【逃げ出したい私、さんへ】































 そんなことをしたのは、逃げ切れなくなってしまったから。

 私を囲む、苦しみから。


 この苦しみを、誰でもいいから言いたくて。

 だから、私は見つけられそうで見つけられないある場所に、手紙を置いた。

 1週間して誰にも見つけらずにそこにあるものを、新しいものに代えて。

 そんな行為をいつまで続けるつもりか、私にもわからなかったけど。

 卒業まで、その無駄な行為を続けるかも、なんて曖昧に思っていた。


 けどそれは、4回目に新しいものに代えたそれに来ていた返事で、無駄ではなくなったけど。


 いつもと言ってもいいほど、お世話になる保健室のベッド。

 その寝るべき場所の裏側に、手を伸ばす。

 変わらず、紙の感触が指をつたう。


 けど、まだわからない。


 落胆と期待をしながら、ゆっくりと張り付けられている手紙を剥がし。

 視界に、それを入れた。



【逃げだしたい私、さんへ】



「あ・・・」


 青い封筒。

 そこに書かれた、宛名。

 それは、確実に私に宛てられたそれとわかるもので。


 心が、歓喜した。

 ドキドキとしながら、私はそれを開封した。



【誰しも、人は現実から逃げ出したくなる時があるものです。

 それでも、それをしても何も解決しないとわかってもいる。

 けれど、だからこそ、受け入れることができないことが多々ありますよね。


 あなたの苦しさは、手紙でとても伝わってきました。

 苦しかったのですね。

 辛かったのですね。

 泣くこともあったかもしれません。

 誰にも何も言えないこと。

 それは、とても辛く、苦しいことだと、私もそう思います。


 私は、この手紙を通して、あなたがどれほど今という現実から逃げたいのか。

 それを読み、知り、そして慰めることしか出来ないでしょう。

 それでも、今まで吐き出せなかったそれを吐き出す場所があるというのは、ずいぶん違うと思います。


 私でよければ、あなたの感情を吐き出す場所になりましょう】



 知らず知らずのうちにこぼれていた涙は。

 ぽたぽたと、封筒同様に青い便箋に落ちた。


 ただ、文句と言えるようなものを書いたそれ。

 自分でも理解してはいても、もしかしたら私は、手紙にすることで逃げ出したい、という感情を抑えていただけに過ぎないのかもしれない、と予想していた。

 そんな私の手紙を、これほど真剣に受け取ってくれた。

 ちゃんと、私の心を読み取ろうとしてくれている。


 それだけで私は、涙が止まらなかった。



























 今でも続いている、私と見知らぬ誰かとの手紙のやり取り。

 もしかしたら、相手は私が誰だか気づいているかもしれない。

 今までのやり取りの中で、何度か自らの病気のことを書いたりしたから。


 それでも、彼女が私が誰かなんて指摘したことはない。

 私も、彼女が誰かなんて指摘したりはしなかった。

 相変わらず彼女は私を【逃げ出したい私さん】と呼ぶし、私は【優しいあなたへ】と書く。

 それで、良いのだろうと私は思っている。

 もっとも、誰かと聞いてきた場合、私は名乗るだろうけど。


 だって、彼女は私にとって特別だから。

 従姉であるあの人よりも、今、彼女の方が特別だと思っているから。

 だからきっと、問われれば素直に名乗るだろう。


 季節が一つ、過ぎ去った。

 春から夏へ。

 そのあいだに、私たちは数え切れないくらいのやり取りを繰り返して。

 いつの間にか私は、彼女から【笑顔の似合うあなたへ】と呼ばれるようになっていた。

 きっと、私の心の変化を読み取ってくれたのだろう。

 そんな、気遣いがとても嬉しくて。


 さらに、彼女を特別に見てしまう。


 最近笑うようになったね、なんて従姉に言われて。

 私は、毎日が楽しいのと、従姉に返した。


 そんなやり取りを手紙に書いたりもして。


 私から彼女へ送る手紙は、気がつけば悲観な内容ではなくなっていた。

 書いているのは、以前と同じように思ったことなのに。

 だから彼女は、私への呼び名を変えたのだろうと思う。


 あなたは、私に気付いているんでしょう?

 私を、知っているんでしょう?

 ねえ、あなたはどんな顔をしているの?

 あなたは、どんな声なの?

 あなたは、どんな姿をしているの?


 私、あなたの優しい心に、恋をしたみたいなのよ。
















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