山百合会のメンバーが、小笠原祥子と柏木優がいない、という事実に顔をさーっと青くしたその同時刻。

 1年桃組の、福沢祐巳の席をブラックホールのような闇が覆っていた。

 ブラックホールの周りを、電気の道筋がバチバチと音をさせて、周りの景色を警戒しているかのように放たれている。


 珍しいくらいに大勢いる生徒達は、誰一人としてそれに気付くものはいない。

 が、そのブラックホールは、現れたときと同じように、唐突に消え去った。

 1人の少女を残して。


 祐巳の机に突っ伏していた少女の身体が、むくりと起き上がる。


「・・・・・・・?何故、教室に・・・・?」


 訝しげに辺りを見渡している少女の顔には、フレームのない眼鏡が掛けられている。

 髪は、腰まで届くくらいの長さの髪を3つほどの細い三つ編みで編んでおり、首の付け根で一つに結び、それからさらに三つ編みで結う、という髪形をしていた。


 けれど、見るものが見ればわかるだろう。

 突如現れたその少女と、今現在校庭で、佐藤聖と一緒に祥子を探している祐巳と瓜二つである、ということに。




































【彼女はもう1人】































 祐巳と聖は、結局姿も見つけることが出来なかった、そう思った時、


「やめてったら、離して!」


 前方から、女性の悲鳴が聞こえてきた。


「祥子さま!!」

「祥子!!」


 祐巳と聖は、その声を聞き我先にと走り出した。




 ようやく祥子の姿を目に入れることが出来た2人。

 けれど、そこには、優だけではなく、独特な髪型をした少女もいるのに気付いた。


 2人からは、その少女が背中を向けているため顔はわからなかったが、着ている服はリリアンの制服であること。

 そして、祥子を守るように優と祥子の間に立っていることから、祥子の悲鳴が彼女へと向けられたものではないことが、祐巳にもわかった。


「何をなさっていたんですか?」

「え・・・・?」


 けれど、そんな少女の口から出た冷静な見知った声に、祐巳は思わず駆けていた足を止めた。

 それは祐巳だけではなく、聖も同じだった。

 祥子も気付いたように、驚いたように自分よりも小さなその背中を凝視している。

 
 そんな3人とは違い、優は爽やかに少女に向かって微笑みかけた。


「別に、やましいことなどしてはいないさ。彼女と話をしようと思っただけだ」

「話をするのに、女性の腕を掴む必要性が何処にあるのですか?」

「でないと、彼女は逃げようとするからね」

「だからといって、逃げないように腕をつかむなど、礼儀のない」

「僕が、礼儀のない、だって?」


 冷静な声とは反対に、優は眉を寄せて不快そうに少女を見た。


「あれを、礼儀のある人間の行動だとは思えませんが?それとも、花寺の生徒の礼儀とは、ああいう暴漢まがいの行動を示すものなのですか?」

「僕を侮辱する気かい?僕の家は、小笠原家と名を連ねる、柏木の名を持つんだよ?」

「そうですか、おめでとうございます。で?だからどうしたのです?」

「なっ!?」


 予想とはまったく違う反応に、優は目を見開いた。

 
「名家であろうとなんだろうと、私にとってはどうでもいい事。私の通う学校の生徒に対して、暴漢まがいの行動をした。私にとってみれば、それだけが事実です」

「僕は暴漢じゃない!彼女は、僕の許婚だ!!」

「なんですって!!?」


 驚きの声。


 優はハッとしたように辺りを見渡し、その場にいつの間にか山百合会の捜索メンバー全員がいることに気付いた。

 けれど、少女はそんな者達に目を向けることなく、言い放つ。


