【月】




































「もうお戻りになられたのですね」


 ユミに案内された部屋に入ると、すぐに蓉子にとって聞きなれた声が聞こえた。

 顔を向ければ、予想通り江利子似の20前後と思われる女性が立っていた。

 彼女が着ているのは鎧ではなく、ユミが着ているようなゆったりとした服。


「これでも、ゆっくりしてきたのだがな」

「もう少しゆっくりなさればよかったのに」


 ため息を吐く少女にユミは笑ったあと、さらに部屋の奥へと顔を向けた。


「シマコも、もう少しゆっくりしてきてほしかったか?」

「い、いえ」


 蓉子がそちらを見ると、今度は清潔そうな真っ白い服とその上から白い布をまとった志摩子似の20代前半と思われる女性。


「ところで殿下、そちらのヨウコさまが大人になったらそうなるであろうと予想できるような女性は?」

「ああ、こやつはヨウ。ヨウ、こやつがエリコで我の執務を手伝ってくれるものだ。あそこにいるのがシマコ、医療専門の医師だ」

「は、はじめまして」


 ヨウ、という言葉に戸惑うも、一応頭を下げる蓉子。

 感覚では、初めてではないのだが。


「ヨウ?」

「ヨウコと呼べば、周りが混乱するからな」


 あだ名みたいなものか。

 蓉子は納得する。


「ついでにの、エリコはシマコを愛しておるのだ」

「で、殿下!」

「あら、恥ずかしがる必要ないじゃない?シマコ」

「え、エリコさまも、おやめください!」


 恥ずかしそうにエリコとユミを見るシマコは、やはり似ている。

 エリコとユミは顔を見合わせて似たような笑い声を上げ、それからシマコの手を取った。


「それでは、失礼いたします」

「し、失礼いたします」

「うむ、エリコ、シマコと体を重ねる前に、我のところに仕事を持ってくるのだぞ?」

「さあ、どうでしょう?」

「殿下!エリコさま!」


 思わず、といったように笑い声を上げる2人に、シマコは蓉子のように顔を真っ赤にしてエリコの手を引くと部屋を出て行ってしまった。


「くくくくっ」


 自分の世界ではないであろう恋人関係の2人に、蓉子は唖然としたように見送っていた。

 反対に慣れているユミはそんな蓉子の肩に手を置き、そこに額を当てて笑いをこらえている。


「ふっ、ずいぶん驚いておるようだな」

「え、ええ」

「だが、似合いであろう?」

「・・・・ええ、そうね」


 蓉子はそれに、ゆったりとした笑みを浮かべた。

 ユミはそれを見て小さな笑みを深め、蓉子の手を取ると部屋にあった椅子に座らせてやる。

 ユミ自身は、精巧で質素な、けれどしっかりとした椅子に腰掛けた。


「エリコのことだ、しばらく仕事を持ってくることはしないであろう。そのあいだ、お前のことを教えてくれるか?」

「あ、ええ。・・・・実は―――」


 蓉子は一瞬言ってよいのか悩んだが、自分を見ているユミの笑顔がとても優しく、決意をしてここにどうやってきたのか。

 そして、自分のいた世界のことも。













「ほぉ・・・我らにそっくりなものがいる世界、か。だから、お前はレイたちのことを驚いたように見ておったのだな」

「ええ。あなたを見たときも驚いたけれど・・・」

「それだけか?」

「え・・・」


 蓉子が驚いてユミを見れば、肘掛に膝をおきその上に顎をおいた状態で、真剣な顔で蓉子を見ていた。

 それから、なんでもない、といったように顔を横にふる。


「いや?そういえば、セイもおるのであろう?」

「え、ええ」

「・・・・・面白いな」

「そう?」


 にやりと笑うユミに苦笑を返す蓉子。


「お前の様子を見れば、似ている、などというよりも瓜二つ、とのべたほうが的確なのであろう?」

