【信じてよ】



























 一つ一つの動作は、速すぎてあまりよく見えない。

 ただ、祐麒さんが避けている姿を見ていると、祐巳さんは色々としているよう。


 いつもの、屈託のない笑顔を浮かべる祐巳さん。

 いつもの、太陽のような明るさを持つ祐巳さん。

 いつもの、少し間の抜けたところがある祐巳さん。


 けれど、今目の前で祐麒さんと模擬戦をしている祐巳さんは、そのどれとも違う。

 真剣な、どこか楽しそうな雰囲気。

 祐巳さんがもっているのはクナイと呼ばれる武器で、祐麒さんは薙刀だというのに、引けをとるどころか、押しているように見える。


「志摩子ちゃんからみてどう?」

「素敵です・・・・」


 反射的に答えしまう。

 けれど、それは私の本心。


 学校で見るものとも違う。

 私の前でだけ見せてくれるものとも違う。

 戦う時にだけ見ることのできる、祐巳さんの顔。


「志摩子ちゃんは、祐巳ちゃんを本当に好きでいてくれてるのね」

「っ!」


 小母さまの言葉に、私は頬が熱くなるのがわかった。


 私は半年ほど前、祐巳さんたちの家のことを知った。

 それからさらに仲良くさせてもらって2ヶ月ほど前、私は祐巳さんと付き合うように。


 そして今私は、祐巳さんの家の地下に作られた訓練場で、祐巳さんと祐麒さんの闘いを見せてもらっている。

 こ、恋人だから、と。


「ふふ。志摩子ちゃん、顔が真っ赤よ?」

「お、小母さまっ!」

「照れなくてもいいのよ。あなたみたいに可愛い子が祐巳ちゃんの恋人で、私は嬉しいわ」

「あ、ありがとうございますっ」

「ふふ、いいのよ。けど、あの子から志摩子ちゃんと付き合うことになったと聞いたときは、本当に驚いたわ」

「・・・・被害者と、忍が付き合うことになったから、ですか?」


 小母さまをうかがうように見ると、小母さまは笑顔でそうじゃないわ、と手をふってくれた。

 それに、ホッと安堵の息をついてしまう。


 けれど、そうではないのなら、一体何に?


「祐巳ちゃんはね、9歳の頃から仕事をしているの」

「聞きました」


 一つ頷いて、小母さまは続けた。


「その時から、祐巳ちゃんは仕事を失敗したことはなくて、当然誰かにバレたこともないわ。けど、それに同調するように、今まで誰かに興味を持つこともなかった(ただ、お1人だけいたけどね)」

