【平行世界へようこそ】




























 草の感触を感じて、そういえば今自分が靴下だけであることを思い出した。

 振り返れば、今度は自然の中から自分の部屋が見える。

 だから、私は部屋に戻り、あまり履く機会のなかったスニーカーを取り出して、それを履いた後、タンスの中から歩き回れるような服を選ぶ。

 それに着替えて、同じように取り出したリュックに手ごろな食べ物と、使えるものをいくつか入れて、またクローゼットから自然の中へと戻った。


 私が住んでいるところではあまり聞かない、そこかしこから聞こえる小鳥たちの優しいさえずり。

 揺らぐ木々が、まるで会話をしているようにざわめく。

 頬をなでる風は、私を柔らかく包む。


「素敵なところ・・・・」


 綺麗な空気を肺いっぱいに吸い込んで、私は歩き出した。


 このとき、私は運命の人と出会うことになるなんて予想していなかった。

 彼女にそっくりで、けれどまったく違うあの子と。








































 蓉子がしばらく歩いていると、綺麗な川にたどり着いた。

 汚染などされていない、透き通った川。

 そこを泳ぐ魚でさえ、その輪郭がはっきりとわかるその川は、蓉子がいた場所では考えられない。


「綺麗・・・・」


 蓉子は魅了されたように川に近づき、地面に膝をつけて水面に手をつけた。


 水のせせらぎが、疲れていた蓉子の心を癒していく。

 そのとき。


 ――― ばしゃばしゃ


 かすかに聞こえる音。

 蓉子がそちらに顔を向けると、誰かが川で馬を洗っているのが見えた。

 後ろ姿だけだが、その髪は蓉子の見たことのない純粋な紅。


 蓉子は立ちあがると、その人物へとゆっくり近づいていった。

 近づいてわかるのは、華奢な体。

 それで、相手がまだ少女であることに気づく。

 それと、その少女が自分と同じくらいの身長であることにも。


 あと数十メートル、というところまで近づいたとき、少女が振り返った。


 蓉子は息を呑んだ。

 金色の瞳にもそうだし、少女の顔左部分をおおう刺青にもそうだ。

 けれど、一番は、蓉子が焦がれる少女と、瓜二つだったから。


「誰だ」


 声は、祐巳と同じ声質で、けれど落ち着いていて、低い。


「祐巳、ちゃん・・・・?」


 無意識にでていた言葉。

 少女はそれに肩眉を上げると、洗っていた馬に何かを呟き、近づいてきた。


 蓉子は、そのコントラストと、祐巳とは違うきりっとした整った顔立ちに、無意識からか緊張してしまう。


「我を知っておるのか?」

「え・・・?」

「それに、珍しい服装だな。武芸を扱うようにも見えぬ」


 落ち着いた声が近づいてくる。


「髪色も珍しい。何より、我の妹に瓜二つだ」

「いもう、と?」

「ああ。名はなんと言う」


 少女は手が触れそうなところまで近づいてくると、その髪を撫でるように触った。

 ドキッと、蓉子の胸が鼓動を早め、顔も熱くなっていく。


「よう、こ」


 すると、少女はまたしても肩眉を上げ、それからくつりと笑った。

 蓉子が想う祐巳が絶対しないような、それでいてとても似合った笑み。


「では、ヨウコ。我の家へ、来ぬか?」

「え?」

「お前に、興味を持った」


 髪を撫でていた手が、いつの間にか蓉子の頬をなでていた。

 蓉子は目の前にいる少女に魅了されたように、頷いた。










「馬に乗るの?」

「乗ったことはないのか?」

「え、ええ」


 少女は一つ頷き、なんと蓉子を片腕に抱いて馬に飛び乗った。


「きゃっ!」


 気がついたときには、すでに蓉子は少女に後ろから抱きしめられるように乗馬していた。


 後ろから聞こえる、くつりとした笑い。

 どうやら、彼女の笑う声はそういう声らしい。


 蓉子は耳の真横から聞こえるそれに顔を真っ赤にしてしまう。

 それと、落ちないようにか腰に回されている片腕にも。


「恐がる必要などない。こやつは、賢いからの」


 綱を持っている手が、馬の首を撫でる。


「のう、カグラ」


 ――― ヒヒィィィン


 嬉しそうに嘶く馬、カグラは少女が足で腹部を軽く叩くとゆっくりと歩き出した。


「我と同じように胴体を移動すればよい」


 乗りかたがわからず、少し歩いただけでお尻が痛くなってしまった蓉子に気づいたように、少女が助言してくれる。

 それを聞き、背中全体から感じられる少女の動きを真似するように、蓉子は上半身を移動させた。


「上手ではないか」

「し、舌を噛みそうだわ」

「それは、慣れるまでの辛抱だ」


 蓉子の必死なようすが面白いのか、後ろの少女は笑っている。

 それが恥ずかしくて、それを誤魔化すように蓉子は問いかけた。


「と、ところで、あなたの名前は?まだ聞いていないわ」

「なんだ、我のことを知っておるのではないのか?」

「え?」

「我の名を呼んでいたであろう?ユミ、と」

「まさか・・・・!」


 ばっと勢いよく顔を後ろに向け、けれど予想していたよりも近い位置に顔があったからか、慌てて前に顔を戻した。

 そんな蓉子の耳に聞こえる笑い声。


「我の名は、ユミ。しかし、ちゃんなどで呼ぶでないぞ?背筋が寒くなる」


 くつりと笑いながら少女、ユミが言えば、蓉子は先ほどのことを言っているとわかったのだろう、恥ずかしそうに頬を赤くする。