「・・・・ええ、そうね。本人かと思ったわ」

「うむ」


 ユミは椅子から立ちあがると、蓉子の隣に座る。


「もっと話せ」

「ふふ、わかったわ。何が聞きたいの?」

「お前の世界にあるキカイや、お前が通っているガッコウ、というのにも興味がある」


 好奇心が旺盛な子供のように、蓉子に話を促すユミ。

 それが年相応に可愛くて、けれど今までのユミとはギャップがあってそんな姿が蓉子の心をほぐしてくれる。


「そうね・・・」


 蓉子は笑みを浮かべながら、ユミが質問をするたびにそれに丁寧に、わかりやすく説明してやった。








































 あれからしばらくして、エリコがやっと仕事を持ってきた。

 それを机でやるユミは、退屈だろうと蓉子に話しかけてくれる。


 そんな彼女の優しさが、蓉子は申し訳なくもあり、嬉しくて。

 蓉子は、目の前にいるユミを微笑みながら見つめていた。


「ねえさま!」


そのとき、部屋に1人の女の子が飛び込んできた。


 蓉子はその少女を見てすぐに、彼女がこの世界の自分だとわかった。

 子供の頃の自分にそっくりだったから。


「ああ、ヨウコか」


 そのときのユミの笑み。

 初めて見る、柔らかな笑顔。

 それを見た途端、蓉子の胸がきゅっと苦しくなった。


「今日はセイが勉強を教えてくれたのだろう?」

「うん!」


 近づいてきて両手を広げるヨウコを慣れたように抱き上げて膝の上にのせた。


「どうだった?」

「せんりゃくのことおしえてもらったの!」

「そうか。楽しかったか?」

「ぜーんぜん!」


 足をパタパタしながら、不満そうに頬をふくらませるヨウコの髪をユミは優しくなでる。


「そうか」

「そうなの!」

「誰との勉強が一番楽しいのだ?」

「うんとね、ヨシノ!」

「ヨウコは、ヨシノが好きだからな」

「うん!」


 満面の笑みを浮かべるヨウコに、ふっ、と笑みを浮かべるユミ。


 そんな仲の良い姉妹を見ていた蓉子は複雑な気持ちになる。

 今まで自分を見てくれていたユミが、自分と同じとはいえ現れた女の子にとられてしまったことに。

 そして、そんな女の子が、ヨシノを好きなことにも。


「そうだ、ヨウコ。紹介したいものがおる」

「しょうかいしたいひと?」

「ああ。ヨウ」


 蓉子は無言で立ち上がり、手を伸ばしてくるユミのその手をとった。


「わー、わたしにそっくり!」

「だろう?」


 くつりと笑い、ユミは蓉子を見上げる。


「ヨウ。このものは我の妹のヨウコだ」

「はじめまして、ヨウよ」

「はじめまして、ヨウコだよ!」


 にっこりと、自分では浮かべないだろう笑顔に、蓉子は苦笑をこぼす。


「さ、そろそろ湯の時間であろう?入ってこい」

「うん!」


 ヨウコはユミの膝から飛び下りると、とてとてと部屋を飛び出した。


「ヨシノ、お風呂ーーー!!!!」

「ただいまーー!!」


 ドアをしめても聞こえてくるヨウコとヨシノの声。

 ユミはそれにくつくつと笑い、蓉子を見上げた。


「良い子であろう?」

「・・・・複雑だわ」

「そうであろうな」


 予想していたらしく、すぐにそう返してくる。


「おぉ、もうこのような時間か」

「あら、本当ね」


 そこで、窓から見える空が薄暗くなっていることに気づいた。

 ここに来たとき、こちらはお昼くらいだったので結構いたことになる。


「どうやって帰るのだ?」

「・・・・あの場所に行かないと駄目なのかしら」

「行ってみるか?」


 蓉子がユミを見ると、すでに椅子から立ち上がっていてつないだままの手を引かれる。


「連れて行ってくれるの?」

