【すれ違い】
”図書室の君”
紅薔薇さまから。
黄薔薇さまから、
祥子さまから、
令ちゃんから。
その名称を、よく聞くようになったのは、つい最近。
言わないのは、たまにくる白薔薇さまだけで、あの方はたぶん知らないのだろうと思う。
疎外感を、感じた。
曰く、聞いても名乗らないのだという。
曰く、凄い集中力をもっているのだという。
曰く、1年生らしいのだが、そうは見えないのだという。
曰く、紅薔薇さま、黄薔薇さま、祥子さまを可愛いと言ったのだという。
らしくもなく、鬱々とする日々。
それに苛立つ。
ふらりと立ち寄った公園。
そこは、よく由乃さんと過ごした公園だった。
恋人の時に、ね。
休日の、まだ太陽も東に傾きがちの時間。
私は久しぶりにやってきたその公園のベンチに座り、先ほど買った本を開いた。
本来の目的は図書室の本を読破、だったのに、いつの間にか図書室の本だけでは飽き足らなくなってきている自身に苦笑。
けれど、この300年でも知ることのなかった知識を吸収できることは、意外と楽しいと知ったから。
今度の夏休みに、奈良にでも行ってみようかな?
このあいだ読んだ、仏像の成り立ちについて書かれた本は、意外に面白かったから。
乃梨子ちゃんが仏像に興味を持つのも、わかる気がする。
違うことを考えていた私は、ふと視界に入った人物に気づいた。
実は読んでいなかった本から目を離して、そちらに顔を向ける。
由乃さんだった。
由乃さんは私の隣のベンチに座り、空を見上げている。
寂しそうな横顔。
独りぼっちだと、感じているような。
独りは嫌だと、訴えているような。
何かを我慢して、空を見上げていた。
私は本を閉じてそれをバックにしまい、由乃さんの隣に移動する。
だって、大切な友達が、大切な恋人が、そんな顔をしていたら気になるでしょう?
今回は、知り合ってもいないけれど。
「何か悩み事?」
「え?」
驚いて振り返る由乃さんに、微笑みかける。
「そんな顔、してる」
「・・・・・・あなたに言っても、変わりません」
「けれど、言うだけでスッキリすることってあるよ」
微笑んだまま首をかしげると、由乃さんは少し躊躇したあと、ため息をついた。
「・・・・癪なんです」
「・・・・・・」
そんな言葉がでてくるとは思わなくて、思わず由乃さんを見つめてしまう。
けれど、由乃さんは気づいていないよう。
「誰も彼も”図書室の君”。いい加減にしろってのよ!」
・・・・・私のことだ。
「その人の何が良いんですか?って聞いても、由乃も会えばわかるよって。会ってないからわからないんだって言ってんの!」
それは、確かにそう。
実際は、今目の前にいる私だけれど。
「だいたいね。わたしがいるのに、その人の話ばっかりするのはどうなわけ!令ちゃんたら!」
ごめんなさい、言葉がでそうになって、口を押さえることでそれを抑える。
けれど、まさかそんなことになっているなんて。
令さま大好きな由乃さんにしたら、さぞ不快だろう。
「その人もその人よ!まるで、興味を示してください、と言わんばかりに”図書室の君”だなんて!」
・・・・由乃さん、そのあだ名は私が考えたわけじゃないんだけれど。
けれど、祥子さまにはそう名乗ったような気が・・・・。
ああ、失敗した・・・。
どこか抜けたこの性格は、何百年たっても直らないのだ、と改めて実感。
「それにアッサリと嵌るみんなもみんなだわ!きっと、自分を見て見て症候群のやつに違いないわよ!」
どんな病気なの、それ?
