【疑問さえ】




























 小さい頃から、私は人ならざる者が見えていた。

 幽霊、そう呼ばれるもの。


 彼らは、死んだその状況のまま浮遊する。

 だから、殺された人は酷い状態だし、それは事故でも一緒。

 病気で死んだ人は、血など出ていないためそれほど酷くはない。


 子供の頃から見えていたそれは、年を追うごとに薄れていくのがほとんどであるにもかかわらず、なぜか私はより鮮明に見えるようになった。

 ゆえに、彼らにとり憑かれ、その度に入院するような事態に陥っていた。

 けれど、なぜかそれを人に言ってはいけないような気がして、誰にも言ったりはしなかった。

 家族にでさえも。


 両親や弟もそんな私を心配し、病院を渡り歩き、果ては変な宗教にまで手を出した。

 それでも改善されることのなかったそれは、中学に入ってから激変した。


 叔母が連れてきた、一人の女性とであったからだ。


 その方は、霊能の世界では有名な方らしく、対面してすぐになぜそうなったかを言い当て、当時とり憑いていた霊を払ってくださった。

 力が強すぎたために霊が集まりとり憑かれ、霊症を起こしていたのだという。

 だからこそ、とり憑かれないために、とり憑かれても自力でどうにかできるようにと、私を弟子にしてくださった。


 学校を休学して、毎日修行に明け暮れた。

 兄弟子や姉弟子に支えてもらいながら。


 もともと強い力はさらに強くなり、比例するようにそれに対する力をつけたわたし。


 そして、1年と半年。

 先生から、家に帰ることを許可していただいた。

 餞別として、先生の力のこめられたメガネをいただいて。 

 それをかければ、霊が見えないもので、私にはとてもありがたいものだった。

 力が強いゆえに、霊視の制御が出来ずにいたから。


 私はようやく、我が家へと帰還した。

 白烏(ビャクウ ♀)と名づけた、私に懐いてくれる白いカラスとともに。






























 リリアン女学園の校門のところに、珍しい白いカラスを肩に乗せた少女が立っていた。

 それは周りから視線を集めている。

 そんなことに慣れている少女、福沢祐巳は気にすることなく、歩き出す。


 祐巳が向かったのは、校長室。


「初めまして、私は上村沙織。シスター・上村と呼んでください」

「初めまして、シスター・上村。私は福沢祐巳と申します」


 軽く頭を下げる。

 本当は深く頭を下げたかったのだが、白烏が乗っているためそれは出来ない。


「・・・・どういうおつもりかな?鳥を室内に入れるなど、常識がなっていないのではないかね?」


 嫌味ったらしく生活指導の先生がねめつけるように祐巳と白烏を見た。

 すると、白烏はバサッと羽を伸ばし、飛んだ。


「なっ!?」


 鋭い嘴が彼を傷つけようとすると同時に、


「白烏」


 祐巳が彼女を呼べば、すいっと方向を変え、祐巳の肩に舞い降りた。

 それでも、目は彼から離さない。


「なっ、なんて鳥だ!」

「静かにしてください、水我先生」

「ですが校長!」

「二度は言いません」

「っ・・・」


 反論はしなかったが、白烏を睨みつけている。

 白烏もまた、睨みつけるように彼を見ていた。


 祐巳はそれを無視して、シスター・上村へと目を向けた。


「申し訳ないけれど福沢さん、校内にいる間は、その子を連れて歩かないようにしてくださるかしら?生徒たちが混乱してしまう恐れがあるわ」

「はい。窓を開けても?」

「ええ、かまわないわ」


 祐巳は失礼します、と断りを入れ、窓を開けた。


「白烏」


 祐巳がそう声をかけると、心得ていたように肩から飛び立ち、近くの木に留まった。


「それでは、改めて。入学おめでとう。歓迎します」

