【プロローグ?】
































「・・・・・・・・・・・・・・やっぱり」


 目が覚めて、すぐに私は電子カレンダーへと目を向けた。

 そこには、見慣れた入学式の翌日の日付が。


 私の記憶が確かならば、今回で記念すべき100回目。

 何がかというと、逆行した回数が、である。


 理由なんてまったくわからないけれど、高等部を卒業した夜に眠ると、なぜか高等部の入学式の次の日に戻っているのだ。

 それは私だけではなくて、祐麒やお母さんも、お父さんも、お姉さまだって、とにかくみんな戻っていて。

 その中で、私だけが記憶をもっていた。


 まだ20回くらいの頃は、卑屈になってしまい、全てがどうでも良くなっていた。

 私は知っているのに、他の人たちはまったく私のことを知らなくて。

 それがどうしようもなく辛かった時期が、当然あった。


 祥子さまの妹(プティ・スール)に何度もなって。

 それでも何度も、祥子さまから知らない人を見るような目で見られることに耐えられなくなって。

 何度祥子さまのと姉妹(スール)になっても繰り返される日常に、耐えられなくなって。

 繰り返されるたびに、心が割れていくのがわかって。


 とうとう、禁忌に手を出した。

 それは、江利子さまを取り込んで、令さまを弾き飛ばして、黄薔薇のつぼみになったり。

 聖さまを取り込んで、志摩子さんを弾き飛ばして、白薔薇のつぼみになったり。


 今思えば、なんてことをしたのかと、後悔している。

 令さまが、志摩子さんが、泣きながら薔薇の館から去ったその後ろ姿が、今でも思い出せる。

 志摩子さんが、学園を辞めてしまったことも。


 それでも、その頃は何もかもがどうでもよくて。

 蓉子さまや祥子さま、由乃さんから、クラスメイトたちから、生徒全員から睨まれたとしても、何も感じなかった時期。

 本当の私なんて、誰も知らないくせに、なんて卑屈なことを思っていた時期。


 それも、50回をこえると、さすがに慣れてきた。

 祥子さまから声をかけられたあの日、もう少し早い時間だったら、遅い時間だったら、なんてこと試したりする余裕もできた。


 静さまの妹(プティ・スール)になったりもした。

 まったく知らなかった方の妹(プティ・スール)になったりもした。

 姉(グラン・スール)はつくらず、妹(プティ・スール)だけをつくったりもした。

 誰とも姉妹(スール)にならなかったりも。


 それはそれで楽しい日々ではあった。

 楽しいか楽しくないかなんて、やはりそれは自分の気の持ちようだから。


 山百合会に入らなくても、自分は楽しい人生をおくれるのだと、

 祥子さまの妹(プティ・スール)にならなくても、笑顔でいられるのだと。

 そう、認識できた。


 祥子さまの妹(プティ・スール)以外にはならない、なんて狭い視野でいるよりも広く見渡せる自分になれた。


 時として、恋人ができることもあった。

 それは静さまであったり、面識のなかった上級生であったり、蔦子さんであったり。

 それは、蓉子さまであったり、江利子さまであったり、聖さまであったり。

 それは、令さまであったり、祥子さまであったり、由乃さんであったり、志摩子さんであったり。

 それは、知らなかった下級生であったり、乃梨子ちゃんであったり、瞳子ちゃんであったり、笙子ちゃんであったり。


 キスをして、それ以上のことだって。


 それらは全て、余裕ができた50回目以降のことだったけれど。


 それでも、恋人になれたからこそ、山百合会の仲間、というだけでは見られない部分。

 ただの、上級生下級生、というだけでは見えなかった部分が見えるようになった。

 特に、蓉子さま達の年代の方は、接する時間が短かった分、さらにそれは感じた。



 私は鏡の前に立って、変化のない自らの顔を見つめる。


「祝、100回目、なんてね」


 なんだかんだ言いながら楽しんでいる、今の私。

 こんな狸顔をした子が、まさか300歳をこえているだなんて、誰も想像もしていないでしょうね。


 少し寝癖のついた髪を櫛で梳かしながら、今回は何をしようか、なんて考える。


「あ、図書室にある本を、3年間で全て読破、なんてどうかな?」


 何もかも平均点だった私は、もういない。

 活字を見ると眠たくなる、なんて漫画に出てくる人みたいなことはないけれど、それほど好きではなかった読書。

