【癒えないキズ】
毎朝の、満員電車。
知らない人達と、これほどまでにくっつくことに、誰にも言わないが恐怖を感じる。
多分、そこでも過去のことが起因していると思われる。
ふと視界に入った何か。
気になって視線をそちらに向けてすぐ、気がついた。
痴漢だ。
慌てる心を落ち着けながら、されている人へと目を移す。
驚いた。
なんと、されていたのは同じリリアン生。
それも、確か、紅薔薇さまだったはず。
ケイちゃんが、山百合会で大好きな人bQ。
ちなみに、bPは黄薔薇さまらしい。
って、そんなことはどうでも良いんだった。
わたしは焦りながら、眉をひそめて不快を表している紅薔薇さまの元へと向かった。
「んしょっ!ってうわっ!」
けど、辿り着けたは良いが、体を無理やり通そうとしたため抜けた反動で紅薔薇さまに体当たりしてしまった。
「あ、あなた、大丈夫?」
「は、はひ。すみません」
驚きつつも抱き止めてくれる紅薔薇さまに謝って離れると、同じように驚いたらしい男性の止まった手首を引っつかんだ。
「っ!」
「あ・・・・」
「はい、痴漢が通りますよ〜」
声を大きくして言うと、ギョッとしたように離れる車内の人達。
ちょうど駅に着き開いたドアから、その人を放り出した。
「お、お客様っ!?」
驚いたようにその男性に駆け寄る駅員に、わたしはニッコリ笑顔で伝えた。
「その人、痴漢してました。2度としないように、注意してあげてください」
「おっ、俺は痴漢なんてしてない!!」
「わたしは女性のお尻を撫でていた人の手をとったんです。その手の主があなただった。言い訳は、見苦しいですよ?」
「・・・・お客様、こちらへどうぞ。出来れば、そちらの方も」
駅員に促されたけど、わたしは首を横に振った。
「すみません、学校に遅刻してしまいますので」
同時に閉まったドア。
わたしは駅員に軽く頭を下げ、そのまま電車は発車した。
「ふぅ・・・」
「あなた・・・」
軽く息を吐き出したところで、紅薔薇さまがわたしの後ろで軽く目を見張ってわたしを見ていることに気付いた。
「あ、先ほどはすみませんでした、紅薔薇さま」
「・・・・いえ。こちらこそ、助けてくれてありがとう」
ニッコリと笑う紅薔薇さま。
さすが美人。
その微笑みは、見惚れてしまうくらい綺麗なものだった。
「私は知っているみたいだけど、水野蓉子よ。あなたのお名前を聞かせてもらっても良いかしら?」
「・・・・わたしは、籠の中にいることを望む者です」
「え・・・。それって、どういう・・・・」
良いタイミングで次の駅、降りる駅に着いた。
わたしは失礼しますと頭を下げ、紅薔薇さまから離れて学校へと向かった。
「それでね、お姉様に手取り足取り、教えていただいたの」
「良かったね、桂さん」
「ええ!はぁ・・・お姉さまと姉妹(スール)になれて、本当に良かったわ」
嬉しそうに呟く桂を見ていると、祐巳も自然と笑顔になれる。
祐巳は、他人と一緒にいると恐怖を感じる。
それは祐巳自身も感じたとおり、過去のことが起因している。
だから、彼女にとって見れば、家族以外で心を許しているのは、桂と一緒にいるときだけだ。
それを、誰も気づいていないが。
否、桂はちゃんと気づいている。
だから、桂は祐巳と一緒にいる。
自分が原因だということもあるし、罪悪感も感じているから。
桂は出来れば、祐巳を癒したいと思っているから。
「祐巳さん、少しいいかしら?」
そこでやってきたのは、武嶋蔦子だった。
「「蔦子さん?」」
「うふふ。見たわよ?今日の電車のこと」
祐巳の肩が、無意識に震えた。
「電車?」
桂がそれにすぐに気づき、興味がある振りをして向かい合わせから、祐巳の隣に移動した。
「ええ。それにしても、祐巳さんって見かけによらず勇気があるのね」
「見かけによらずって、酷いな〜、蔦子さん」
反対に蔦子は気づいていない様子で、うふふと笑う。
祐巳もそれに困ったように笑い返しながら、机の下で桂に握り締められた手を握り返す。
「何があったの?」
「これよ!」
そう言って蔦子が取り出したのは、祐巳が痴漢をホームに放り出した瞬間の写真だった。
