【かつてのこと】
蓉子が目を覚ますと、目の前にはユミの寝顔。
慌てて飛び起き、それから昨日何があったのかを思い出し、ああ、と納得した。
昨夜、初めて来た場所では心細いだろうから、と一緒に寝たのだ。
外見だけならば想い人に似ているため辞退しようとしたが、ユミは譲らずほぼ無理やりベッドに寝かされてしまった。
ベッドに入った後もしばらくドキドキしていたが、思いのほか疲れていたのとベッドの心地よさに眠ってしまったようで、今に至る。
目をユミへと向ければ、あどけない寝顔。
これだけ見れば、可愛くて綺麗な少女だ。
鮮やかな紅も、今は閉じられている金も、とても似合っている彼女。
そして、左半分をうめる刺青も、ユミの性格を知ればそれは彼女以外には似合わないと思わせる。
蓉子は自然と手を伸ばし、その紅を撫でた。
さらさらとこぼれる髪は柔らかく、ベッドに軽く広がるさまは美しい。
と、ユミの目がうっすらと開き、蓉子を金が射抜いた。
「あ、おはよう、ユミ」
「ああ。・・・・久しぶりだな」
「え?」
「髪を撫でられるのは」
「あ、ご、ごめんなさい」
手を離そうとしたが、すばやくユミの手が伸び、手首をつかまれる。
「不快ではない」
「そう?」
改めて、ユミの髪を撫でれば柔らかな笑みを見せる。
それにどきりとした。
やはり似ていないが、その笑みがとても綺麗だったから。
「ねえ、聞いてもいい?」
「ああ」
「あなたのご両親は?」
蓉子は実は気になっていたことを問いかけた。
昨日だけだが、見る限りここで暮らしているものはみな若い。
いたとしてもせいぜい20代後半だ。
ユミの両親と思しき者が見当たらないのである。
「母は当時の流行病に倒れた。父は知らぬ。それが、我が6歳の頃だ」
淡々と語った祐巳とは違い、蓉子はなんと言って良いのかわからず、撫でる手を再開させるにとどめた。
「だから、頭を撫でられたのは11年ぶりだ」
「・・・・いつでも、撫でてあげるわよ」
「ん?」
「私が、撫でてあげるわ」
返って来たのはくつりとした笑み。
「我はもう17だぞ?そのように幼子ではない」
「・・・・何よ、それ」
蓉子は呆れたような顔でユミを見下ろした。
何度か人の髪を撫でてきたのはどこの誰だ、そう思ったから。
が、そんな表情もすぐに消えた。
ユミが、ふわりとした笑みを浮かべたから。
「だが、お前の心遣いは嬉しく思う。・・・・ありがとう、ヨウ」
「っ!?」
一気に蓉子の体温が上昇し、顔が真っ赤に染まった。
予想外だったユミの笑み、そして彼女が囁いた感謝の言葉。
蓉子はそれらに声を出すこともできず、耳まで赤くしてうつむいた。
蓉子がこちらにきて3日たったある朝。
「食事中に失礼します」
朝食を部屋で食べていると、ドアがノックされ20代後半くらいの女性が部屋に入ってきた。
女性は穏やかな笑みをうかべ、ユミに軽く頭を下げた。
何故か、髪の両側を巻いていて、傍目にはドリルにも見えなくもない。
「トウコか、どうした」
蓉子がその髪形に驚いているのに気づいた様子もなく、ユミは食事の手を止めてトウコを見た。
「隣国の王が、会いにいらっしゃっております」
「・・・・うむ、わかった。食事中でよいのなら、と伺い、良いと答えたら通せ。嫌だと答えるのなら追い返せ」
「かしこまりました」
くすりと笑い、トウコは頭を下げて出て行った。
「彼女が、セイの恋人の?」
ようやく見ることができた、セイの恋人と同じ名前の女性。
「ああ。堅物のセイも、トウコには逆らえなくてな。見ていて面白い」
くつくつ笑うユミに、蓉子も思わず笑いそうになるが気になることを思い出し、慌てて問いた。
「ところで、隣国の王さまを追い返せ、だなんて。良いの?」
「かまわぬ。あやつが勝手にこの時間にきたから悪い。嫌ならば、もっと考えて出直して来れば良いだけのこと」
それもそうね、と納得するが、やはり良いのだろうか?とも思う。
「酷いじゃないか」
聞こえた声。