「ありがとうございます」


 頭を下げる祐巳に、シスター・上村はにっこりと微笑んだ。


「昇降口に組み分けが張ってありますから、それを見て教室に向かってくれるかしら?」

「わかりました。失礼します」


 祐巳は軽く会釈し、校長室を出て行く。


「・・・・校長、あんな子を入学させてよかったんですか?」

「水我先生、失礼ですよ。彼女はしっかりとした生徒です」


 微笑んで返したシスター・上村に、彼は憎々しげな顔をした。







 1年桃組には、変な空気が漂っていた。


 持ち上がりなら誰もが知っている、西洋人形のような絶世の美少女。

 藤堂志摩子。


 もう一人、編入生である祐巳。

 頬杖をついて窓の外を見つめるその姿からは、普通だが可愛い顔立ちをしているにもかかわらず、志摩子とはまた違った異質な雰囲気が出ていた。


 誰もが2人を遠巻きに見、一週間ほど経ったとしてもそれは変わらなかった。


 そして、その一週間でクラスメイトたちは気づいたことがある。

 祐巳が、休み時間になるたびに教室から出て行くことだ。

 昼休みなど、ギリギリまで帰ってこない。

 好奇心旺盛な少女たちが追いかけようとしても、気がつくといなくなっているために祐巳が何をしているのかをつかんだ者はいまだいなかった。

 その上、登下校ともに肩に真っ白い鳥を乗せてやってくる姿。


 それゆえに、祐巳は志摩子以上に相成れない存在として認識されていた。


























「はぁ・・・」


 廊下を歩きながら、志摩子はお弁当を片手にため息をついた。

 高等部に上がり、2週間がたった今、志摩子は憂鬱で仕方がなかった。


 シスターになりたいがためにリリアンに入ったけれど、こんな自分がいても良いのか。

 中学で編入してから、そればかりを考えていた。

 バレてしまえば、すぐにでも辞めようと考えているけど、常に怯える生活に疲れてしまう。

 それがさらに3年間も・・・・。

 いや、もしかしたら途中でバレて、辞めることになるかもしれないけれど・・・・。


 鬱々としたため息をこぼし、志摩子は窓の外に目を向けた。


 そこからは、かすかに見える満開の桜が目に入った。


 なぜ今まで気づかなかったのだろう。


 志摩子はそう思い、気がつけば歩き出していた。

 渡り廊下を出て、そこから裏庭へと出る。

 目指すは、惹きつけられた桜たち。


 角を曲がれば、桜色が志摩子の視界を埋めつくす。

 志摩子は感嘆の息を吐き出し、


「白烏、好き嫌いはだめだよ」

「クー」


 聞こえた声に、体を強張らせた。

 なぜかは、志摩子自身もわからない。


 そんな志摩子に気づかないらしい声の主は、小さな笑い声を出した。


「そんなに嫌い?」

「クァ」

「けどだめ。栄養しっかり取らないと、大きくなれないよ?」

「クワァッ」

「もう大きい、とかじゃないでしょ?白烏はまだ、1歳なんだから栄養つけないとだめなの」


 聞いたことのない、優しい声。

 そして、何度も耳にしたことのある、黒い鳥の声も。


 まるで、会話をしているみたい・・・・。


 志摩子は体から力を抜き、ゆっくりと声のする方向、草木が茂っている奥へと近づいていった。


 志摩子の目に入ってきたのは、そっぽを向いている真っ白い鳥。

 その鳥の口元に、お弁当のおかずであろうか厚焼き玉子を差し出しながら、苦笑しているクラスメイトだった。


 自分と同じように、クラスメイトたちから敬遠されているその少女、祐巳の話す声さえ、志摩子は聞いたことがなかった。

 ましてや、無表情以外の表情も。


 立ちすくむようにその光景を見ていた志摩子だったが、鳥がこちらへと目を向けた。


「カァ!」


 途端、鋭く鳴く。

 それに反応するように、祐巳が表情を消して立っている志摩子を見上げた。


