【向けられる瞳】































 休日、江利子は呼び出されていた。

 祐巳に、ではなく、妙子に。


「どうしたんですか?」

「祐巳のカッコいいところ、見てみたくはない?」


 その言葉に、江利子は少しだけ目を見開いた。

 今日は祐巳のほうになにやら用事があるとかで、今日は1人。

 最近の週末は祐巳に色々な体験をさせてもらっていたため、どうやって暇つぶししようかと考えていた矢先の呼び出し。

 それも、祐巳にではなく彼女の叔母だという妙子から。


「・・・・ウェイクボードやスカイダイビングの時以上、ですか?」

「それは、あなたの価値観によるわ。どう?」

「・・・行かせていただきます」

「決定ね」


 妙子は何が楽しいのか、輝いた笑顔。

 停めてあった健吾の運転する車で、ある場所へと向かった。


「道場・・・?」


 着いたのは、でかでかと門のところに、来栖空手道場、と書かれていた建物。


「ええ。さ、入って」


 ここまでくれば、頭の回転の速い江利子はわかった。

 空手をやる祐巳、というのがあまり想像できない。

 だからこそ、わくわくしながら中へと入っていった。


 人を投げているらしい音。

 笛の音。

 審判の声。

 それに導かれるようにして、江利子と妙子は扉の隙間から滑り込むようにして入る。


「あ・・・」


 その道場の中心、観客たちが視線を向けたところには、


「っ!」

「っぐ・・・」


 大の大人相手に戦う祐巳の姿あった。


 今まで江利子が見てきたのは、魅力的な笑顔。

 キラキラ輝く笑顔。


 反対に、目の前にいるのはどこまでも真剣な顔をした祐巳。

 一度も見たことのない表情。


 それは、カッコイイ、というよりも。


「綺麗・・・」


 見惚れた。

 今まで何度も、江利子は祐巳に見惚れてきたけれど。

 それに負けないくらい。

 否、それ以上に今の祐巳には、江利子を魅せる力があった。


 妙子はその隣で、健吾と共に微笑みあっていた。






























「・・・・なんでいるの?」

「あら、酷い言い草ね」

「だって、今日誘ってないし。・・・妙子さん?」

「てへっ♪」


 舌を出す妙子に、祐巳は苦笑。

 江利子はそんな祐巳にタオルを差し出す。


「はい」

「ありがとう。けど、よく来たね」

「どういう意味?」


 汗を拭う祐巳に、江利子は眉を寄せた。

 その言い草がなんとなく気に食わなくて。


 内心、喜んでくれても良いじゃない、と思っていたから。


「だって、江利子さんの暇が潰せそうなものでもないじゃん」

「祐巳がいるわ」

「え、わたしどれだけ期待されてるの?というか、珍獣扱い?」


 江利子の心の内など気づかず、祐巳は嫌そうな顔。

 もちろんそれが表情だけのものであると、江利子もわかっている。


「そうね」

「うわ、そこは否定してほしかった」

「無理ね。祐巳は、そこにいるだけで私を楽しませるもの」

「・・・そこはかとなく貶された気がする」

「あら、どうして?」

「やっぱりムカつくv」


 素晴らしいほどの笑顔の交わしあい。

 江利子はこんな小さなことも、幸せだと感じていた。

 なぜならそこに、祐巳がいるから。


 と、そこに乱入者が。


「祐巳さん!」

「?あ、リオちゃん」

「こ、これ!」


 差し出されたのはタオル。

 それからは、洗いたてのような良い香りがしていて。


 祐巳はすでにタオルで汗を拭っているが、それを膝の上において差し出されたタオルを受け取った。

 そのまま顔をうずめるように、額に滑らせる。

 まるで、汗を拭うように。


「ありがとう。凄くいい香りだね」

「そ、それじゃあね!来週の団体戦も頑張って!」


 祐巳よりも2つほど下くらいと思われる少女は、顔を赤くさせて駆け出した。

 去り際、江利子を凄い勢いで睨んで。


「・・・何よ、あれ」


 憮然とした表情の江利子。

 それに苦笑をこぼす祐巳とは反対に、にやりと笑うのは妙子だ。


 妙子はその表情のまま、したり顔で告げた。


「確かあの子、祐巳に告白した子じゃなかった?」

「・・・そうなの?」


 さらに深まる、不機嫌そうな表情。

 祐巳はそれに頷く。

 困ったような表情に変えて。


「つい最近かな?」

「それって、私と出会った後のことよね?」

「うん、そうだよ?」

「・・・何故、言ってくれなかったの?」


 睨まれ、祐巳はそれでも笑う。

 瞳に、意地悪そうな色を湛えて。


「だって、機嫌悪くなるでしょ?」

「はっ?」

「わたしが告白された、なんて言ったら。実際、今も不機嫌だし?」


 江利子は開いた口が塞がらない、とばかりに口をポカン、と開けて祐巳を見た。

 祐巳はそれにやはり笑っていて。

 それでようやく、江利子は我にかえり。

 そして、悟った。

 色々なものを。


「ゆ、祐巳、あなたっ・・・!」

「気づいてたよ?江利子さんがわたしのこと、好きなの」

「っ何故!?」

「視線に熱がこもってたから?」


 余裕な感じの祐巳。

 それになんだかムカついて。


「・・・自意識過剰」

「でも、事実」

「っ」


 そっぽ向いてポツリ。

 けれどそう即答され、らしくなく江利子の頬が赤くなった。

 それを自覚して、恥ずかしそうに眉を寄せる。


「可愛いv」

「っ!」


 意地悪そうな笑み。

 それにさらに顔を赤くしてしまう江利子。


「・・・それで、答えはどうなのよ」

「答え?」

「気づかれていたのは癪だけれど、あなたの言ったとおり私はあなたが好きよ。その返事」


 祐巳ではないところを向いたまま、江利子はそう問いかける。

 それに祐巳と妙子は顔を見合わせて笑い、


「若いって良いわね〜」


 なんて、妙子は健吾と共に出て行き、祐巳はすっと江利子にさらに近づいて座った。


「好き、だよ」

「・・・そう」


 うつむく江利子の口には、抑え切れないのだろう、嬉しそうな笑みが。

 祐巳もそれを見て笑顔を浮かべた。


 今まではメル友として。

 これからは恋人として。

 2人は、共に歩む。


 これは、祐巳がまだ高等部にあがる前のお話。





















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