「そうなんですか?」

「ええ。だから、恋人の1人もできないんじゃないかって、私たちずっと心配してたの」


 小母さまはそう言って、急に真剣な顔をなされた。


「母親としてではなく、さまざまな忍者を見てきた護衛忍者当主の妻として、あの子は歴代の忍者、暗殺忍者も含めて、一番の才能を持っていると言っても良いわ」

「・・・・凄いですね」

「ええ。祐巳ちゃんなら、志摩子ちゃんにバレずに任務を遂行することなんて簡単だったはず。それなのに、なんでわざわざバレてしまうような方法をとったのか」


 確かに、そう言われてしまうとそう。

 他の方はわからないけれど、この半年間、祐巳さんの裏の顔を見てきて私は知っている。

 彼女の実力を。


「私はね、こう考えているの」


 ハッと小母さまをみた。

 小母さまは、変わらず優しい、祐巳さんも浮かべる笑みを浮かべて、私を見ていた。


「あの子はたぶん意識してやったわけではないだろうけど、あなたに知ってほしかったんだと思うの」

「知ってほしい、ですか?」

「ええ。自分の裏の顔を。それで、受け入れてほしかったんじゃないかしら、志摩子ちゃんに」

「それは何故・・・?」

「私の憶測で言えば、あの子はあの時にすでに、あなたを愛していたから」

「・・・・・・・・・・っ!?」


 その言葉がようやく理解できたと同時に、私は顔が一気に熱くなってしまった。

 自分でも、真っ赤だとわかるくらいに。


 私は何かを言葉にしようと口を開くも、声にはならず。

 そんな私を見ながら笑う小母さまはけれど、すでに私の前にいて、何かを弾き返した。

 小母さまの目の前の床に突き刺さったソレ。


「ゆ、祐麒!何弾かれてるの!?志摩子さんに当たっちゃうじゃん!!」

「祐巳が強く叩くからだろ!?俺のせいじゃない!!」

「祐麒の馬鹿!!志摩子さん、大丈夫!?」


 祐麒さんに怒鳴り、その次の瞬間には私の前にいて、私を抱きしめてくれている祐巳さん。


「ゆ、祐巳さんっ」

「怪我してない?」


 目尻を下げて心配してくれる祐巳さんに、私は恥ずかしいながらも微笑んで返した。


「小母さまが弾いてくださったから、私は大丈夫よ。祐巳さんこそ、大丈夫?」

「そっか、良かった〜。うん、わたしは平気だよ!」


 さらに強く抱きしめられ、私の鼓動はずっと早鐘をうち続ける。

 小母さまの、祐巳さんにそっくりなニコニコとした笑顔が視界に入って、さらに恥ずかしくなった。

 それでも、私は祐巳さんを抱きしめ返した。


 恥ずかしさよりも、祐巳を愛しいと思う気持ちの方が強いから。



















 本を読む祐巳さんにぴったりとくっついて、私自身も本を読む。


 祐巳さんは、外国の本を原文のまま読むことを好む。

 その時の祐巳さんは、模擬戦の時とはまた違う、真剣な顔。

 私は、その表情にいつも、見惚れてしまう。


 彼女は、自分の顔を平凡だと称すことが多い。

 けれど、実際にそうではないことは、私がよく知っている。


 笑っている顔も、

 拗ねている顔も、

 怒っている顔も、

 悲しそうな顔も、

 真剣な顔も。

 どの表情も、とても魅力的。

 特に、真剣な顔は。


 だからこそ、私は心配してしまう。

 よく彼女は、私を綺麗だと言うけれど、私以上に綺麗な方はたくさんいるから。

 祐巳さんを知れば知るほど、人はのめり込んでしまうから。

 それを知っているから、私は不安に思う。


 いつか、彼女が私から離れて、違う方を好きになることを。


「・・・・・なんでそんな顔をしてるのかな?志摩子さん」


 思考に埋没していた私は、ハッとして顔を上げた。

 祐巳さんは、困ったような、心配するような、そんな顔で私を見ていた。


「・・・・・変な顔でも、していた?」

「不安そうな顔してたの、気づいてなかったの?」


 頬をすべる祐巳さんの手に、そっと自らの手を重ねた。


 さまざまな武具を使いこなす彼女の手は、マメができたり硬かったりしていそうだけれど、とても柔らかくて、とても心地が良い。


「そんな顔、していた?」

「うん。それで、人の顔をみながら何を不安に思ってたの?」

「祐巳さん」

「うん?」


 優しい微笑みは、出会った頃から変わることなく、私を見つめてくれている。

 我慢強いと周りから称されるそれに隠れた、弱い、ただ諦めることに慣れていただけの本当の私を。


 だから私は、彼女を知ってから、ずっと好きだったのだ。

 それは、2年前の、初めて彼女と話をして、少したったあたりから。


「好き・・・・好きなの・・・・」


 だから、私から離れていかないで・・・・。


「馬鹿だなぁ、志摩子さんは」


 こつん、とあわされる、祐巳さんと私の額。

 そこから彼女の優しさが伝わり、私のぐずぐずとした心に光りを灯してくれる。

 いいえ、それは彼女の隣にいるだけでそうなる。


「こんなに可愛くて綺麗な志摩子さんから、離れるわけないじゃない。気づかない?わたし、凄い志摩子さんにメロメロなんだよ?」


 抱きしめてくれる、祐巳さんの華奢なように見えて、整った筋肉のついた腕。

 包まれる、祐巳さんの優しい体温。


「志摩子さんのためならなんだってしちゃうくらい。それくらい愛してるんだよ?わたし」

「祐巳さん・・・っ」


 祐巳さんの胸に、顔を寄せた。

 聞こえる、祐巳さんの穏やかな心音。


「大丈夫。信じてよ、私のこと」

「・・・・ごめんなさい」

「良いよ。志摩子さんは、色々考えちゃう性格だから、仕方ないもんね。でも、わたしが志摩子さんを想うこの気持ちだけは、信じていて」


 私は頷き、背中に回した腕に力をこめた。

 背中をさすってくれる手からは、私への想いが伝わってくる。

 私を愛してくれているという、その想いが。


「祐巳さん・・・」


 私は顔を上げる。

 息さえ届きそうなほど近くにある、綺麗な澄んだ瞳には、潤む目をした私がうつっていた。


 顔を近づけると、応えてくれるように祐巳さんが目を閉じてくれる。

 私もゆっくりと目を閉じながら、柔らかな祐巳さんのそこに唇を重ねた。


 私の、想いをのせて。



















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