【志摩子のご好意?】































 ・・・・・・・・・。


「藤堂、貴様何をした」

「何のことかしら?」


 微笑みながら首を傾げる天使を睨む。


「何のこと、だと?貴様だろう?この原因は」

「あら、祐巳さん。私は何もしていないわよ?」

「・・・なら、何故こうも私を見る者がいる」

「きっと、意外と祐巳さんが良い人だと、皆さんわかったからじゃないかしら」


 白々しい!


「本当に、何もしていないのか?」

「ええ。天使である私を疑うなんて酷いわ。私はただちょっと、お弁当を分けてもらったことや、レイプ犯を説得したのが祐巳さんだということを皆さんに言っただけよ?」

「いつの間に!」

「昨日、祐巳さんが午後の授業をサボタージュしたあとに、ね」


 ふふ、と笑うこいつが憎らしい!

 それに、説得したのは貴様が天使のくせに放棄したからだろうが!!

 そして私は、悪魔のくせになんで説得なんてものをしてしまったんだ!!

 チッ!あいつに知られれば、なんと言われるかわかったものじゃない!


「貴様ぁぁぁ〜・・・」

「大丈夫よ。皆さん、祐巳さんが優しい方だってわかってくれたわ」

「馬鹿か貴様は!!優しい、と認識されてどうする!?この私が!!」

「そう照れなくても良いじゃない、祐巳さん」


 貴様のその目はお飾りか!!

 どうして、照れているように見えるんだ、貴様は!!


 殺気をこめて天使を睨みつけていると、足元に何かが転がってきた。


「なんだ?」


 苛々しながらそれを取り上げると、それは消しゴム。

 顔をあげれば、おどおどしたように近づいてくる人間。

 それを投げて渡した。


「あ、ありがとう、祐巳さん」

「ふん。・・・・・っ!?」


 い、今、私は果てしなく無意識に、渡していた・・・!?

 何故、素直に渡したんだ!


「ほら、やっぱり、祐巳さんは良い悪魔だわ」

「っ貴様かぁ!!」

「あら、酷いわ祐巳さん。私に罪をなすりつけるなんて。悪態をつきながらも素直に渡したのは、祐巳さん自身でしょう?」

「くぅっ・・・・・・!!」


 ニコニコと機嫌良さそうに微笑む天使。

 私は今、悔しさと悪魔としての情けなさで、頭が爆発しそうだ!


 そうか!

 天使は、こういうふうに精神攻撃を仕掛けてくるんだな!

 実力行使ばかりが、確かに攻撃ではない!

 となれば、落ち着け、私!

 術中にはまってはいけない!


「ふふ、祐巳さんて、結構考えていることが顔に出やすいのね。でも、安心していいわ。私は、祐巳さんを落としいれようとしているわけではないの」

「・・・うるさい。貴様の言葉など、聞く耳もたん」

「聞いて。私は、皆さんと打ち解けてほしいのよ」

「ふん。人間と打ち解けてなんになる?我らにとって見れば、人間は玩具に過ぎん」

「あら?その玩具に、転がってきた消しゴムを返してあげたのはどこのどなたかしら?」

「っき、貴様・・・っ」


 ちくちくちくちく、そればかりを言いおって!


