【お手伝い】




























 突かれるわき腹。

 突いてくるのは、ガチガチに固まった蔦子。


 祐巳はため息をつき、目の前で微笑みながらこちらを見ている彼女たちに用件を述べた。


「私の写真?」

「はい。わたしと写っている写真なのですが、蔦子さんがどうしても学園祭に出展したいと」


 祐巳がうかがうように江利子をみると、見せてくれる?と蔦子に声をかけた。

 蔦子はそれに慌てて鞄の中から封筒を取り出し、けれど慌てすぎていたため封筒から飛び出した写真を撒き散らしてしまう。


「・・・・蔦子さん、これ全部わたしの写真?」


 テーブルに撒き散らされた写真を一枚手にとり、祐巳が不思議そうに蔦子を見た。

 蔦子はそれを奪い取り、他のと一緒に素早い動きで封筒に戻し、それを鞄に戻すともう一つの封筒を取り出す。


「今のは観賞用だから、気にしないで」

「・・・・・はい?」


 きょとん、と首をかしげる祐巳の隣で、志摩子の肩がピクリと動いた。


「黄薔薇さま、こちらです」

「いや、蔦子さん。何普通に進めようとしてるのっ?」

「そうよ、蔦子さん。黄薔薇さまの許可をとる前に、私の許可もとってほしいわ」

「志摩子さんもなに言ってるの!?」

「あら、なんで志摩子さんの許可が要るのかしら?」

「そこは問題ではないわ。私が言っているのは、私にも許可をとって、ということよ」

「もしも〜し」

「志摩子さんて意外と傲慢なのね、気づかなかったわ」

「それ言うのなら、蔦子さんは意外と人の迷惑を考えない方なのね」

「・・・・・・・・」


 もう口を挟むまい、と祐巳は諦める。

 ついでに、ぽかんとこちらを見ている山百合会の人たちに頭を下げ、まだ口論をしている2人を立たせて椅子を隅のほうに移動させる。

 それから2人をそこに連れて行き、椅子に座らせた。


 それでも2人は変わらずに言い合いをしていたりする。


「申し訳ありません。それで、この写真なのですが」


 祐巳は恥ずかしそうな笑みを浮かべ、蔦子が出した封筒を江利子の前に差し出した。

 とたん、響く笑い声。


 主な発生源は聖と江利子の2人。

 令と由乃の2人は、聖と江利子ほどではないが肩を震わせて笑っている。

 蓉子は苦笑、祥子は未知な状況にいまだぽかん顔。


「良い、良いわあなたたち!」

「面白すぎ!」


 江利子は体をくの字に曲げ、聖は机に突っ伏しながらテーブルをパンパン。


「私が見ても?」

「あ、大丈夫です」


 蓉子が封筒から一枚の写真を取り出す。


「あら、素敵ね。どう?江利子」

「ま、まだ無理よっ」


 笑ったまま蓉子に手のひらを突き出す江利子に、蓉子は苦笑。


「それなら、私が代わりに許可を出すわ。これが出れば、山百合会の敷居も低くなるかもしれないものね」


 その意見で、祐巳は蓉子がなにを望んでいるのかを理解。

 だが、そこには触れない。


「そう言ってもらえて良かったです」


 撮ったのはわたしじゃないけど。

 なんて内心。


「けど、交換条件を出してもいいかしら?」

「交換条件?・・・・まあ、やるのは蔦子さんですから」


 にぱっと笑う祐巳。

 吹き出す彼女たち。

 それに対し、蓉子はふふ、とにっこり。


「あら、今許可をとっているのはあなたでしょう?だから、あなたがこの条件を行うの」

「・・・・ええ!?わたし、ただの付き添いですよ!?」

「付き添いでも、今許可をとっているのはあなたじゃない?」

「だ、だって、蔦子さんあんな状態ですし!」


 延々と続いている志摩子との口論。


「ですって、どうする?江利子」

「ふふ。あなたがその条件を飲めないのなら、許可することはできないわね」


 楽しくて仕方がない、といった江利子の顔。

 それは江利子だけではなく、聖や他のメンバーも同じ。


 その時、我にかえった後黙っていた祥子が、すっと手を上げる。


「お姉さま、一つお聞きしてもよろしいですか?」

「なにかしら?祥子」

「その条件とは?」

「仕事をお手伝いしてもらいたいのよ」

「と、言いますと?」


 祐巳が先を促した。

 蓉子は祥子から目を離し、祐巳に微笑みかける。


「本当ならば、9人でするような仕事を私達はこなしているの。けれど、祥子にも聖にも、妹(プティ・スール)がいないわ。よって私達は6人で仕事をしなければならない。特に、聖なんて仕事をしない時があるし」

「由乃も体が弱くて、毎日ここに来られるわけでもないの。私も部活があるし」

「祥子の家も、昔と違って習い事を習っているわけではないけど、旧家でしょう?用事で休む日も結構あったりするのよ」


 蓉子、令、江利子がそれぞれ。


「常にいらっしゃるのが・・・・・」

「私と江利子の2人だけ」

「・・・・・・・・・」


 少ない・・・・と、声に出さず祐巳の唇が動く。

 蓉子はそれを読み取り、頷いた。


「そう、少ないでしょう?だから、あなたにお手伝いを頼みたいのよ。もちろん、あなたがお友達を連れてきてくれたら大歓迎よ。どうかしら?私たちの疲れを、少しでも減らしてくれる?」

