【それぞれ】






























<蓉子視点>



「ねえ、蓉子」


 薔薇の館、仕事をしている最中に江利子に声をかけられ、顔を上げた。


 仕事をしなさいよ、仕事を。


「なに」

「あなた、図書室の君、知っているわよね?」

「・・・・図書室の君?」


 聞きなれない言葉に眉を寄せると、江利子があら?と眉をあげた。


「知らないの?いつも朝、本を読んでる子のことよ」

「ああ、あの子」


 そう言われて思い当たるのは、あの子のこと。


「彼女がどうかしたの?」

「あの子の名前、知っている?」


 そう言われ、そういえば名前を聞いたことがないことに、ようやく気づいた。

 そんな私の表情を読み取ったのか、江利子はふう、とため息をつく。


「知らないのね」


 なんだかその対応に腹がたって、私は江利子を睨むように見てしまう。


「悪かったわね」

「良いわ、別に。そんなに簡単にわかる方がつまらないし」

「あの、お姉さま、一体・・・・」


 江利子の呟きの意味がわからなかったのはどうやら私だけではなかったようで、令が恐る恐るといったように江利子に問いかけた。


「この間ね、何か面白いことがないかと思って、朝図書室に行ったのよ。いつもと違うことをすれば、少しは見つかるかもしれないでしょう?」

「はあ・・・」

「その時、私の目の前に座った子がいたのよ。その子、どうしたと思う?」


 江利子の久しぶりに見る、楽しそうな笑み。

 私たちは顔を見合わせ、首をかしげた。

 そんな私たちに、江利子はさらに笑みを深める。


「本を読み始めたのよ」

「・・・・それは、普通のことでは」


 祥子が訝しそうに眉を寄せるけれど、江利子の言いたいことが私にはわかった。

 なぜなら、私も彼女の行動をみて、思ったことだから。


「普通だから、江利子は興味を持ったのよ」

「え?」


 令と祥子が不思議そうに私を見る。

 江利子はにやりと笑って。


「そう、普通だから、よ。私たちは、所属している場所が場所だから、常に注目を集めるわ。図書室で本を読んでいても、周りは本を読むふりをしながら私をちらちら見てくるなんていつものことなの。にもかかわらず、その子は私の正面に座って、なおかつ本に集中していたのよ」


 江利子がそこまで言うと、令と祥子はようやくわかったらしい。


「何度声をかけてもページをめくるし。それで、その子の手を握ってみたの」

「握ってみたのって・・・・!」

「そうしたら、あの子はようやく私を見たわ。けれど、自分の手が握られていることに気づかなかった」


 私の驚きを無視する江利子に、またしてもムッとする。


「気づかずに、笑っていた私に、どうしたんですか?ですって。それも、やんわりと手をどけられたわ」

「・・・・・その方は、黄薔薇さまがお嫌いだったのでは?」

「まあ、その可能性も考えたわ。けれど、これでも人を見る目には自信があるの。それに、あれから何度か図書室で会うけれど、彼女は笑顔で私に挨拶をくれるわ。彼女は、私を嫌ってはいない。それなのに何故、手をどけたか。蓉子、なぜかしら?」

「・・・・・普通の行動、だからよ」


 ムッとしながら返すと、江利子は楽しそうに笑う。


「そう。普通、話したこともない相手に手を握られたら、さりげなく手をどけたりするでしょう?」


 ここまで楽しそうな江利子は、令を妹(プティ・スール)にしたときくらいでしょうね。

 それほどイキイキとしている。


 ・・・・その相手が、私も気になっている相手だというのが、いただけないけれど。


「そんな子に興味を持つのは当然でしょう?だから名前を聞いてみたら”名もなき生徒”ですって」

「ということは、名前を名乗らなかったのですか!?」


 令が驚いて問い返すと、江利子は楽しそうに頷く。

 もちろん驚いているのは令だけではなくて、祥子も私もそうだ。


 黄薔薇さまである江利子の問いに、答えなかったなんて。

 けれど。


「彼女らしいわね・・・・」


 そう思った。


「あら、やっぱり蓉子から見たあの子も、そんな感じなの?」

「ええ、そうね」


 不機嫌そうにこちらを見てくる祥子に苦笑しながら、あの子を思い浮かべる。


「初めて私があの子と会ったのは、仕事で使う資料を探している時だったわ。その資料が少し高いところにあって、手を伸ばすけれど届かなくてどうしようか悩んでいたところに、彼女が脚立を持って現れたの」


