【救い】



























 祐巳と志摩子がいつも一緒にいるようになって、半年ほど経った。

 その間に、志摩子は白薔薇さまと呼ばれる佐藤聖と出会い、姉妹(スール)となった。

 それでも、放課後以外は祐巳と一緒にいるし、仕事がない日は祐巳と一緒に帰っている。


 変わることのない日常。

 相変わらず、志摩子と祐巳は敬遠されていたし、祐巳は志摩子以外には一言も言葉を発さない。

 そしてそれは志摩子も同じで、祐巳以外には心を開いてはいなかった。


 変わったことと言えば、たまに一人で帰る日があるくらい。


 けれど、それが少しずつ変わっていく出来事が起きた。


「ねえ、志摩子」

「はい」

「志摩子のクラスにさ、白い鳥を連れて登下校する子がいるって聞いたんだけど」


 志摩子は、きてしまった。と思った。

 いつか必ず、聞かれると思っていた。

 祐巳が一緒にいるのは、この学園の中では自分しかいないから。


 それでも、わからない振りをした。


「・・・・初めて聞きました」

「嘘おっしゃい。どれくらいの生徒が見ていると思っているの?あなたと彼女が一緒にいるところを」

「江利子」


 もちろん、志摩子だってそれで騙せるとは思っていなかった。

 けれど、ある種の抵抗だったのだ、知らない振りをしたのは。


「志摩子、言いたくないなら良いわよ?」

「甘いわね、蓉子。志摩子、これは上級生命令よ」


 蓉子の抵抗もむなしく、江利子がそう命令してきた。

 志摩子は心を落ち着けるように、小さく、けれど深く息を吐き出す。


「何を、お聞きになりたいのですか?」

「そうね。まずは名前を教えてくれる?」


 ニヤリと笑った江利子に、志摩子は笑顔の仮面を貼り付けて答えた。


「彼女は、福沢祐巳さんといいます」

「そう。次は、なぜその祐巳さんは白い鳥を連れているの?」

「知りません」

「「「「「「え?」」」」」」


 さりげなく全員が聞いていたらしく、6人分の疑問符が飛んだ。


「何故?」

「祐巳さんにそれを問いかけたことなどありませんから」

「なんで聞かなかったの?」


 祥子に返せば、今度は令に問われた。

 志摩子はそれに笑みを深めて見せる。


「祐巳さんと一緒にいるにあたって、そんなこと知る必要もありませんでしたから」

「必要がないって、興味なかったの?」

「私は、祐巳さんと一緒にいられればそれだけで良かったんです、お姉さま」


 言い切った志摩子に、全員が驚いたように顔を見合わせた。


 少ししか一緒にいなくとも、大体の性格を把握している。

 どちらかと言うと一歩下がった志摩子が、ここまで言い切ることは珍しい。

 むしろ、初めてである。


「へぇ・・・。志摩子にここまで言わせるなんて、ますます興味を持ったわ」


 江利子がそうポツリとこぼしたが、3日後、そんなことを言っていられない事態が起こった。































「祥子がおかしい?」

「ええ。昨日、小母さまから電話をいただいたの。学校で、祥子に何かおかしなところはなかったか、って」


 昼食時、薔薇の館には志摩子と祥子以外のメンバーがそろっていた。


「令は、何か知らない?」

「いえ、これといって。クラスで何かあったとしても、わたしはわかりませんし。ですが、帰りも別段おかしなことはありませんでしたよね?」


 蓉子の問いに令が首をかしげながら答えれば、江利子はあごに手を当てた。


「おかしいって、何がおかしいのよ」

「それが、夕食のとき、嫌いなはずの物を食べて、好きなはずの物を残したそうなのよ」

「それだけ?」

「これが一番変なところよ。小母さまが不思議に思って祥子の部屋に行ったら、電気もつけずに何かをぶつぶつ呟いていたそうなの」


 蓉子が聖に答えると、聖と江利子、令と由乃が顔を見合わせた。


「なんか、気味悪いね」

「私もそれを聞いたとき、少し寒気がしたわ。けれど、わからないというのなら良いの」



 放課後、志摩子にも同じ事を聞いた。

 それに対する答えは、やはり。


「お役に立てず申し訳ありませんが、私にもわかりません」


 もとより、蓉子も令もわからないことを志摩子がわかるはずもないと思っていたため、蓉子たちにとってみればそれは予想通りの答えだった。



 そして次の日も、祥子は来なかった。


「江利子、聖。私は気になるから、祥子の家に行くわね」