「その言葉はまるで、自分の妻なのだから暴力を働いても問題ない、と主張する家庭内暴力を繰り返す夫のような言い訳ですね。低俗です」


 それは、正論なのだろう。

 優は言葉に詰まる。


 そこでようやく、祥子は自分を取り戻し、自分を守ろうとしてくれている少女の肩に手を置いた。


「あなた、私はもう平気よ。ありがとう」


 祥子の口から自然に出た、感謝の言葉。

 少女はそこでは初めて、優から目を離して振り返った。


 その少女の顔を見た瞬間、祥子を筆頭に山百合会のものたちは目を見開き、息をのんでしまう。

 眼鏡と髪型でわかりづらいその顔は、確かに数日間一緒にいた手伝いであり、祥子の妹(プティ・スール)候補である祐巳と同一だったから。


 何より、声が同じだった。


「あなたがそう言うのなら、私ももう何も言いません」


 静かに祥子だけを見上げる少女。

 けれど、祥子からの返事が返ってこない。

 訝しげな表情へと変えたその時、


「祐巳、ちゃん・・・・?」

「わたし・・・・・?」


 驚きの声が聞こえ、そちらに目を向けた。

 聖達が驚き、祐巳と少女を交互に見ている。

 
「なっ・・・・・!」


 少女も祐巳を凝視し、祐巳も少女を凝視した。

 けれど、少女はすぐに納得の表情を浮かべた。


「なるほど。いつの間にか、また並行世界へと来ていたようですね」


 意味深な言葉を、そっと呟いた。












 場所を変えて、薔薇の館。

 ショックを受けていたらしい優を帰し、残っているのは山百合会メンバーと祐巳、そして少女の9人。


「まずは、自己紹介をしましょうか。私は水野蓉子。紅薔薇さまをしているわ」

「私は鳥居江利子、黄薔薇さまね」

「わたしは佐藤聖。白薔薇さま」

「私は蓉子さまの妹(プティ・スール)で、紅薔薇のつぼみをしている小笠原祥子よ」

「わたしは江利子さまの妹(プティ・スール)で、黄薔薇のつぼみ。支倉令よ」

「私は聖さまの妹(プティ・スール)で、白薔薇のつぼみをしています、藤堂志摩子です」

「わたしは島津由乃。令さまの妹(プティ・スール)で、黄薔薇のつぼみの妹をしているわ」

「え、えっと、わたしは、福沢祐巳、です」


 全員の自己紹介を終えたあと、全員の視線が少女へと向けられた。

 それに臆することなく、少女は小さく頭を下げる。


「私は、こことは違うパラレルワールド、いわゆる、並行世界から来ました、福沢祐巳です」

「「「「「「「「パラレルワールド????」」」」」」」」」

「はい。ここであって、こことは違う世界です」

「な、なんで、そんなに落ち着いてるの?」


 令がもっともなことを聞けば、一つ頷いた。


「それは、私が以前にも何度か、こういった並行世界に来てしまったことがあるからです」

「羨ましい・・・・・」


 誰がそんなことを言ったかは、マリみてファンならば誰だかわかるだろう。

 故に、それは流させてもらう。

 というよりも、全員が流したためあえて触れないだけなのだが。


「色々な私と会いました。令さまと同じくらい長身の私。清楚なお嬢様である私、お寺に仕える大人しい私」


 幾人かが、楽しそうに笑って祐巳を見、残りがいまいち想像できない、といったような顔をする。

 祐巳の方も、自分ではないとわかっているが、自分がそうだと言われるような気がして変な気分になった。


「中でも一番強烈だったのは」

「だったのは?」

 
 御凸を光らせ、身を乗り出す江利子に呆れるメンバー。

 けれど、それも次の言葉で驚愕に変わる。


「それは、高飛車で自己中心的な、ヒステリーもちの私です」

「えぇっ!?」


 自分がヒステリー!?

