【かすかな優越感】































< 聖視点 >


 いつもと同じ日々。

 つまらない日常。


 栞のいない、モノクロな世界。


 そこにかすかな彩を取り戻してくれたのは、桜の木の下にいた子。

 名前も知らない。

 一瞬だけ、目が合った。

 それだけ。


 好きになった、とかではない。

 そういう感情ではなくて・・・。


 もう一人の自分を見つけたような。

 鏡の向こうにいる自分を見たかのような。


 変な、感覚。


 同じだと。

 同属だと。

 すぐにそう悟った。


 いつでもここを去れる身軽さ。

 人と自分を隔てる線をもった子。


 それから、その子を見るたびに目で追った。

 それはやはり思慕からくる想いではなくて。

 見守る、なんて優しいものでもない。


 どちらかというと、監視の類。


 だから、彼女が急に明るさを持ち始めたことにも気づいた。


「志摩子さん」

「祐巳さん」

「待っていてくれなくても、良かったのに」

「私が、待っていたかったのよ」

「そう?それなら、良いけれど」


 眼下から聞こえる、そんな会話。

 窓縁に手を重ねて置いて、手の甲に顎を乗せながらそれを見ていた。


 志摩子、という名のあの子は、同じクラスなのか、一人の少女と話しをしている。

 嬉しそうに。

 楽しそうに。


 そこに、私と同一のモノは存在しない。


 まるで、去年の栞とわたしのようで。

 でも、まったく違うナニカ。


 最近では見慣れたその光景を、ジッと見つめる。

 その違うナニカを、探すために。

 わたしと栞にはあった、危うさがないその理由を探るために。


 その時、相手の子と目があった。


 全てが、止まったかと思った。

 音も。

 時も。

 舞い落ちる葉さえも、止まってしまったように感じた。


 1秒?

 1分?

 1時間?


 一瞬とも永劫とも思えたそれは、彼女が微笑んだ瞬間に消え去った。


「祐巳さん?」


 あの子の声。

 わたしに微笑みかけたのがわかったのか、同時に振り返る。


「白薔薇さま」


 そう呟いたのだろう、口が小さく動く。


「ごきげんよう」


 今あったことなど悟られないように、挨拶をする。

 それに、2人とも声を重ねて返した。


「ねえ、2人の名前聞いても良い?」

「私は福沢祐巳です。こちらの子が、藤堂志摩子さん」

「藤堂志摩子です」


 おかしくて、一瞬笑った。

 祐巳さんの、下級生を示すような”こちらの子”という発言にだ。

 そして、それに対して違和感が全くない、と感じた自分にも。


「知ってると思うけど、わたしは佐藤聖」

「それでは、白薔薇さま。私どもはこれから勉強会を行うので、失礼致します。志摩子さん、行こう」

「ええ。それでは、ごきげんよう、白薔薇さま」


 志摩子さんに続けて祐巳さんも。

 わたしはそれに挨拶を返そうと口を開き、


「聖。あなた、誰と会話をしているの?」


 見知った声に、遮られた。


「蓉子か」

「蓉子か、じゃないわよ。今日は、薔薇の館に・・・・・あなた!」

「え?」


 驚いたような声をあげる蓉子は、珍しい。

 そんな蓉子が見つめる先、そこには祐巳さんと志摩子さん。

 いや、正確には、祐巳さん・・・・?


