【鮮やかな】
































 肌に触れる、しっとりとした感触。

 志摩子はそれをまずは肌で感じ取り、それから覚醒した。


 目を開けて入ってきたのは、まだまだ幼さの残る寝顔を披露する祐巳の顔。

 この顔もまた、志摩子だけが見ることのできるもの。


 祐巳は、心を許したものの前でなければ眠ることができないことを知っているから。

 ましてや、他人に抱きしめられて、なんてもっての他。

 今のところそれを許しているのは、家族以外で言えば志摩子にだけ。


 掛け布団からのぞく肩。

 そこは、志摩子がつけた紅い華。

 それは見ずとも、祐巳の体中に咲いているであろうことが想像できる。

 志摩子だけが許された行為。


 志摩子は恥ずかしく思いながらも、その腕に力をこめていた。


「ん・・・・」


 それを感じたのだろう。

 祐巳がうっすらと目を開ける。


「起こしてしまったかしら?」

「・・・へいき・・・」


 まどろみからいまだ目覚めていない様子で、祐巳は志摩子にさらにすりよる。

 祐巳の穏やかな吐息を胸に直接感じて、うっすらと志摩子の頬が桜色づく。


「おはよぅ・・・志摩子さん・・・」

「ええ、おはよう、祐巳さん」


 夢と狭間を行き来しているらしい祐巳の瞼にキスを送り、それから唇にも。

 祐巳もうっすらと微笑み、お返しのように志摩子にキスをする。


 日曜日の朝、祐巳の部屋では甘い空気が漂っていた。










 祐巳と志摩子しかいない福沢家のキッチン。

 祐巳は遅めの朝食を作り、志摩子がその手伝いをしていた。


「いつ見ても、凄いわね」

「そうかな?普通だよ」


 返ってくる微笑みに笑みを返しながら、志摩子は視線を祐巳の手元に移した。


 祐巳の手の上で器用にまわる料理器具。

 片手で包丁を回しながら、反対の手で材料を用意して、スタタタタと切る。


 料理するその姿はどちらかというと派手で、人に見せるパフォーマンスのようだ。

 けれどそうする理由は、色々な道具を手に馴染ませるための修行で。

 志摩子は、みきからそう教えてもらった。

 ただ、みきはそのことを祐巳たちには言っていないらしいが。


 そのために、祐巳や祐麒は料理を子供の頃から教わっていた。

 それを知っている志摩子は、初め驚いたものの、今では普通に隣で用意をする。


 当然、祐巳は志摩子に害が及ばないようにしている。

 そんな祐巳たちも、初めの頃は包丁を壁に突き刺したり、道具についている何かを飛ばしてしまったりと凄かったらしい。


「志摩子さん、お皿用意してもらっても良い?」

「ええ」


 両親が仕事でいない時が結構あるため、祐巳が作ることが多い。

 だからか、祐巳の料理はとても美味しい。


 けれど、志摩子も乙女として思う。

 いつか、祐巳に自分の手料理を食べてもらいたい、と。

 それに向けて、ただいま料理の修行中なのだけれど。


 だが、志摩子は後悔することとなる。

 これが普通だと思っている祐巳の家の料理の作り方が、一般とは違うことを教えずにいたことを。



































「・・・・・・・・・・・・」


 全員が、驚愕と感嘆を綯い交ぜにした視線を祐巳に向けていた。

 鮮やかな包丁さばきに見惚れ、教師でさえも危ないと注意することもできない。


 今日は調理実習。

 作るのは肉じゃが、おひたし、お味噌汁である。


 中には、これを待っていたの、と呟く生徒もいた。

 どうやら、彼女たちは祐巳が料理をする姿を何度か見たことがあるらしい。

 どこか、うっとりとした目で祐巳を見ている。


 志摩子は、失敗した、と、ようやく理解した。

 そして、調理実習と聞いて幾人かが歓声を上げた理由も。


 そんな周りの視線を慣れたように受け流し、祐巳は着々と料理を作っていく。

 今この瞬間だけは、誰も祐巳を「平凡」で「普通」の生徒だとは認識していないだろう。


 見惚れるように祐巳の調理姿を見つめる生徒たち。

 志摩子は頭をかかえたくなり、


「志摩子さん」


 けれど、材料を切っていた祐巳に名前を呼ばれ、ハッと顔を上げた。


「ど、どうしたの?」

「できたら、手伝ってほしいんだけど」

「あ、ご、ごめんなさい」


 先ほどからずっと祐巳しか作っていないことに気づき、志摩子は頬を赤くしながら祐巳の隣に立った。

 それにあ、といった顔をする周り。

 危ないと思ったから。


 けれど、志摩子は気にした様子もなく、祐巳の手伝いをしていく。


「志摩子さん、アレとってくれる?」

「どうぞ」

「ありがとう。それと・・・」

「お鍋に材料、入れておくわね」

「・・・・ありがとう」


 ふわりと微笑む祐巳に、志摩子も微笑む。

 そこだけが、2人の世界だった。


 思わずほぅ、と見ている者たちがため息を漏らしてしまうくらい、

 平凡なはずの祐巳と、マリア様のような志摩子。

 2人の姿は、妙に一枚絵のように美しく見えた。












「志摩子さん、そういうことは言ってよ!」

「ご、ごめんなさい」


 調理実習を終えたお昼休み。

 祐巳と志摩子は2人ともお気に入りの場所で少量の昼食を食べていた。


 そこで志摩子は、祐巳の作り方が変わっていることを告げたのだ。

