【妹と姉?】
蔦子は、編入生はずいぶんと頭の良い人だと、そう思った。
否、この場にいる誰もが思っているだろう。
編入生に質問をしている、三奈子さえも。
「では、福沢祐巳さん、あなたは祥子さまが幼稚舎の頃、知り合ったと?」
「はい。その回答では、ご不満ですか?」
「いえ、不満というわけではないけれど、そのわりに親密だと思っただけだわ」
「親密とは、どういう意味ですか?」
「どういう意味って・・・別に、深い意味はないけれど」
「そうでしょうか?まるであなたは、私からありもしない内容を語らせようとしているみたいですが」
「う・・・っ」
「第一、この写真ですが」
机に置かれた写真を、編入生、福沢祐巳は人差し指でトン、と叩いた。
それは、あの日、蔦子が撮った写真。
抱き合っているもの。
祐巳が祥子の頭を、頬をなでているもの。
見るものが見れば、どこか恋人同士のような光景。
「約10年ぶりに会えた友達に、感極まって抱きついてしまう。それの何が、親密です?」
「確かに私たちは、少なくとも私は、祥子と仲が良いと思っています。実際、私は祥子以上に仲が良いと言える人はいません」
「ですが、まるであなた方は、ありもしない内容を作り出し、私にそれを肯定するように強要しているように見えます」
それは、少し前の、三奈子の質問の嵐と。
まるで、私の予想が真実よね?と、強請るような問いかけに対してなのだろう。
「それに、この記事はいったいどういうおつもりですか?」
次に祐巳が示したのは、今日発行されたリリアンかわら版。
それには、祐巳と祥子の今までのことが、想像で書かれており。
これは新聞部の創作です、という注意書きが小さく。
本当に小さく書かれている、そんなものだった。
紙端に。
「私に、祥子に話しを聞く前に、勝手にこのようなことを書かれて。この注意書きは、あなた自身意味のあるものだと理解した上で書いたものなのですか?」
「・・・・・・っ」
注意書きはちゃんと書いてあるわ、などという反論など意味をなさないことは、手にとるようにわかる。
「こういうものは、書いたからお咎めがない、というわけではありません。万人が見て、ちゃんと認識できるかどうかなのですよ?」
正論。
それ以上に、まるで睨まれているように感じる鋭い視線が、三奈子他多数の言葉を封じる。
「認識さえできないようなものを書いて、煽るだけ煽って、自分はちゃんと書いたから文句を言われる筋合いがない、などと無責任ではありません?」
「ゆ、祐巳さん、もうその辺で」
「その辺とはどの辺なのでしょうか?それとも私は、間違ったことを言っていますか?彼女が二度と同じ間違いを犯さないようにと、注意するこの行為はいけないことですか?」
「そ、そういうわけじゃないけど・・・」
三奈子を庇おうとした同学年の少女にさえ、容赦はなく。
「誤解しているようですから言いますが、私は自分が書かれているから言っているわけではありません」
「え?」
「この記事が、祥子を傷つける事柄に通ずるかもしれないから言っているのです」
「あ・・・」
ハッとしたのは誰だろう。
いや、きっとそこにいる全ての者。
「ご自分の欲求を満たすのは結構。ただし、そこに他人に迷惑がかかる要素が含まれるものならば自重するべきでは?」
祐巳は言いたいことは言った、後はあなたたち次第だ、とでも言うように立ち上がり。
ごきげんよう、と一言残して颯爽と新聞部部室から出て行った。
閉められたドア。
途端、何かの力から解放されたように、全員が息を吐き出し、身体から力を抜いた。
「三奈子さまと、あそこまで真っ向から対話をする人、初めて見ました」
「そうね。私も、あんな子初めてよ。あれでも1年生だなんて、驚きだわ」
疲れたように会話する1年生と三奈子。
他の部員も口々に何かを言い合っている。
が、その中に悪口が含まれていないのは、彼女が自分達を貶すわけでもなく、面と向かってぶつかってきたからだろう。
「蔦子さんも、巻き込んじゃってごめんね?」
「いいわよ、真美さん。祐巳さんのこと、少しだけど知ることができたから」
「そう言ってもらえると、こっちも安心する」
お互いに微笑みあって。
「とりあえず、これから今日のかわら版についての謝罪を書かないとね」
「わかりました、三奈子さま」
「何とか、明日には間に合わせるわよ、真美、みんな」
「はい」
部員達からの良い返事を聞いて微笑むと、三奈子はさっそく机に向き。
他の者たちも各々仕事をし始め。
蔦子は、邪魔をしないために部室を出た。
そのあと、それを読んだ蓉子がやってきたのだが、そんなこと蔦子は知らない。
「お姉ちゃん?」
その声に祐巳が振り返れば、嬉しそうに早足で近づいてくる祥子が。