「それなら、全員で行ったら?」

「何故?お邪魔になるじゃない」

「平気よ。たった6人くらい邪魔になるような家じゃないでしょう?祥子の家なんだもの」

「はぁ・・・」


 結局、それほど仕事も忙しくないからと、全員で行くことになったのだが。

 由乃は仕事がないならと帰ってしまい、それに付き添って令も帰った。

 志摩子も、仕事ではないなら、と祐巳と一緒に帰ることを優先した。

 結局、残ったのは蓉子と江利子、聖の3人だけ。


「まとまりがないわね・・・・」

「もともと、各々の家に関することには手出ししないのよ」

「そりゃそうだ。他の家と仲なんて、それほど良くないしね」


 江利子と聖の発言に気が滅入りながらも、蓉子は2人を連れて祥子の家へと向かった。




 3人は、部屋の中を見た瞬間、絶句した。

 部屋には物が散乱し、ソファやベッド、カーテンなどに破られた痕がある。


「何よ、これ・・・」

「2日前の夜中よ、急に祥子さんの叫ぶ声が聞こえて駆けつけてみたら、祥子さんがベッドを掻き毟っていたの」

「い、今、祥子さんは・・・?」

「別室で眠っているわ」

「何があったっていうの・・・・?」


 瞳にかすかな怯えを宿し、江利子はソファに刺さったままの果物ナイフを見つめた。


 そのとき、


「あ゛あ゛あ゛ああぁぁぁぁ!!」

「「「「っ!??」」」」


 叫ぶ声が聞こえ、清子を含めた4人は肩を大きく震わせ、廊下を振り返った。

 走る足音が聞こえ、入ってきたのは血相を変えた使用人。


「お嬢様が目を覚ましてしまいました!」


 泣き出しそうな目をしていた。


「祥子さん!」


 清子が部屋を飛び出し、蓉子たちもそれに習うように駆け出した。


 着いた部屋で起こっていることは、3人には予想の範疇外だった。

 いくら大人びて見えようとも、所詮高校生。


 祥子ではありえないような叫び声を発し、いつもは綺麗に整えられたその髪を振り乱し、取り押さえようとする者たちから逃れるように暴れている。


 3人は、恐怖に身をすくませ、ドアの所からただただ、祥子ではない誰かを見ていた。


「あれは、誰・・・・?」

「知らないわよ・・・・」

「・・・・どうなってんだよ、一体っ」


 蓉子、江利子、聖は、祥子がかかりつけの医師によって鎮静剤を打たれ、眠りにつくのを見ていることしかできなかった。




























「そんなことが・・・・・」


 翌日の放課後、昨日のことを全員に話すと、部屋を支配したのは重苦しい空気。

 令の呟きが、妙に部屋に響く。


「あれは、なんていうか、祥子じゃなかった」

「ええ。祥子の姿をした別人。そうにしか見えなかったわ」


 聖と江利子でさえも、そう言う。

 それに、他のみんなはそれが真実なのだとわかった。

 最近おちゃらけ始めた聖と、面白いこと大好きな江利子が真剣な顔をしているのだから。


「私は、姉(グラン・スール)失格だと本当に思ったわ。祥子が怖かった、怖くて、近づけなかったのよ」


 蓉子は酷く落ち込み、泣いてしまいそうな顔をしていた。


「・・・今日は、全員で行きましょう。もしかしたら、全員いればどうにかできるかもしれません」

「そうは思えないわ」

「やってみなくてはわかりませんよ、紅薔薇さま」

「・・・そうね、令のいうとおり、やる前から諦めるのは駄目よね。なにより、私らしくないわ」


 蓉子は否定したが、江利子は妹(プティ・スール)の言葉に、表情を少しだけ明るくする。


「じゃあ、今日は全員で行こうか」


 それは、聖も同じだったようだ。


「由乃、ごめんね?もし良かったら、先に帰っててくれる?」

「何言ってらっしゃるんですか、お姉さま。もちろん、私も行きます」

「ありがとう、由乃」

「志摩子はどうする?」

「な、なんだか、嫌な予感がするんです」


 聖の問いかけに志摩子が怯えたように小さく返した。

 明るくなり始めていた室内が、志摩子の震えた声に少しだけ重くなる。


 志摩子が、怯える。

 あまり、想像していなかった状態だ。

 聖も、少し困ったような顔で頷くと思っていたし。


「怖い、です・・・・」

「・・・・・・・志摩子、あなたは帰りなさい。あなたまで、あんな状態になってしまったら・・・・・」


 よく見れば、志摩子はかすかに震えていた。

 それを見て、蓉子は真剣な顔でそう勧めた。


「とりあえず、志摩子以外は行くということで決定だね」


