【綺麗過ぎる人】































 私は、何を隠そう、魔法使いである。

 当然、それを学校の人や家族には言ったことがない。

 頭がおかしいと思われるか、可哀想な目で見られるかのどちらかだと思うし。


 私が魔法使いでありながら、何故リリアンにいるのか。

 それは、私の管轄がリリアンだから、それだけで。

 まあ、当然リリアンを私は卒業しなければいけないのだけれど、私が卒業した後は代わりの者が入学してくる手筈になっている。


 書類では確か、仏像が趣味の若手エースだったかしら?

 けど、噂を聞く限りここに来るのはかなり渋っているらしいじゃない?

 仏像に関することなのかしら?


 なんて、私にはどうでも良いことだけれど。

 卒業した後は、たぶん会うことはないだろうしね。

 もちろん、その子が私みたいに山百合会に入った場合は別だろうけれど。


 そうそう、最近、ちょっと嫌な噂を聞くのよね。

 フリーの魔法使いが、手当たり次第に人を襲っている、って。


 フリーというのは、私みたいに組み合いに入っていない魔法使いのこと。

 基本的に、魔法使いは全世界で統一された組合に入っているのだけれど、中には入っていない人もいるのよ。

 確かに、組合に入れば仕事はあるし、制限もあるものね。

 その代わり、ちゃんとお給料は出るけれどね。

 仕事を任されるわけだから。


 それで、そのフリー、または野良とも言うけれど、その中には、人を襲う魔法使いもいたりする。

 それを取り締まったりするのも、私たちの仕事の中には組み込まれているの。

 もしその噂が本当なら、その内正式な書類が届くはず。


 そうそう、自己紹介が遅れたわね。

 私の名前は、水野蓉子。

 一応、リリアンでは紅薔薇さまなんて呼ばれているわ。








































「目撃証言では、2人のフリーがいる?」

【はい。片方は男性で、調べたところ、名前が判明しました。名前は加藤裕也。年齢は37歳。身長は178cmに、体重が50kg】

「特徴は?」

【特徴は、聞いてわかったと思いますが、細身です。目は鋭く、頬はこけていて、左頬に大きな傷があります。それと、・・・・】

「それと?」

【麻薬中毒者でもあり、一時期、麻薬所持で警察に捕まっていたこともあります】

「・・・・・もう1人は?」

【それが、そちらの方は、今では着る者もいない、旧ローブで、フードを深く被っているために顔、年齢、性別ともに不明です】


 組合の人の言葉に、私は眉を寄せた。


 旧ローブ、正式名称、旧式ローブは、茶色い布地でできた質素なローブのこと。

 かつては、全ての、と言っても良いほどに魔法使いたちはそれを着ていたけれど、今では各々好きな柄等を専門のお店に頼んで、オーダーメイドで作っているものがほとんどだ。

 それでなければ、お店にあるものをそのまま買ったか。


 とにかく、旧式ローブを着るものなど、最近では見たことがない。

 あれは、私が組合に入る前に需要がなくなり、お店でさえも取り扱っていないから。


 オーダーメイドで作ってもらった、酔狂な人物なのか。

 それとも、その頃のフリーの魔法使いなのか。

 今、その判断はできない。


「その人の、声を聞いた人もいないの?」

【それがどうやら、その人物は無詠唱魔法ができるらしく・・・・】

「無詠唱魔法ですって!?」


 思わず、声を上げてしまった。


 無詠唱魔法。

 読んで字の如く、詠唱なしで魔法を行使する高位魔法だ。

 それができるのは、私が知っている限り3人。

 今は亡き、組合をつくった、最古の魔法使いたちだけ。


【きっとそのフリーは、結構なお年を召した方なのだろう、と。上はそう検討付けているようです】

「・・・・そうね。私もその意見に同感だわ」

【はい。それと、被害は今までで15人にわたっています。被害者はどれも、闇魔法により精神を痛めていて、犯人がフリーであること以外はわかっていませんので、2人とも警戒してください】