 実際、このユミを蓉子の知っている祐巳と同じように呼ぶことには違和感を感じる。

 ちゃん、といった感じではないのだから。


「なら、なんて?」

「呼び捨てで呼べば良かろう」

「・・・・良いの?」


 恐る恐る、目だけを後ろに向けて問えば、今度は独特の笑い方ではなく、ふっとした笑みを見せた。


「お前には、許そう。特別だぞ?」


 その笑顔と言葉に、蓉子の顔が一気に真っ赤になる。

 それを見て、祐巳はやはりくつりと笑った。




































「ここ・・・・」


 ユミに連れてこられたのは家、というよりもそれはむしろ城と呼ぶに相応しい建物だった。


 思わず呆然とそれを見上げてしまう蓉子。

 それに気づいているだろうに、ユミは小さく笑うだけで何も返さない。


 そんな彼女たちに近づいてきたのは、令にそっくりな、鎧を着た少女だった。


「お帰りなさいませ、殿下。そちらの方は・・・?」

「気に入ったから連れてきた」


 少女は蓉子を驚いたように見ながら問い、ユミは軽く目を細めて答える。

 それを聞いた少女は納得したように、呆れたように頷く。


「開門!!」


 重厚な門が、その声に反応するように大きな音を立ててゆっくりと開かれていく。


「行くぞ」

「あ、あの、さっきの子は」


 ユミの声に我にかえったように、蓉子が問いかけてきた。

 カグラを進めながら、ユミは答える。


「あやつは、レイ。我が国の剣術部隊で隊長を勤めておるものだ」

「レイ・・・」

「・・・・レイが気になるのか?」

「あ、いえ」


 慌てたように首を横にふる蓉子を少しのあいだ見つめていたが、蓉子が戸惑いながら見返すと腰に回していた腕に力をこめてきた。


「何を感じたかわからぬが、気をつけよ?」

「え?」

「レイは、ああ見えて手が早い」

「え!?」


 令似の彼女が?といった顔をするヨウコに、ユミはにやりと笑い返す。


「短気、ということだ。何を想像したのだ?」

「っ!?」


 意地悪な言葉に、勘違いしてしまった蓉子の顔に一瞬で赤みがさす。


「だから、あまり喧嘩を売るなよ」

「う、売らないわよ!」


 自分の本来の想い人と似ていて似てないユミの行動に、蓉子は鼓動を早める。


 祐巳と似ているが、内面はまったくといいほど似ていないこちらのユミ。

 それでも、ここに来るまでのユミとの時間は新鮮で楽しい。

 こんな意地悪も、蓉子にとっては心が落ち着く。


 そこで響いた声。


「殿下!」


 駆け寄ってきた誰か。

 蓉子が頬を押さえながらそちらへと顔を向けると、10代後半くらいの、またしても知っている顔が。


「何用だ、ヨシノ」

「何用だ、ではありません!執務が残っているのに、勝手に出かけるなど!!」

「気晴らしくらい許せ。こうして、ちゃんと戻ってきたではないか」

「戻ってこられなくては困ります!!・・・?そちらの方は?」


 ユミにヨシノと呼ばれた少女は、ようやく蓉子の存在に気づいたようで、驚いたようにユミを見た。

 彼女も、レイとはまた違うが鎧を着用している。


「道中で見つけてな。ヨウコに似ているであろう?」

「・・・はい。王女が大きくなったら、このようになるのでしょうね・・・」


 ヨシノはほぅっとヨウコを見てため息をつき、けれどすぐにハッとする。


「ではなくて!すぐに執務室にお戻りください!!」

「わかっておる。そう怒鳴るな、可愛い顔が台無しだぞ?」

「はいはい。とにかく、早くお戻りくださいね!」

「ああ」


 ばたばたと駆け出していったヨシノを、蓉子はぽかんと見つめた。

 ユミはそれに笑い、説明してやる。


「弓部隊隊長のヨシノだ。レイとは血のつながった従姉妹らいしが、外見とは違い少しお淑やかさとは無縁でな」

「あ、嵐のような子ね・・・・」

「否定はせぬ」


 くつりと笑い、ユミはカグラから飛び降りた。

 さらに蓉子の手をとり、おりるのを手伝ってやる。


「サチコ」

「は」

「っ!?」


 いつの間にいたのか、ユミの後ろには方膝をつけた、またしても鎧をつけた10代半ばくらいの少女が。

 サチコ、とユミが呼ぶとおり、蓉子のよく知る妹(プティ・スール)とそっくりだった。

 違うとすれば、その顔にユミへの尊敬が垣間見えるところくらい。


「カグラを小屋へ」

「承知いたしました」


 サチコは疑問に思った様子もなく恭しく頭を下げると、カグラの綱をとり歩き出す。

 カグラもユミの頬に自らの顔をすりよせたあと、サチコに連れて行かれるまま歩き出した。


「あやつは、魔術部隊隊長のサチコ」

「そう・・・・きゃっ!」


 サチコの後ろ姿を見つめていた蓉子のその腰にユミの腕がまわり、引き寄せられる。


「ちょ!?」

「サチコはあれでも想い人がちゃんといる。だから、サチコを好きになるなよ」


 耳元で囁かれ、蓉子はサチコのことを忘れたように顔を赤くしてうつむいた。

 それから小さな笑い声、腰に回されていた手はいつの間にか蓉子の手を取っていた。


「では、行くぞ」

「え、ええ」


 いまだ赤いままの頬を隠すように取られていないほうの手で押さえながら、蓉子はユミに連れて行かれるまま足を進めた。






















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