 祐巳でさえ、そんな自分は想像できないようで、思わず声をあげてしまう。


 反対に江利子たちは、なんか聞き覚えのあるフレーズ。

 特に、後者。


 と、ちらりと祥子を見れば、祥子も自覚有りなのか睨み返す。


「あれには、さすがに対応に困りましたね。まるで、自分が世界の中心なのだと、そう信じて疑っていないようでしたから」

「あ、そこはさすがに祥子とは違うね」


 聖がポツリ。

 きっとそれは、全員が思ったこと。


「何度殴り飛ばそうと思ったことか・・・・」

「・・・・・・・・・」


 ふぅ、とため息をつく少女に、微妙な顔をする者たち。

 こんな冷静そうな彼女がそこまで思ってしまうほどなのか・・・・。と冷や汗。

 が。


 ちょっと見てみたいかも。


 それが実は総意だったりする。


「子供が迷子になって泣き叫んでいても、うるさそうに顔をしかめて素通り」

「たまにやるわ、私」(江利子

「江利子・・・(呆」(蓉子


「不良に絡まれれば、煽るだけ煽ってあとはSP任せ」

「性格悪っ」(聖

「ですね・・・」(令


「小銭が落ちていれば、我先にと拾う」

「・・・・一気にせこくなったわね」(由乃

「だ、だね」(祐巳


「自分の思い通りにことが運ばないと、かなぎり声を上げながら物を投げ」

「はた迷惑な」(祥子

「そうですね・・・」(志摩子


「あの鼻っ柱を殴ることが出来ていたら、さぞスッキリしたでしょうに」


 ふぅ、と妙なため息をはく彼女は、心底残念です、という気持ちを前面に出していた。

 思わず苦笑してしまう祐巳たち。


「ところでさ、”祐巳ちゃん”って呼ぶと、被っちゃうよね。どうしようか?」


 聖が首をかしげながら全員を見渡した。


「今まで並行世界にいたときは、なんて呼ばれていたの?」

「その時によりけりです」

「そう言われちゃうと、困るんだけどなぁ」


 蓉子の問いの答えに、聖は頬をぽりぽりとかく。


「お好きにお呼びください」

「なら、ポチとかどう?」


 手を軽く上げて言った江利子に、冷たい目線やら、呆れた目線やらが向けられる。

 けれど、


「その名前が呼び易いのであれば、それで構いませんが」

「構うよぉ!わたしと同じ顔で『ポチ』なんて呼ばれたくないもん!」


 もっともな言葉に、幾人かが頷く。


「それなら祐巳ちゃんは、どんな名前が良いと思うわけ?」

「うっ」

 
 言葉に詰まる祐巳を、江利子が意地悪い笑みで見つめた。


 そんな江利子の態度に、志摩子と祐巳以外から呆れのため息が漏れた。

 けれど、祐巳はすぐにあっ!といった表情になると、手を上げた。


「祐蘭、なんてどうですか!」


 祐巳は満面の笑みでそう言った。


「あら、良いんじゃない?ポチなんていうのよりも断然。あなたは、それでも良い?」

「構いません。では、私は祐蘭でよろしくおねがいします」


 こうして、少女は祐蘭となった。


「ところでさ、祐蘭ちゃんの世界のわたしって、何してるの?」


 興味津々、といった表情で聖が問いかけてきた。

 それは全員思っていたのか、同じような視線で祐蘭を見。


「わかりません。私の知り合いに、佐藤聖、という名前の人はいませんでしたから。山百合会にも」

「え・・・マジ?」

「はい。ですが、私が入学する前に白薔薇のつぼみだった人は、学校を辞めた、という話をお姉さまから聞いたことがあります」


 それに驚きの表情をするのは1年生のみ。

 2,3年生は、表情お凍らせた。

 それに気付いた様子もなく、祐蘭は続ける。


「確か理由は」

「あ、あの、祐蘭ちゃん」

「浮気がばれて、恋人から逃げ出したからだそうです」

「へ・・・・?」


 戸惑ったように祐蘭の言葉を遮ろうとした蓉子だったが、出てきたその内容に、は?といった表情になる。

 聖も思わず、マヌケな声を出してしまった。


