛するから、そのあとからだな」
「なにかあるのか?」
「いや、以前まで違う護衛をつけていたみたいなんだが、その者が退職し、その人がうちを指名してきたらしい」
「なるほど、それで」
祐巳と祐麒は納得し、頷く。
「そういうわけだから、今までよりも志摩子ちゃんとの時間が減ってしまうけど、頼むぞ、祐巳」
「大丈夫。ちゃんと、志摩子さんとの時間も作るから」
笑顔でいいきる祐巳に、隣で座って聞いていた志摩子は頬を赤くしながら、その腕を抱きしめた。
2人とも微笑みあう。
「・・・・俺、部屋もどろーっと。ここにいたら、熱くて死ぬ」
「そうだね」
苦笑しながらそう言ってくる祐麒と祐一郎に、2人はまたしても笑いあい、部屋に戻った。
「祐巳さん・・・」
部屋に入ってすぐ、祐巳を抱きしめる志摩子。
祐巳も微笑みながら、その体を抱きしめた。
「着替えちゃおう」
「ええ、そうね」
しばらく抱き合っていた2人は離れ、制服から私服へと。
志摩子の私服も部屋に置いてあるため、それに着替える。
「志摩子さん、可愛い」
「あ、ありがとう、祐巳さん。祐巳さんも、可愛らしいわ」
真っ白なワンピースを着た志摩子に、祐巳が笑顔で言えば。
志摩子は恥ずかしそうに頬を染め、微笑み返す。
「そうかな?」
くるり、と回る祐巳。
ひら、とあがる膝くらいのスカート。
そこからのぞく祐巳の生足に、志摩子は鼓動を速める。
制服のスカートは嫌味なほどに長いし、祐巳は私服であまりスカートをはくことがないから。
「・・・・・・ねえ、抱いても良い?」
制服を着ていたらわからない、ありえないほどに細いその腰を抱き寄せる。
祐巳はさすがにそれに驚きの表情をみせるが、すぐに恥ずかしそうにはにかんだ。
「そういうことは、聞かないでよ」
「ふふ、ごめんなさい」
志摩子は、少しだけ自分よりも低い祐巳に、そっと顔を寄せた。
「初めましてぇ、祐巳さん、だよねぇ?」
「?そうだけど、あなたは?」
「あ、自己紹介が遅れてごめんねぇ!わたしぃ、阿東天和っていうのぉ!」
きゃぴ、と効果音が聞こえてきそうな女の子。
いわゆる、ぶりっ子といった感じの子。
祐巳は、リリアンで初めて見るそんな子に、ちょっと驚く。
同時に、内心、強く警戒した。
「そうなんだ。よろしくね、天和さん」
それをおくびにも出さず、笑顔で天和と握手。
「祐巳さん、そちらの方は?」
「あ、この方は」
「初めましてぇ、阿東天和って言いま〜す」
祐巳の声を遮るようにして、天和は志摩子の手を強引ともいえる方法でとり、握りしめた。
志摩子はそれに軽く目を見張るも、すぐに微笑む。
「初めまして、藤堂志摩子よ」
「志摩子さんてぇ、綺麗だねぇ」
「そうかしら?」
「うんうん。すっごくきれ〜ぃ」
志摩子の手を両手で握ったまま、ニコニコ。
けれど、志摩子はその目に恐怖を抱いた。
笑っていない瞳。
それは、弱いものをいたぶり殺す獣の目に似ていて、恐ろしく感じたのだ。
「天和さんは、転入生?」
祐巳は苦笑を浮かべながら、首をかしげる。
「うん、そうだよぉ。これからぁ、きっと志摩子さんに会いにくると思うからぁ、よろしくねぇ」
「そ、そう」
志摩子はなんと答えてよいのかわからず、曖昧に微笑むことしかできない。
「ちなみにぃ、1年李組だからぁ」
「そうなんだ。よろしくね」
返答が見つからない志摩子に代わって、祐巳が笑顔で答える。
天和はそれに微笑み、時計を見ると慌てたようにクラスに帰っていった。
けれど、聴力も訓練している祐巳は、天和が教室から出て行くときに呟いた言葉が聞こえていた。
「福沢祐巳はぁ、飾る価値なしぃ」
「・・・・飾る、ね」
「ゆ、祐巳さん?」
天和がいなくなり、ようやく安堵したらしい志摩子は、震える手で祐巳の手を握る。
祐巳はそれに力強く握り返し、そっと志摩子の耳に顔を寄せた。
「彼女には、なるべく近づかないで」
「・・・やっぱり、何かあるのね・・・」
怯えの目をする志摩子に、祐巳は頷く。
志摩子は祐巳と共にいるようになり、たまに五感を鋭くさせる訓練も受けているためか、あの瞳の色に気づいたのだ。
周りにいる生徒ならば、可愛い、と感じる容姿と、話し方。
仕草もどこと鳴く小動物を思わせるそれは、護ってあげたいと、そう思ってしまうもの。
けれど、忍者である祐巳には、忍者の恋人として訓練を受けている志摩子には、感じ取れた。
天和が持つ、異常な狂気を。
「もし誘われても、一人でついていかないようにね。必ず、わたしを呼んで」
「ええ」
当然、と強く頷く志摩子の頬を、周りから見えないようにして撫で、祐巳は微笑む。
志摩子はその手と笑みに安心し、体から力を抜いた。
「・・・・・・・あの人、血の臭いがした・・・・・」
教師が卓上につき、志摩子が席に戻った時、祐巳は小さく呟いた。
・・・・それも、人間の血の臭いが。
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