その手にはお弁当を持っている。
そんな祥子と祐巳を、目を見開いて驚愕しながら見ている短髪の少女もいるが、祥子も祐巳も気にしていない。
「祥子」
「どこかに行っていた帰り?昼食は食べたの?」
「ちょっと新聞部の人達と、お話をしにね。昼食はまだだよ」
「新聞部?・・・昼食がまだなら、一緒に食べましょう」
無意識なのか、幼い頃のように祐巳の腕をつかむ祥子。
祐巳はそんな祥子に綺麗に微笑み返す。
「良いよ。食べる場所は決まっているの?」
「ええ。薔薇の館は知っている?」
「薔薇の館?ううん、知らないけど有名なところ?」
「そうね、他校でいう生徒会室、のようなところかしら」
なるほど、とその言葉に頷く祐巳。
そんな祐巳の腕を、祥子はくい、と引っぱる。
「行きましょう?」
「そうだね。あ、けど一度教室に戻っても良い?お弁当置いてきちゃったから、取りに行かないと」
「もちろん」
「あ、あの・・・」
そんな、甘くも見える2人に、恐る恐る声をかけてきたのは短髪の少女。
祥子はその少女を見て、存在を思い出したように「あ」、と呟き。
祐巳は首を傾げた。
「祥子の知り合いの方?」
「ええ。クラスは違うのだけれど、同じ生徒会の仲間よ」
「そうなんだ。初めまして、福沢祐巳です」
祥子とは幼馴染であるためタメ語だが、当然他の上級生には敬語で。
少女はそれに慌てたように、自分も自己紹介。
「は、支倉令です。えっと、知り合い?」
「幼馴染、かな?」
「そうね。小さい頃は、よく一緒に遊んでいたのよ」
祐巳が確認するように祥子を見れば、祥子もそれに微笑んで頷く。
祐巳もそれに微笑んで令を見上げて。
体つきでいえば、自分たちよりも華奢で。
けれど、雰囲気は同学年か上級生。
さらに祥子が気後れなく接していることから、令は勝手に祐巳を同級生だろうと推測。
敬語なのは初対面だからだろうと思っている。
「そうなんだ。あ、敬語ではなくても良いよ」
だから、そう言った。
祐巳はそれにきょとん、として、まさか自分が同学年だとは思われているとは気づかずに、笑顔で頷く。
他校からやって来た彼女に、リリアンの風習は馴染みがない。
一応年上に敬語は使うが、他の学校と同じように相手から許可を得れば何の疑問もなく普通に話す。
前の学校でも、祐巳は多数の上級生と交友関係にあったため、それに違和感を感じることはなかった。
「うん、わかった。じゃあ、ここで待っていてくれる?すぐに戻ってくるから」
「ええ、わかったわ」
詳しいことは知らないが、生徒会役員が2名もいれば、学年が下のクラスメイト達は混乱するだろうと。
祐巳はそう思ってそう言い、祥子もその気遣いがわかったため素直に頷く。
祐巳はそんな祥子の頭を撫でて、足早にいなくなった。
彼女達のやり取りを見ていた令は、ポツリ。
「祥子が、紅薔薇さま以外であんなに甘える人、初めて見た」
「・・・そうね。お姉ちゃんは、お姉さまとはまた別の部分で、私を救ってくれた人だから」
だから甘えるのだと。
だから気を許しているのだと。
令はそっか、と呟き笑う。
「お姉ちゃん」と祥子が呼ぶのはこういうわけか、と内心納得して。
祥子はそれに気づき、眉を寄せた。
「何なの?急に笑ったりして」
「ん?だってさ、祥子ってば祐巳さんに頭撫でられた時、すっごい嬉しそうな顔してたから」
「・・・いいでしょう、別に」
顔を赤くして、どこか拗ねたような。
令はそれにさらに笑う。
「うん、良いよ?ただ、祥子もあんな顔するんだなって思っただけ」
「あんな顔?」
「まるで、大好きで仕方がないお姉ちゃんに甘えるような顔、かな?」
「っうるさいわねっ」
まさにピッタリな表現。
祥子自身それがわかったのか、そっぽを向いて。
綺麗な黒髪からのぞく耳が赤くて。
令は口を押さえながら笑った。
「祥子?どうかしたの?顔が赤いけど」
現れた祐巳は2人のやり取りを知らないため、不思議そうに近づいてきて祥子の顔を覗き込む。
祥子はそれに嬉しそうな顔へと変え、祐巳の手をとる。
令にからかわれていたことなど、忘れたように。
先ほどと同じ顔をして。
「なんでもないわ。いきましょう」
「?祥子がそう言うなら」
不思議そうにしながらも2人は連れ立って歩き出し。
令は笑いをかみ殺しながら、祐巳の、祥子とは反対の位置に並んだ。
「ねえねえ、祐巳さん」
「うん?」
「祥子とは、いつ知り合ったの?」
「別にいいじゃない、そのようなこと」
「聞きたいんだもの。ねえ、教えてくれる?」
「かまわないよ」
微笑む祐巳に、祥子は拗ねたように、令は楽しそうに微笑み返した。
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