「・・・それは、予想外ね」

「そう、ですわね・・・・」

「あ、あははは」


 江利子、祥子、令が微妙な顔で会話をしていた。


「なんか、らしい、と言うか・・・・」

「ちょっと祐巳ちゃん、それはどういう意味かな!?」

「あ!すすすすすすみません!!」

「でも、その後どうなったのよ。いくら浮気がバレたからといって、学校をやめるなんて普通考えないわ」

「それはそうよね。事情については、知っているの?」


 祐巳と聖の掛け合いは放って、江利子が思ったことを問いかけてきた。

 蓉子もそれに思い当たったようで、不思議そうだ。


「その方の恋人は、久保栞さま」

「「「「「っ!!?」」」」」


 またまた凍った、2,3年生の顔。


「久保栞さまは、入学当時はマリア様の再来と言われていましたが、その方と恋人になった途端、豹変。理由は、その方の浮気癖のせいだったらしいです。要するに、聖さまの浮気癖のせいで、栞さまは優しくて可憐な女性から、不誠実なことを行なう人を容赦なく折檻する女帝へと変ってしまったらしいんです」

「「「「「・・・・・・・・・・・」」」」」

「「うわぁ・・・・」」

「・・・・(困)」


 室内を、微妙な視線が行き来する。


「「「「(もし駆け落ちしてたら、駆け落ち先でそうなっていたのかもしれない・・・・・)」」」」

「(一緒に逃げ出さないで良かったのかも・・・・?)」


 由乃と祐巳は引きつった表情で、志摩子は複雑な表情で聖を見てしまう。

 あながち、ありえない、と言えない聖の常日頃を見ているから、なおさら。


「その栞さまが白薔薇さまとなりましたが、聖さまがいなくなった後は女帝ぶりはなりを潜め、再び優しく可憐に戻ったそうです」

「そ、それで、他の人達は?たとえば、蓉子とか!」


 これ以上自分(?)の話題は勘弁して!といった具合に、聖が問いかけてきた。

 そんな聖の真情に気付いた蓉子が、ギロッと聖を睨む。


「ちょっと、聖!何故私のことを聞くのよ!」

「良いじゃない。私も興味があるわ。私自身のこともね」

「・・・・・・後悔、しませんか?」

「「え?」」

「これを聞いても、後悔しませんか?」


 蓉子と江利子は驚き、顔を見合わせた。


 自分達は、もしかしたら・・・・・。


 そんなことを思い、喉を鳴らした。


「「ええ」」


 真剣な表情で頷く2人。
 
 言いだしっぺの聖も、妹(プティ・スール)の祥子と令も、祐巳たちも真剣な表情で祐蘭を見つめた。


「蓉子さまと江利子さまは、高校3年生の中ごろ、結婚しました」

「「っ!?」」




 ・・・・・・・・・・。




 ――― フラッ

 ――― バタンッ


「ああ!祥子さま!!」

「令ちゃん!?」


 あまりの言葉に、祥子と令が椅子ともども床に倒れた。

 蓉子と江利子は驚きから、顔を様々な色へと変えている。

 赤くなったり青くなったり、忙しそうだ。


「・・・・やるぅ」

「お姉さま、他人事ではありませんよ?」

「あ、あはは」


「「誰とよ!!?」」


 ハッとしてすぐ、2人が勢いよく問いかけてきた。

 祐蘭は眼鏡を押し上げ、2人を見つめる。


「お二人です」

「「「「は?」」」」


 その言葉に、蓉子、江利子、聖、志摩子はポカンとした顔で祐蘭を見た。

 祥子たちはそれどころではないらしく、聞こえていなかった模様。




「実は、私たちの世界では、1995年、8月15日。世界的に増えた同性愛者に対処するため、先進国と認められた国全てが、同時に同性結婚を認めたんです」








「「「「「「「「えええええぇぇぇぇぇ!!!???」」」」」」」」




 いつの間にか復活していた祥子たちを含めた叫び声が、薔薇の館を震わせた。

















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