【独断】




























「ごきげんよう、祐巳さん」

「うん、ごきげんよう、志摩子さん。また明日ね」

「ええ」


 志摩子さんはそう微笑み、わたしに背を向けて歩き出した。


 もちろん、仕事があるからそのまま見送るなんてことはしない。

 誰も周りにいないところから、人の家の屋根をつたい志摩子さんを追う。

 人に見られるなんてへまはしないけど、一応気をつけながら気配を絶った状態で電柱の上に立って志摩子さんを見下ろした。


 気配を絶てば、誰かの視界に入っていたとしても認識はされないんだよ?

 まあ、スカートが風でばっさばっさいってるけど、見逃してね、マリア様。

 まず、忍者に謹みを求めるのが間違い、ってことで。


 それにしても、今日はいないのかな?

 志摩子さんの後をつけている人なんて、まったく見当たらない。

 それとも、住職の勘違い?

 後は、どこか別の場所で待ち伏せしてる、とか。


 とりあえずその日、志摩子さんのストーカーを見つけることは出来なかった。

 まだ、1日目だしね。






「ねえねえ、志摩子さん。今日、志摩子さんの家に行っても良い?」

「え・・・・」


 朝、挨拶を交わしてすぐ、わたしはそう聞いてみた。

 途端、表情の強張る志摩子さん。

 わたしはそれに気付かないフリをして、首をかしげた。


「駄目かな?」

「い、いいえ。けれど、今日でなくても・・・・」

「うちにも来たことあるから、今度は志摩子さんの家に行ってみたいなって思って」

「え、ええ。・・・・良いわ、今日ね?」


 決意したように真剣中で頷く志摩子さんに、罪悪感。

 実は、志摩子さんの家のこと知ってます、なんて言えないよぅ。


 会話してて、言葉の端々から、志摩子さんが家のことを知られたくないっていうのはわかってるけど、友達と言ったらやっぱりお宅訪問かな、ってわたしは思うんだよね。

 って、自分の家のことは、あまり知られたらまずいんだけど、うちは表向きは普通の家だし。

 でも、もしかしたら、今回の依頼で本当のことを話さなくちゃいけなくなるかもしれないんだよね。

 なんていうか、忍者の勘?


「うん。あ、ちょっとお手洗い行ってくるね」


 志摩子さんにそう言って教室を出ると、ある程度離れて窓をあけた。

 ポケットから出した紙にペンでさらさらと書くと、その紙を下に落とした。


 ――― バサッ


 小さな羽ばたきと同時に、飛び立つ黒い鳥。


「よろしくね」

「クカァ」


 カラスだ。

 我が家の伝達は、カラスをつかってやっている。

 カラスなら、どこを飛んでいてもおかしくないもんね。


 手紙を咥えたカラスは、そのまま去っていく。

 それを見届けて窓を閉めると、教室へと戻った。




 放課後。


「掃除終わった?」

「ええ。・・・帰りましょうか」

「うん」


 緊張した顔をした志摩子さんの手を、空いた方の手でとった。

 驚いた顔でわたしを見る志摩子さんに微笑み返して、わたしは歩き出す。

 当然、志摩子さんも歩かないといけない。


 これは、志摩子さんの緊張を和らげるついでに、どこで見ているかわからないストーカーに向けての牽制。

 ストーカーに向けてのほうが重要じゃないかって?

 けど、依頼自体が、志摩子さんを守ってほしいっていうのが依頼だし、ストーカーを捕まえてほしい、っていうのは違うんだもん。

 なら、志摩子さんを優先するのは当然じゃない?


 というわけで、手を繋いで志摩子さんに案内されるまま歩いて、電車に乗った。


「・・・・・・・・」


 電車を降りて駅を出た途端、感じる粘っこい視線。

 どうやら、ストーカーはここで待ち伏せをしていた人らしい。


「・・・・・志摩子さん?」

「あ、何でも、ないわ・・・」


 わたしの話を笑顔で聞いていた志摩子さんも、それを感じたらしく顔を強張らせてしまう。


 む〜。

 友達である志摩子さんに、こんな粘っこい視線を向けて怯えさせるなんて。

 許せないぞ。

 依頼、勝手に変えちゃおうかな?


 そう思いながら、怯えた志摩子さんを落ち着かせようと色々と話しかけたりして。


「ねえねえ、志摩子さん」

「・・・なあに?」

「アイス食べない?」


 道端にあるアイス屋さんを指差せば、志摩子さんは戸惑ったような顔をした。

 うん、リリアンは学校の帰りに、買い食いなんて禁止だもんね。


「駄目?」

「・・・・良いわ。少し、ドキドキするわね」

「でしょ?」


 今もつないだままの志摩子さんの手を引いて、アイス屋さんの所へと駆けていった。


「おじさん、バニラ頂戴」

「私は・・・抹茶をお願いできますか?」

「あいよ〜」


 それぞれスティックアイスを受け取り、お金を渡してまた歩くのを再開した。

 視線の中に、殺気が込められる。


 けど、志摩子さんは初めての買い食いに緊張しているのか、ストーカーのことなんて忘れたみたい。

 良かった♪ 


「おいし〜」

「ふふ」

「はい、志摩子さん」

「え?」


 その緊張も解けたのか、笑えるようになった志摩子さんに嬉しくなって、自分のアイスを差し出した。

 志摩子さんは驚いたようにアイスを見て、わたしを見る。


「美味しいから、食べてみて」

「・・・・・・ええ」


 頬を赤くしながら差し出したアイスを小さくかじった。

 可愛いな〜♪


「美味しい?」

「ええ、美味しいわ。祐巳さんも、どうぞ」

「ありがとう!」


 志摩子さんも差し出してくれたアイスを、同じくらい齧る。


「抹茶も、良いね!」

「ええ。どちらも美味しいわね」

「うん!」


 歩きながら食べ、時折交換しながら道のりを歩く。


 でも、志摩子さんの怯えを取り去りたいからしてるのに、ストーカーの視線も強くなるばかり。

 まあ、志摩子さんが気付いてないから、別にどうでも良いんだけどね。

 もっとも、当然そうなるだろうと思ってたけど、わたしは志摩子さん優先だから。

 襲われても、視線も気配も隠せないような人に、負けないし!


