【”図書室の君”】































 いつものように、朝図書室で本を読んでいると、急に現れた手が本を倒してきた。


「え?」


 驚いて顔を上げると、祥子さまのお顔が。

 それも、なぜか不機嫌・・・・。


 ・・・・・どうやら、また私はやってしまったよう。


「すみません、気付かずに」

「え?」

「?何度も声をかけてくださったのではないのですか?」


 驚いたように私を見るから、反対にこちらが驚いた。

 けれど、祥子さまが用もない見ず知らずの生徒の読んでいる本を倒すわけもないだろうし・・・・?


「え、ええ。良くわかったわね」

「集中しすぎる癖のせいで、皆さんに迷惑をかけてしまいますから」

「そうなの」

「それで、ご用は一体」


 本を閉じて体を祥子さまへと向けると、眉をよせて黙り込んだ。

 そのお顔は、困っている、それか悩んでいる時のお顔。


 けれど、そんなお顔をされても困ってしまう。

 今回では、今日初めて会った祥子さまに、そんなお顔をされるような理由がないのだから。


「・・・・・・・用は、これといってないのよ」

「そうなのですか?」

「ええ。お姉さまと黄薔薇さまがあなたのことを話していて、興味を持っただけなの」

「そうだったんですか」


 私は小さく笑い、隣の椅子を軽く引く。


「お座りになられます?」

「・・・・・ええ、そうね」


 祥子さまは微笑んでそこにお座りになった。


「蓉子さまと江利子さまは、私のことをなんと?」

「図書室の君、ですって」

「・・・・・ふふ。そのようなことを?」

「ええ。もっとも、それを言ったのは黄薔薇さまだけれど」


 江利子さまはまさに言いそうで、私は口を手で押さえながら笑った。

 あの江利子さまがそんな不思議な名前を考えた、と思うだけで笑いがこみあげる。

 本当に、可愛らしい人。


「図書室の君なんて言っていただけるほど、謎めいてはいませんけれど」

「あら、そんなことなくてよ」


 微笑む祥子さまに、私は首をかしげた。


「あなた、不思議な子だわ。いくつなのかが、まったくよめないんだもの。そんな子、初めてだわ」


 私はそれに苦笑した。

 そう言われてしまうのも、仕方がないのだから。


「それに、ここまで心が穏やかになる子も・・・・」

「そう言っていただけると嬉しいですね」

「・・・・・・・この手は何?」

「え?・・・・あ、すみません」


 気付いたら、祥子さまの髪を撫でていたらしい。

 恋人という関係の時は、いつも祥子さまの髪を撫でていたから、癖で撫でていたらしい。

 仕方がないと思ってほしい。

 前回は、祥子さまと恋人だったのだから。


「もう。お姉さま以外にこんな風にされたの、初めてだわ」

「すみません。今のことは、忘れてくださいませんか?」

「いや」

「いやって」

「だって、忘れられるわけないじゃない。初めて会った子に、頭を撫でられたなんて」


 そっぽを向くように軽く横を向く祥子さまは本当に可愛らしくて、私は自然と笑っていた。

 それを見て、祥子さまが睨むように見てくる。

 それでも、そんなお姿も可愛らしい。


「なにを笑っているのよ」

「いえ。お気になさらないでください」


 可愛いと言ったあとの、祥子さまの行動が想像できるから、私はそう答えた。


「言いなさい」

「良いんですか?」

「どういう意味よ」


 きっと睨んでくる祥子さま。

 私はそれに小さく笑い、微笑む。


「祥子さまが、可愛いな、と思ったんです」

「なっ!?」

「だから、言わなかったのに」


 もれる笑いを、口を押さえておさえる。


 祥子さまはそんな私を見て、口をパクパク。

 頬が段々と赤くなっていって。

 それでも、深く呼吸をして自分を落ち着かせているその様に、もれる笑い。


「・・・・祥子・・・・?」

「お、お姉さまっ」


 私と祥子さまがそちらに顔を向けると、目を見開いた蓉子さまが。


「ごきげんよう、蓉子さま」

「・・・・・ごきげんよう。祥子とお話していたの?」


 寂しそうに微笑む蓉子さまは、恋人だった頃、私が誰かと話しをしている姿を見ていたときと同じ。