「あ、ご、ごめんなさいっ」

「何か用?」

「い、いえ。さ、桜の木が目に入って、それで・・・っ」


 祐巳に向けられた視線に、志摩子は人生初ではないか、と言うくらいにしどろもどろになりながらここに来たわけを話した。

 その後返ってきたのは、感情の見えない視線。

 志摩子は、まるで裁判の判決を待つ罪人にでもなったような気持ちで、祐巳の返事を待つ。


 すると、


「座る?」

「え?」

「ここ」


 祐巳は自らの隣、鳥のいない方を軽く叩いた。

 初めきょとんとしていた志摩子だったが、言葉を理解するとおずおずとそこに腰掛けた。


「あ、あの、私、藤堂志摩子と言うの」

「そんなに怯えなくても、とって食べたりしないよ。それに、クラスメイトだから名前も知ってる」


 優しい微笑。

 その笑みは、志摩子の心を暖かくさせた。

 だから、志摩子もいつの間にかしていた緊張を解くことができた。


「そうね。ねえ、祐巳さん。その子のこと、聞いても良い?あまり見たことがないけれど」

「見たことがないはずはないと思うよ?」

「え?」


 首を傾げた志摩子に、祐巳は悪戯っ子のような笑みを浮かべた。


「この子は、羽毛が白いけど、カラスだもん」

「え!?」


 志摩子は驚き、白烏を凝視した。

 見れば確かに、カラスであることがわかる。

 けれど、志摩子は今まで一度も真っ白い毛をしたカラスなど見たことがない。


「名前は、白いカラスだから、そのまま白烏。女の子だよ」

「そうなの。よろしくね、白烏ちゃん」

「クァ」


 志摩子は、なぜ祐巳はこんな白いカラスと一緒にいるのか。

 そんなこと、疑問になど思わなかった。

 むしろ、祐巳と白烏は一緒でない方がおかしいように感じてきた。


「祐巳さん。祐巳さんは、いつもここで昼食を食べているの?」

「まだ1週間だけだけど、今までずっとここで食べてたよ」

「なら、明日から、私もご一緒してもいいかしら?」


 友達なんて作ってはいけない。

 そう思っていた心は、いつの間にか消えていた。

 ただ、なぜかわからないが、祐巳と一緒にいたい。

 そんなことを思っていた。


「良いよ」


 たった数分、隣にいただけで、本当ならありえないこと。

 けれど志摩子は、今の自分の行動が正しいような気がした。


 祐巳の微笑を見ながら、不思議と確信していた。





「祐巳さん、一緒に帰っても良いかしら?」


 終礼が終わってすぐ志摩子が祐巳に駆け寄ってそう問いかければ、クラスメイトたちが驚いたように志摩子と祐巳を見た。

 それを気にした様子もなく、祐巳は何も言わず、けれど淡い笑みを浮かべて立ち上がる。

 それに微笑み返し、志摩子はカバンを取りに戻ると待っていてくれた祐巳と並んで、教室から出て行く。

 2人が出て行くと、教室内は途端にざわついた。


 昇降口から出ると、待ってましたとばかりに白烏が祐巳の肩に留まった。


「白烏ちゃんて、賢い子なのね」

「カラス自体、知能が高いからね。一度覚えた人間は、絶対に忘れないって言われてるし」

「そうなの?」

「うん。まあ、そこら辺にいるカラスみたいに、ゴミを漁る姿からはあまり想像できないかもしれないけどね」

「そう。凄いのね」

「クァ」


 なんだか胸を張っているように見える白烏を、祐巳は苦笑を浮かべて見た。


「あまり褒めないでね?調子に乗るから」

「クワッ」

「白烏は、謙虚なほうが良いの」

「ふふ」


 会話をしているような祐巳と白烏に、志摩子は笑う。

 いや、実際に会話をしているのだろう。

 志摩子は、それにも疑問に思うことはなかった。






















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