【不本意にも】































 私がこれから、人間としての勉強を学ぶクラス。

 そこに向かう道すがらの廊下で、感じる気配。


「天使か・・・・」


 悪魔とは対をなす存在。

 それが、天使と呼ばれる者たちだ。

 いわゆる、私たち悪魔にとっては、相容れぬ敵。

 この分だと、向こうも気づいているだろう。

 だからといって、私は人間を不幸にすることを止めようなどとは思わないが。


 ・・・・私のクラスか。


 嫌々ながらに教室のドアを開ける。

 目が合ったのは、ふわふわの髪をした女。

 まさに、天使といった雰囲気を持ち合わせた女だ。

 天使の気配もあの者からする。

 あの者が天使と見て、間違いないだろう。


「・・・・ごきげんよう。お名前をうかがっても良いかしら?」


 さっそく接触してくるとは、天使としての力に自信を持っている証拠だな。


「私は福沢祐巳だ。お前は?」

「私は藤堂志摩子よ。よろしくね、祐巳さん」


 にっこりと笑うその目。

 隠しているつもりなのか、隠そうと思っていないのか。

 私に対する嫌悪感が、丸わかりだ。

 もちろん、私も同じだがな。


「それで藤堂。そこをどいてくれるか?邪魔で仕方がない」

「あら、ごめんなさい。気づかなかったわ」


 わざとらしい笑顔で横にずれる、その横を通り過ぎた。

 だが、腕をとられ、耳元に顔を寄せられる。


「私がいるこの学園で、人を不幸にできると思ったら大間違いよ?」

「そうか?やってみなければわからないだろう?」


 腕をつかむその手を払い、私の席だと読み取った椅子に座る。

 私たちを人間たちが驚きながら見ているが、知ったことではない。

 私にとって、人間達とは家族以外、ただの楽しむための対象物に過ぎないのだから。























 人間の授業というのは、何故あれほどまでに簡単なのだ?

 そして、何故あれほどまでに、あんな簡単な問題で苦悩できる?

 理解しがたいな。

 もっとも、理解などするつもりもないが。


 さて、さっそく人間どもを不幸にしてやるとするか。

 軽く、1人2人殺すとでもしよう。


 歪む口元を隠しながら、学校内を歩く。

 ちょうど良い場所がないか、探すためだ。

 悪魔の力で不自然のない死を、演出できる場所。


「ごきげんよう、紅薔薇さま」

「ごきげんよう」


 ロサ・キネンシス?

 ・・・・この学院の人気者、だったか?

 なるほど・・・。

 あいつを殺せば、一気にたくさんの人間達が悲しむ、か・・・。

 面白い。


 そいつのあとを追う。

 そいつは、人の行き交う階段を上り始めた。


「ちょうど良い・・・・」


 私は力を使い、そいつの前にいる人間を躓かせ、突き飛ばさせた。

 自然に、そいつは階段から落ちて、グシャ、だ。


 ・・・・ちょっと待て!

 何故こっちに落ちてくる!

 私のいる場所は、明らかに重力の軌道上ではないだろう!


 くそ!

 ここで避けたら、かえって不自然だ!


 私は悲鳴が舞う中、仕方なく、本当に仕方なく、そいつを受け止めた。


「・・・・・え?」


 しん、となった階段。

 私はそいつを降ろし、踵を返した。

 上手くいかず、不快になったからだ。


「待って!」


 だが、そんな私の腕をつかむ女。


「なんだ?」

「あ、あの。助けてくれて、ありがとうっ」

「・・・・たまたま、お前がこちらに落ちてきただけだ」


 手を払い、今度こそその場を後にする。


 まったく、なんだっていうのだ。

 本当なら、あそこは血の海で、阿鼻叫喚の素晴らしい絵だったというのに。

 何がどうなって、私のいる場所に落ちてきた?

 ・・・あの天使の仕業か?

 気配がしていたからな。


「失敗したみたいね」

「やはりお前か?」


 睨み付けるが、天使はにこりと笑って首を横に振った。


「私は、何もしていないわ。あれは、偶然。躓いた人の勢いが良かったことと、紅薔薇さまが落ちる瞬間に床を蹴ったために、あなたのいた場所に落ちてしまったの」

「それを信じろ、と?」

「それは祐巳さんの自由よ?けれど、それが事実」

「・・・・ふん。次は、必ず殺してみせる」

「残念だけれど、次はないわ」


 その言葉に鼻で笑い、私は天使の横を通り過ぎる。

 今度は、腕をつかまれはしなかった。




































「煙い・・・・」


 何をしているのかというと、黒板けし?と呼ばれるそれを、窓の外で叩いているのだ。

 クリーナーと呼ばれる機械が故障したため、らしい。

 ・・・・ここは金持ちの娘達が集う学校なのだろう?