 それを聞いた祐巳はきょとん、とし、それから恥ずかしそうに頬を染めた。


「志摩子さんがいつも凄いって言うのは、うちの作り方が変わってたからだったんだね・・・・」

「え、ええ。けれど、祐巳さんがそれに気づいていないとは思わなくて」


 申し訳なさそうな顔をする志摩子の膝に、祐巳はねっころがる。


「罰として、志摩子さんは今日はうちに泊まること」

「・・・・ええ」


 それは罰にはならないわ、と思いながら、志摩子は嬉しそうに微笑み、辺りに人がいないのを確認すると腰を折る。

 近づいてきた志摩子の顔に祐巳は笑顔を浮かべ、迎えるように首を持ち上げた。


 唇が重なり、祐巳は体を起こしながら腕を志摩子の首にまわす。

 志摩子も祐巳の頬に手をあて、啄ばむように、挟みこむようにキスを繰り返す。


 祐巳が離れようとするのを合図にして、志摩子も離れた。

 光る唇を互いに拭いあって、恥ずかしそうに笑いあう。


「祐巳さん、志摩子さん」


 タイミングよくやってきた蔦子。


 祐巳は蔦子がくるのを察知したため、志摩子から離れたのである。

 志摩子もそれを理解しているから、素直に離れたのだ。


 もしどちらかの部屋で2人きりの場合は、キスしたらそのまま祐巳を押し倒してしまう志摩子も。


「どうかした?」

「何かあったの?」


 2人とも何事もなかったように蔦子に向かって首をかしげる。

 蔦子はそれに手を横に振りながら、祐巳の隣に腰掛けた。


「私たちって、何時までお手伝いしていれば良いの?」

「そういえば、それは聞いてなかったね」

「そろそろ、本格的に学園祭に向けての写真を撮りたいんだけど」

「・・・・それなら、私たち2人でお手伝いしましょうか、祐巳さん」


 志摩子がチャンス、とばかりに祐巳にそう提案した。


「え?」

「その代わり、学園祭の時素敵な写真を展示しなければ、罰を受けてもらう、というのは?」

「良いね、それ。そうしよっか」

「・・・・プレッシャーかけるわね、志摩子さん」


 蔦子がにやりと笑えば、志摩子は祐巳と顔を見合わせくすりと笑う。


「どう?」

「写真部のエースとして、その挑戦受けてたつわ!」

「なら決まり。皆さんにはわたし達から言っておくね」

「ええ。期待しててよね、祐巳さん、志摩子さん!」


 最後に2人を写真に撮り、蔦子は駆け出すようにしていなくなった。


 残った2人は吹き出すように笑いあう。


「意気込んでたね」

「ええ。楽しみね」

「うん」


 そして、放課後。


「そう。どんな写真が展示されるのか、楽しみね」

「変なのじゃないと良いけどね」

「もう、聖さまったら。きっと素敵な写真ばかりだと思いますよ」

「蔦子ちゃんがいないのは、少し残念ね」


 江利子はそう言いながらも、蓉子と同じように楽しみにしているのか笑っている。


 今薔薇の館にいるのは、蓉子たち三薔薇と祥子のみ。

 由乃は昨晩熱をだしてしまったらしく休んでいるし、令はその看病のために授業が終わると帰ってしまった。

 けれど、今日は仕事がないらしく、お茶会のみ。


「蔦子ちゃんの撮った写真を見ましたけれど、エースだというだけありますわ」

「そうですね。祐巳さんのいうとおり、素敵な写真が展示されると思います」


 祥子と志摩子もいえば、全員が楽しみ、といった顔に。


「それにしても、祐巳さんてコーヒーはブラックなのね」

「そうね。それは私も思ったわ」


 急に変わった話。

 発言者は祥子。

 同意したのは江利子。


「意外ですか?」


 首をかしげながら2人を見る祐巳に、聖が思いっきり頷いた。


「うん。祐巳ちゃん、甘党だと思ったもん」

「甘いものは好きですけど、砂糖やミルクを入れると本来の味が消えてしまうような気がして」


 聖に、祐巳は困ったような顔を浮かべながら。


「苦いとかは思わないの?」

「苦いと思うなら、コーヒー自体を飲まなければ良いんじゃないですか?」

「それはそうだけれど」


 祐巳が首をかしげると、蓉子は苦笑。


「それはそうだ。良いこと言うね〜、祐巳ちゃん」

「わっ」


 頭をわしゃわしゃと撫でられ、祐巳は乱れた髪を手櫛でなおす。

 もっとも2つに結んでいるので、ちゃんとなおすためには髪をとかなければいけないのだが。


「祐巳さん、髪がすごいことになっているわよ」

「あ、ありがとうございます」


 祥子は苦笑しながら、撥ねた祐巳の髪を撫でてなおしてやる。

 それを見て、蓉子たちは笑う。


 最近の祥子は穏やかだ。

 いつもどおりヒステリーになったりはするものの、祐巳も志摩子も物怖じしない。

 それが、祐巳と志摩子に対して心を許すきっかけのようなものになっているのだろう。

 本人が気づいているかはわからないが、特に祐巳が気に入っているらしく、色々と世話を焼こうとする節もある。

 今起こっているこれも、今では慣れた光景と言っても良いかもしれない。


「まあ、ちょっと妬けちゃうけどさ」

「そうね。まあ、祥子は気づいていないみたいだから良いじゃない」

「ええ、そうよね。ね?志摩子ちゃん」

「・・・・そう、ですね」


 志摩子は聖、蓉子、江利子の言葉に困ったような笑みを返しながら、同意をしてかえした。













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