 今は、歳もあってか趣味の粋まで達している、本を読むという行動。


「よし、決定」


 櫛を小さな棚に置いて、制服に着替えた。








「お、早いじゃん、祐巳」

「そう?明日からは、もっと早く起きる予定だけれど」

「?何でだよ」

「走るの」


 部屋を出た廊下で鉢合わせした祐麒に笑ってそう答えれば、かなり驚いてくれた。

 走る、という習慣をみにつけてから、初めの反応はこんな感じだとわかっていたので、怒るなんてことはしない。


「朝から?」

「夜に一人で走るのは、安全面から考えて無理だから、当然朝からだよね」

「どうしたんだよ、急に」

「最近、ちょっと太ったから」

「ああ。まあ、程ほどにな」


 呆れたような顔で納得する祐麒に笑い返して、私はリビングに降りて、朝食を済ませるとすぐにリリアンへと向かった。


 そのまま、一直線に図書室に行くと、私を見て図書委員の人が驚いていたけど、私はそんな彼女に微笑みかけて奥の本棚に向かう。

 その道中、資料を探しているらしい蓉子さまを発見して、驚いてしまった。

 まさか、生徒達がまばらにもいないような時間にもかかわらず、いらっしゃるなんて思わなかったから。


 その蓉子さまは、手が届かないところにある資料が必要なのか、手を伸ばしてはため息を繰り返してらした。


 その姿がなんだか可愛らしくて、思わず笑う。

 外見は一応蓉子さまのほうが年上なのだけれど、内面は私のほうが何倍も年上なので、そう思ってしまうのも仕方ない。


 私は脚立を探し、それを持って蓉子さまに近づいていった。


「ごきげんよう」

「あ、ごきげんよう」


 瞬時に紅薔薇の仮面をかぶる蓉子さまは、さすが、と感心してしまう。

 もっともそれは、毎回思っていることなのだけれど。


 私は蓉子さまに微笑み、持っていた脚立を置いてそれに乗ると、蓉子さまがとろうとしていた本を本棚から抜き取り、降りた。

 そのまま、蓉子さまに差し出す。


「あ、ありがとう」


 驚いたように瞬きする蓉子さまにくすりと笑い、脚立をたたんで持ち、元の場所に戻すために歩き出した。


「あ、まって」

「なんでしょうか?」


 体全体で振り返って首をかしげると、蓉子さまははにかんだように微笑む。

 それは、紅薔薇さまのではなくて、水野蓉子さま自身の笑み。


「わざわざ、ありがとう」

「いえ」


 恋人であったときは何度も見たことがある笑みに懐かしさを感じながら、私も微笑み返して踵をかえした。

 本来の目的は、全ての本を読破することだから。


 脚立を戻した私は、3冊ほどの本を手にとり、椅子に座る。


 本を読んでしばらくすると、誰かに肩を叩かれたような気がして、本から目を離した。


「蓉子さま?」

「凄い集中力ね」

「え?」


 意味がわからず首をかしげると、蓉子さまは苦笑を浮かべる。


「何度か声をかけても、気づいてくれなかったわ」

「そうだったんですか、失礼しました」

「良いの、気にしないで。初めは、無視されているのかと思ったけれど」

「すみません」


 思わず苦笑して、また謝ってしまう。

 蓉子さまは、それに笑って手を横にふる。


「こちらこそごめんなさいね。別に怒っているわけではないのよ」

「わかっています」

「そう?それで、先ほどはありがとう。それを言いたくて」


 律儀な蓉子さまならではな行動に、私は微笑んだ。


「お気になさらず。困っている方がいれば、お手伝いするのは当然のことですから」

「・・・・ありがとう」


 一つのことにそこまでお礼を言われてしまうと、どうして良いのかわからなくなる。

 ただ、本をとっただけなのに。


「蓉子さま、それ以上のお礼はいりませんよ?」

「え?」

「先ほどのを含めれば、3度もお礼を言われました。本を取ったというだけで、そこまでお礼を言われてしまうと、反対にこちらがどうして良いのかわからなくなります」

「・・・それもそうね。それでは、私はこれで。ごきげんよう」

「ごきげんよう、蓉子さま」


 どこか照れたように微笑む蓉子さまに微笑み返して、私は彼女が背中を向けたのを見て、本へと目を戻した。

 その時、蓉子さまがちらりとこちらを振り返ったことに、気づくこともなく。
















 ブラウザバックでお戻りください。



SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送