「ああ。1人で行かせるわけにもいかぬしな」


 引かれるままに歩き、城の外に出る。

 それから馬小屋へ。


「カグラ、少しでかけるぞ」


 ――― ヒヒーーン


 カグラを小屋から出すと、同じように蓉子の体を抱いて飛び乗り、後ろから抱きしめる。


「蓉子、案内するのだぞ」

「ええ、わかっているわ」

「はっ」


 ユミがかかとでカグラの腹を叩くと、ゆっくりと走り出した。

 それが徐々に、早くなっていく。


 蓉子はカグラに合わせて体を移動させるが、やはり慣れているわけではないのでお尻が痛い。


「こうだ、ヨウ」

「え、ええ」


 さらに体が密着し、ユミが動きを伝えてくる。

 ドキドキとしながら、祐巳に動きを同調させていく。

 お尻の痛みも、だんだんなくなっていった。


「あ、あっちよ!」

「うむ」


 森の中へとカグラを走らせ、蓉子が来た場所へと向かう。


「このあたりだわ」

「カグラ」


 もう一度祐巳がカグラの腹を叩けば、カグラが駈歩(かけあし)から並歩(なみあし)へと変わる。


 蓉子の記憶がある場所をしばらく移動していたが、何も見つけることができない。


「・・・ふむ」

「・・・・・今日は、無理かもしれないわね」

「簡単に諦めても良いのか?」

「仕方ないわ・・・・」


 ため息をつき、蓉子はそれだけを返した。

 そんな蓉子を、ユミは目を細めて見、それからカグラに声をかける。


「カグラ、城へ帰るぞ」


 ――― ヒヒィィィィン


 カグラは了解した、といったように嘶き、祐巳が腹を叩くのと同時に駆け出す。


 城につくまでのあいだ、ユミは蓉子の不安を拭うようにいろいろと話しかけてくれた。

 しかし、気づいていた。

 蓉子が、心から帰りたいと望んでいないことに。

 あえて、それに触れるようなことはしなかったが。






 帰ってきたユミたちを出迎えたのは、ムッとした顔をした聖似の女性。


「ふっ、どうした?セイ」

「どうした、ではありません。どういうおつもりですか?」

「なにがだ?」


 わかっているのでしょう?といったように見てくるセイに、ユミはくつりと笑う。

 こちらの聖は、蓉子の知っている聖よりも真面目に見える。

 かけているメガネがそう思わせるのだろうか。


「トウコから聞きました。また勝手に抜け出したそうですね」

「勝手にとは酷い。サチコたちには言っておいたぞ?」


 あからさまなため息。


「サチコたちに言っても意味がないでしょう。あの子達は、あなたに逆らうことなどしないのですから」

「そうか?たまに注意されることもあるが」

「それは、あなたが誰かを護り怪我を負ったりするからではありませんか」


 ユミはそれにふっと笑う。


「部下を護ることもできずに、何が王だ」

「わかっております。あなたがそういう方だと。ですが、王女が真似をなさいます」


 すれば、ユミは顎に指をあてた。


「それは確かに困るな。だがそれよりも、ヨシノを注意したほうが良いのではないか?ヨウコはあやつにべったりだ」

「・・・・わかっておりますとも」


 セイが深い深いため息をつき、メガネを押し上げる。


「とにかく、自重してくださいね?」

「ああ、気をつけよう」

「まったく。そういって自重したためしなどないくせに」

「ならば言うな。行くぞ、ヨウ」

「え?い、良いの?」

「ああ。セイ、こやつはヨウ。ヨウ、こやつはここ一体の自然の管理をしておるセイだ」

「以後お見知りおきを、ヨウさま」

「え、ええ」


 聖にそっくりな女性に頭を下げられることにかなりの違和感を感じつつ、蓉子は頷いて返した。


「さっきセイが言っていたトウコって?」

