【許可をとりに行こう】
「ね?そう思うでしょう?」
執拗に問いかけてくるのは蔦子。
祐巳は困ったような顔でそれを聞いていた。
「う〜ん、でもさ、江利子さまに失礼だよ」
「けど、こんなに素敵なんだもの!展示しない方が罰が当たっちゃうわよ!」
蔦子が言っているのは、昨日撮られた写真のこと。
そこには、笑顔で話をする江利子と緊張しながらも笑みを浮かべている祐巳の姿が。
一応図書委員なんてものをしている祐巳が、たまたまいた江利子に書類を届けた時の写真だ。
その後の、ちょっとした雑談風景。
それをしたのが薔薇の館の目の前であったため、蔦子に撮られてしまったのである。
「それに、江利子さまも楽しそうじゃない!」
どこが?と言いそうになった言葉を、祐巳は飲みこんだ。
洞察力に優れている祐巳からみれば、江利子は仕事だから、笑って普通の生徒に微笑みかけているようにしか見えない。
「ごきげんよう、祐巳さん、蔦子さん。先ほどからどうしたの?」
「ごきげんよう、志摩子さん」
「あ、ごきげんよう、志摩子さん。志摩子さんからも、祐巳さんを説得してくれない?」
「説得?」
首をかしげる志摩子の前に、蔦子は写真をかがげる。
それを見た志摩子は軽く目を見張り、それから微笑む。
「素敵な写真ね」
「でしょう!それでこの写真を、半年後にある学園祭で出展したいのよ!その説得をしているんだけど、祐巳さんがなかなか良い返事をくれなくて・・・・・」
志摩子の返事にテンションがあがった蔦子だが、最後の方でローテンション。
祐巳はそれに呆れたようにため息。
「わかった」
「え?」
「本当!?」
「けど、江利子さまが承諾したらね。ここには私だけじゃなくて、江利子さまものってるんだから」
「え!?江利子さまにも!?」
生徒たちに知れ渡っている有名人にわざわざ断りを入れる必要もないと思っていた蔦子は、それに驚きの声をあげてしまう。
通常ならば許可を取るが、山百合会の人たちも写真が撮られることを黙認している節があるから、蔦子は江利子から許可を取るつもりはなかったのだ。
祐巳はそれに対して、むっとした顔。
「当たり前でしょう?相手はどの立場にいようと、大きく括ればわたし達と同じ生徒。学園祭には他校の人たちもきてその人たちも見るんだから、他の人たちと同じように許可を得ないでどうするの」
「それもそうだけど・・・・」
「だから、頑張って江利子さまの許可を取ってね」
祐巳は笑顔で蔦子の肩を叩く。
蔦子はそんな祐巳を睨むように見た。
「祐巳さん、江利子さまが許可しないと思ったから、承諾したんでしょう」
「別にそういうわけじゃないよ。わたしがそこに写ってても、みんなわたしが写ってたこと忘れちゃうだろうし」
渋っていた理由は志摩子を気にしていただけ。
できるならば、こんな場面を見られることなく済ませたかったのだが、志摩子も来てしまったし。
それに何より、言ったことが本心だから。
「それもないと思うけど・・・。まあ、祐巳さんの気持ちはわかったわ。良いわよ、頑張って許可もらってみせるから!」
「うん、頑張ってね」
他人事のように蔦子を応援し、それから先ほどから黙ったままの志摩子を見上げた。
微笑んでいるが、その内が不安や不満でいっぱいであることを祐巳は知っている。
祐巳の制服をつかんでいるのが、何よりの証拠。
「志摩子さん」
「なぁに?」
「全校生徒に、志摩子さんへの想い、語ろうか?」
「・・・・・やめて」
祐巳がクスッと笑って言えば、志摩子は強張った体をほぐし、頬を緩める。
冗談のように言う祐巳だが、志摩子が一言やってと言えば、祐巳が本当に行動することを志摩子は知っている。
祐巳の家の親族がそれを許さないと知っている。
もしそんなことをすれば、親族からの祐巳への信頼が一気に消えてしまうことを知っている。
祐巳は、志摩子が家族のことを気にしてそう答えることを知っている。
それでも、祐巳はそう言う。
試しているわけでも、ただ志摩子の気分が浮上するために言っているわけでもない。
祐巳はいつでも、志摩子のために嫌われる覚悟を持っているから。
それこそ、死ぬ覚悟でさえも。
本人が言うとおり、祐巳は志摩子のためならばなんでもする気があるから。
それは、志摩子にとって、重いと思うどころか、心地の良い羽衣。
幼いがゆえの軽率な感情ではなくて、人が人を思うしっかりとした想い。
「語るなら、私だけにして」
志摩子が恥らいながらそんなことを。
志摩子は思う。
自分に愛を囁く時の優しい祐巳の声を、誰にも聞かせたくない、と。
祐巳はそれに目を見開き、すぐに吹き出すように笑った。
「うん、わかった」
祐巳は笑いながら、机の下で志摩子の手を撫でる。
志摩子はそれに恥ずかしそうにするも、はにかんで微笑み返した。
「・・・・わたしさ、許可取ってきて、って言ったよね?」
「だ、だって、1人で薔薇の館なんて行けるわけないじゃない!」
「えぇ〜」
「無理なものは無理なの!」
緊張した面持ちの蔦子。
その隣を歩くのは、家に帰って早く訓練したいな〜、なんて思っている祐巳と、不満そうな雰囲気を醸し出しながら微笑む志摩子。
