【戦うメイドさん】































 吊るされた体。

 殴られ、切れた口端が痛みを主張している。


「ふん、強情なお嬢さまだ」

「あなたのような輩には、嫌と言うほど出会っているのよ」

「そうかよ!」


 もう一度、頬を殴られる。

 それでも、痛みに慣れた体は、悲鳴をあげない。


 小笠原祥子。

 小笠原家の長女。

 私はお金が欲しい誘拐犯にとっては、格好の獲物。


 高等部に上がっても、それが変わることはない。


「別によ、俺達は金が手にはいりゃ良いんだぜ?」


 凄むその眼。

 普通の人間ならば、恐怖を感じるのかもしれない。

 けれど、私はそれに怯えることはない。

 それは、幼少の頃から数え切れないほど、このような状況を経験しているから。


 それは、助けが来ることを予見しているから。

 否、知っているから。


「あら、それは残念ね」

「あぁ?」


 男が私を睨み、ナイフを手にとったとき。

 ゆっくりと、部屋のドアが開いた。


「遅くてよ」


 そこから現れたのは、一人の少女。


 彼女を視界に入れて、私は自然と微笑んでいた。

 目の前の男は、反対に驚愕に目を見開いているというのに。


「申し訳ありません、お嬢様」


 淡々とした声が、室内に響いた。



























 まだ中等部の頃、休みの日に町を歩いているとき、ゴミ捨て場に一人の女の子が倒れているのを発見した。

 私と同じくらいか、一つ下くらいの子。


「あなた、こんなところで何をしているの?」


 彼女は、その問いに答えることはなかった。

 代わりといっても良いのか、琥珀色の瞳が向けられる。

 本来ならありえない、瞳の色。

 まるで、眼球の裏さえ見えるのではないかと思うくらい、透き通って見えた。


 それなのに、私はそれを気味が悪いとは思わなかった。

 ただ、とても綺麗な色だと。

 そう思った。


「あなた、行くところがないの?」


 彼女は答えない。

 それでも、瞳が肯定を返していた。


 もしかしたら、私の気のせいかもしれないけれど。


「それなら、私の家に来なさい」


 気がつけば、そう言っていた。
























 ――― コンコン


 控えめなノック。

 そんなノックは、私の知る限り彼女しかいない。


「お入り」

「失礼します」


 私にだけ聞こえれば良い、とでもいうような小さな声。

 入ってきたのは、あの日、私が拾った子。


 私だけの、メイド。


「湯気の準備が整いました」

「わかったわ」


 読んでいた本にしおりを挟み、椅子から立ち上がる。

 彼女の隣を通り過ぎて部屋を出れば、当然のように少し後ろからついてくるあの子。

 そしてそれは、私も当然だと認識している行動。


「今日は?」

「薔薇の香りのするものを」

「相変わらず、気が利くわね」

「ありがとうございます」


 言葉少なに告げられたその内容の真意を理解できるのは、世界でもきっと私だけ。

 そうであると自負しているし、事実そう。


 今日はパーティーがあり、疲れた私の体を気遣って、私の好きな入浴剤を入れてくれた彼女。

 父や祖父でさえ、私が薔薇の香りの入浴剤がお気に入りだと、気づいていないだろう。

 むしろ、私にお気に入りの入浴剤があるかどうかさえも、わからないはず。


 脱衣場で服を脱いでいるあいだに、彼女も服を脱ぐ。

 それは白く薄い着物で、濡れてもいいように。


 浴場の椅子に座れば、彼女はすぐに私の体にお湯をかけてくれる。

 それはいつものこと。

 私の体を洗うのは、彼女の仕事だから。

 それだけではなく、私に関わること全てが、この子の仕事。


「そういえば、父から聞いたかしら?」

「リリアン女学院高等部1学年に編入することを、ですか?」

「ええ。私は今のままでも良いと言ったのだけど」

「かまいません」


 私の警護、部屋の掃除、洗濯。

 私の全てをしてくれている彼女を気遣って反対をしたけれど、父は許してはくれなかった。

 いつもは、私のことなど見てはいないくせに。

 余計なことだけは、口や手を出してくる。


 煩わしいことこの上ない。


「あなたがそう言うのなら良いけれど」


 広い浴場。

 彼女だけがいてくれる空間。

 それの、なんと心安らぐことか。


 私が一番安心できる場所。

 それは、彼女と2人きりでいるとき。


 この世で、唯一私だけに従う子。

 この子の考えのもとは、全て私に関してだけ。

 私が関わらなければ、この子はピクリとも動かない。

 一瞬であろうとも、私以外のことに心を動かさない。


 だから、信用する。

 だから、信頼する。


 この世で、彼女だけを。








































「なっ、なんでここに!!?」


 男の質問に答えることなく、彼女は私へと近づいてくる。

 それを見て何を思ったのか、男は私にナイフを突きつけようとして。


「ぎゃぁぁっ!!」


 けれどそれは、刺さったナイフによって阻止された。

 煩わしい悲鳴に、自然と眉がよる。

 人を傷つけることには慣れているらしい男は、傷つけられることには慣れていないようだ。


「お嬢様、今消毒を致します」


 感情の伺えない声。

 感情の見えない表情。


 それでも、その瞳には、かすかな安堵と怒りが垣間見える。


「ええ、お願い」


 手を押さえて身悶える男の横を通り過ぎたと同時に、舞う紅。

 人工の光りに反射したソレは、醜すぎて見るに耐えない。


 それの原因である彼女はまるで見えないかのように、私の縛りを断ち切った。


 倒れそうになる体が、細い腕に抱きとめられる。

 私はその腕の主を抱きしめ、そっとキスをした。

 その時ばかりは、じくじくとした痛みも私を苛々させない。


「いつもより、時間がかかったみたいね」


 それも、3,4分くらいのことだけれど。

 それでも、彼女にしては珍しい。

 彼女を拾ってからは、捕らえられても10分たたないうちに助けに来てくれるから。


 もっとも、殴られた回数が1,2度増えただけで、これといって支障はないけれど。


「蠅に掴まりました」

「そう」


 彼女の言う”蠅”とは、父、または祖父のことを表す。

 大方、世間に知られる前に片付けろ、とでも言ったのでしょうね。

 その会話自体が、無駄な時間だというのに。

 彼らは、まだそのことに気づかない。

 哀れすぎて、苛々するわ。


「我慢をしたの?」

「清子さまもいらっしゃったので、気絶するにとどめました」

「そう。お母様に、血は見せられないものね」


 それを聞いて、彼らを止めてこの子を早く行かせようとするも無駄に終わって肩を落とすお母様が、たやすく想像できた。

 お母様は、小笠原家、及び親族の中で、唯一私とこの子の味方といっても良い。

 あの方の場合は、その押しの弱さのために空回りすることがほとんどだけれど。


 時間を潰してしまったがためにいつもよりも焦っていたのか、彼女の頬には一滴の血が。

 いつもならば、返り血をあびない彼女が。


 本当に珍しい。

 けれどそれは、それほど急いでいたということ。

 それほど、私を助けようと焦っていたということ。


 そんな些細で大きな事実が、さらに彼女へ心を傾けさせる。


「それでは、帰りましょうか」

「はい」


 私以上に細い腕。

 にもかかわらず、彼女は私を苦もなく横抱きに抱える。


「首に腕を」

「わかっていてよ、祐巳」


 腕を首にまわすと、彼女は、祐巳は躊躇うこともせず、窓から飛び降りた。









 あとがき。


 黒執事、という漫画を読んで、思いついたネタです。












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