【ようこそ、薔薇の館へ】































 放課後、掃除中に江利子と聖に、ほぼ誘拐のような形で連れてこられた祐巳は、可哀想に縮こまっていた。

 そんなこと関係ない、とでもいうように眼光強く祐巳を見つめる(睨む?)祥子。


「初めまして、小笠原祥子よ」

「ふ、福沢祐巳ですっ」


 強張った表情が、目の前にいる人物にどれほど恐怖しているのか表していた。

 その様があまりにも可哀想で。


 思わず、


「祥子、睨むのは止めたら?祐巳ちゃんが怯えているじゃない」


 なんて、あの、江利子が注意してしまう。

 もっとも、その口元には笑みが浮かんでいるのだが。


「睨んでなどおりませんわ!!」

「っ!!」


 ビクッと大きく震える祐巳の肩。

 それに気づいたのか、それとも自分が大声を出したことを恥じたのか。

 祥子は、今の心情で出来る限りの笑みを祐巳に向けた。


「大声を上げてごめんなさいね」

「い、いえっ」


 完全に怯えている。

 もはや、泣き出す一歩手前と表現してよいかもしれない。


 だが、祐巳にとって幸いだったなのは、その捨てられた、怯えた小動物のような表情が、祥子の。

 それだけでなく、ここにいる全員の庇護欲をかきたてたことだろう。

 本人は気づいていないが。


「・・・と、とりあえず、祐巳さん、紅茶をどうぞ」

「あ・・・。ありがとう、志摩子さん」


 ――― ズキュゥゥン!!


 目尻にたまった涙。

 潤んだ瞳。

 それでも、嬉しそうに、安堵したように笑うその笑顔。


 同じクラス。

 それでも、祐巳が編入生であるため会話らしい会話などしたことのなかった志摩子は、祐巳のそんな笑みを初めて見て。

 その瞬間、志摩子は、いや、志摩子だけでなく全員。

 自分の心が矢で射られてしまったのを無意識に感じた。


 否。

 否。


 そんな甘いものではなくて。

 例えばマグナム。

 例えばバズーカ。

 例えば、矢の乱発。

 むしろ、核?


 そんな、凄い威力のもので、だ。


「祐巳ちゃん!!」


 そこに血相をかえて入ってきたのは、我らが紅薔薇様。

 祐巳が、このメンバーの中で一番安心できる人物。


「蓉子さま!」


 やはり心細かったのだろう。

 祐巳は椅子から立ち上がり、わき目も振らず蓉子の腕の中へ。

 蓉子も、抱きついてきた祐巳を抱きとめた。


 それから、すぐさま室内を確認。

 まるで、祐巳を品定めするかのような、彼女の席位置。


「・・・どういうつもり?あなたたち」


 低い声を向けられた先は、江利子と聖の2人。

 祥子に言われ、仕方なく祐巳を迎えにいった蓉子。

 だがそこに祐巳はおらず、むしろすでに自分の親友たちが迎えに来たあとだというではないか。


 最上級生。

 それも、黄薔薇さまと白薔薇さまに言われ、拒める生徒などいるものか、と蓉子は思う。

 ましてやその相手は、笑顔の可愛い無邪気な後輩。

 いくら彼女が編入生で姉妹(スール)制度や山百合会に疎い、といっても。

 それでも、見知らぬ上級生2人に呼び出されて平然とできるはずがないと、蓉子は知っている。

 その上、着いた場所はさらに知らない人達が自分を注視してくる場所。


「あ、あら、先に言い出したのは聖よ?」

「ゲッ!ずるいよ江利子!自分だけ許してもらおうだなんて!」

「本当のことだもの」

「自分だって楽しそう、って言ってたじゃん!」

「でも、言い出したのはあなた」


 罪の擦り付け合い。


 ・・・だって、それほど今の蓉子、怖いんです。( by 聖)