 けれど、そんな表情をされるような関係でもないし・・・・。


「はい。祥子さまからお聞きしました。私のことを、江利子さまと話しをしていたとか」

「ええ、そうね。していたわね、確かに」


 蓉子さまは困ったような顔で近づいてくる。


「それの話しをしていたの?そのわりには、祥子の顔が赤くないかしら?」

「な、なんでもありませんっ」


 顔を隠すように、手で顔をおおう祥子さま。


 蓉子さまはそれを見て、私を見た。

 どこか、切羽詰った表情で。

 私には、何故そのような顔を向けられるのかがわからない。


「・・・・・何を、話していたの?」


 いえ、見覚えはあるけれど・・・。

 それは、嫉妬した時のお顔。


 けれど、今回は恋人時のように、深い付き合いをしていたわけでもないのに。

 蓉子さまとお会いしてから、2週間ほど。

 それは、恋人になるまでに有した期間よりもはるかに短い。

 そんな短い時間で、私のようなものに蓉子さまが惚れてくださるわけはない。


 ハッキリ言って、私は長い時間をかけてでしか、誰かと恋人になったことがないから。


 なるほど。

 きっと、蓉子さまは祥子さまをとられやしないかと、焦ってらっしゃるんだ。


「祥子さまは可愛い、というお話でしょうか」

「あ、あなた!」


 さらに顔を紅くする祥子さま。

 けれど、蓉子さまはそれに顔を強張らせた。

 そんな顔をなさらなくとも、私は今回、誰とも姉妹(スール)になるつもりはないのに。


「ですが、蓉子さまも可愛らしくてらっしゃいますよ?」

「「え?」」


 祥子さまだけを可愛いと思ったわけではないのだと、暗に伝えるために。

 祥子さまだけにその思いをいだいているわけではないのだと、暗に伝えるために。

 別に、祥子さまと姉妹(スール)になるつもりがないと、暗に伝えるために。


「背伸びをしながら本を取ろうとするお姿は、可愛らしかったですし」

「っ!」

「”図書室の君”というお名前を考える江利子さまを想像すると、可愛らしいと感じます」

「「え?」」


 またも重なるお2人の声に、私は笑みを深めて返した。


 わかってくださっただろうか、蓉子さまは。

 私が伝えたい思いを。


「・・・ようするに、あなたは私も、祥子も、江利子も可愛いと?」

「はい。可愛らしいと思います」

「あなたは・・・・」

「本当に・・・・」

「?」

「「不思議な子」」

「ふふ、そうですか?」


 蓉子さまと祥子さまは、苦笑しながら頷いた。




 お2人と一緒に私は図書室を出る。

 すると、通る生徒通る生徒がお2人に挨拶をしたあと、私を不思議そうに見てくる。


 それはそう。

 紅薔薇さまと紅薔薇さまのつぼみにはさまれている私は、さぞ意味不明な生徒にうつるであろうから。

 もっとも、そんな視線を気にするほど、私は若くはないのだけれど。


「ところで、あなたは名前をなんというの?」


 ふと思いついたように問いかけてくる祥子さまを、私は軽く笑って見上げた。


「”図書室の君”です」

「・・・・それは、黄薔薇さまが考えた名前でしょう」

「でしたら、名無しの権兵衛とでも」

「あなたね!」

「落ち着きなさい、祥子。彼女は言うつもりはないわよ」


 ムッとしたような顔で私を睨む祥子さまに微笑みかえす。


「そういうことです。何より、江利子さまにはお教えせず、お2人だけにお教えするのは平等ではありませんから」


 それでもムッとしたままの祥子さまと、苦笑する蓉子さま。


「見つけてください」

「「え?」」

「私のことを」


 驚く蓉子さまと祥子さまの髪を撫で、私は階段を下りた。





































「・・・・・祥子、顔が赤いわよ」

「おっ、お姉さまこそっ」

「でしょうね。・・・・・祥子、彼女を必ず妹(プティ・スール)にしなさい」

「・・・・・・・・気が早いのではありませんか?お姉さま」

(妹(プティ・スール)・・・・そうすれば、あの子と一緒にいられる・・・・)






















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