【知らないこと】































 瞳子はその日、傘を差して歩いていた。

 雨の中を歩いていると、瞳子はどうしても思い出すことがある。

 それは、自分がきっかけとなった事件。

 事件と言って良いのかわからないが、事件と言っても差し支えはないだろう。


 嫉妬だった。

 祥子が祐巳みたいな平凡な少女を妹(プティ・スール)にしたという事実が、瞳子には我慢できなかったのだ。

 瞳子は、祥子はきっと自分を妹(プティ・スール)にしてくれるだろうと思っていたから。


 もしあの時、周りの人がいなければきっと、祐巳と祥子は破局していただろう。

 祐巳の朗らかさと優しさ、抜けた感じを知った今では、なぜあんなことをしてしまったのだろう、瞳子はそう思う。

 罪悪感。

 後悔。

 今でもまだ感じている感情。

 だから、瞳子は今でも、時間があるときは薔薇の館で仕事の手伝いをしているのだ。

 それで返せるとは瞳子自身も思っていないけれど、何もしないよりは良いと思っている。


 けれど、やはり雨を見ていると、あのときのことを思い出してしまい憂鬱になるのだ。


「はあ・・・・」


 自然と出たため息。

 それを心配するものがいないため、瞳子は隠そうともしなかった。


 けれど、ふと視線を転じた時、そのため息が止まった。

 というよりも、息を止めた。


「はっ・・・はっ・・・ふっ・・・」


 そこには、祐巳がいたから。

 雨の中、傘も差さずに。

 無心とも言える様子で、木刀を振っている祐巳が。


「祐巳・・・さま・・・?」


 一瞬、瞳子は思考が止まった。

 祐巳が見慣れないことをしているから。

 それもある。

 しかし、それ以上に、雨に濡れながら真剣な表情で木刀を振り続けている祐巳の、美しさに。


 トレードマークとも言えるツインテールではなく、ストレートに下ろされたその髪。

 先ほどまで憂鬱な気分にさせるし雨も、今は祐巳の美しさを引き立てる道具にしか見えない。

 汗とも雨の雫ともわからないものが、祐巳の頬を伝い地面に落ちる。

 雨脚が強まりつつその中で、見たことのない色をたたえた瞳に、初めて見るほど真剣な表情に、瞳子は目を離せない。


 それと同時に、瞳子の胸を襲う焦燥感。

 手さえ、声さえも届かないほど遠くに、祐巳がいるような気持ちに陥った。

 だから、


「祐巳、さま・・・っ。祐巳さまっ!」

「祐巳、さま!!」


 今、出うる限りの声で名前を呼んだ。

 そして、なぜか重なった声。


「っ!?」


 勢い良く振り返った祐巳。

 それからもう一方へも。


 その目には、見慣れた驚きを表して。

 それに心の中で酷く安堵して、もちろんそれを表に出すことはなく、瞳子は駆け寄った。

 同時に、もう一方からも、見慣れた市松カットをした少女、乃梨子も駆けてきた。


「瞳子ちゃん!?乃梨子ちゃん!?」

「こんな雨の中、何をなさっておいでなのですか!?」

「風邪ひいてしまいますよ!!」

「あ、ごめん。っていうか、何で2人ともここに!?」


 わたわたと、先ほどの様子など粉砕した、2人にとって見慣れた祐巳の姿。


「私は、たまたま通りかかっただけですわ」

「はい、私も。仏像を見てきた帰りなんです」

「あ、そうなんだ」


 笑う祐巳。
 
 けれど、瞳子も乃梨子も笑えない。

 祐巳がいまだ濡れたままだから。


「祐巳さま、笑っていないで私の傘に入るか瞳子の傘に入るかして下さい」

「そうですわ。祐巳さまは、明日から天地学園に代表として赴くんですわよ?」

「あはは。だってさ、天地学園て剣待生っていうのがあるんだよ?」

「「剣待生?」」

「うん。こういう風に、剣を振り回すの。だから、何かしておかないとって思って」


 明るく笑う祐巳に、瞳子も乃梨子も顔を見合わせ、ため息。


「祐巳さま、リリアンから来たお嬢様に、そんなことをさせるはずがないじゃないですか」

「少し考えれば、わかることではありませんか。まったく、祐巳さまは2年生にもなって・・・」


 乃梨子に続けて瞳子がやはりため息。