「黙りなさい」


 だが、それも蓉子の低い一言で停止。

 いつもならば気にしない江利子も、この時ばかりはお世話好きな親友が怖かったらしい。


 伊達に、彼女は裏で期待の星、といわれて一個隊のリーダーなんてものをやっているわけではない。


「祐巳ちゃん、大丈夫よ?私がきたから、安心して」


 涙は流していないだろうが、蓉子の腕の中から出ようとしない祐巳の頭を撫でて。

 一瞬前の声とは真逆の、とっても優しい声をかけてやる。


 数秒後。

 ゆっくりと、祐巳が蓉子から体を少しだけ離した。


「もう、平気?」

「すいません・・・」


 どこか意気消沈気味の祐巳。

 蓉子はそれに笑みをこぼし、もう一度祐巳の頭を撫でる。


「気にしないで。さ、こっちにいらっしゃい」

「はい」


 今度は蓉子も一緒だからか、祐巳は素直に蓉子に手を引かれて促されるまま、先ほどまで座っていた席に腰掛けた。


 祥子たちを見れば、なんだか気まずそうで。

 2人のやり取りをみている間に、自分たちが珍しいものを見るように祐巳を見て。

 かつ、そのせいで祐巳を怯えさせてしまったことに気がついたのだろう。


「あ、あのっ」


 祐巳の声。

 驚いたように祥子たちが祐巳を見れば。


「す、すいませんでしたっ」

「え、何が・・・?」


 それは、誰かの言葉。

 けれど、全員の思い。

 だって、何故祐巳に謝られたのかがわからなかったから。

 本来なら、謝らなければいけないのは自分達なのに。


「な、泣いてしまって・・・っ」


 恥ずかしそうに俯く祐巳。

 それから、伺うように祥子たちを見て。


 ――― ズズズズズズキュゥゥゥゥゥゥン!!!