 あの時は、驚いたわ。

 普通に挨拶されて、何をするのかと思えば私が取ろうとしていた資料を取って、当たり前のように私に差し出すんだもの。

 かと思えば、お礼を言う前にどこかに行こうとするし。


「それで、彼女がその資料を取ってくれて。なのに、すぐに戻ろうとするものだから、慌ててお礼を言ったわよ」

「ふふ、しそうね、あの子」

「ええ。それに図書室を出るときにもお礼を言ったら、それ以上言われるとこちらがどうして良いかわからなくなるので、そんなに言わないでください、ですって」

「ふっ、ふふふっ!本当、言いそうだわ!」


 お腹を押さえる江利子に、私も心から同意する。


「本当、初めて会った子。だからこそ、名前が知りたくて仕方がないのよ」

「ええ、そうね。私が聞いたら、答えてくれるかしら?」

「あら、それで答えてくれたら、私の立つ瀬がないじゃない」


 なんて江利子は言うけれど、わかっているはず。

 私も、わかっている。


「「けれど、あの子は答えない」」


 言葉がそろい、2人して笑いあった。


 そんな私たちを見て、令が寂しそうに、祥子が不機嫌そうに見ていたことなど気づかずに。
























<志摩子視点>



「祐巳さんに、勉強教えてもらっちゃった」


 放課後、祐巳さんが教室を出たとたんにそんな声が聞こえてきた。

 羨ましい、という声もちらほら聞こえてくる。


 福沢祐巳さん。

 大人っぽいなどと称される私のような、偽者の大人っぽさではない。

 彼女は、本当に、大人なのだ。

 同じ年であるにもかかわらず。


 中等部の頃は可愛らしい外見で、それの相応した内面を持っていた彼女。

 それは、高等部に入ったとたん、急変した。

 悪い方にではなくて、とても素晴らしい方へと。


 中等部の頃から変わらず、けれどまた違う魅力をもってして人を惹きつけてやまない彼女は、類にもれず私をも惹きつける。

 自らすすんで一人でいるというのに、彼女の隣に行きたい、なんてなんと傲慢な思いだろうか。


 私は席を立ち、鞄を手に取る。

 戸惑い気に挨拶をしてくれるクラスメイトに微笑んで挨拶を返し、私は教室を出た。


 もれるため息は、自分でしたことなのに嫌悪する自分対するもの。


 これで良いのだと。

 こうでなければいけないのだと。

 そう言い聞かし、けれど足は自然と図書室に向かっていた。


 クラスメイトの方たちは知らないけれど、祐巳さんは放課後、図書室で本を読む。

 本を読むのがとても好きなのか、彼女は時間さえあれば本を読んでいる。

 時には恋愛小説を。

 時には、難しい専門的な書物を。

 とても凄い集中力をもって。


 話しかけるわけではない。

 ただ、遠くから見つめているだけ。

 だから、大丈夫よ。


 誰にであろうか、心の中で弁解をしている自分に、やはり嫌悪。

 何が、大丈夫だというの?


 図書室に入り見渡せば、本棚の隙間から彼女の色の薄い髪がなびいているのが見えた。

 勝手に足はそちらに向き、もちろん彼女と同じ本棚に並ぶなんてことはできない。


 本を探す振りをして、向こう側にいる彼女を感じるように目を閉じた。

 最近では慣れた、この行為。

 気をつけているため、誰かにぶつかることもない。


 まるで、ストーカーね。

 思わず自嘲の笑みがもれ。


「志摩子さん」


 ハッとして顔をそちらに向けた。

 祐巳さんが、微笑みながらこちらに近づいてくるところだった。


 まさか、気づかれてしまうなんてっ。

 今まで一度もなかったそれに、私は酷く狼狽した。

 何より、祐巳さんの綺麗な、優しい瞳に、醜い自分が映し出されていることに。


「ご、ごきげんよう、祐巳さん」

「ごきげんよう、志摩子さん。志摩子さんも本を探しに?」

「え、ええ」

「なにを探しているの?」


 祐巳さんを見つめるために来ていたなんて、言えるはずがない。

 軽蔑されてしまうかもしれない。

 気味悪く思われてしまうかもしれない。


「そ、それは・・・・」

「・・・・まだ決まっていないんだね」

「え、ええ、そうなの」


 頷いて返すと、祐巳さんは優しい笑みを浮かべ。


「それなら、おすすめの本があるよ」


 私の手を取った。


 ドクン!