「見つけたら、殴ってやるわ!!」
「淑女らしからぬ発言だね」
由乃さんには、なるべく会わないようにしないと。
特に、図書室では。
「リリアンを出たら、わたしは一般人ですから!」
「まあ、確かに」
いや、けれど、女の子としてどうかと、なんて、由乃さんらしいから良いけど。
と、由乃さんはそこまで話して、ため息をついた。
スッキリしような。
「ごめんなさい、見知らぬあなたにこんなこと話してしまって」
「ううん。けれど、スッキリしたでしょう?」
「はい。・・・ありがとうございました」
「どういたしまして」
2人で、顔を見合わせて笑った。
「お名前を聞いても良いですか?わたしは島津由乃と言います」
「私は福沢祐巳だよ。よろしくね。それと、敬語でなくてもいいよ」
「・・・・・うん、ならそうする」
祥子さま方にはいまだ告げていない本名を、由乃さんには名乗る。
殴られたくはないし。
何より、ここは学校ではないしね。
お互いに握手を交わす。
「祐巳さんは、良くここに来るの?」
「良く、と言うほどじゃないよ。今日はたまたま」
「そっか」
残念そうな顔に、浮かぶ笑み。
たぶん、由乃さんは私が他校生だと思っているのだろう。
「由乃さんがここに来るなら、休日は由乃さんに会いに来るよ」
そう言うと、由乃さんは驚いた顔。
微笑み返せば、なぜか顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。
「由乃さん?」
「あー、うん、わかった。あれね、祐巳さんは天然」
「え?」
「気にしないで。じゃあ、わたしもちょくちょく来ようかしら?天気がいい日は」
気にはなるけれど、由乃さんがそう言うのなら、と私は頷いた。
「あ、でも、お昼までに来なかったら、帰っていいからね」
「なぜ?」
「もしかしたら、体調悪くなるかもしれないし」
それで納得する。
今の由乃さんはまだ、手術を受けていないんだもんね。
「わかった。由乃さんも、体調悪い時は来なくても良いからね」
「ええ。そこまではしないわよ」
正確には出来ない、かな?
けれど、由乃さんなだけに少し心配。
「そういえば、祐巳さんはなにをしにきたわけ?」
「強いていうなら、本を読みに、かな?」
「本?」
首を傾げる由乃さんに、私は頷いてバックから本を取り出した。
とたんに、ゲッ、という顔になる由乃さんに笑ってしまう。
「そ、そんな分厚いの読むの?」
「意外と面白いよ?」
「わたしにはわからないわね」
本から目をそらすそのさまが、見るのも嫌、といっているようで、笑いながら本をバックに戻した。
「祐巳さんは、本を読むのが好きなの?」
「うん、見えない?」
「う〜〜ん・・・まあ、身体を動かすのが好きなようには、見えないわね」
これでも、毎朝走ってたりするんだけど。
見えないかな?
「そう?」
「うん。静かな雰囲気持ってるもの」
まあ、はしゃぐ歳でもないしね。
「なんだか、窓際の令嬢みたい」
「・・・・何?その例え」
「見たまんまよ」
私は困惑しつつ、自分の姿を見下ろす。
「見たまんま、っていうのも、変ね。なんか、落ち着きすぎてるのよ、祐巳さんて。まあ、その歳なら仕方ないかもしれないけど」
どうやら、由乃さんにも高校1年生には見えないらしい。
あなたと同じ歳なんだけれど。
一応。
「いくつに見える?」
「そうね・・・・。いってて、20代半ば、かな?」
・・・また、ずいぶんと年上に見られたものだ。
そんなに老けてるかな・・・・?
「老けて見える?」
「あ、別に老けてるってわけじゃないのよ?なんて言うか・・・」
「なんて言うか?」
ジッと由乃さんの目を見つめると、由乃さんは慌てたように目をそらしてしまう。
それに首をかしげていると、どこか誤魔化すように由乃さんは言った。
「貫禄。貫禄があるのよ!」
「20代半ばの?」
「そう!あんまり、物事に動じなさそうだし!」
まあ、それはね。
さすがにここまでくると、驚くこともそれほど多くなくなってくるし。
「で、実際いくつなの?」
「そうだな・・・・。由乃さんが想像するよりも、いくつかは下だよ」
「なら、二十歳くらいね」
同じ年には、やはり見てもらえないらしい。
慣れてるけれどね。
「じゃあ、わたしそろそろ帰るわね」
「そうだね。もうお昼だし」
腕時計を見れば、12時少し前。
「それじゃあ、また来週会えたら会おうね」
「ええ。またね」
由乃さんは初め見たときとは真逆の、満面の笑顔で公園を出て行った。
それを見送り、私も家へと戻る道を歩いていく。
「おかえり。あれ、由乃、ご機嫌だね」
「ええ、友達が出来たの」
嬉しそうに報告する由乃に、令は驚きの表情を浮かべる。
「福沢祐巳さんっていって、綺麗な女性だったわ」
「え、年上の方?」
「ええ。公園でね、たまたまお会いしたの」
笑顔の由乃に、令はまたしても驚く。
由乃は、初めて会った人物とそう簡単に心を通わせることのできる子だっただろうか、と。
そんな令の表情を読み取り、由乃は思い出して幸せそうな笑みを浮かべた。
「不思議なの。凄く話しやすい方でね、優しい雰囲気をまとってたわ」
「へぇ。会ってみたいかも」
「駄目!令ちゃんは、大好きな”図書室の君”のことでも考えてればいいの!」
「え〜!なにそれ!?」
2人は知らない。
由乃のいう女性と、令たちのいう少女。
その人物が、同一人物であることなど。
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