もっとも、その雰囲気に気づけるのは祐巳くらいだが。
今彼女たちは、薔薇の館に向かっている。
帰ろうとしていた祐巳を、蔦子が拉致ったのである。
当然、一緒に帰ろうとしていた志摩子もついてくる。
理由は蔦子が言ったとおり、1人で許可をもらいに行く勇気がないから。
なんといっても、一般生徒からみたら、憧れの山百合会のメンバーがいるであろう場所。
彼女たちに別段特別な思いを抱いていない祐巳や志摩子でなければ、1人で行くなんて行動はそうそうできない。
盗撮まがいなことをする蔦子でも、まだ1年になったばかりだし、1人で行くなんてことはできないらしい。
学校内なので、すぐについた薔薇の館。
けれど、蔦子はドアを叩こうとしない。
「ゆ、祐巳さん、ドアっ」
緊張しているらしい蔦子。
祐巳は苦笑しながら、2階を見上げた。
気配が上からするのに、1階でドアを叩いても意味がないだろう、と思ったからだ。
「もう、しょうがないな〜」
それでもあえてそれは言わず、蔦子の代わりにドアを叩く。
祐巳が思った通り、返事はない。
「蔦子さん、いないみたいだよ」
「・・・・・そうみたいね」
深いため息をつき、緊張をとく蔦子。
「今日はもしかしたら、お休みなのかもしれないわね」
「かもしれないね」
祐巳はそう言って、志摩子にウィンク。
志摩子は祐巳が山百合会の人たちがいるのを知っていながらそう言っているのだと気づき、思わず苦笑してしまった。
それと同時に、頬を染める。
だが。
「あれ?何か用事?」
声をかけられ、蔦子と志摩子は弾かれるように上を向き、祐巳は額に手をあててため息。
せっかく帰れそうだったのに、と。
「ろ、白薔薇さまっ!!ご、ごきげんよう!!」
「「・・・ごきげんよう、白薔薇さま」」
「はい、ごきげんよう。ちょっと待っててね、今下に行くから」
蔦子が緊張をといていたこともあって、上ずった声で挨拶。
志摩子と祐巳は困ったように笑いながら挨拶。
声をかけてきた相手、聖は笑顔で返し、窓から消えた。
少しして、古臭い音を立てながら開いたドア。
「ごきげんよう」
出てきたのは令だった。
「ゆ、祐巳さんっ」
「ぶっ」
「っ祐巳さんっ!!」
令を前にして、あまりの緊張にかかなり強めに蔦子から肘が祐巳の腹部に。
油断していたためか、綺麗に祐巳の鳩尾に。
たたらを踏んだ祐巳を、志摩子がなかなかあげないような大きな声をあげ、支えるように抱く。
反対にした方が驚いている蔦子を、ぎっと睨んだ。
聖母のような志摩子から睨まれ、蔦子は緊張も忘れて冷や汗を流した。
美人の睨みは迫力があるから。
「志摩子さん、大丈夫だから」
「本当?大丈夫?」
「うん、平気だよ。というか、蔦子さん酷いよ」
「ご、ごめんなさい。まさか、そんなに綺麗に入るとは思わなくて・・・」
心配でおろおろする志摩子と、頬をふくらませる祐巳、志摩子の睨みから開放されるも意気消沈する蔦子。
令は思う。
なんだろう、この子達は、と。
用事があるからと出たのに、急に目の前で妹(プティ・スール)が好みそうな攻撃を友達にするわ。
それをした友達を、宿敵を見るように睨む子もいるわ。
けど、された側は結構平然としているわ。
私から見ても、結構痛そうだったけどな、なんて。
「あはは、お見苦しいところをお見せして申し訳ありません。わたしたち、1年桃組の者なのですが、黄薔薇さまはいらっしゃいますか?」
「え?あ、え、ええ。上にいるから、どうぞ」
祐巳に声をかけられ、令は慌てて頷き祐巳たちを促す。
まったく何事もなかったように挨拶をしてくる祐巳に戸惑っていたが。
「祐巳さん、なんでそんなに平然としてるのよ!相手は黄薔薇のつぼみなのよ!」
「え〜」
後ろから聞こえる、そんな会話。
それに慣れている令は、聞こえないふり。
「志摩子さんは緊張する?」
「上級生の方だから、少し」
「それなら、部屋の中に入ったらもっと緊張するんだ」
「そうね、今よりも緊張してしまうわ。祐巳さんは?」
「どうだろう?結構目上の方とお話しする機会あるし」
「ああ、そういえばそうよね」
「あら、祐巳さんの家ってそうなの?」
「お父さんは、建設会社の社長だからね。それにお父さん、友達多いからその人の家にお呼ばれで行くこととかあって、家族で行ったりとかするから。誕生日パーティとかに」
「そうなの。見た目によらず、お嬢様なのね」
「あれ、やっぱり酷くない?蔦子さん」
「私もたまにご一緒させていただくことがあるのだけれど、とても凄いの(祐巳さんが格好良くて)」
「人は見た目じゃないのね」
「だから酷いってば、蔦子さん」
蔦子は感心している。
祐巳が意外とお嬢様なことに。
祐巳は頬をふくらませている。
もちろん、本気ではなくて、笑っているが。
志摩子はバレないように惚気ている。
内心、蔦子に怒っているが。
全然関係ない話になっている祐巳たちの会話。
それを聞いていた令は、肩を震わせながら笑っていた。
お姉さまではないけれど、面白い子達だな。と。
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