それは聞き覚えのある声で、けれどまさかここで聞くとは思っておらず勢いよくそちらを見た。
そこにいたのは、相変わらず無駄に爽やかな笑顔を浮かべた、あの柏木優にそっくりな青年。
「当然のことを言ったまでだ。お前が、食事中などに来るのが悪い」
驚く蓉子とは反対に、ユミは食事をしながら答えている。
「君は、相変わらず手厳しいね。おっと、それはこの城にいる人たち全員だったね」
「下らぬことを言うな。用がそのような戯言を言いに来ただけならば、即刻帰れ」
「おやおや、こんな手土産を持ってきた友人にそれは酷くないかな?」
ようやくユミが彼を見ると、彼は一升瓶を両手に持っていた。
「酒、か?」
「そう。美味しいのが手に入ってね、君と飲もうと思ったんだ。それで、そちらの方は?」
「ヨウだ。ヨウ、この笑顔がウザイ男はスグル、一応隣の国の王を務めておる」
「一応、とは酷いな。自分では立派に勤めてると思うんだけど。初めまして綺麗なお嬢さん、僕はスグルというんだ。よろしく」
スグルはそういって蓉子の片手を取り、甲にキスを。
蓉子がはじかれるようにその手をスグルの手の中から引き抜いた。
「おや、僕は嫌われてしまったかな?」
「少しは自覚しろ。まあ、レイのように剣で斬られそうになるよりはマシだろう」
「サチコ君には、最大魔法を使われかけたしね」
ちらりとユミを見るスグルに、ユミは肩をすくめて返す。
「この城にいるものは、お前を嫌っているものが多い。無駄に笑顔を振りまくところとか、いちいちうざい行動をとるところとかな」
「やはり、君が一番手厳しい」
困ったように笑うスグルをどうでもよさそうに見た後、ユミは蓉子を見た。
「ヨウ、食べ終えたか?」
「あ、え、ええ」
「なら、酒でもどうだ?こやつはうざいが、もって来る酒は極上だ」
「そうだね、君もどうだい?」
2つの視線を向けられ、蓉子は困惑してユミを見た。
「けど、私もあなたもまだ未成年のはずじゃ・・・・」
「「みせいねん?」」
返って来たのは、きょとんとした顔。
なかなか見ることのできないユミのそんな顔に、蓉子はクスッと笑う。
「20歳にまだなっていない人のことを言うのよ」
「?なんで20歳前だと駄目なんだい?」
「それは・・・・そうね、ここでは関係のないことね」
20歳前だとか未成年だとかは、蓉子の世界にある規則だ。
その規則が、このような場所にあるとは思えない。
ユミだって17歳で王を務めているのだから、あるほうがおかしい。
「良いわ、いただくわ」
「よくわからぬが、そうと決まれば他の者たちも呼び寄せよう。ノリコ」
「すでに皆さんを収集しています」
ユミの隣に現れたのは、髪を市松カットにした10代前半くらいの少女。
ここでは珍しく、黒一色の服装をしている。
「さすがノリコ、仕事が速い」
「い、いえ」
髪を撫でられ、軽く頬を染めるノリコに、ユミはくつりと笑う。
それを見ていた蓉子は、苛立ちが心に沸き起こるのを感じた。
蓉子はそうなる現象が、想い人とユミがそっくりだからと思った。
「ノリコ君、相変わらず仕事が速いね」
「それでは、呼んでまいります」
「うむ、待っておるぞ」
スグルが笑顔で言うが、ノリコは完全に無視してそういうと、ユミの返事を聞いてすぐに現れたときと同じように消えた。
「・・・・前言撤回しよう。この城で一番手厳しいのはユミ君ではなくて、ノリコ君だね」
「いまさら気づくな」
困ったような顔をするスグルに、きつい言葉をかけるユミ。
だが、蓉子がうつむいているのに気づき、片眉をあげた。
「ヨウ、どうした」
「えっ?」
「気分が悪そうだが、酒はやめてベッドで休むか?」
「い、いえ。平気よ。ところで、あの子は・・・」
「ああ、あやつはノリコ。隠密専門のものだ」
「彼女はいつも無表情だけど、ユミ君に対してだけは表情が豊かになるんだ」
「そう・・・・」
「ヨウ?」
「何でも、ないわ」
「それならば良いが。それでは2人とも、移動するぞ」