「15人・・・・・。わかったわ」

【それでは。また何かわかりましたら、ご連絡します】

「ええ」


 私は、通信魔法を切り、ため息をついた。


 闇魔法。

 禁止されている魔法が数多く存在するそれは、フリーが好んで使う魔法だ。

 フリーは、ほとんどの者が悪と分類される側にいる。

 私の知る限り、人を殺したり精神を壊したり、それらをするのは全てフリーのみ。


「15人、ね・・・・」


 そんな人数やられているのに、今まで話が来なかったということは、それほど危険な相手、ということだ。

 大して強くない場合、私のところにまで依頼が来ないから。

 私の管轄は、あくまでリリアン内のみ。

 リリアンの近場であったとしても、ちゃんとその地域の管轄魔法使いがいる。

 ・・・・たぶん、その魔法使いや、私と同じように依頼された上位の魔法使いたちもやられてしまったのだろう。

 期待の星と言われているけれど、若手である私のところにまでその話が来たということは・・・・。


「大変なことになったわ・・・・」


 私はため息をつき、もう冷えてしまったコーヒーをすすった。























「ごきげんよう、紅薔薇さま」

「ごきげんよう」


 いつものように、彼女たちに挨拶を返しながら、マリアさまの前まで来た。

 そんな私の目に入ってきたのは、お祈りをしている彼女たちの後ろから、それを不思議そうに見つめる一人の女の子。


 なんとなくそれに興味を持って、私は彼女に近づいていった。


「ごきげんよう。どうしたの?」

「え、あ、ご、ごきげんよう?あの、皆さん何をしてらっしゃるんでしょうか」


 転入してきた子なのかもしれない。

 でなければ、リリアン生にとって欠かすことのできないお祈りについて、問いかけてくるはずがないのだし。

 それに、挨拶にも疑問が見え隠れしているしね。


「転入生?」

「はい。今日から、この学園で勉学を学ぶことになりました、福沢祐巳と言います」

「そう。祐巳ちゃん、しっかり聞いてね」

「は、はい!」


 緊張した面持ちで背筋を伸ばす彼女に、頬が緩む。


「リリアンでは、マリアさまの前を通ったら、必ずお祈りをしなければいけないの。朝も昼も、夜も関係なくよ」

「そうだったんですか。では、行ってきます」

「ええ。行ってらっしゃい」


 何か大きな仕事を任せられた子供のように、彼女は真剣な顔でみんなのいる位置まで歩き出した。

 けれど、その足は回れ右をして、戻ってくる。


「どうかした?」

「あ、あの、お祈りって、たとえばどんなことを」


 確かに、初めての子にとってみたら、何をお祈りすれば良いのかわらかないだろう。

 現に、中等部でリリアンにきた私もそうだった。


「簡単なことでいいのよ。今日一日、幸せに過ごせますように、だとか、見守っていてください、だとかね」


 彼女はそれを聞き、ぽんと手を叩くと、なぜか敬礼をしてまた戻っていった。


 転入生だからこそ、まだリリアンに染まっていない彼女の行動に、自然と笑みがこぼれる。

 週の初めから、楽しい子に出会えたわ。


 私は浮かんだ笑みをそのままに彼女の隣に立つと、お祈りをした。


 お祈りを終えてすぐ、私に挨拶をしてくれる子達。

 それに挨拶を返していると、きょとんとしながら私達を見ているあの子の姿が。

 たぶんそれは、私に対しての呼び名に関してなのでしょうね。

 それこそ、山百合会のことは詳しく説明を受けなければ、理解できないもの。


 みんなに挨拶を返しながら、彼女の隣に並ぶ。


「よくわからない、という顔ね」

「あの、ろさきねんしすというのは・・・」

「ロサ・キネンシス、よ。他校でいう生徒会を、リリアンでは”山百合会”と呼ぶの」

「やまゆりかい、ですか?」


 私が歩き出すと、彼女も慌てたようについてきた。

 校舎に入り、上履きをはきかえて再会した後も、私は彼女にリリアンのことを説明した。


「簡単に説明すれば、こんなところかしらね」

「頭がこんがらがりそうです・・・」

「初めて聞けば、そうかもしれないわね。けれど、これからリリアンで生活するならば、ある程度は知っておいたほうが良いわよ」

「そうします」


 混乱しているのか、なんとなく彼女の周りに疑問符が見える。

 それもこれも、思ったことが顔に出るらしい彼女だからこそだろう。


 そういえば、自己紹介をしていなかったわね。


「私は3年椿組、水野蓉子というの。あなたは、一年生よね?」

「あ、はい」

「なら、ここでお別れよ」

「あ、ありがとうございました!」


 勢いよく頭を下げる彼女に微笑み、ツインテールの片方を撫でた。


