【認めたくない】




















 目が覚めてすぐに、おかしなことに気付いた。

 目覚まし時計。

 それはまあ、良い。

 おかしいのはここから。


 ”ベッド”

 ありえない。


 ”たんす”

 ありえない。


 ”机”

 ありえない。


 ”隣は壁”

 ありえない。


 だってここは、私の部屋。

 おかしくなんて無い?

 普通は、そうかもしれない。

 でも、そうじゃないの。

 だって、

 だって私はちゃんと昨晩、








 いちご舎の、自分の寮室で眠りについたはずなのだから。






























 私はパジャマのままで、姉や両親に話を聞いた。

 どういうことなのか、と。

 それなのに、おかしいのは皆のはずなのに、家族は私のほうが変だ、といってきた。

 熱があるのではないか、と。

 あるわけない。

 
 ちゃんと覚えているのに・・・。

 私は昨晩、同室の夜々ちゃんと挨拶を交わして、いちご舎のベッドで眠ったはずなのに。


 なのに、家族は私、水野祐巳が今日からリリアン女学院中等部の3年生だといってくる。

 そんなこと無い!

 私は、聖スピカ女学院の3年アン組に在籍していたはずなのに!

 どういうことなの!?


 認めたくない事実。

 なのに、私の部屋にかかってある、リリアン中等部の制服。

 それが、事実なのだと突きつけてくる。


 わからない。

 わからない。


 わかりたくない。


 夜々ちゃんや光莉ちゃん。

 天音お姉様に蕾ちゃん。


 檸檬ちゃんや籠女ちゃん。

 絆奈ちゃんや、千華留お姉様。


 渚砂お姉様に玉青お姉様。

 千代ちゃんに静馬お姉様。


 もう、みんなに会うことができないの?

 そんなの、嫌だ!

 認めない!

 私がリリアン生だなんて事実(嘘)は認めない!!



























「ごきげんよう」

「ごきげんよう」

 
 その挨拶は、アストラエアの友達やお姉様方を思い出す。

 
 結局、姉、水野蓉子に連れられて、中等部までやってきた。

 おかしい私を気遣って、らしい。

 でも、私にとってみたら、この世界全てがおかしいのに。

 アストラエアだけが、唯一、私の心安らげる場所だったのに。

 みんなが笑いあっていたあの場所だけが、私の居場所だったのにっ。






「祐巳、やっぱり今日は休んだほうが良いんじゃない?」

「ううん、平気。始業式は休めないよ」


 心配そうに覗き込んできたお姉ちゃんにそう答えて、私はにっこり笑う。

 それを見て、お姉ちゃんは安心したように高等部のほうへといってしまう。

 お姉ちゃんが見えなくなって、私は顔の筋肉を元に戻した。


 私は、今日からここに通わなければいけない。

 でも、時間を見つけて、アストラエアに行ってみようと思った。

 もし、みんなが私という存在を知らなくとも、私にはあの場所しかないから。


「行くか・・・・・」


 結っていた左右のリボンを解く。

 これは朝、お姉ちゃんが言ったから。

 『早く髪の毛結って、支度してきなさい』って。

 どうやら、こっちの私は左右で結っていたらしいと知って、結ったもの。

 でも、アストラエアの私は、本当の私は、髪なんて結ってない。

 だから、解く。

 ここだけでも、会えない間、みんなとの繋がりを持っていたい。

 理由は、それだけ。

 でも、私には、譲れない理由。






 教室に入ってすぐ、みんなの視線が集中した。

 驚いたような雰囲気が伝わってくる。

 それを無視して、黒板に書かれていた座席を見て、自分の席に座った。

 そんな私を、見つめてコソコソと話す人たち。

 こういう人たちは、相手をしないほうがいいのだと、夜々ちゃんや静馬お姉様に教わったことがある。

 だから、終始私は無視をし続け、誰にも話しかけられることなくその日は終わった。


 放課後、私は図書室へと向かった。

 スピカも大きかったけれど、この学校の図書館も結構大きい。

 それに感心しながら、私は目的の本を探す。

 探しているのは、イタリアの人が書いた本。

 もちろん、源本で読むつもり。

 こっちの私はどうかは知らないけれど、私は結構できるほうだ。

 なんたって、スピカでは試験のとき必ず5位以内には入っていたし。

 そういえば、ミアトルの図書室は、逢引場として有名だったのを思い出した。

 ・・・・よく、お姉様方や夜々ちゃんに、連れて行かれたのを覚えている。

 キスするのに、場所を選んでください、とは言ったけれど、あそこはある意味みんなが知っている逢引場所だ。

 そこに連れて行かれる、ということは想像しなくとも誰でもわかる。

 あんまり、意味ないような気がする。

 なんて、その話を聞いたときから、ずっと思ってたけどね。

 もっとも、私はそれを拒んだことなんてなかったけど。

 お姉ちゃんたちに知られたら、怒られるかもしれないけど。

 知られなかったら、別にかまわないと思うし。


 思い出していたら笑っていた事に気付いて、慌てて口を手で隠した。

 誰も近くにいない事に、ひっそりと安堵して、今度こそ本を探す事にした。

 
 奥の方にあった探し本を手に取り、図書委員の人に借りる。

 その人は、私の書いた名前と私の借りた本、そして私の顔を何度も見ていたけれど、あえて何かはいってこなかった。

 もしかしたら、こっちの私は、こういう本を読まないことで有名だったりする?

 それか、有名な馬鹿か。

 まあ、どうでも良いけれど。

 今の私には関係ないから。

 

「・・・・・それが、あなたの答えですの?」

「え?」

 
 図書室を出てすぐに聞こえた声に、私が振り返るとそこには髪の両左右をドリルのように巻いた子がいた。

 そのこの瞳は、睨むように私に向けられている。


 ・・・・・困った。

 こんな子知らない。

 当然だ。

 だって私は、リリアンの生徒のことなど知らないのだから。


「何のことか、聞いても良い?」

「しらばくれないでくださいませ!!確かに私は、長期休みの前に、貴女に紅薔薇さまのつぼみである蓉子さまの妹として、恥じない振る舞いをしてください、と言いましたけれど、私が求めたのは、そんな祐巳さまではありませんわ!!!」


 あ、そういえば、去年お姉ちゃんから『紅薔薇のつぼみの妹になったの』って手紙が来たんだった。


「・・・・それとこれとは、関係ないよ」


 うん、関係ない。


「関係ないですって!?髪をおろして、読めないくせに英語の源本なんて借りて!あまつさえ、表情のない気味悪い顔!」

「英語じゃなくて、イタリア語だよ」

「そんな事はどうでも良いんです!!瞳子が言っているのは、似合わないことはしないで下さい!!ということですわ!!!」


 似合わない、と言われても、これが私だ。

 第一、あの人たちのいない学園で、どうやって笑えば良いというのだろう。


 というか、このこは瞳子ちゃんというのか。

 良かった、知り合いっぽかったからどうしようかと思った。

 誰?なんていったら、こういう子って結構傷つくと思うから。

 私だって、みんなに『誰?』って聞かれたら、きっと立ち直れない。


「でも、本当に瞳子ちゃんとは関係ないんだよ」


 まるで、笑うことなんて忘れたみたいな感覚になる。

 変だよね、あの人たちの前では、ずっと笑ってたのに。


「っふん!ご勝手になさいませ!!瞳子はもう知りませんわ!!!」


 ずんずん、と歩いて去っていく瞳子ちゃん。

 なんか、ああいう子、知り合いにいなかったから新鮮だな。

 けど、私の求める人ではない・・・・。

 
















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