ヨウコは沸き起こる黒い感情を抑え、ユミとスグルと一緒に部屋を移動した。
「ここだ」
ユミ、スグルに続いて部屋の中に入れば、大きな部屋には数十人の女性が。
彼女たちは一様にスグルを嫌そうにみている。
中には完全に無視しているのか、ユミと蓉子以外を視界にいれないものもいるが。
「まさに、針のむしろ、だね」
「今に始まったことでもなかろう」
ユミに肩をすくめて返し、スグルはテーブルに一升瓶を2本置いた。
「スグルからの貢物だ。遠慮せずに飲め」
ユミがそういうと、10代に入ったばかりと思われる、けれど結構身長の高い少女がそれをとり、無言で蓋をあけた。
ユミ、ヨウコ、それから近くにいるもののグラスに注いでいき、最後にそれをスグルにわたした。
どうやら、自分の分は自分で入れろ、ということらしい。
「はいはい」
スグルもわかっていたのか、不満を言うでもなく自分のグラスにお酒を注ぐ。
「さて、みないきわたったな?」
良い返事が返ってきたのを聞き届け、ユミはそれを上にかかげた。
「大地に感謝を、太陽に感謝を、水に感謝を、これを作ってくれた者に感謝を」
これは、ユミが食事をするときにも言っていた言葉だ。
全員が、スグルでさえも目を閉じて感謝の言葉を小声で呟いている。
蓉子もそれに習い、恥ずかしいが感謝をのべた。
「心の広いものは、ついでにスグルにも感謝してやれ」
ユミは意地悪い声でそういうが、それに答えるものはおらず次々と飲み始めていた。
「・・・・嫌われてるのね」
「今さらだよ」
にっこりと笑うスグルのその顔は、蓉子の世界と同じ。
格好いいと評価されるだろうが、これが嫌われる理由ね、と蓉子は瞬時に納得した。
「うむ、悪くない」
「そうですね。隣国の王が持ってきたものでなければ、もっと美味しいでしょうに」
「あ、それ賛成」
ユミが言うと、サチコとヨシノがそう返してきた。
他のものもうんうん、と頷いていて、それを見ていた蓉子は思う。
何故こんな状況なのに、彼はこの城に来るのかしら?と。
「・・・ねえ、何故ここに来るの?みんな、あなたのことが嫌いなのに」
「・・・・そうだね。楽だから、かな」
笑顔で返してくるスグルに、蓉子はさらにわけがわからない。
こんな状況で楽とはどういうこと?と、蓉子でなくてもわく疑問だろう。
「僕の国はね、僕を崇めるんだよ。歴代の中で、最良の王だと」
「・・・・・・・」
思わず、スグルを胡散臭そうに見てしまう。
スグルはそれに爽やかな笑みを返した。
「確かに、あの国で僕は一番最良の王だろう。それは否定しない」
「否定しないの・・・」
「だって、僕の父も祖父も、その歴代の王たちも、誰も彼も民のことなど考えず、領土を広げることばかり考えていたからね」
「なら、もしかして・・・・」
あることが思い浮かび、蓉子は目を見開いてスグルを見た。
スグルはそれに頷いて返す。
「かつて、この国にも攻め込んだことがある。あれは、まだ僕が王位を継ぐ前だった」
「それって、つい最近じゃ・・・」
「ああ。7年くらい前だから、最近だね」
「・・・・今ここがあるということは、ここが勝ったのよね?」
ああ、とスグルは頷き、サチコたちと話をしながらお酒を飲んでいるユミを見つめる。
「そのとき、あの戦いで先陣をきっていたのが当時王になったばかりの、10歳の少女だった」
「それって!」
「そう、ユミ君だよ。信じられるかい?彼女は、城に引きこもっていた僕よりも幼いにもかかわらず、戦の中にいたんだ」
「殿下は、その戦で傷を負うものを庇いながらも、けして逃げようとはしませんでした。自らも、怪我を負っているというのに」
蓉子とスグルが後ろを振り返ると、そこには微笑みを絶やさぬトウコが。
「我らが負ければ、民が苦しみを背負うことになる。そのようなことなど、許されることではない。止めるように言った私たちに、殿下はそう答えました」
蓉子へと笑みをむけ、トウコはそう続けた。
トウコの隣には、セイも。
