【見学】
私は今、アストラエアの校門まで来ている。
見学者、として。
本来なら、私はこんなことをしなくても正式な生徒としてこの中で生活することができたのに・・・・。
涙が流れ、けれどそれを止めるすべなくて、私は俯いて涙を隠した。
「どうしたの?」
声をかけられて顔をあげた。
懐かしい声。
予想したとおり、そこにいたのは千華留お姉さま。
「ちか・・・おねっ・・・!」
「あなた、泣いて・・・・」
記憶に違わない、千華留お姉さま。
涙が、止まらなかった。
それのせいで、名前を呼びたいのにちゃんと声が出ない。
「ぅっ・・・・ぅぅ・・・・」
「っ!」
口に手を当てて嗚咽を押し殺すそんな私の体を、懐かしい感触が包んだ。
確認する前に、私は千華留お姉さまの背中に腕を回し、泣いた。
「何があったのかわからないけど、泣かないで。何故か、あなたの涙を見ていると、凄く胸が苦しくなるの・・・・」
『泣かないで。祐巳ちゃんの泣いてる姿を見ていると、胸が苦しくなるのよ』
理由は覚えていないけれど、かつて同じように千華留お姉さまに慰めてもらったことを思い出した。
名前を呼んでもらえない。
それが酷く悲しくて、改めてこの方々は私を知らないのだと突きつけられる。
涙は、しばらく止まらなかった。
「もう平気かしら?」
「はい、すいません。ご迷惑をおかけしてしまって」
「良いのよ。そういえば、自己紹介がまだだったわ。私の名前は、源千華留」
「・・・・・私の名前は、水野祐巳です」
「リリアンの方よね?アストラエアには見学に?」
「はい。高校では、こちらに来ようと思っているんです。それで」
「そうなの。・・・・もしそうなら、歓迎するわ」
私の大好きな笑顔で、千華留お姉様は微笑んだ。
「さ、案内してあげるわね」
「よろしいのですか?」
「ええ。それに、祐巳ちゃんみたいに可愛い子とは、もっと長く一緒にいたいもの」
千華留お姉様らしい言葉に、私は自然と微笑んでいた。
「お世話になります」
「ええ。いらっしゃい」
差し出された手に自らの手を重ね、私は久しぶりに千華留お姉様と手を繋いだ。
「そういえば、千華留お姉様は何学年なのですか?」
「私は4学年よ。それにしても、リリアンの方は姉妹(スール)制度、というのがあるのでしょう?そんなに簡単にお姉様と呼んで大丈夫なの?」
「・・・・はい。リリアンで、お姉様とお呼びしたい方はいらっしゃいませんから」
「そうなの?」
「はい」
私がそう呼びたいのは、アストラエアにいらっしゃるお姉様方だけ。
その方々以外を、お姉様とは呼びたくなんてない。
「それは良かったわ」
「え?」
「だって、そのおかげで祐巳ちゃんからお姉様って呼んでもらえるんだもの」
「千華留お姉様」
「ふふv」
お姉様の温もりを感じながら、私はそっと千華留お姉様に寄り添った。
「ねえ、祐巳ちゃん」
「はい?」
「そんなことされてしまうと、私、我慢が出来ないわ」
「え、ち、千華留お姉様っ?」
「ハグッ」
ぎゅっと、抱き締められてしまった。
もちろん、嫌なわけがなくて、千華留お姉様に私を感じてほしくて、私も抱き締め返した。
「千華留、あなたもうリリアンの方と仲良くなったの?」
「っ!?」
慌ててそちらに顔を向けると、そこには左腕に右腕を乗せた静馬お姉様がいらっしゃった。
千華留お姉様同様に、焦がれて止まない静馬お姉様のお姿。
「あら、静馬さま。ええ、水野祐巳ちゃんと仰るんですよ」
「水野祐巳です」
「そう。私は花園静馬よ。よろしくね、祐巳」
静馬お姉様は微笑まれると、いまだ千華留お姉様と抱き合っている私の頬を撫でた。