「まだ何かわからないことがあったら、いつでも薔薇の館にいらっしゃい。あなたみたいに可愛い子なら、大歓迎だわ」

「か、かわっ!?」


 顔を真っ赤にする彼女に笑い、私は階段を上っていく。

 途中、踊り場で振り返ると、彼女は慌てたように頭を下げ、私はそれに微笑み返した。


 久しぶりね、こんなにウキウキした気持ちは。

 祥子を妹(プティ・スール)にしたばかりの頃のようだわ。












 放課後、江利子は自分の親友がツインテールの女の子と歩いているのを見つけた。


 浮かべている顔はどこか嬉しそうで、楽しそう。

 それに気づき、江利子はにやりと口端をあげた。


「蓉子」

「江利子、ごきげんよう」

「ご、ごきげんよう、江利子さま」

「ごきげんよう、蓉子。あなたも」


 微笑みかければ、どこか恥ずかしそうに微笑み返してくれるその少女に、内心きゅん、としてしまう。

 今までにない自分の変化に首をかしげながら、江利子は微笑を止めることなく2人へと近づいていく。


「可愛い後輩と、逢引かしら?」

「っ!?」

「ふふ、そんなところよ」

「み、水野先輩!?」

「こら、また戻ってるわよ。この間教えたでしょう?」

「あ、あう。・・・よ、蓉子さま」


 蓉子に額をつつかれて注意され、祐巳は顔を真っ赤にして言い直した。

 江利子は江利子で、祐巳の発言と蓉子の行動に、目を輝かせている。

 何より、あの蓉子が、江利子の発言を否定していない。


「あなた、祐巳ちゃんというの?」

「は、はい!1年桃組の、福沢祐巳といいます!」

「私は鳥居江利子よ、よろしくね」


 江利子が手を差し出せば、祐巳も慌ててその手を握り返す。

 その光景を、どことなく不機嫌そうに見ているのは蓉子だ。

 江利子はそれに目ざとく気づき、2人に見えないようにニヤッと笑った。


「祐巳ちゃん、可愛いわね」

「あうっ。そ、そうですか?」

「ええ。あなた、お姉さまはいて?」

「え、えっと、お姉さまはロザリオで契りを結んだ方を言って・・・・い、いません!」


 蓉子に教えてもらったことを復唱しつつ、江利子に答える。

 江利子は優しそうな笑みを浮かべたまま、祐巳に顔を近づけた。

 それにより、さらに赤くなる祐巳の顔。


「そうなの。もったいないわね、こんなに可愛いのに。私だったら、絶対に姉妹(スール)を申し込むわ」


 息がかかりそうなほどに近づいた江利子の顔に、祐巳はショート寸前。

 それに気づいたのか、蓉子が祐巳の腕を引き、腕の中に閉じ込めた。


「江利子、あまり祐巳ちゃんをいじめたら駄目よ」

「あら、いじめるだなんて人聞きの悪い」

「イジメじゃないのなら、何だというの?祐巳ちゃん、大丈夫?」

「だ、だいじょうぶですぅ〜・・・・」


 フシュー、と空気の抜ける音が聞こえそうな祐巳をはなし、蓉子は不機嫌そうな顔で楽しそうな江利子を見た。


「祐巳ちゃんはあなたと違って純粋なのよ?」

「あら、酷いじゃない。まるで私が純粋じゃないみたいに」

「あんなことをする人が、純粋なものですか」

「なんなら、試してみる?」

「どういう意味よ?」

「だから、私が純粋じゃないかどうか。あなたの体で、ね」

「馬鹿なこと言わないで」


 江利子の言葉に呆れたようにため息をつく蓉子だったが、その後ろにいる祐巳は、茹でダコのようになっている。

 それに気づき、江利子は楽しそうに祐巳に近づき頬をなでた。


「ひゃっ!?」

「可愛いわね。蓉子の言うとおり、本当に純粋そう」

「江利子!」

「うふふ、祥子に言ったら楽しそうだわ」

「ちょっ、江利子!?」


 ルンタッタ、と歩き出す江利子。

 嵐のように過ぎ去った江利子に、蓉子は呆れたため息。

 祐巳は祐巳で、顔を真っ赤にしたまま、ぐわんぐわんしていた。


「祐巳ちゃん、ごめんなさいね。江利子は、ちゃんとしかっておくわ」

「らいじょうぶれす〜・・・」


 赤い顔で目を回し、なんだか呂律も回っていない。

 蓉子はそんな祐巳に、くすりと笑ってしまう。

 それから、片方の髪を撫でた。


「それじゃあ、私は薔薇の館に行くわね」

「は、はい。行ってらっしゃいです」

「ふふ。ええ、行ってきます」


 祐巳に軽く手を振り、蓉子は笑みを浮かべながら薔薇の館へ。

 それを見送った祐巳は、顔の赤みを冷まそうとしているのか、両頬を軽く叩いている。


「綺麗過ぎて、死んじゃうよぉ・・・」


 胸に手をあて、祐巳は大きな息を吐き出した。
















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