 心臓が、大きく暴れだす。


 破裂してしまうのではないかと、そう危惧してしまいそうになるほど早く鼓動する心臓。

 それが、祐巳さんに伝わっていないかが、とても気になった。

 知られてしまえば、彼女はこの手をすぐに振り払ってしまうかもしれない。


「この本。どう?」


 手が離れて寂しい、と思っていた私に差し出された、一冊の本。


「マリア様の、御心・・・・。このような本が・・・・?」

「知らなかった?」


 くすりと笑う祐巳さんに、私は呆然と頷いた。


「この本を見つけたとき、志摩子さんが好きそうだなって。そう思ったの」


 目を見開いて、彼女を見る。

 変わらず、彼女はまるで、マリア様のような優しい笑みを浮かべて、私を見ていた。


「っ・・・ごめんなさい・・・・っ」

「志摩子さん?」


 驚いたように私を見る祐巳さんが滲んで見える。


 私は、こんなに綺麗な心を持った方のあとをつけていた。

 それは、彼女を正面から見て、改めてとても醜い行動で。

 とても大きな咎だと、自覚した。


「っごめっ・・・さいっ・・・・ごめっ・・・なさっ・・・ご、めな・・・さっ・・・・」

「志摩子さん・・・・」

「わた・・・私・・・・っ、ずっと・・・あな、たの・・・あとをつけ、ていたの・・・っ」

「え?」

「ほ、んをよむ・・・あなた、を・・・ず・・・と・・・・みてい、たの・・・っ」

「・・・・・しょうがないな、志摩子さんは」


 ふわりと、何かに包まれて。

 それに驚いて、涙が止まった。


 顔を上げれば、近い位置にある、マリア様のような微笑み。


「心、詰め過ぎだよ?」

「祐巳、さん・・・?」

「私なんかに遠慮せず、声をかけてくれれば良いのに」


 頬を、笑みと同じくらい優しく撫でられた。

 涙をそっと拭ってくれる。


「私、志摩子さんとお友達になりたいんだよ?」

「ゆ、みさん・・・」

「ほら、泣かないで」


 ぎゅっと、頭を抱きしめられる。

 祐巳さんの腕の中はとても暖かくて、私は声を押し殺して泣いた。






「次からは、あとなんてつけちゃ駄目。わかった?」

「ええ。本当にごめんなさい」


 私の醜い行動を、気味悪がるわけでもなく許してくれた彼女の優しさに、私は心から感謝した。


 頭を下げると、綺麗な手が私の髪を撫でてくれる。

 私はそれにドキドキしながら、同時にうっとりしながら受けていた。


「それじゃあ、帰ろう」

「・・・・ええ」


 まだ一冊も本を読んでもいないのに、そう言ってくれる祐巳さん。

 私の目元が赤いのを気遣ってくれているのが、伝わってくる。


 そんな優しさに喜び、同時に申し訳なく思う。


「そうだ、志摩子さん」

「はい」

「私の弟はね、花寺に通っているの」

「そうなの?」


 校舎を出て歩いていると、祐巳さんが急にそんなことを教えてくれた。

 その話題の意味に首をかしげながら問い返すと、祐巳さんは微笑みながら頷く。


「それに、小寓寺の檀家の人も、リリアンには大勢いるの」

「え・・・・」


 その言葉に思わず立ち止まって彼女を見た。

 彼女は、後方で微笑んでらっしゃるマリア様と、同じ笑みを浮かべていた。


「だから、あまり深く考える必要、ないんだよ?」

「祐巳さん・・・知って・・・・」

「だって、住所を見れば、誰だって気づくよ」


 盲点だった部分をあっさりと言われて、私は目を見開いて。

 祐巳さんはそんな私の髪をさらりと撫でた。


「まずね、一番初めに気づくべき部分だよ?」

「・・・・ええ、そうね」

「そうじゃなくて」

「え?」


 いつの間にか下に向けていた視線を上げれば、変わらずにある祐巳さんの微笑み。


「志摩子さんがリリアンに入学できたということは、そういうことでしょう?」

「あ・・・・」

「志摩子さんは、初めから受け入れられてるんだよ」


 またしても流れ出す涙を止めようと目元に手をあてる。

 それよりも先に、ハンカチが優しくおしあてられた。


「泣き虫だね、志摩子さんは」


 そう言う祐巳さんの微笑みは、とても慈愛深い笑みだった。




















 あとがき。


 バイト中思いついて書きたくなった、祐巳の逆行もの。

 それも、100回という大台。

 精神年齢は、317(8?)歳。

 そりゃあ、大人びますって。

 むしろ、大人です、このお話の祐巳は。

 口調は、祐巳らしさを出すために、蓉子や江利子のような口調にはしていません。

 ところどころ、入るときがありますが。

 ですが、祐巳じゃないし、こんなの、と言う方、ごめんなさい。

 二次だし、パラレルだし、そこらへんは楽しめる方が読んでくだされば。


 ということで、今回は蓉子と志摩子視点から。

 ぶっちゃけ、志摩子ちょっとキモイですが、そこはまあ、アレなわけで(どれだよ


 ちなみに、祐巳が志摩子に渡した本は私の創作です。

 実際にはないであろう本ですので、あしからず。


 それでは











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