【怖い顔】
「ひゃははははは!!!」
腕を広げて笑う一人の男。
加藤裕也。
そんな彼の周りには、3人の男女が倒れていた。
どの人物も、一目見ただけで瀕死であることがわかるくらいに酷い状態。
ある屋根の上、それを見つめる一つの影。
深く、質素な布地のフードを被り、ローブのすそは風でひるがえっている。
「死ね!視ね!みんな死んじまえ!!」
狂ったような叫び。
けれど、それは急に途切れた。
「っ誰だ!!誰が回復しやがった!!」
男女を、優しい光りが包み込んだから。
火傷や何かに刺されたような傷が、瞬く間に治り、すぐに痕も残らず治っている。
風前の灯火であった息遣いも、今は穏やかな寝息へと変わっていた。
――― スタ・・・
小さい音。
裕也はそれを聞きつけ、勢いよく振り返った。
「てめェか・・・!!」
素早い詠唱ののち、ローブの人物の周りを取り囲むようにして蠢く、黒い靄。
「死ね!てめェも死にやがれ!!」
ひゃははは、と笑う裕也は、その瞬間目を見開く。
ローブから飛び出た細い腕が、横に動いたとたん黒い靄が消え去ったからだ。
それもどこか、苦しむように。
再び、裕也とその人物だけが立つ場所へと変わる。
「っそんなことあるわけねェ!!」
もう一度、詠唱。
もう一度、消滅。
裕也は繰り返し行われたそれに、恐れをおぼえたように一歩後ろに下がった。
「ありえねェ!!俺の闇魔法を、打ち消せる奴なんているはずねぇんだ!!」
それに答えることなく、ローブを着た者が一歩、裕也に近づく。
それを見た裕也は、顔に恐怖を浮かばせ、もう一歩後退。
と、相手が何かに気づいたようにある方向へと目を向けたとき、
「加藤裕也と、もう1人のフリーだ!!」
「っ!!」
「加藤が逃げたぞ!!」
幾人かの魔法使いが現れ、裕也はすぐに逃げてしまった。
残ったのは、ローブの人物1人。
「・・・報告どおり、旧ローブね」
その人物の前に立ったのは蓉子。
「水野さん!被害者3名は、なんともありません!」
報告を受け、蓉子はその人物を見る。
観察するように。
「あなたが助けてくれたの?それとも、逃げた加藤が?」
「水野さん!」
「今度は何?」
「回復の高位魔法が使われた形跡があります!」
そう、と短く返し、蓉子は近づいていく。
けれど、それよりも早く、その人物はローブから手を出し、軽く動かした。
慌てて距離をとる蓉子たち。
そんな彼女達の目の前で、その人物はいなくなった。
言葉通り、消えたのだ。
「・・・・無詠唱魔法・・・・」
「この目で見たのは、初めてだ・・・・・」
「空間を渡るなんて・・・・」
蓉子だけではなく、その場にいる全員が驚いていた。
無詠唱魔法。
空間移転。
そのどれも、今は使えるものなどいない、と言われている高位中の高位魔法、最高位魔法だからだ。
「・・・・・ふぅ。けれど、今の方は外道魔法師ではないようね」
「そのようですね」
小さく息をこぼし、蓉子は他の者に指示を出した。
リリアン女学院高等部、薔薇の館。
その放課後。
「お姉さま、最近昼食の時間にここにいらっしゃいませんが、どうかなしないましたか?」
祥子が険しい顔でそう問いかけてきた。
蓉子はその問いに、書類を書く手を止めてしまう。
「それはね・・・」
「福沢祐巳さん、ですか?」
答えようとするようこの言葉を遮って、硬い声でさらに祥子が問いかける。
蓉子は驚きの顔から、江利子の顔を見て納得する。
そういえば、祥子に言っちゃおう、とか何とか言っていた、と。
「ええ。まだリリアンに不慣れなのよ、彼女」
「ですが、もう1ヶ月はたっているとお聞きします。そろそろ慣れてもいい頃では?」
「・・・・そうかもしれないわね。けれど、そんなこと関係なく、私はあの子と一緒にいたいわ」
ジッと見つめ返すと、祥子は軽く目を見張り、けれどキッと蓉子を睨みつけた。
「お姉さまは、私よりもその子が大事だとおっしゃるのですか!?」
「そういう意味ではないわ。あなたも大切よ。けれど、あなたとは会いたいと思えばいつでも会えるじゃない。反対に、祐巳ちゃんは学校でもすれ違うことなんて稀だわ。だから、会えるときは会いたいのよ」
ギリ、と唇を噛みしめる祥子の髪を、蓉子は優しくなでる。
あなたを嫌いになったわけじゃない、という意味をこめて。
「なんだったらいっそ、祐巳ちゃんもここに呼んであげたら?そうすれば、蓉子もここでご飯を食べるんじゃない?」
江利子が楽しそうに助言(?)。
そんな彼女を、また厄介な方向に、といった顔で見る聖たち。
江利子の発言で一瞬落ち着いた祥子だったが、クワッと目を見開いて怒りを復活させてしまう。
だが、
「そうですわね。それも良いかもしれませんわ」
祥子の答えは、そんなみんなの予想を裏切ったもの。
ただ、表情は今にも爆発しそうなほどに怖いもので。
あまりの怖さに、びくりと震える者もいるほど。
「お姉さま」
「な、何かしら?」
「明日は、福沢祐巳さんも連れてきてくださいませ。お姉さまに相応しいか選定・・・・コホン。私も、その方に会ってみたいですわ」
にこりと、穏やかな笑みを浮かべた祥子。
蓉子たちは、今から言い直しても・・・・。という顔で、顔を強張らせながら祥子を見つめ返した。
1人、江利子は楽しそうにニコニコ笑っているが。
「ふふ・・・。楽しそうv」
今から楽しみ。
珍しいほど思っていることが顔に出ている江利子の顔。
さすが綺麗だ、といわれるだけの笑み。
しかし、蓉子たちには腹立たしい顔にしか見えなかった。
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