【その異常に】































「真美!スクープよ!!」


 勢いよく部室に入ってきた姉(グラン・スール)に、真美は呆れながらも先を促す。


「どんなものですか?」

「それが、聞いて驚きなさい!!蔦子さんから入手した、紅薔薇さまを痴漢から救ったあの1年生、福沢祐巳さんはね!」

「はい」

「なんと、2年前に世間を騒がせた、バレエ界に現れた天才児と謳われた彼女なのよ!!」

「え・・・・・それって・・・」


 かすかに、真美の顔が強張った。


「よーし!記事にするわよー!!!」

「お姉さま、ご存じないんですか?」


 意気込む三奈子に、硬い声の真美が制止をかけた。

 片眉を上げて真美を見れば、真美は呆れたようにため息をつく。


「まあ、お姉さまが知らないのも無理はありませんね。あれは、一部の週刊誌が記事にしたことですから」

「何のことよ。もったいぶらないで言いなさい」

「その天才児が、突如バレエ界から姿を消したことは?」


 そう聞かれて、三奈子はムッとしたような顔をした。


「当然知ってるわよ」

「その理由は、ご存じない?」

「だから、なんなのよ!」

「刺されたんですよ」

「え・・・・・?」


 真美の言葉が理解できなかったのか、三奈子は真美を見つめた。

 真美は、それに真剣な顔で返す。


「バレエ界の新生児が去ったのは、同じ仲間の母親がその子の両足を刺したからなんです」

「・・・・・それ・・・・本当・・・・っ」

「真実性は高いかと」

「なんでそんなことっ!」

「私が知っているのは、彼女がいることによって自らの娘が主役になれないことを妬んで、だそうです」

「・・・・・・・・っ」


 三奈子は真美から視線を外すと、机の上に置いた新聞の切れ端を見つめた。


「それでも、かわら版に載せますか?」

「・・・・いいわ。あなたが言うのなら、それは本当に真実なのでしょう?軽々しく載せていい内容じゃないわ」

「そうですか。それを聞いて安心しました」


 本当に安堵したのだろう。

 真美はそっと息を吐き出した。



 そして、たまたまそれを隣の部室で聞いていたのは蔦子だった。


 蔦子は昨日の祐巳のように震える手を口にあて、目を見開き固まっていた。


「嘘・・・・っ」

































 


 今日の体育はバスケットボール。

 当然、あっちこっち走り回るそれを祐巳ができるはずもなく見学。


 今祐巳の足は、普通に歩くことも出来る。

 走ることだって出来る。

 ただそれは純粋な走りであって、長時間の走行は無理であり、四方を走り回るといった動きも無理だ。

 否、できることはできるが、そのせいで足が限界を迎えてしまう可能性が高い。

 ゆえに、定期的に診てもらっている主治医から控えるように言われているのだ。


 祐巳は笑顔で桂たちを応援する。

 桂やチームメイトも祐巳に笑顔を返し。


 そんな祐巳を、蔦子はジッと見つめていた。


 蔦子はいつも不思議であった。

 持病という持病のなさそうな、明るい祐巳。

 だというのに、何故彼女は決まって体育やそういう関係の行事にあまり出ないのか。

 そして何故、教師陣はそれを当然と受け止めているのか。


 そう疑問に思っているのは、蔦子だけではないだろう。

 それでもその疑問が祐巳に向かわないのは、そういう行事のとき率先して祐巳は代わりに、とでもいうように大変な役職を引き受けるからだ。

 だから、気がつけばクラス内では、そっち系の行事のとき祐巳は委員をやり、自分達は点数を稼ぐ、というのが暗黙の了解となっていた。


 そして、蔦子自身それはいつの間にか自身の中でも決まっていたことで。


 このあいだ見せた、祐巳の一面。

 まるで、全てに怯えていたような。


「違うわね・・・桂さんにだけは、怯えていなかった・・・」


 蔦子は祐巳から笑顔で走り回る桂へと目を向けた。

 時おり祐巳に顔を向けては、身体全体で祐巳に手をふっている。

 祐巳もそれに手を振り返し。


 けれど、祐巳から視線を外した一瞬、

 桂が泣き出してしまいそうな顔をしたことに、気がついた。


 蔦子は知っている、祐巳と桂が仲がいいことを。

 ほとんど一緒にいるのだ。

 クラスのほとんどが、そのことに気がついているだろう。


 けれど。

 蔦子は、けれど、と思う。


 改めて見ると、2人のお互いを見る視線はどこか異常だと。


 別にそこに、恋愛感情があるわけではない。

 ただ、写真を撮り続けている蔦子だからこそ気づく、不思議な色がそこにはあるような気がした。


 お互いを大切に思っているのは、蔦子でなくても見ていてわかる。

 しかし、さらに注意深く見れば、そこに深い罪悪感があり。

 お互いだけが大切、とでもいうような色さえ見える。


 前者に関しては桂が強く。

 後者に関しては祐巳のほうが強い。

 祐巳に関しては、このあいだの様子からもそれは垣間見えた。


 もちろん、2人がお互いを純粋に大切に思っているであろうことはわかる。

 ただ、それだけではない感情が強いように、観察眼を持つ蔦子には見えるのだ。


 だからこそ、蔦子には異常に見えた。

 だからこそ、蔦子はその視線に気づいた。


 今まで気づけなかったのが、不思議なほどに。


「・・・けど、もしそれが・・・」


 もしそれが、過去のことに起因しているのだとしたら・・・。


 蔦子は、その言葉を飲み込んだ。

 昨晩、眠る間を惜しむように考えたこと。


 2年前、バレエ界から突如消えた祐巳。

 その理由が、仲間の母親からの刺傷事件だとしたら・・・。

 祐巳が編入してくる前から、仲が良かったと思しき2人。

 祐巳が編入したその日、桂が何度も謝りながら号泣した理由。

 彼女が見せた、桂以外に恐怖するような態度。

 そして、お互いを見る視線の意味。


「あーっもう!」


 蔦子は髪をくしゃくしゃとかき、小さく呟く。


 もし。


「もし、私が考えたとおりなら・・・」


 その先を、蔦子は言葉にはしなかった。


 視線の先では、勝った桂に祐巳が笑顔でタオルを渡していた。














 あとがき。


 改めて第三者からみると、2人が予想以上に異常に映る。

 書き初めはこんなつもりじゃなかったのに・・・(泣









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