 歩き続けていると、人気のない道に差し掛かった。

 アイスもなくなって、手を繋ぎなおして。

 いつもならきっと恐怖を感じながら通るのだろう志摩子さんは、すでに完全にその存在を忘れているらしい。

 うんうん♪ 


 その時聞こえた、背中からの走りよって来る音。

 志摩子さんが気付かないようにおしゃべりをやめることなく、けど意識はちゃんと後方へと向けて。


 走りを止めようとする気配はなく、その進行方向はわたし。


 ぶつかりそうになった瞬間、手を離して体を志摩子さんの方へと反転させた。


「祐巳さん!?」


 驚きの声をあげる志摩子さんを庇うようにたって、同じように驚いたらしいその人を見た。

 40歳前後の男性。

 その手には、包丁。

 わかってたけど、確認。

 わたしを、刺そうとしていたらしい。


「っ!?」


 志摩子さんがそれを見て、声のない悲鳴を上げた。

 無意識にだろうけど、わたしの制服を掴んで。


「おじさんが、志摩子さんのストーカー?」

「俺はストーカーじゃない!志摩子と俺は、愛し合ってるんだ!」


 確認するまでもないので、発言は無視。


「志摩子さん、知ってる人?」

「え、ええっ。よく、参拝に来てくださる人よっ」


 声を震わせながら、それでも答えてくれる志摩子さん。


「志摩子は、俺と目が合うと、いつも優しく微笑みかけてくれるんだ!」


 うん、よく聞くよね。

 ストーカーしてる人が、相手は自分を好きで、恋人だと思い込んでた、って。


「そんなの、優しい志摩子さんだったら誰にでもすることだよ」

「うるさい!俺の志摩子と手を繋ぎやがって!間接キスだって、俺だってまだなのに!!」

「まだも何も、ストーカーするようなおじさんじゃ、永遠に無理だと思うけど?」

「ストーカーじゃないって言ってるだろう!!」

「祐巳さん!!」


 包丁を握ったまま駆けてきたおじさんに、志摩子さんの悲鳴が重なる。


 わたしは志摩子さんをお姫様抱っこで抱き上げ、瞬時に近くの塀に飛び乗った。


「・・・・・・・祐巳、さん・・・・?」


 わたしを唖然としたように見つめる志摩子さんと、ぽかんとした顔でわたしを見上げてくるおじさん。


 志摩子さんを降ろし、塀に立たせながら落ちないようにその腰を抱き寄せた。

 慌てたようにわたしの腰に回された志摩子さんの腕を感じて、空いているほうの手で口笛を吹く。


 ――― ピーーーー!


 すると、鳴き声をあげながら、幾羽ものカラスがその場に集まってくれた。


「ひっ」

「か、カラス・・・?」


 抱きつく腕を強くする志摩子さんの肩を撫でて落ち着けながら、わたしはカラスを見回しているおじさんに微笑みかけた。


「依頼により、あなたを排除します」

「は、排除・・・?」


 排除に関しては、わたしの独断だけど。

 多分、こういう人なら少し脅しただけで、ストーカーなんて止めるだろう。

 カラスに監視をさせて、まだ続けるようなら襲ってもらえば良いんだし。


 けど。


「わたしの友人を怖がらせた罰は、重いんだよ♪」


 志摩子さんみたいに優しくて可愛い人を怖がらせるなんて、わたしにとっては万死にも値する、ってこと。

 忍者だって、人間だもんね。


「行け」

「カアァァァ!」

「クワァ」

「カァ」

「クワッ、カァ」


 見えないような速さである物をおじさんに飛ばして貼り付ける。

 それが貼れたのを確認した後は、カラスに向けて命令を下す。


 リーダーのカラスが一声かければ、とまっていた場所から飛び立ち、空中を旋回し始める彼ら。


「ひぃっ!」


 怯えたように走り出すおじさん。

 けど、空を飛んでいる彼らから逃げられるはずもなく、カラスたちはおじさんを追いかける。

 彼らはちゃんと訓練してあるから、人気のないところで殺してくれる。

 死んだら、生気を失ったのを感じたアレが、跡形もなく燃やしてくれるだろう。


「志摩子さん、平気?」

「え、ええ。けど、祐巳さん、あなたは一体・・・・キャッ」


 塀から飛び降りたわたしに、慌てて抱きつく志摩子さん。


 地面に降りたわたしは、志摩子さんの体から離れてその髪を撫でた。


「聞きたい?」

「・・・ええ」

「聞いたらたぶん、逃げられないよ?わたしから」

「祐巳さんから逃げるなんてこと、絶対にしないわ」


 真剣な顔で言ってくれた志摩子さんに、勝手に笑顔になる。


「なら、教えてあげる。わたしが何者か。志摩子さんの家で良い?」

「ええ。すぐそこよ」


 今度は、志摩子さんがわたしの手を引いて歩き出した。

 早く聞きたいからなのだろうけど、若干足早で。


 やっぱり、志摩子さんって可愛いな♪























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