【イタズラ or 嫌がらせ】
「普通に、みなさんいるじゃないですか」
「あら、けれど常に、というわけではないわよ?」
ふふ、と笑う蓉子に、祐巳と志摩子は顔を見合わせ、困ったような顔で顔を見合わせた。
蔦子は、相変わらず緊張しているのかカチコチだ。
ビスケット型のドアをあければ、いたのは一応全員勢ぞろい。
気配がしていたためわかっていたが、やはりそれを目にすると言ってしまいたくなる。
2人だけだと聞いたから了承したのに、と。
「祐巳ちゃんは私が、志摩子ちゃんは聖が、蔦子ちゃんは蓉子ね」
「ですが、お姉さま方はお忙しいはず。でしたら、私ども2年生が」
「いいのよ、祥子。それに、あなたたちがいない時、結局指導するのは私たちだわ。なら初めからその方が、祐巳ちゃんたちも慣れてくれるはずだし」
蓉子にそう言われ、祥子は渋々だが納得したようだ。
祐巳たちはそれぞれ、相手の隣に腰掛けている。
けれど、その3人の中で緊張しているのはやはり蔦子だけ。
わからないところを聞き、それに答えるだけの部屋。
祥子や令、由乃の3人は黙々と、けれど蓉子に教えてもらっている蔦子を、祥子はなんだか恨めしそうにちらちら。
蔦子は緊張でそれに気づいていないようだが、その緊張のせいでところどころ間違えを蓉子に指摘されている。
もしかしたら、祥子はそれが不満で苛立たしく思っているのかもしれない。
聖と志摩子のほうは、順調に進む。
あまり来ないという聖は、意外と人に教えるのがうまいのかもしれない。
それと、志摩子の飲み込みが早いこともあるのだろうが。
そして、祐巳たちの方は。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
取り引きされる書類。
それは静かな攻防だった。
江利子に教わって書き終えた書類。
慣れはじめて聞くこともなくなった頃、江利子が唐突に祐巳の書き終えた書類を奪い始めた。
それにきょとん、としていた祐巳だったが、戻ってきた書類には。
せっかく祐巳がかいた合計金額が消され、間違った数字が。
祐巳が驚いたように江利子を見れば、楽しそうな笑み。
ムッとした顔をした祐巳は、再び直す。
すると、今度は違う書類が。
「・・・・・江利子さま、進みません」
何度、そんな意味不明な攻防を繰り返しただろうか。
祐巳はとうとう、江利子に抗議した。
それに、蓉子たちはどうしたのだろう、と江利子と祐巳を見た。
「あら、そう?私はとても助かっているわよ?」
「それは良かったです。ですが、書類の方が進んでいません」
助かっているのは、今現在の、江利子のつまらない時間が減少していること、と理解した祐巳は、頬をふくらましながら江利子を睨むように見る。
もちろん本気ではないので、その睨みは江利子からみたら可愛くうつるのだけれど。
「江利子?」
「なんでもないわ。ちょっと祐巳ちゃんと遊んでいたの」
むっかぁ、と祐巳の顔が語っている。
それでも冷静になろうとしているかのように、深呼吸。
「江利子さま。楽しいですか?」
「ええ、とっても。苛立った祐巳ちゃんの顔、とても魅力的」
うふ、と笑う江利子に、江利子の性格を熟知している者たちがじと目で江利子を見る中、志摩子は江利子の言葉に内心不満を抱いていた。
「蓉子さま、なんなんですか、この方!」
珍しく祐巳が声を荒げた。
それにムッとするのは、祥子や令たち。
「祐巳さん、あなた、上級生に向かって失礼よ」
「そうだよ。それに、お姉さまは黄薔薇さまなんだし」
上下関係を重んじる祥子と、姉を貶され?て珍しく怒る令。
だが、祐巳はそれ以上に怒りがたまっていたらしい。
楽しそうに笑っている江利子に、それはさらに高まる。
「なら、お2人が代わってください!人がせっかく計算して書いた数字を、わけのわからない数字に書き直して直しを求めるなんて!」
「「そ、それでも」」
「50回ですよ!?10回目は我慢しました、20回目も我慢しました、30回目も、40回目も、江利子さまのお茶目だと我慢しました。ですが、さすがに我慢の限界です!」
「「・・・・・・・・・」」
さすがにそれには、何も言えなくなってしまう祥子と令。
祥子は10回も我慢できないし、令だって50回も我慢し続けられる自信はないから。
そこまで我慢した祐巳は偉いし、それを注意するなんてお門違いに感じられる。
実際、我慢した祐巳を褒めたい気分だ。
「祐巳ちゃんて、意外に我慢強いのね。こっちが疲れてしまったわ」
肩をもみながら、なんてさらに付け加えられた自分勝手な言葉。
「黄薔薇さま!!」
祥子は実情を知らなかったのに咎めてしまった恥ずかしさから、矛先を江利子に変えた。
それでも、江利子は楽しそうに祥子をみるだけ。
「あら、どうしたの?祥子」
「下らないことをなさらないでください!!」
「祥子もやってみる?祐巳ちゃんの怒った顔、結構プリティよ?あの顔でジッと睨まれたら、何度もその顔を見たくて仕方なくなるわ」
「なっ・・・・なっ・・・!」
祥子は言葉がでない。
それは、志摩子も同じであった。
なぜなら、志摩子はそんな顔を見たことがないから。
拗ねたような目を、祐巳から向けられたことはない。