 核、再び。

 そしてそれは、先ほどまでいなかった蓉子の心にも、手加減なく落とされた。










































 帰り道。

 みんなと別れて、令と由乃は家への道のりを歩いていた。

 仲良く話しをしながら。


 その話題の中心にいるのは、当然祐巳のことで。


 その道中、なにやらおかしな雰囲気を感じて。

 2人は同時に、前に目を向けた。


「・・・誰かしら?」

「さ、さあ」


 道路の真ん中。

 たっていたのは男性。

 それだけなら、問題ない。

 ただ、邪魔なだけ。


 けれど、その男性が放つ空気はひどく不気味な。

 俯き、顔が見えないのも気味が悪い。


 2人は関わりあいになるのを拒むように、そっと横を通り過ぎようとした。


「っ!!?」


 途端、男性がなにも言わず由乃の腕をつかみ。

 由乃は思わず、声なき悲鳴をあげてしまう。


 それに気づき、令があわてて由乃を見て。


「離してください!」


 男性の腕をつかもうとした。

 しかし、令の手が男の腕に触れるよりも早く、彼女の身体は何かに吹っ飛ばされてしまう。

 そのまま令の身体は、背中から壁にぶつかり。

 地面に、崩れるように落ちた。


「令ちゃん!?」


 駆け寄ろうにも、男性に腕を離してはくれず。

 由乃は、きっと男性を睨んだ。


「離してください!!」


「俺さぁ、飽きちゃったんだよね」


 それに返って来たのは、意味不明な。

 そして、歪んだ笑み。


 由乃の背筋を、悪寒が走る。


 命の危機。


 由乃の脳に、警報が鳴り響く。

 だというのに、体は動かず。

 むしろ、発作が・・・。


「くぁっ・・・!」


 心臓が絞めつけられる感覚。

 慣れたそれは、けれどその苦しさに慣れることはできず。


 腕をつかまれたまま、由乃は胸部分の制服をかきむしるように握りしめた。


「ん?なんだよお前、欠陥品かよ!つまんねぇじゃねーか!!」


 欠陥品。

 なんて、残酷な言葉か。

 なんて、非道な発言か。


 そして、なんと的を得た言葉かと、由乃は思った。


 急に起こった、非日常な状況。

 そこで言われた言葉は。


 常日頃、由乃自身蔑んでいた自らの心を、たやすく。

 けれど、深く傷つけた。


 ゆえに彼女は、数秒自らを優しく抱きしめてくれている存在に気づかなかった。


「な!?・・・また貴様かぁぁぁぁぁ!!!」


 男の叫び声が遠く。

 由乃が不思議に思い。

 ひどく、ゆっくりとした仕草で、顔をあげた。


 暗く、濁った瞳が移したその人物。

 茶色いローブをきて、フードを目深にかぶった、顔のわからない人物。


「あなたは・・・?」


 瞳同様、暗い声。

 それに反応するように向けられた、顔の見えないフード。


 無言。

 けれど、無骨なローブには似合わない、細く綺麗な手がゆっくりと。

 優しく、由乃の頭を撫でた。


 見開かれていく由乃の瞳。


 まるで、先ほどの男の発言を聞いていたような。

 まるで、あなたは欠陥品などではない、と言っているような。

 まるで、あなたは必要な人だと、言われているような。


 光りの灯り始めた由乃の瞳。

 同時に、由乃の脳が従姉の顔を映し。


「令ちゃんは!!」


 慌ててあたりを見渡せば、すぐそこに。

 遠くで倒れていたはずなのに。


 壁に叩きつけられるようにあたったのに、怪我のない穏やかな寝息をたてる令をみて、由乃の輝きを取り戻した瞳から、涙が溢れた。


「・・・あなたが?」


 静かな頷き。

 由乃は、破顔する。


「ありがとう・・・っ!」


 顔なんて見えない。

 そんなこと関係ない。

 それよりも、自分を撫でてくれた手が優しかったから。

 今も、気遣うように抱きしめてくれる手が、優しいから。


 由乃は顔の見えない不思議な相手を、警戒する気持ちは一切なかった。


「っ今度こそ貴様を殺してやる!!!」

「っ!?」


 そこで、由乃自身いることを忘れていた男の叫び声。

 怯え、無意識に由乃は自分を抱いていてくれる人物に抱きついた。


 その瞬間。


 ――― ズガガガガガガガ!!!!


 天から、何かが降ってきた。


 由乃は咄嗟に目をつぶり、ギュッと強く抱きつく腕を強くする。


「っふざけんな!!何のつもりだ貴様!!!!」


 聞こえた怒声。

 それに由乃は目を開け。

 大きく目を見開いた。


「・・・なに・・・・・あれ・・・」


 由乃の視界に入ってきたのは、幾数もの氷の歪な柱。

 それが男を取り囲むように突き刺さり、天上はこれまた氷の円盤。


 それは、現実にはありえない、氷でできた檻だった。


「っこんなの吹き飛ばしてやるぁ!!!」

「ひっ!」


 男の身体からあふれ出た、黒い靄。

 それはひどく不気味なもので、由乃は短い悲鳴をあげた。


 だがそれも、檻の外から出てくることがなく。

 むしろ、柱に吸い込まれるように掻き消えてしまう。


「っ何でだ!!何で、いつもいつも貴様には闇魔法が効かねぇんだ!!!」

「ま、ほう・・・?」


 由乃が呆然としたように呟く。

 その隣で、ローブは手の平に何かを乗せたようにフード前に持ってくると、


「ふっ・・・」


 小さく、息を吹きかけた。


「?」


 その行動の意味がわからず、由乃はきょとん、とした幼い顔でその人物を見つめ。

 ローブはそれに応えるように、もう一度由乃の頭を撫でた。


 同時に、由乃の姿が。

 眠ったままの令が。

 その場から溶けるように消えた。


「・・・・・」


 ローブはそれを確認すると、静かに視線を移すように先ほどまで騒いでいた男へとフードを向ける。


 そこにいたのは、氷漬けにされた男だった。


 ゆっくりと、身体全体で振り返るローブ。

 その先には、走りよって来る蓉子たちが。


「加藤が・・・っ!?」


 蓉子が息を呑む。


「あなたが、やったのね・・・」


 それは、疑問ではなく確信。

 だが、やはりローブは何も応えず、一瞬のうちに消えてしまった。


「・・・水野さん、どうします・・・?」

「・・・・どうするも何も、さっさとアレを回収して帰る以外、やることはないでしょう?」


 何度目だろうか。

 かの人物に何も出来ず、見送るのは。


 もちろん、することといっても仲間を助けてくれた人物だ。

 それに、今まで一度もかの人物から攻撃されたことなどない。

 やることといえば、質問するくらいしかできない。

 まあ、かの人物が答えてくれる可能性を、蓉子たちは少しも抱いていないのだけれど。


 だから、蓉子たちはある意味慣れているのだ。

 かの人物が、話しを聞くこともせずに去ってしまうことに。


「とりあえず、一連の犯人は捕まえたし、上部から文句が出ることもないでしょう」


 部下に答えつつ、蓉子はため息をついた。


 彼女は、上司からある頼み事をされたのだ。

 それは。


 かの人物を、組合に勧誘してほしい。


 というもの。


 確かに、ローブの持つ力は強大だ。

 それを身内に引き込めたら、これほど幸いないことはないだろう。

 いつ敵にまわるかわからない、フリーよりも。


 蓉子だってそれくらい、わかっている。

 けれど、


「・・・話しさえできない相手を、どう勧誘しろというのかしらね」


 もう一度ため息をついて、蓉子は部下に呼ばれその場を離れた。




















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