【知っていること】
<蓉子視点>
「知的で優しい紅薔薇さまが好きですっ・・・・・つ・・・付き合って、ください・・・!」
顔を真っ赤にして、うつむいた子。
体も震えていて。
きっと、彼女と同じ1年生。
彼女とは違い、初々しい姿。
素直に、可愛いと、思う。
けれど、それだけ。
「・・・・ごめんなさい」
「っ誰か、好きな方がいらっしゃるんですかっ?」
震えた声。
掠れた、涙声。
申し訳ないと、思う。
罪悪感も感じる。
それでも、この子じゃない。
その問いに浮かんだのは、名も知らぬ彼女。
綺麗な笑顔を浮かべた、彼女。
やっぱり、私は彼女が好きなんだわ。
「ええ」
強く、頷く。
その子は、それで肩を震わせてしまったけれど。
「しっ、失礼します!」
そのまま、その子は走り去ってしまった。
その場に1人残された私は、無意識にため息をついていた。
何度告白をされたとしても、断った後の相手の悲しそうな顔に慣れることはない。
これから先も、きっと慣れることはないだろうと思う。
相手の悲しそうな顔に、
涙に、
震えた声に、
いつも、いつも、胸がつぶれそうになる。
私が悪いわけではないと、そう思ってはいても。
それで割り切ることができるほどに、潔さを身につけた大人ではなくて。
告白されたことを喜べるほど、無邪気な子供でもなくて。
中途半端な、私。
真面目でも、不真面目でもない。
らしい、私。
「蓉子さま」
「っ!?」
かけられた声にハッとして、振り返った。
その声が、聞きなれた声だったから。
その声が、求める人の声だから。
「あなた・・・」
「どうなさったのですか?このような所で」
優しい笑みを浮かべた彼女は、きっと今来たばかりなのだろう。
そんな彼女を心配させられないと、笑顔を浮かべた。
「なんでもないわ。少し、風にあたっていたの」
「そうですか」
浮かべたと、思っていた。
いえ、事実、他の人ならば騙されてくれる。
けれど、彼女には、効かなかった。
「悲しい顔、していますよ」
いつの間にか抱きしめられていた、私。
耳に囁かれる、慈愛深い低音。
布越しに伝わる、柔らかさ。
暖かさ。
「悲しいことがあったのなら、無理に笑わないでください」
一定のリズムで叩かれる背中。
包み込むように抱きしめてくれる腕。
歌のような旋律を紡ぐ声。
私の心は、簡単に決壊した。
「っく・・・・っ」
私は、彼女に縋りつき、泣いた。
すみません、蓉子さま。
本当は、見ていたんです。
あなたが告白をされるところを。
あなたが断るところを。
知っているんです、私。
あなたが、告白を断るたびに傷ついていることを。
優しすぎるあなたは、とても脆い。
いえ、違いますね。
山百合会の皆さん全員が、とても脆い心をもってらっしゃるんです。
あの、江利子さまも。
もちろん、それが悪いことだなんて言いません。
ただ、皮肉なものだと、そう思ったことはあります。
この学園を率いる生徒の代表であるあなた方が、本当は少しのことで心を傷つけてしまう。
そのことに、誰も気づいてらっしゃらない。
それは、とても悲しいことだと、私は思うのです。
泣き疲れて眠ってしまった蓉子さまの頭を、膝に乗せて。
頬にかかる、その艶髪を撫でる。
安心したようなそのお顔が、私にはとても悲しく見えた。
「・・・・独りで頑張らないで、蓉子」
「少しは、江利子や聖たちに頼ることを覚えて」
あなたに聞こえないからこそ言える、かつての恋人としての言葉。
「あなたには・・・・あなたたちには、笑顔が似合うのだから」
手から零れ落ちる、触れ慣れた漆黒。
私はそれに、昔のように口付けた。
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