写真には、慌てたような、驚いたような蓉子の表情までばっちり写っている。
「写真・・・・」
「紅薔薇さまの窮地を救った、名もなき生徒」
「よく、撮れてるわね」
若干硬い祐巳と桂の声に、蔦子は興奮しているためか気づかない。
「そうでしょう?これをね、リリアンかわら版に載せようと思うの」
「「え!?」」
「驚くのも無理はないわ。けど、載せてもいいかしら?」
祐巳が、桂が声を上げた理由が、純粋な驚きではなく、恐怖によるものだなんて、蔦子はわからない。
「そうすれば、祐巳さんは一気に有名に」
「やめて!!」
「え・・・?」
遮られた声。
蔦子が驚いたように祐巳を見、クラスメイトたちも急な叫び声に祐巳を見つめた。
全員が見た先には、顔面を蒼白にした、祐巳の顔。
震える手で、口元に手を当てている、祐巳だった。
「ゆ、みさん・・・?」
「祐巳さん、保健室に行こう?」
桂が震える祐巳の肩を抱いて、立ちあがらせる。
そのまま、周りを無視して桂は祐巳を連れて教室を出て行こうとした。
「何があったの?あ、あなた・・・」
そこに現れたのは、蓉子。
蓉子は祐巳に気づくと、慌てたように祐巳の肩に手を触れようとして。
「いやっ!!」
振り払われた。
「あ、す、すみませんっ」
「紅薔薇さま、すみません」
けれど、祐巳はハッとしたように蓉子に謝り、桂も軽く頭を下げてそれでも急いだ様子で蓉子の隣を通り過ぎた。
このときの桂に、蓉子に対する憧れはない。
あるとすれば、祐巳を助けなければ、祐巳を早く保健室に連れて行かなければ、という焦りだけ。
蓉子は振り払われた手を握り締め、去り行く2人の背中を見つめた。
蓉子は見た。
一瞬だけだが、祐巳が酷く怯えた目で蓉子を見たのを。
「あの、紅薔薇さま、大丈夫ですか?」
「あ、え、ええ。平気よ」
そんな蓉子に声をかけてきたのは、蔦子。
その手には、発端となった写真がある。
「そ、それでは、私は―――」
「彼女は、福沢祐巳さん」
「え?」
「あなたを助けた彼女の名前です」
「あ・・・・」
あの時名前を教えてもらえなかった蓉子は、無意識に2人の去っていった廊下を見た。
もちろん、すでにもういないのだが。
「多分、私が原因です」
「え?」
「紅薔薇さまの手を、振り払った原因です」
「・・・何があったのか、聞いてもいいかしら?」
「それが・・・」
蔦子は、写真を見つめ、経緯を告げた。
その頃の保健室。
「・・・・私のせい、だね」
「違う!違うよケイちゃん!」
「ううん。違わないわ。私のせい。全部、私が・・・っ」
ベッド横の椅子に座りながら嗚咽を漏らす桂を、祐巳は悲しそうな顔で抱きしめ、顔を横に振った。
「違う!私が悪いの!私が、バレエなんてしたから・・・!私がいなかったら、あんな事にもならなかったし、ケイちゃんが大好きなバレエを辞めることなんてなかった!」
「それこそ違うわ!才能があるほうが、主役になれる。それは当然のことだもの!」
「・・・・ケイちゃん、お願い、自分を責めないで・・・っ」
「それは祐巳ちゃんにも言えることじゃない!違う!むしろ、祐巳ちゃんが自分を責める方が間違ってる!!」
カーテンの向こう側から聞こえる声に、養護教諭の女性は、そっと目を閉じた。
彼女は、祐巳たちの過去に何があったのかを知っている。
祐巳がかつて、天才児と呼ばれていたことを。
そんな祐巳を、一生その世界に戻れないようにしたのが、桂の母親であること。
それでも、2人が無二の親友であるということも。
「お互いに、癒えない傷をかかえているのよね。一人の母親のせいで・・・・」
母親が友人を傷つけてしまった、という傷を持つ桂。
友人の母親に刺され、人という者に恐怖を持つようになった、癒えない傷を持つ祐巳。
彼女には、軽々しく乗り越えろ、なんてことは言えない。
祐巳には、残った傷痕がいつまでもそれを思い出す鍵になるだろうから。
桂には、祐巳に残っている痕を思うたびに、強い罪悪感を感じるだろうから。
ブラウザバックでお戻りください。
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