「ごきげんよう、紅薔薇さま」

「ご、ごきげんよう。図書室以外で会うのは、初めて、よね?」

「ええ、そうですね」

「これからどこへ?」

「彼女の家で、勉強会をしようと思っています」

「そう。図書室ではやらないのかしら?」


 初めて、見た。

 でも、どこかで見たことがある、蓉子の笑顔。

 嬉しそうな。

 楽しそうな。


 そう、志摩子さんが祐巳さんと話しをしているときの表情と、同じだ。


 何より、あの蓉子が、彼女と会話を続けようと、質問を繰り返している。

 祐巳さんを知ろうと。

 どこか、必死そうに。

 どこか、嬉しそうに。


「図書室にいると、私が本に集中してしまって、教えることが出来ないんですよ」

「それもそうね。それじゃあ、勉強頑張って。そちらの子も」

「「ありがとうございます」」


 歩きはじめた、2つの背中。

 それを見つめる、蓉子の視線。

 それはやはり、祐巳さんにだけ向けられている。


「・・・・珍しいね」

「え?」

「蓉子が、あそこまで誰かに執着するの」

「執着しているように、見えた?」


 頷くと、蓉子は恥ずかしそうにはにかんだ。

 それも、初めて見る表情だ。


「・・・・そんな顔祥子の前でしたら、拗ねるんじゃない?」

「そんな顔、というのがどういう顔かはわからないけれど・・・・」


 すぐに、困ったような顔。

 それを見て、蓉子が自分の想いに気づいていないのだとわかった。

 いや、もしかしたらまだ、明確な想いにまでいたっていないのかもしれない。


「でも、どこで知り合ったわけ?」

「ああ、彼女と?図書室よ」


 ああ、だから図書室がどうとかこうとか言ってたわけか。


「入学式の次の日に、初めて図書室で会って。それから会いに行っているのよ。・・・毎日、ね」

「・・・・毎日?蓉子から?」

「・・・悪い?」


 驚いて蓉子を凝視してしまうわたしの前、ツン、とそっぽを向く。

 それが本当だと証明していて、わたしは笑った。

 湧き上がるソレを、抑えきれずに。


 目の前にいる友人は、こんなに可愛い性格だっただろうか?

 わたしが知る水野蓉子、という人物は、完全無欠な優等生。

 それでもって、かなりのお節介。

 なのに、今目の前にいるのは、純粋とも言えるほどに1人を求める女の子。


 これを笑わずに、何を笑えというのだ。


 もちろん、馬鹿にした思いからではなくて。

 友人の可愛い新たな一面と。

 そして、それを引き出した不思議な下級生?の存在。


 それらがごっちゃになって、自然と口から出る笑い声。


 こんなに笑ったのは、いつ振りだろうか?

 いや、こんなに笑うこと自体、今までにあっただろうか?


「聖!!」

「ごめんごめんっ」


 謝るけど、変わらず笑いの衝動は抑えきれなかった。


「もう、いい加減笑うのは止めてちょうだい!」

「うん、もう笑わないから」


 何とか笑いを押し込めて、平静を装う。


「ねえ、もしかして、江利子もそうだったりする?」

「え?彼女のこと?」

「そう。江利子も、あの子のこと気になってるわけ?」

「・・・・・そうみたいよ」


 不満そうな顔。

 まさに、強敵ライバル、ってところなんだろうな。


「ふ〜ん・・・」

「でもね」

「ん?」

「私たち、あの子の名前知らないのよ」

「なんで?」

「教えてくれないの」

「・・・・そうなの?」


 あっさりと名乗ってくれたのに、と思うも、すぐに納得した。

 隣に、あの子がいたからだろう。


 でも、蓉子たちは知らないのか、彼女の名前。


「だから、私たちは今勝手に調べているところ」

「首尾は上々?」

「だったら、もうすでに名前を知っているわ」

「それはそうだ」


 久々に感じる、高揚した気分。

 蓉子たちの知り得ない情報。

 それを、ついさっき存在を知ったばかりの自分が知っている。


 もういないとわかっていながらも、外へと目を向けた。


 ようやく、わかった。

 あの2人に、危うさがない理由が。

 それは、彼女、祐巳さんがいるからだ。


 ただ目が合って、笑いかけられて、自己紹介をしただけの仲。

 そんな、薄いわたしと彼女の関係。

 そのはずなのに、わかる、彼女のこと。

 別に、そんな大それたことじゃない。


 ただ、あの子は栞以上に大人で。

 あの子は、栞以上の包容力を持っていて。

 あの子は、栞以上に安心感を他者に与える力を持っている。


 だから、あの2人がわたしたちのような関係になったとしても、大丈夫だろう。

 わたしは安心して、もう見えない2つの背中に笑いかけた。


 これからは、監視じゃなくて、見守ることにしよう。


 わたしの世界に、彩が戻りつつあった。














 あとがき。


 久しぶりに書きました。

 聖さんが、途中から今の聖さんになってしまったことにあたふた。

 でもでも、こんな感じかなと思って、なんて言い訳をしてみる。

 ・・・ハイ、ごめんなさい(汗






















 ブラウザバックでお戻りください。



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