【妹(プティ・スール)】
祐巳がリリアンに入ってきたのは、ある意味好都合。
私は、妹(プティ・スール)にするのならば祐巳だけだと、そう思っていたから。
「祐巳」
「ここに」
温室。
誰もやってこないそこで私の唯一であるあの子の名前を呼べば、すぐに返事が返ってきた。
振り返ると、重箱を持った祐巳がそこにいる。
「お昼を食べましょう」
それに返事はなく、それでももうすでに祐巳は鉢植えをどかし、そこにハンカチを敷いている。
私はそこに腰掛け、膝に乗せられたお弁当の蓋をあけた。
そこには、色鮮やかで美味しそうな食べ物。
こんな無表情な子がこれをわざわざ作ってくれているのだと思うと、毎回笑みがこぼれる。
「今日も、美味しそうね」
「ありがとうございます」
漆黒の瞳を見つめれば、淡々とした返答。
そこに鮮やかな色がないことに不満を感じるも、仕方ないと割り切る。
平凡な日常を送っている子たちが、彼女の琥珀を受け入れてくれるはずがないから。
彼女達よりも見慣れているであろう父と祖父でさえも、祐巳の瞳を気味悪がっているのだから。
それでもその無機質なコンタクトが、祐巳の綺麗な瞳を覆い隠していると思うと、不快でならないのだけれど。
「・・・・美味しいわ、祐巳」
「ありがとうございます」
唐揚げを一つとってそれを祐巳の口元に寄せた。
そうすれば、祐巳はまるで親鳥から餌をねだる雛鳥のように、素直に口を開けてくれる。
その小さな口に、私は唐揚げを入れてあげる。
「午後の授業は?」
「5時限目が地理で、6時限目が数学です」
「そう。わからないことがあったら、私に言うのよ?祐巳になら、喜んで勉強を教えてあげるわ」
「恐れ入ります」
授業で勉強を理解できる祐巳。
それを、お互いに理解をしている。
それでも、私はそれを言葉にする。
ちょっとしたコミュニケーションといっても良いかもしれない。
昼食を食べ終え、祐巳の用意してくれた紅茶を飲む。
紙コップだけれど、祐巳の入れてくれるダージリン自体はとても美味しい。
「そうだわ、祐巳」
重箱を風呂敷に包む手を止めて、祐巳は私を見る。
私はその頬に手を寄せて、微笑んだ。
「放課後、薔薇の館にいらっしゃい。そろそろあなたを妹(プティ・スール)にしたこと、お姉さまにお話しなくては」
「来週になさるのでは?」
「あなたがこうして傍にいてくれるのに、それを隠して離れなければいけないのは、もう我慢ができないの」
「わかりました」
「だから、掃除を終えたらいらっしゃいね」
「はい」
祐巳の首にかかったかつて私の物であったロザリオの鎖を、そっと撫でる。
それは祐巳が私の無二であるという、実質的な証明。
それは、祐巳が私のモノであるという、物理的な証。
タイで隠れる白い素肌に唇を寄せて、紅い華を咲かせる。
私が唯一気に入っている、彼女の紅。
それからそっと祐巳の後頭部に手を回して引き寄せ、口付ける。
もう一方の手で祐巳の細い手を握り締めれば、ごくごく微かだけれど、握り返してくれる手。
その手を持ち上げてキスを落とす。
無機質な物からでもわかる、焦れたような色を宿す瞳に笑みをこぼした。
「祥子、聞いているの?」
「・・・・すみません、お姉さま」
「さっきからあなた、心ここにあらずじゃない」
「申し訳ありません、お姉さま」
横から聞こえるため息。
私はそれを聞き流してちらりと、時計に目を向けた。
そろそろ、来てくれても良い頃よ?
いつまで待たせるの?
それとも、掃除が長引いているのかしら?
いつまでたっても現れない祐巳に、苛々がつのる。
「でも、どうしたの?祥子」
「さっきから、時計を見てばかりね。何か気になることでもあるのかしら?」
心配そうな表情をした令と、楽しそうな黄薔薇さま。
それに何でもありません、と返しながらも、やはり視線は勝手にドアへと向かう。
・・・・迎えに行こうかしら?