「無垢な蝶は、もう千華留に心を奪われてしまったのかしら?」
「・・・・はい。ですが、千華留お姉様だけではなく、私は3つの学園にいるお姉様方に、心を奪われてしまっています、静馬お姉様」
「まあ、祐巳ちゃんたらvv」
「可愛らしい子」
静馬お姉様はそのまま美しいお顔を近づけてきた。
私はそれを受け取るために、そっと目を閉じ、
「駄目ですわよ、静馬さま」
けれど、千華留お姉様に引き寄せられた。
「あら、千華留邪魔しないで。祐巳だって、目を閉じてくれていたわ」
「いいえ。祐巳ちゃんと初めてのキスを交わすのは、私です」
そう言ってすぐに顎をとられ、私は千華留お姉様にキスをされてしまった。
懐かしい感触に、私は驚くことなく目を閉じ、それを受け止めた。
「・・・・ん・・・・」
「・・・・何故かしら?何回もしたことがあるような気がするわ」
「千華留の次は私ね」
静馬お姉様はそう言って、久しぶりの感触にうっとりとしていた私の顎を取り、優しく口付けてくださった。
それも、最後に唇を舐めて。
以前はもっと深いキスだってしていたけれど、思わず顔が熱くなる。
「ずるいですわ、静馬さま」
「そうかしら?」
千華留お姉様が抗議をするが、静馬お姉様はそれにクスリと笑うだけ。
「・・・・・人がいないからとこんなところで堂々と、そういうことをするのは止めてください、静馬さま」
そこに現れたのは天音お姉様。
久しぶりに拝見する天音お姉様は、相変わらず凛々しくてらっしゃった。
「あら、天音さん」
「ごきげんよう、天音」
「ごきげんよう、千華留、静馬さま」
「あ、私は水野祐巳と言います」
天音お姉様が私を見た意味に気付き、すぐに頭を下げる。
「私は鳳天音。よろしくね、祐巳」
「はい、天音お姉様」
天音お姉様の笑顔は、静馬お姉様は千華留お姉様とは、また違った美しさがある。
「天音、その手は何かしら?」
静馬お姉様の言う通り、天音お姉様は私に手を伸ばしていた。
「あ、いや。何故だろう・・・自然と、祐巳に触れようとしていた。まるで、慣れた行動のように・・・」
「あら、それなら私も感じたわ。『いつもみたいに、祐巳ちゃんの唇に触れたい』って。いつもとは、どういうことかしら?」
「あら、奇遇ね、千華留。それは私も思ったの。初めて会ったはずなのに、そんなことを思うなんて変よね」
ドキリと、した。
胸が高鳴って、気分が高揚する。
「そ、それはきっと」
「「「きっと?」」」
お姉様方を見て、私は言った。
情けない、震えた声で。
「き、きっと、こことは違う世界で、私たちが、そういう関係だったから、なのかも、知れません」
お姉様方は、私を驚いたように見ていた。
その視線から隠れるように、俯いてしまう。
「・・・・そうね。そうなのかもしれないわ」
「はい。なんだか、胸にすとんと落ち着きましたわ」
「違う世界、か。なら、こちらの世界でも仲良くしよう、祐巳」
天音お姉様の手が、私の頬を撫でてくださる。
以前のように、お優しい手で。
「はい・・・天音お姉様・・・・」
「うっとりして可愛いわ、祐巳ちゃん。け・れ・ど、嫉妬してしまいそう」
「あら、それは私もよ、千華留」
千華留お姉様と静馬お姉様が、私を抱き締めてくださった。
私は、最近では感じることのない幸せをその時、かみ締めていた。
私はやはり、この方々がいなければ、私には成れない。
甘えと言われようが、私にとって生きる場所は、お姉様方の中でだけなのだ。
アストラエアだけが、本当の私にさせてくれる唯一の場所。
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