「ああ。セイの部下で、あやつの恋人だ。セイが堅物だが、トウコは柔軟な思考を持っておる。エリコとシマコに次ぐ、似合いの恋人だな」

「そう・・・」


 蓉子にしてみれば、聖の恋人は久保栞だ。

 それが、全然違う名前が出て、少し戸惑う。

 だが、ユミから聞いてみると、どうやらお似合いらしい。


 蓉子は、人知れずそれに安堵していた。





「風呂はどうであった?」

「気持ちが良かったわ」


 湯上り、ヨシノに案内された部屋に入ると、そこには祐巳がいた。

 ユミも同様に湯上りで、蓉子がお風呂に入っているあいだに祐巳も入っていたことがわかる。


「そうか」


 一本に結われていたユミの髪は下ろされ、蓉子は気恥ずかしく感じてユミから目をそらした。

 そらした方向には窓があり、そこから綺麗な月が見え、蓉子は窓へと近づいていく。


「綺麗な月だろう?」


 真後ろから聞こえた声に振り返ると同時に、ユミの両手が蓉子を抱きしめるようにして窓を開けた。

 それから、ゆっくりと窓ふちに手をかける。


「・・・・ええ、綺麗ね」


 蓉子は顔の赤みを隠すように、月を見上げた。


「私のいた場所では、こんなに綺麗に見ることはできないわ」

「はいきがす、だったか?」

「ええ。星だって、こんなに綺麗に見ることはできない。排気ガスもそうだけれど、夜中でも灯りがついているから」

「ここでは考えられぬな。ここでは、自然の摂理を乱すことは許されぬ」


 ユミはそういって蓉子から離れると、灯されたロウソクの火を吹き消した。

 一気に暗くなる、と思いきや、月の光が部屋を照らし、充分な光源となる。


「お前は、魔術に驚いておったが、この世界ではそれが自然なことだ。我らの先祖があみ出したものでもなく、魔術は誰もが使える自然の力」


 戻ってきたユミは、今度は蓉子の隣に立ち、月を見上げた。

 月に照らされたユミの姿に見惚れていた蓉子も、それで我にかえり習うように月を見る。


「木を切るのも、必要な量しか切らぬ。当然、切った量分の木を植え、育てておる」


 青白い部屋の中、ユミの声だけが空気を震わせる。


「川を汚すことも、大地を汚すことも許されぬ。それは、誰であろうと変わらぬことだ」

「・・・素敵なところだと思うわ、ここは」

「ああ。だが、それは当たり前のことなのだ。お前たちの世界のものは、気づいておらぬ者がほとんどのようだがな」


 10分20分、どれくらいかわからないが、ユミと蓉子は無言で月を見つめていた。

 それを破ったのはユミ。


「お前は、あの月が好きか?」

「え?」


 蓉子がユミを見るが、ユミはゆるく微笑んだまま月を見つめ続けている。


「我は、月が好きだ。ここから見る月が」


 蓉子は何も言わず、三度月を見上げた。


「月を見ると、自分たちがいかにちっぽけなのかを理解できる。統治者といえど、所詮はみなと同じ人間だ。ただ、権力というものを持っているに過ぎぬ」


 穏やかな口調。

 落ち着く、低めの声。

 蓉子はそれに酔いしれるように耳を傾けた。


「だが、月はどうだ。我らでは到底とどかぬ位置におり、朝も昼も夜も変わらず我らを見守っていてくれる」


 横目に、ユミが笑みを深めたのが見えた。


「誰が死のうと生きようと、変わらずに。優しく、厳しく」


 囁くように言い、ユミの手が蓉子の髪に触れ、撫でる。


「だから、お前にも好きになってもらいたい。我の好きな、本来の月(統治者)を」

「・・・・・ええ」


 蓉子は撫でてくれる細くしなやかな手を目を閉じて感じながら、うっとりと頷いた。




















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