「・・・・そんなことを言われたら、断れないですよ」


 蓉子たちも、祐巳が断るとは思っていなかった。

 祐巳が人の頼みを断れないこと、そして性格も優しい、と蓉子たちは感じ取ったから。


 情けない表情を浮かべる祐巳に、蓉子はにっこり。


「ありがとう。そういえば、あなたのお名前を教えてもらっていなかったわね」

「わたしは福沢祐巳です。ふわふわの髪をした子が藤堂志摩子さん。眼鏡を掛けているのが武嶋蔦子さんです」

「そう。それでは祐巳ちゃん、明日からしばらく、お願いできるかしら?」

「・・・時間があるときは、なるべく」


 祐巳はため息をつき、蔦子を恨めしげに見た。


 と、そこで祐巳は手をパン、と叩き、満面の笑顔で立ち上がる。

 それを見て、次はなにをやるんだろう、といった視線を祐巳に向ける江利子たち。


「蔦子さん」


 ポン、と祐巳が蔦子の肩を叩く。

 何か言おうとしていた蔦子はそれでようやく口論をやめ、祐巳を見た。


「祐巳さん?」

「今日からしばらく、薔薇の館に出入り自由だって」

「え!?」

「良かったね、蔦子さん」


 笑顔で祐巳が言えば、蔦子は目を輝かせ、祐巳に抱きつく。

 それをみて志摩子が驚いたような顔をし、それからムッとした顔をした。


「毎日くる?」

「もちろんよ!いつでも来て良いなら、絶対に毎日通うわ!」

「うん、それじゃあ、ちゃんと鞄持ってきてね」

「・・・・鞄?」


 なぜ鞄を?と首をかしげる蔦子に、祐巳はにっこりと。


「うん、鞄。だって、帰りはそのまま帰るだろうし。別にお手伝いが終わった後に校舎に用がある、って言うなら止めないけど」

「ちょ、ちょっと待って、お手伝いってどういうこと?」


 そこでようやく、蔦子は何かおかしいことに気づいた。

 といっても、蔦子がわからないように言っていたのだが。


 志摩子は志摩子で、きょとん顔。


「あれ?だって、放課後薔薇の館に毎日くる用事なんて、お手伝い以外ないじゃない?」

「え!?なんでそんな話になってるのよ!!?写真は!?撮影は!?カメラは!?」

「別に持ってきても良いけど、山百合会の方々を撮る時間あるかな?とにかくそういうわけだから、お手伝い頑張ろうね」

「なんで私がそんなことを!?」


 せっかく薔薇の館に来られるのに、皆さんを撮ることができないなんて!と蔦子には珍しく、顔がそう語っていた。

 祐巳はそれを気にした様子もなく、ぽんぽん、と二回肩を叩く。


「許可の条件が、お仕事を手伝うことなんだって。それに、わたしもまき添いで手伝うことになったんだから、まさか蔦子さんが逃げるなんてこと、しないよね?」

「・・・・・ちなみに逃げたら?」

「う〜ん。1年くらい、蔦子さんと口聞かない」

「やるわ」


 即答する蔦子は、どうやらそれは切実にやめてほしい事柄らしい。

 満足げに頷いた祐巳のその腕をつかむ人物。

 それは志摩子。


「祐巳さん、私も・・・」

「うん、一緒に頑張ろうね」


 腕をつかむ手を離し、握り返す祐巳。

 志摩子は安堵したように、嬉しそうに微笑を返した。


 それを見て「お」、という顔をする数名。

 志摩子の微笑みの根底に気づいたのだろう。

 好きな人とは、共にいたい、というその思いに。


 そのものたち、江利子と聖は顔を見合わせ、なんとなくにやり。

 これから楽しくなりそうだ、そんな笑み。





























 今日はいつもよりもぴったりくっついて、抱きしめる。

 それは、不安と嫉妬の裏返し。

 祐巳もそれがわかっているから、突き放すようなことはしない。

 むしろ、恋人をそんな風に扱うなんて、祐巳も念頭にはない。


「あんな身近にライバルがいたなんて・・・・」

「?ライバルがどうかしたの?」


 腕の中にいる志摩子の顔を覗き込めば、志摩子はゆるく首を振るだけ。

 それから、そっと壊れ物に触れるかのような静かなキス。


「ねえ、祐巳さんは自分が写真に撮られていること、知っていたの?」

「まあね。けど、その分誰かの写真も撮ってるって知ってるし」


 忍者である祐巳が気づかないはずがない。

 けれどあえてそこを問い詰めないのは、蔦子が自分の写真ばかり撮っているわけではないことを知っているから。


「そう・・・・」

「蔦子さんのあの写真は、気にしないほうがいいと思うけど」

「それでも、私は祐巳さんの写真、それほど持っていないわ」

「なら、これからいっぱい撮れば良いじゃない?」


 祐巳は笑顔でいい、志摩子から離れるとそのまま部屋を出て行ってしまう。

 祐巳が離れて寂しい、なんて思っていた志摩子は戻ってきた祐巳の持っているものを見て、首をかしげた。

 それはカメラ。


 それをもったまま、祐巳は片腕を志摩子の腰に回し、くっついた。


「ゆ、祐巳さん?」


 かすかに頬を紅くする志摩子に微笑みかえし、祐巳は頬をくっつけあう。

 それから片手でカメラを構えた。


 ようやく意図を察した志摩子は、同じように祐巳に腕をまわし、微笑みながらレンズを見つめる。


 シャッター音。


 その後は、色々なポーズで。

 祐巳が志摩子の頬にキスをしたもの。

 志摩子が祐巳にキスをして、祐巳がそれに軽く目を見張っているもの。

 お互いに目を閉じてキスをしているもの。


 フィルムを一つ使いきるまで、2人は写真を撮った。

 とても幸せそうな、そんな写真を。
























 ブラウザバックでお戻りください。



SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送