いつだって優しくて、けど強い目しか向けられたことはない。
志摩子は自然と、嫉妬の目を江利子へと向けていた。
「そんなに可愛いんだ?」
「ええ、とても可愛いわ」
「それじゃあ、わたしもやっちゃおうかな〜」
聖がそんな志摩子を視野に入れて、にやりと笑い江利子に問いかける。
江利子はそれに満面の笑みを返した。
「「白薔薇さま!!」」
重なった、祥子と祐巳の声。
向けられる、志摩子のムッとした目。
「・・・・あなたたち、いい加減にしなさい。祐巳ちゃん、あなたはこちらへ。江利子は自分の仕事をしなさい」
「あら、紅薔薇さま。私の楽しみを奪う気?」
「あなたの楽しみは、祐巳ちゃんに迷惑がかかるからよ。祥子、あなたが祐巳ちゃんに教えてあげて」
「はい」
「わかりましたわ」
ぷんぷんとしながら、祐巳は席を移動し、祥子の隣に移動。
だが、すでに覚えているのであえて教えてもらうことはなかったりする。
ただ、江利子が邪魔をしてきて進まなかっただけなので。
が、しばらくして。
「・・・・祐巳さん」
「はい?」
「・・・・・なんでもないわ」
「はあ・・・?」
意味がわからない祐巳は、曖昧に頷いて書類へと目を戻した。
祐巳は、祥子がちょっと不機嫌であることは気づいた。
それくらいは当然わかる。
けれど、何故不機嫌なのかがわからない。
そして、またしても。
「・・・・・・・・・祐巳さん」
「はい?」
「・・・・・・なんでもないわ」
「・・・・・・・」
今度は訝しげに見つめてしまう。
それでも、祥子は祐巳をすでに見ておらず仕事をしているので、その視線を外し書類へ。
しかし、またまた。
さすがに3回目ともなれば、蓉子たちも視線を祥子に向けている。
「・・・・祐巳さん」
「・・・・・・なんでしょう?」
「・・・・・・・・・教えてほしいところは、ないの?」
「・・・・・・・・・」
思わず、祐巳は、いや祐巳たちはポカンとしてしまった。
そして、理解した。
何度も問いかけてきた理由を。
「ぷっ」
祐巳は吹きだしてしまう。
祥子がそれを見て、一気に目尻を上げた。
「何故吹き出すのか、聞かせてもらえる?」
「いえ、すみません。なんでもないんです」
手を横に振りながら、それでも机に突っ伏しながら肩を震わせている。
それをみて、祥子は机を叩き、立ち上がった。
「祐巳さん!!言いたいことがあるのなら、ハッキリ言いなさい!!」
「ひっ!」
蔦子が思わず小さな悲鳴をあげ、志摩子は恋人に怒鳴る祥子を不満そうに見ていた。
蓉子たちは蔦子の反応に顔を見合わせ、ヤバイ、という顔。
手伝いに来てくれた初日に祥子のヒステリーの標的にされたら、明日から来てくれなくなってしまう。
もう少し馴染んだ後でないと、この子達が怯えてしまう。
だが蓉子たちの予想に反して、標的にされた祐巳は。
「祥子さまって、意外に可愛いんですね」
なんて、にっこりとした笑顔で言ったではないか。
祥子の要望どおり、ハッキリと。
「んな・・・・っ!!?」
「凛としたイメージがあったんですけど。いえ、実際に凛とはしてますけど。やっぱり、人って実際に一緒にいないとわからないんですね」
蓉子たちは唖然。
祥子は言葉にならないらしく、口を開いたり閉じたりと忙しい。
そんな彼女たちを気にした様子もなく、祐巳は椅子から立ち上がり笑みを深めた。
「では、もしよければ、紅茶の煎れ方など教えてもらえますか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・いらっしゃい」
長い沈黙のすえに踵をかえす祥子の頬は、かすかに赤い。
それに気づかず、祐巳はそれを笑顔で追いかけた。
残ったものたちは顔を見合わせ、それから笑いあう。
「祐巳ちゃんて、本当に予想外だわ」
「ヒステリーの祥子に物怖じせずに可愛い、なんて言ったのは祐巳ちゃんが初めてじゃない?」
「興味深いね〜」
「凄いね、由乃」
「そうですね、お姉さま」
微笑みあうメンバー。
その中で、祥子がヒステリー持ち、ということと祐巳の発言にいまだ唖然としている蔦子。
祐巳に可愛いと言ってもらえた祥子を羨む志摩子が取り残されていた。
そんな志摩子の肩を叩くのは、聖。
「は、はい」
「志摩子ちゃん、祐巳ちゃんのこと好きでしょ?」
「・・・・・・・はい」
「じゃあ、これからライバルだ。よろしくね」
聖が差し出す手。
志摩子は目を見張り、それでもすぐに微笑みに変え、けれど目には嫉妬の色を宿しながら、聖のその手をとった。
「あら、抜け駆けじゃない?志摩子ちゃん、あなたには負けないわよ?」
「お、お姉さまぁ」
「聖・・・・江利子・・・」
「・・・・・祐巳さんは、私のです」
泣きそうな令と、呆れ顔の蓉子。
しかし、彼女たちは勘違いしていた。
祐巳がそれを表に出さず、志摩子だけが表に出していたので気づかなかったのだ。
2人が、恋人同士であるということを。
そんな会話がなされているなど知らず、流し台では、祐巳と祥子が楽しそうに話をしていた。
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