【これを見つけたあなたへ】































 リリアンの方々と距離を置いて。

 そうすることで、私は自制をしてきた。

 忘れてはいけない、と。

 バレてしまったら、辞めなければいけない、と。


 隠しているその時点で、私はシスターになりたいと望む資格などないのかもしれない。


 最近、そんな風に考えてしまうことが増えて。

 このような罪を隠して過ごす私を、マリア様がどう思ってらっしゃるだろうかと。


 今日も私は、リリアンの敷地内にあるミサを行う建物へとやってきた。

 お祈りをするために椅子に座ろうとして。


 ふと、椅子の下に何かが見えたような気がした。


 腰を落とし、座席の裏に手を伸ばして。

 かさりと、紙の様な物が手に触れたのがわかった。

 それはセロハンテープで止められているようで、破いてしまわないように剥がす。


 目の前へと持ってきて、それが青い封筒であることに気がついた。

 宛名は。



【これを見つけたあなたへ】




 とても、抽象的なもので。

 きっと、この手紙は、特定の誰かに宛てたものではないのだろうと、結論をつけた。

 そしてこの場合、見つけた私に宛てられたものなのだろうと。


 私は、小さなシールを丁寧に剥がして、封を開けた。

 中には、青く綺麗な便箋。

 そこに書かれた、とても綺麗な字。

 まるで、一文字一文字に心がこもっているかのような。


【これを見つけたあなたへ


 急なことに、ビックリしてらっしゃると思います。

 まさか、あのようなところにこんな物があるとは、と。


 何故、こんなものを書いたのか。

 それは、お互いに本名も知らない相手と文通をする。

 それが、怖く、けれど知らない相手だから、誰にも言えないことも言い合えるかもしれないと。そう思ったからです。】



 そこまで読んで、私はドキリとした。

 誰にも言えないこと。

 言ってはいけないこと。

 それが、私にはあるから。


 早くなった鼓動を抑え、私は続きを読んだ。



【もし、気味が悪いとお思いになりましたら、その手紙を戻してください。

 もし、見知らぬ私と手紙のやり取りを交わしてくださるのでしたら、どうか返事をお願いします】



 躊躇い。

 それでも、知らない相手だからこそ言える、というその文字。

 それが、救いのように感じて。


 私は、それをポケットへと入れていた。



























 あれから2ヶ月ほどがたち。

 私たちの手紙のやり取りは、続いていた。

 ほぼ、毎日。


 変わらず、彼女の文字一つ一つには心がこめられているようで。

 変わらず、美しい。


 不思議なことがあるとすれば、彼女から来る手紙の内容は何かの不満ではなく。

 何か暴露でもなくて。

 ただただ、日常の出来事が書かれていた。

 といっても、それは私の心を穏やかにさせてくれるほのぼのとしたもので。

 私も、それにつられるように、穏やかな心で日常を送れるようになっていた。

 
 彼女の文章に、私は心をほぐされ。

 彼女に、信頼を寄せるようになっていた。

 きっと、もし誰と仲が良いかと問われたら、私は迷わず、名前も知らない彼女と答えるだろう。


 そして、私はとうとう自らの秘密を書き、手紙を座席の裏に張り付けた。

 私の家が、お寺であること。

 ゆえに、私はリリアンにいる資格がないこと。

 そして、私の夢が、シスターであることも。


 戦々恐々と、次の日の放課後、座席の裏に手を伸ばす。

 テープを剥がして見てみると、彼女の手紙の証明である、青い封筒。


 耳の奥に大きく響く、心臓の音。

 震える唇から息を吐き出して、私はシールを剥がした。

 その手が震えていて、情けないと思いながら。

 それでも、その返事の内容への恐怖は変わらない。


 ゆっくりと便箋を取り出して。



【怯えるあなたへ】



 一番初めの書き出し。

 今までとは違う、宛名。

 それに、どくりと心臓が鳴った。



【シスターになりたいというのは、あなたの夢なのでしょう?

 それは、実現させるべきです。

 そこに、家がお寺であるなどとは関係ありません。

 どんな障害があろうとも、私は応援します。

 もし、あなたの前に壊すことも、登ることもできない壁があるというのなら、私は躊躇うことなく姿をさらし、あなたの手助けをしましょう。】



「ぁ・・・っ」


 一気に、心が破裂するような。

 そんな、今までにないほどの歓喜が押し寄せてきた。


 ボロボロと、私の意思とは関係なく流れる涙は。

 それでも、続きを読もうとする私を邪魔することなく。

 彼女の優しさを、私に読み取らせてくれる。



【ただの文字では信用なんてできないかもしれません

 それでも、もしあなたが私を信用してくれているというのなら。

 私を、信じてください。

 私は、今、その場所で誓いましょう。

 あなたが挫けそうになったとき、必ず、助けることを。】



「ありがとう・・・・っ」


 私はそれを抱きしめ、マリア様が見守ってくださる前で、歓喜の涙を流し続けた。





 家に帰って、改めて読み直して、気がついた。

 その続きがあることを。


 不思議に思ってそれを読めば、私を驚愕させるもので。



【あなたは、”小萬寺”というお寺をご存知ですか?】



 それはまさしく、私の家。



【リリアンには、そのお寺の檀家のお子さんがいらっしゃるんですよ?

 確かに、彼女たちはシスターになることが夢ではないかもしれません。

 ですが、あなたの書いていた、リリアンにいる資格がない、という発言は撤回してください。

 それは、その方たちを否定することとなり。

 何より、優しく傷つきやすい心を持ったあなたを、否定することになるのですから】



「・・・・ありがとう、見知らぬあなた」


 綺麗な字を、私は撫でた。
































 夏の終わりへと季節が変わった今でも、私と彼女はその行為を続けている。

 あれ以来、彼女に友達以上の感情を抱くようになった私。

 あなたにも言えない、秘密ができてしまった。


 私は、優しくて強いあなたに、恋をしています。



















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