「それなら良いわ。話しを続けるわね。あなたにはシンデレラをしてもらうことになるわ」
「はい、わかっています」
「そう。それと、王子様は花寺の方が勤めるから」
ということは、優さんね。
わかっているとは思うけれど、彼にも一応言っておかなくては。
祐巳が私のメイドだということは。
「わかりましたわ」
「ところで、祥子。妹(プティ・スール)にしたいような子はいる?」
急な話題変換。
いえ、もしかしたらお姉さまは、4ヵ月後に控えた文化祭のことよりも、そちらのことをおっしゃりたかったのかもしれない。
2年に上がってからすでに3ヶ月がたっていて、そろそろ、候補だけでも見つけているべき期間はたったのだから。
もっとも私はすでに、祐巳がリリアンの高等部に編入してくると知ったときから、あの子以外を妹(プティ・スール)にする気はなかったけれど。
それでもある程度時間をおくべきと考えたのは、早すぎては訝しく思われてしまうから。
「・・・・・・いますわ」
本当は祐巳が来てから報告をする予定だったけれど、今ここで言ったとしても問題はないわよね。
「え?そうなの?」
「ええ。彼女には一応、放課後ここに来るように伝えてはいるわ」
「ああ、だからさっきから時計やドアを気にしてたわけね」
「そのようですわ、白薔薇さま」
令と白薔薇様に答えたとき、微かに鳴る音。
あの子特有の、ノック音。
「来たみたいです」
私はすぐに立ち上がって、ドアへと近づき、開けた。
いたのは、戸惑ったような表情を浮かべた子。
感情、という仮面をかぶった、祐巳がいた。
「待っていたわ、祐巳」
「おお遅くなって申し訳ありませんっ、祥子さまっ」
「良いのよ。さ、入って」
「失礼します!」
緊張した風を装う祐巳を入るように促して、お姉さま方に見えるように隣に立たせた。
皆さん、興味深々で祐巳を見つめている。
偽りの祐巳を。
さすがにあそこまで無表情。
その上、無感情。
それではお姉さま方が戸惑うと思って、私は祐巳に、学院にいる間は普通の女の子であるように振舞うようにと伝えておいた。
祐巳はそれを、しっかりと守っているみたいね。
あまりの違いに、ビックリはしたけれど。
・・・・なんていうのは、上辺だけ。
本当は、本来のこの子を誰にも知られたくないから。
「ご紹介します。私の妹(プティ・スール)の祐巳ですわ」
「1年桃組35番の福沢祐巳です!よろしくお願いします!」
勢いよく頭を下げる祐巳を、驚いたように、楽しそうに見つめる方々。
それに対して不満を感じるも、表には出さずに祐巳を見た。
「それでは祐巳、オレンジペコを入れてくれるかしら?」
「はい」
初めて見る、にっこりとした笑顔。
こんな笑顔を浮かべることが出来るのかと、少しだけ感動する。
といっても、あくまで偽りなのだから少しだけ。
「由乃ちゃん。祐巳に使い方を教えてあげてくれるかしら?」
「は、はい!」
驚いたように立ち上がり、彼女は祐巳のもとへと。
私はそれを見届けて、椅子に腰掛けた。
「・・・・・祥子が、あんなふうに笑うところ、初めて見た」
「あんなふう、とは?」
「あら、あなた気付いていないの?とても柔らかな笑みを浮かべていたわよ?」
「そうなのですか?」
「ええ。祐巳ちゃん、だったかしら。予想とは違ったけれど、良い子そうね」
「ありがとうございます」
聖さま、江利子さま、お姉さまに答え、ちらりと流し台へと目を向ける。
わたわたとした風を装いながら、由乃ちゃんと話しをする祐巳。
それに答える由乃ちゃんは微笑んでいて、私の知る中で一番柔らかな笑み。
きっと私も、あのような笑みを浮かべていたのね。
「お姉さま方も、すぐにわかりますわ。あの子の傍が、どれほど安らぐかを」
微笑んでそう言うと、お姉さま方は驚きの表情を浮かべた。
あの子の傍は、とても心地が良い。
本当でも偽りでも、それはきっと変わらないはず。
由乃ちゃんが良い例ね。
嫉妬をしないでもないけれど、この簡素な室内が華やぐことを期待している。
私はあの子が傍にいてくれることを強く願うけれど、それと同時に私たちの質素な関係を強いものにしてくれることも願っているのよ。
それに、あの子がどれほど周りから好かれようとも、私のモノである、ということが覆ることはないのだから。
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