 買え。


「ゆ、祐巳さん」

「何だ」

「あ、あの、黒板けしを綺麗にし終えたら、帰って良いからっ」


 何故、そんな怯えた顔で私を見る?

 まだ、こいつには何もしていないというのに。


 ――― ドスン


「・・・ドスン?」

「なっ!?なっ!!?」


 口をパクパクさせて窓の外を見る女。

 私は顔を窓の外へと向け。


「・・・・・何をしている」


 何故かそこには、黒板けしをはたくために伸ばした私の両腕に乗っかる、女がいた。

 ちょうど、階段であの女を不本意にも助けた時と同じ格好だ。


 問いかけたが、怯えたように私の首に腕をまわしてきた女は、答えない。

 仕方なく、そのまま女を教室内に入れた。

 ああ、本当に仕方なく、だ。


「あっ、ありがとうっ!」

「それよりもまず、首にまわしている腕を離せ。床に降ろせない」


 それと、耳元で大きな声を出すな。

 不快だ。

 それでなくとも、またしても人間を助けてしまったというのに。

 今回は、私がやったわけではないが。


 なのに、その女は長い髪を振り乱して、首を横に振った。

 ・・・髪が顔に当たって、地味に痛いんだが。


「何が嫌だ?」

「ううう腕が、離れないのっ」

「・・・恐怖で、身体に力が入っているのだろう」


 面倒くさい。


 私はため息をつき、立たせるのではなくて座らせるように床に降ろした。

 ついでに、首にまわった腕も外す。

 無駄に強い力だったが。


「紅薔薇のつぼみ!大丈夫ですかっ?」


 あの天使の知っているやつのようだ。


「えっ、ええ。彼女が助けてくれたから、平気よっ」

「祐巳さんが・・・・?」

「そいつが人の腕に落ちてきただけだ。助けるつもりなどではなかった」

「落ちてきた?紅薔薇のつぼみ、どうしてですか?」


 私の発言にか驚いていた女は、天使の問いに再び身体を震わせた。


「窓のところにいたら、誰かに突き落とされて・・・・!」

「ずいぶんと、我々の好みそうな輩がいる学院だな」


 まあ、だからこそ、悪魔である私がここにいられるのだがな。


「突き落とされた・・・・」

「あなたには、本当に感謝しなければいけないわっ。本当に、ありがとう!」

「不本意だと言っただろう。お礼などいらない」

「けど!」

「ん?・・・・そうだな、なら、一つだけ頼みを聞いてもらおうか」


 そう言うと、その女は何故か顔を強張らせた。

 他の女たちも、同じように。

 何だ?

 まあ、良い。


「残念なことに、このクラスには黒板消しクリーナーというものが故障してしまい、存在しない」

「え・・・?」

「だから、それが欲しい」

「こ、黒板消しクリーナーを?」

「そう言ったが?何か不満か?」


 何故、お前達はそこまで驚いた顔をする。

 このクラスに、今必要なのはそれだろう?

 むしろ、今私に必要なのは、ソレだ。


「いっ、いえ!わかったわっ」

「頼むぞ」


 私は再び窓の外に腕を出して、黒板消しを叩く。


「・・・・ねえ、あなたの名前を聞いても良いかしら」

「まだいたのか。まあ、良い。名前だな。私の名は、福沢祐巳だ」

「私の名前は、小笠原祥子よ」

「そうか」


 興味もなかったので、すでに意識は黒板消しだ。

 何故だか、これは意外と癖になる。


「・・・私のこと、知らないの?」

「紅薔薇のつぼみか?そいつが言っていたのを聞いた。だが生憎、私はお前が何者であろうと興味はない」


 またしても、女達は驚きの顔をした。

 1人、天使だけが何故か苦笑しているが。

 それも、どうでもいいことだ。


「・・・・・・不思議な子ね、あなた」


 私はそれに、視線を向けるだけで答えた。


 いい加減、クラスに戻ったらどうだ?この女。















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