【人間界へ】































 私の名前は、ライアント・グレース・アイゲイン・・・・(中略)・・・・ディラント・ユミ。

 魔界からやってきた、悪魔。


 なにをしにきたのか?

 そんなの、決まってるだろう?

 もちろん、人間達を不幸に陥れるため、だ。


 私が不幸にするのは、これから人間として通う学院にいる人間達だ。

 確か、リリアン、と言っただろうか?

 本来ならば、カトリックであるその学院に悪魔である私が存在することはできない。

 だが、それは生徒たちが全員、心からあの憎き聖母を崇めていれば、の話しだ。

 残念なことに(いやこちらとしては嬉しいことだが)、そこの生徒はそうではないらしい。


「ふん。どいつもこいつも、幸せそうな顔をしているな」


 電柱と呼ばれるものの上に立ち、学院から出てくる人間どもを見下ろす。

 あの顔が絶望に落とされて歪むと想像すると、楽しくて仕方がない。


 さて、人間として暮らす家へと、向かうとするか。

 羽を広げて、私はある家へと向かった。


 私たち悪魔には、形態の元となった人間達の一家が存在する。

 なぜなら私たちは、本来人として産まれるはずだったからだ。

 しかしその魂が、死産や流産といったさまざまな事情により産まれず、そのまま魔界へと行き、悪魔として生を受けるのである。

 ゆえに、悪魔達にはそれぞれ人間の家族が存在するのだ。

 もっとも、私たち悪魔の寿命が長いため、人間の家族は先に死ぬが。


「福沢、か」


 姿を消して家の中に入れば、一番目に付くところに遺影、というものがあった。

 それを撫でる、一人の女性。

 彼女が母親なのだろう。

 どことなく、私に似ている。


「祐巳、今日はあなたの16歳の誕生日ね・・・・」


 その遺影は、私のか。

 不快だな。

 消してしまえ。

 第一、これから私はここに住むのだから、必要ない。


 私は羽を、最大限に広げた。


「・・・・・・母さん、何をやっている?」

「え?・・・・・あ、祐巳。なんでもないわ」


 私は羽を消し、姿も人型になる。

 もちろん、服も人間が着るような物に変えた。

 彼女は私の顔を見て一瞬虚ろな顔になったが、すぐに笑顔になる。

 先ほどの悲しげな様子などなく、明るい笑顔。

 本来の彼女は、そういう表情を浮かべる人間なのだろう。


「今日は祐巳の誕生日だから、全部祐巳の好きなものにしてあげるからね?」

「楽しみにしている」


 笑顔を返せば、嬉しそうにキッチンという場所へと歩き出す母親。

 ちらりと先ほどまで遺影のあった場所に目を向ければ、何もない。

 きっと、私が死んだ、という証拠や事実は全て消えただろう。


「一応、確かめておくか」


 2階へと行き、ある部屋のドアを開ける。


 口が、引きつった。


「な、何だこの気色悪い部屋は・・・っ!」


 ぬいぐるみ、という物だったと思うが。

 それに溢れた室内に、思わず一歩後退。


 私に、この部屋で過ごせと。

 この家の住人は、そう言うのか?

 拷問か?

 いや、わかっている。

 本来産まれていれば、こういう部屋が好きになっていたのだろう。

 あいつならば好みそうな部屋だが、私はこのような気色悪い部屋は好きではない。

 私がいる、という現実に書き換えた場合、本来産まれるはずだった魂の性格でそれらは構成されるからだが・・・・。


 捨てよう。


 私はすぐに判断し、あいつが可愛い、と思うであろうそれらを袋につめる。


「・・・・この中は、見たくないな・・・・」


 タンス、と呼ばれる収納棚。

 この中にも、無駄に可愛らしい服が並んでいるに違いない。


 だがいかんせん、それらを捨てて新しい服を手に入れなければ、それらを着なくてはならないわけで・・・・。


 虫唾が走る!


 私は棚を開けてそれらを見ないようにしながら、同じように袋につめた。

 ・・・・なん袋分あるんだ!

 だいたい、あんなヒラヒラしたスカートなど履けるか!


「・・・・・やっと終わった」


 何故だか、労力を果てしなく無駄にした気分だ。


 ――― コンコン


 入ってきたのは、弟である祐麒という名の男だ。

 ノックをして、すぐに入ってきたが。

 こいつにとって、ノックの意味は何だ。


「祐巳。夕食できたってよ」

「わかった」

「・・・何してんだよ?」

「ああ。着ない服を捨てようと思ってな。・・・着るか?」

「着るか!!」


 怒鳴られてしまった。

 ・・・なるほど、彼も趣味ではなかったらしい。

 だが、怒ることはないだろう。


 袋の口を縛り、私は部屋を出た。

 下に降りて、先ほどいた部屋にある椅子に座る。

 そこには、父親であろう男がいた。


「それじゃあ、あなた」

「ああ。祐巳、誕生日おめでとう」

「「おめでとう」」


 笑顔の彼らに、笑顔を返しておく。


 家族、か。

 それに溶け込みすぎた悪魔は、今まで何億といるらしい。

 それは、悪いことではない。

 我々魔界に住む者は、基本的に同種族だとしても結びつきが薄い。

 むしろ、お互いを嫌いあっている者たちのほうが多い。

 そうではない者もいるが。


 それでも、残虐非道で、人間を不幸にさせるために人間界に降りている私たちだが、情というものだってもちろん持っているのだ。

 唯一不幸にしなくて良い例外。

 それが、人間の家族たち。


 だからこそ、重きを置く。

 だからこそ、情をよせる。

 だからこそ、大切に思う。


 そして、私もまたその中の一悪魔、だったようだ。

 家にいて、自分以外の誰かがいる。

 想像した時は煩わしいと、そう思っていたが・・・・。


「・・・・悪くはない」

「ん?なんか言ったか?祐巳」

「いや、なんでもない、祐麒」


 少しのあいだで、心を許してしまう。

 これが、あいつの言っていた、目に見えない家族の絆、というやつなのかもしれないな。

 不思議なものだ・・・・。

















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