 聖が立ち上がりそういえば、他のものたちも立ち上がる。

 志摩子はいまだ座ったまま。


「志摩子?」

「すみませんっ」


 江利子が珍しく気遣わしげに声をかければ、返って来たのは泣きそうに震えた声。

 聖が、そんな志摩子の頭に手を置いた。


「大丈夫だよ、志摩子。誰も、気にしてないから。だから、途中まで一緒に行こう」

「はい・・・っ」


 そうして、震えたままの志摩子を連れて、蓉子たちは薔薇の館を出た。

 みんながみんな、志摩子の異変を気にしつつ。


 と、由乃がふと前に視線を向けて、小さく声を漏らした。


「あれ?」

「「「「「?」」」」」


 志摩子以外が顔を前に向ける。


「・・・・・祐巳さん?」


 漏らしたのは誰か。

 けれど、その名前に志摩子が勢いよく顔を上げた。


 その視線上には、木にもたれながら、祐巳が白烏を肩に乗せて本を読んでいた。


「っ祐巳さん!」


 その声に反応して顔を上げた祐巳は、泣きそうな志摩子を見て軽く目を見張る。

 志摩子はそれに気づいているのかいないのか、祐巳に駆け寄ってきた。

 本を置いて立ち上がった祐巳に、そのまま抱きつく。


「祐巳さんっ・・・祐巳さんっ・・・!」


 祐巳は驚きを消して目を細めると、メガネを外して頭に留まった白烏にそれを渡した。

 白烏は当然のようにそれを嘴にくわえる。


「志摩子さん、ちょっと離れてもらっても良い?」


 だが、志摩子は首を横に振ってそれを拒否する。

 祐巳はそれに苦笑をこぼし、優しく声をかけた。


「大丈夫。ちょっとだけだから」


 それが功を奏したのか、志摩子が少しの間のあと、ゆっくりと祐巳から離れた。

 祐巳はそれを受け、真剣な顔に戻すと志摩子の背中に回りこむ。

 それから、どん、と強めに志摩子の背中を右手で押すように叩いた。


「っ!?」


 膝から落ちるように座り込みそうになった志摩子。

 それを予想していたように、祐巳は志摩子を抱きとめる。

 志摩子も、とっさに抱きしめ返した。


「スッキリした?」

「え、ええ」


 目をぱちくりとさせる志摩子からは、先ほどの様子は見受けられない。

 祐巳は志摩子をゆっくりと離し、白烏からメガネを受け取って掛けた。


「な、何があったの?」


 唖然としたような声。


 祐巳と志摩子がそちらに顔を向ければ、蓉子たちが目と口をあけて2人を見ていた。

 それで志摩子は思い出したように祐巳を見た。


「祐巳さん、お願いがあるの」

「なに?」

「これから祥子さまの家に行くのだけれど、一緒に来てくれないかしら?」

「?」


 首を傾げる祐巳に、簡単な事情を説明する。

 それを聞いた祐巳は真剣な顔で頷いた。


「良いよ。そういうことなら」

「ありがとう、祐巳さん」


 志摩子が心底安心したように微笑めば、祐巳もそれに微笑み返す。

 そして、志摩子は蓉子たちを振り返った。


「紅薔薇さま、行きましょう」


 先ほどとは打って変わって、心の底から安心したような笑みを浮かべた志摩子。

 それを見て、蓉子たちは混乱する。

 志摩子の変化に。


「さあ」

「え、ええ」


 何とか蓉子は言葉を返すことができた。

 それによって、他の者たちも我にかえった。




 一緒に行くこととなった祐巳と蓉子たち。

 気になるのか、蓉子たちの視線は、祐巳と志摩子の繋がれた手。


「あ、あのさ、さっき、何やったの?志摩子の背中叩いてたけど」

「拾ってきたのでしょう」

「拾ってきた?」


 蓉子たちは顔を見合わせ、疑問符を浮かべる。


「それか、あなた方の誰かが持ち帰ったものが憑いてしまったか」

「それって、どういうこと?」

「気づいている方もいるのではありませんか?」

「・・・・霊、ということ?」


 蓉子の疑問に答えると、続けて江利子が真顔で問いかけてきた。

 祐巳は窓へと目を向け、口を開く。


「霊は、心に隙間がある者に憑きます。意思、というよりは、それは本能に近い行動なのでしょう」


 窓の外では、電車と平行して飛ぶ白烏の姿があった。


「祐巳さん、あなた一体・・・・」


 令が唖然と呟き、祐巳は令を一瞥。


「かつて霊に悩まされていた者。今は、除霊師の力を持った者です」





















 ブラウザうバックでお戻りください。



SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送