「当時、まだ私は殿下に仕えていませんでしたが、聞いたことがあります。殿下自らが、当時隣国の王であったものの首を取ったのだ、と」
「まだ幼い殿下は、その後1週間ほど何も食せませんでした」
セイに続けてトウコが言うと、蓉子は彼女特有の笑みをこぼしながら話している祐巳を見た。
今のユミを見ても、そんな過去があったなんて蓉子には想像ができない。
「今はスグルさまが王を継ぎ、協定を結びました」
「ですが、殿下を戦いの場に赴かせた隣国という存在を許せぬものが、この城にはたくさんいます」
トウコがスグルを一瞥し、ユミを見る。
「今ではまだマシになった方なのですよ?これでも」
「そうなの?」
トウコを驚いたように見ると、それにスグルが答えた。
「初めて来たときなんて、サチコ君やレイ君を筆頭にした全ての部隊に、殺されそうになったからね」
「そ、それは・・・」
あの視線や完全無視には頷ける。
蓉子はそう感じた。
「それを止めたのが殿下です。自分はこうして生きている、それにスグルさまは当時の王ではないのだから、と」
「殿下は、とても器の大きな方です。だからこそ、民も殿下を慕います」
「そうね。私も、もし王がユミのような子なら、心から尊敬するわ」
蓉子は、セイとトウコの言葉に深く同意した。
「もっとも、エリコなどは今でもスグルさまを殺そうと策を練っておりますが」
「え!?あのエリコが!?」
どう見たって、ユミと一緒になってシマコに悪戯しているエリコを見ても、そうは思えない。
それに、セイがくすりと笑った。
「エリコは、ああ見えてノリコやサチコに次ぐ殿下の信望者ですよ。というのも、エリコは当時剣術部隊の隊長だったらしいんです。ですが、そのときの怪我で戦いの場にいることができなくなり、今はああして殿下のお手伝いをしているのです」
「それも、殿下がエリコを助けたことによってそれで済みました。もし殿下が助けなければ、エリコはここにいないでしょう」
セイとトウコの話しに、蓉子は驚きが隠せない。
ましてや、自分の世界で江利子は親友という位置にいるのだから。
「エリコだけではありません。シマコもサチコの部下でしたが、あのときの怪我で戦場には出られなくなり、今は医者をして怪我をしたものを助けています。もっと正確に言えば、動けなくなったシマコを庇い負傷した殿下を、以後助けられるように、です」
「この城にいるものは、多かれ少なかれ、殿下に救われています。そして、そんな殿下に恩を返すために今を生きているのです」
「トウコやセイも?」
伺うように蓉子が2人に問えば、2人は強く頷いた。
そこで、
「ヨウ、こちらへこい」
ユミに呼ばれ、3人を見れば促すように微笑んできたので軽く頭を下げ、ユミの元へ向かった。
「・・・・・エリコ君を筆頭のように言っていたけど、君たちだって僕を殺そうと狙っているだろう?」
「「当然です」」
「君たちは、君たち全員がユミ君の絶大な信望者だ。それを実行できないのは、ユミ君がいるから」
「ええ。殿下は、誰よりも自然の流れを尊重します。寿命や病気で死ぬことは受け入れますが、殺し殺されるという行為を酷く嫌います」
「そんな殿下に感謝してくださいね、スグルさま。あの方の優しさがあるからこそ、今すぐにでも殺したいほどに憎むあなたのそばにこうしているのですから」
「信用ないね」
「「そんなものありません」」
異口同音に返される2人の言葉に、スグルは肩をすくめる。
それを見もせず、2人はユミのもとへ。
残されたスグルはグラスに口をつけ、小さく笑う。
「これでも、昔はユミ君を恨んでいたんだよ?」
それから、グラスを傾けた。
「あいつを僕よりも先に殺した、ユミ君をね。・・・・・もっとも、君はそんなこと気づいていただろうけど」
スグルは、誰にでもなく呟いた。
ブラウザバックでお戻りください。
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