「ふふ」

「・・・笑うなっ」


 こいつの笑顔は、本当に癪に触る。


「・・・もう、私は帰る」


 鞄を持って席を立つ。

 すると、


「なら、祐巳さんの好感度が上がるように、色々皆さんに言おうかしら」

「・・・・・・・」


 何たる腑抜け。

 これで席に戻ってしまうなど、私は本当に悪魔なのだろうか・・・。


 ん?おかしい、目から水が・・・。




「(残虐非道で、人間をゴミとも思わぬ所業を繰り返し、同属からさえも恐れられてるユミ様が、何故慈愛深くて有名な天使であるシマコ様と?)」

「(弱みを握られている・・・?いえ、あのユミ様に限ってそんなことを理由で従うはずがないわ。第一、シマコ様がそのような卑怯な行為をするはずがないもの)」


 祐巳と志摩子を見つめる、一人の少女。

 首からカメラをさげ、眼鏡をかけた普通の生徒。


「(だとしたら、一体何故・・・・)」

「(・・・・まあ、良いわ。とにかく、天魔報道局に連絡をしなくては)」


 眼鏡を押し上げ、少女は踵を返す。


 その少女を、祐巳と志摩子は同時に視線を向けた。


「貴様のせいで、面倒なことになりそうだ」

「あら、天使と悪魔が仲良くなってはいけない、なんて掟はないわ」

「それは、暗黙の了解、というものだろうが」


 面倒そうにため息をつく祐巳に、志摩子はふふ、と笑う。


「・・・・ん?」

「どうなさったの?祐巳さん」

「・・・貴様、さらりと何と言った?」

「何のことかしら?」


 笑顔で首を傾げる志摩子を、祐巳は憎々しげに見る。


「言っておく。私は、貴様と仲良くなどなった覚えはないからな」

「そう?ええ、わかったわ」


 そう言って祐巳の手を握る志摩子に、祐巳のこめかみがピクッと震えた。


「っ藤堂、手をはなせっ」

「あら、いつの間に」

「わざとらしいことを言うな!」


 ガー!と、怒鳴る祐巳を、志摩子は楽しそうに見つめる。

 そんな2人を、周りは羨ましそうに。


 それは、志摩子に対してなのか。

 それは、祐巳に対してなのか。

 どちらに対してなのかは不明だが、志摩子を羨ましそうに見ている者が多かったりする。






































 帰り道。

 突如として、辺りを不穏な空気が包む。


「・・・・・」


 それがどういう意味なのかを知っている志摩子はスッと視線を上げ、

 同時に、その場所の空間が歪んだ。


「いらっしゃいましたか・・・」


 歪みを中心にするように、紫電がバチバチと音をたてる。

 それを見つめる志摩子の目は鋭く。

 リリアンでは、祐巳の前でさえもしたことがない。


 天使だとしても、戦闘においては無情なのである。


「あら、初めての方ですね」


 市松カットの少女。

 その額の生え際から伸びた、2本の長いヤギのような角。

 持つ剣は、少女の身長以上にあり、少女自身さえも隠してしまえるくらい大きい。

 志摩子の肌をピリピリと刺す、膨大な魔力。


 志摩子の額から、一筋の汗が。

 感じ取ったからだ。

 今まで会ったことがないほどに強い、悪魔である、と。


 光りと同時に志摩子の右手にあらわれる、剣。

 こちらはファンタジーなどに出てくるような、普通のもの。


 一目見て悪魔だとわかるような、鋭い眼。

 目尻に施された、化粧のような紅がさらにその鋭さを強調する。


「あんたが・・・シマコ?」

「ええ。あなたは?」

「冥土の土産に、教えてあげてもいいよね。・・・あたしはノリコ。苗字は別に要らないよね?」


 にやりと、ノリコの口端が上がる。

 とたん、ノリコの姿が志摩子の目の前に現れた。


「っ!!」


 ハッとして剣を構えるが、それはいともたやすく弾かれてしまう。

 それだけではなく、その衝撃で志摩子は数歩後ろに下がった。

 強制的に。


「・・・ずいぶん、お強いんですね」


 コンクリートに深く刺さった己の剣を一瞥し、志摩子はノリコを見る。

 その言葉に、ノリコは再びにやりと。

 それから、片手に持った剣を軽々と一振り。


「っく!」


 その余波に、両手を前に出すが、それよりも早く志摩子の体が数メートル吹っ飛んだ。


「弱いね、シマコ。弱過ぎて、つまんないよ」

「・・・ふふ。これでも一応、幾数もの悪魔を滅したことがあるのですが」

「ってことは、その悪魔たち、相当弱かったんだね」


 同属に対してそれほど仲間意識のない魔族である彼女は、くすりと笑う。

 が、その笑みはぴたりと止み、恐ろしいまでの無表情に。


「じゃあ、さよーなら」


 一瞬のうちに縮まる距離。

 志摩子はその突きを避けることができず、


「なにをしてるんだ、お前は」


 しかしそれは、突如現れた者によって阻止された。


「あ・・・」


 今までの恐ろしい雰囲気など消え、ノリコはマヌケな顔でその者を見た。

 志摩子は見覚えのある後ろ姿に、目を見開く。


「祐巳、さん・・・?」

「藤堂、貴様は私の獲物だ。そう簡単に死なれては困る」


 場違いな、呆れたような顔で振り返ったのは祐巳。

 思わずへたり込んでしまった志摩子に、祐巳はことさら呆れた顔をし、ため息。


 そんな彼女は、ノリコの剣の切っ先を指一本で止めていた。

 志摩子を、軽くとはいえ、たやすく吹っ飛ばしてしまえるほどの剣筋を。


「というか、お前は何しに来たんだ、ノリコ」

「え、えっと、それは・・・」


 先ほどまでの勢いなどどこへやら。

 ノリコはあたふたとし始めた。

 ぽかんと、珍しい表情を志摩子が浮かべてしまうくらい。


「・・・ノリコ、お前、また無断でぬいぐるみ、なんて気色悪いものを盗りにきたな?」

「ちっ、違うって!ユミを誘惑する天使を退治しようと!!」

「ほぅ?なら、その左手に持っている袋はなんだ?」


 志摩子が祐巳の言った手に目を向けると、何故かビニール袋が握られていて。

 そこから、可愛らしい耳が覗いていた。


 まったく、志摩子は気づかなかった。

 まさか、あの大きな剣を持つ手の反対のほうの手に。

 ましてや、自分を殺そうとする悪魔の手に、ぬいぐるみ(大量)なんて・・・。


「・・・何かしら。この、遣る瀬なさと情けなさは・・・」


 そこで初めて。

 志摩子は、暗い影を背負った。


「ここここれはそのっ」

「なんだ?言ってみろ」


 だが残念なことに、その決定的瞬間を祐巳は見ていなかった。















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