積み込まれる荷物。

 行き交う人々。

 それに混じって動く、祐巳と祥子がいた。


「祐巳、これは何かしら?」

「エスプレッソマシーンです。それはキッチンに置いておいてくださいますか?」

「わかったわ」


 不思議そうにしながら、祥子はそれをキッチンのカウンターテーブルに置く。


 出来たばかりのマンションの一室。

 そこの最上階に、祥子と祐巳はともに暮らすこととなった。

 俗にいう、新居、というやつである。


 小笠原家の者は一軒家を推したのだが、2人しかいないのに一軒家に住んでも掃除が大変だという理由でマンションにした。

 それでも、一室4LDKという、結構広めの間取りなのだか。


「姉上、本棚はどこに?」

「それぞれの部屋にお願いします」


 祐巳の言葉に、祐麒と祐一郎は言われた部屋へと運び込む。


 一応、プライバシーは守ろうと、一人一部屋を与えられている。

 寝室は同じだが。


 それから2時間弱、新しい2人の家が完成した。


























【彼女達の日常】































「祐巳、これでいいかしら?」

「十分でしょう。・・・・祥子」


 祐麒たちが帰ったあと部屋を見渡していた祥子に、祐巳がソファに座った状態で手を差し出す。

 祥子はそれを見て頬を染めるも、恥ずかしそうにしながら細く長いその手に、自らの手を重ねて隣に腰掛けた。

 肩を引き寄せられ、祐巳の肩に頬を寄せる。


「いまだに、信じられないわ」


 髪を撫でられ、その感触にうっとりとして目を閉じて祥子は呟いた。


「あなたと、許婚だなんて」

「私も初めて聞いたときは、ずいぶんと驚きました」

「それはそうよ。だって、同性で許婚だなんて」

「初めは、弟の祐麒の予定だったらしいのですが・・・」


 初め、祥子の許婚は祐麒になる予定だったらしい。

 しかし、福沢家当主である祐一郎が占うと、双方の家が繁栄する祥子のお相手は”福沢祐巳”、と名前が出たらしい。

 それについて話し合うために、祐一郎は祐巳を連れて何度か小笠原家に来ていたようだ。


「あら、祐巳は私とは不満?」

「そう、見えますか?」


 微笑みかけられ、祥子は恥ずかしそうに目をうつむかせて、首を横に振った。


 以前は砕けた口調。

 今は敬語。

 それでも、変わらずどこか祐巳のほうが立場的には上で。

 初めて会ったときから、祥子は祐巳に弱いままだ。


 しかし、祥子はそんな自分が、嫌いではなかった。

 弱い自分を誰かに見せるのが、大嫌いだったにもかかわらず。

 祐巳の前では、硬い鎧も砂糖菓子のように溶けてしまう。


「そういえば、祐巳はまだ中等部2年なのよね」

「はい。中等部にあがる年に、1年間陰陽師の修行をしていたので」

「・・・・・ねえ、祐巳」


 少しだけを顔を持ち上げた祥子に、祐巳は微笑み、先を促す。


「高等部に上がったら、私の妹(プティ・スール)になってくれる?」

「よろしいのですか?私で」

「違うの。私が、嫌なのよ」

「と、言いますと?」


 わかっているだろうに、祐巳はわからない振りをする。

 祥子もそれがわかっているが、怒ることが出来ない。

 というよりも、そんな意地悪な祐巳さえも、祥子は愛しかった。


「・・・・あなたが、私以外の妹(プティ・スール)になるのが、嫌なの」

「ふふ・・・。わかっています」


 優しい、祐巳の囁き声。

 祥子はそれに恥ずかしさを感じながら、はにかんだ。




































 小笠原祥子。

 小笠原家の長女として、高等部に上がる前から彼女は生徒達に知られていた。

 毎日、といっても良いほどに姉妹(スール)の申し込みを受ける。

 けれど、祥子は姉妹(スール)になりたい人はいなかった。


「ただいま」

「おかえりなさい、祥子」


 習い事は一切止め、祥子は祐巳と過ごすことを優先している。

 祐巳も、祥子が決めたことならば、とそれを咎めることはしなかった。

 というよりも、祐巳には咎める気などなかった。


 学校から帰れば、愛しい人が出迎えてくれる。

 祥子は、それがどうしようもなく幸せなことであると、祐巳と一緒にいることで気づいた。


「今、ちょうど夕食の買い物に行こうと思っていたところなのですが、一緒に行きますか?」

「ええ、もちろん行くわ」


 制服のタイを外しながら、祥子は嬉しそうに頷く。

 祐巳もそれに微笑み返し、少し高い位置にある祥子の頬をなでた。

 祥子は祐巳の好意に恥ずかしそうな顔をしながらも、やはり嬉しそうだ。


 私服に着替え、手をつないで商店街へ。


 今では、自分で買い物、というものに慣れた祥子。

 だが、当初はかなり戸惑い、何屋が何を売っているのかまったく、とは言わないまでもわからなかった。


「祐巳、今日の夕飯は何を作るつもりなの?」

「今日は、ポトフと肉じゃが等を作る予定でいます」

「そう。楽しみ」


 発言どおり、楽しみ、といった顔の祥子。


 祐巳と一緒に暮らすにあたって、当然食生活も変わった。

 今までは嫌いなものがたくさんあった祥子も、祐巳の作ってくれる料理の美味しさに、それが改善されているのだ。

 それでも、まだまだ祥子の嫌いなものは多いのだが。


 笑顔の祥子に、祐巳も微笑み返す。

 そこは、2人だけの空間があった。


 2人の家に帰り、祥子は学校の宿題を。

 祐巳は夕食作りを。

 それでも、祥子は祐巳が気になるのか、ちらちら。


「ふふ。何ですか?祥子」

「・・・・ねえ、祐巳」

「はい」


 祥子はソファから立ち上がり、キッチンへとはいっていく。

 そして、祐巳を抱きしめた。

 細い、その背中を。


「今度の日曜日は、お仕事ないわよね?」

「そうですね。久しぶりに、2人で出かけましょうか」


 祥子の腕の中で、くるりと祐巳は体の向きを変えて、お互い向き合うように。


「ぶらぶら目的もなく歩く、というのも良いですね」

「そうね。祐巳と一緒なら、何でも楽しいもの」

「ふふ。ありがとうございます、祥子」


 祥子の肩に手をおき、軽く背伸びをして柔らかな唇にキス。

 祐巳のその行動に頬を染めた祥子は、それでも祐巳の細い腰に腕をまわして強く抱きしめる。


 いつからかするようになったキス。

 それは、今も慣れることなく、祥子の心をとろけさせる。

 そしてそれは、祐巳も同じ。


 長いキス。

 深いキス。

 祐巳がそれを嫌がるはずもなく、当然のように受け入れた。


 ちゃっかり、コンロの火を消して。


 その数ヵ月後、祥子は紅薔薇のつぼみからの、姉妹(スール)の申し込みを受け入れた。



















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