 だが、祐巳はそれに苦笑を返すのみ。


「(天地学園は、お嬢様でも関係なくそういうことさせると思うけど。ひつぎさんだし)」


 もちろん、そんなことは言えない。

 ひつぎたちと交流があることは、祐巳にとっては秘密事項なのだから。


「それより、いい加減本当に帰らないと、風邪ひきますよ?」

「は〜い」

「あなたは子供ですか・・・」


 祐巳の気の抜けた乃梨子に対する返事に、瞳子は呆れたように呟いた。

 
 祐巳が素直に帰った後、しかし乃梨子と瞳子はその場から帰ろうとはしなかった。


「・・・・さっきの祐巳さまさ、綺麗だったよね」

「んなっ!?何を言い出すんですの!?乃梨子さん!」

「だって、本当にそう思ったんだもん。瞳子も、そう思ったでしょ?」

「そ、そんなこと少しも思っていませんわ!!」

「瞳子は素直じゃないな〜」

「瞳子は素直です!!」

「それが素直じゃないって言うの」

「っ、だ、大体、乃梨子さんには白薔薇さまがいらっしゃるではありませんか!それなのに、あんなマヌケな人にうつつをぬかすなど、してもよろしいのですか!?」

「マヌケって・・・。まあ、瞳子らしいけど。それに、私は別に志摩子さんとはそういう関係じゃないから。友達だって」

「さあどうだか!」

「っていうかね、志摩子さんは祐巳さまが好きなの」

「え・・・!?」

「今のうちに素直になったほうが良いんじゃない?言っておくけど、薔薇の館にいる人達みんな、祐巳さまにぞっこんだよ?」

「・・・・・ええ!?それは本当ですの!?」


 2秒ほどしてようやく理解できた言葉に、瞳子は掴みかからんばかりに乃梨子に迫った。


「そう。ちなみに、私もね」

「・・・・・・・・」

 
 もはや、瞳子は唖然。


「だから、今日でアドバイスをするのは最後。これからは、瞳子でもライバルとして見るから。よろしくね」


 珍しく微笑みを見せたかと思うと、乃梨子は去っていってしまった。

 残った瞳子は、新事実に唖然として、その背中を見送ったのだった。

















「祐巳さーーーん!」

 
 抱きついてきた静久。

 祐巳は苦笑しながらそれを抱きとめ、微笑みに変える。


「ありゃ、完璧に犬だな」

「そうね。にしても、まさかリリアンからやってきた方と静久が知り合いだとは知らなかったわ」

「なんで白服でもない私がここにいるのよ・・・・」

「くれあー、腹減ったー」

「みのりは黙ってて・・・」


 玲、紗枝、紅愛、みのり。

 そんな彼女達の前で、尻尾を振るように祐巳に抱きついている静久の姿。


「静久、祐巳から離れなさい」

「こればっかりは従えません!」

「お。あの静久が、ひつぎに逆らってるぞ?」

「あら珍しい」

「どうでも良いから、帰して・・・」

「強いのかなー、あいつ」

「静久・・・・」

「っ!」


 ひつぎの声にビクッとしつつも、やはり静久は祐巳から離れようとはしない。

 ゆらりと、ひつぎが立ち上がった。

 その光景は、思わず玲たちまで一歩下がってしまうほどの迫力があった。


「ど、どうしたんだ?あいつ」

「は、初めて見るわね、あんな会長さん」

「ひつぎさん」


 玲と紗枝がそんなことを言っていると、祐巳が苦笑しながらひつぎを呼んだ。

 途端に、溢れ出ていた怪しいオーラが消えるひつぎ。


「おいで」


 まるで慣れたように静久を抱いていないほうの手を差し出す祐巳を、玲たちは驚いたように見つめた。

 反対に、ひつぎはその手に引き寄せられるように祐巳へと近づいていき、その体を抱き締めた。


「久しぶり、ひつぎさん」


 静久が若干抱きづらそうだが、離す気はないようだ。


「あ、あのひつぎが・・・・」

「な、何者なの・・・?あの子・・・!」

「な、なんなの、あれ・・・?」

「なんか仲良さそーだなー」


 目の前にある光景に固まる玲達。

 それに気付かないらしいひつぎと静久。

 祐巳は玲たちの言葉に苦笑し、2人の背中を叩いた。

 その意味を理解し、2人は祐巳から離れてくれる。

 渋々といった感じだが。


「初めまして、神門明さん。祈紗枝さん。星河紅愛さん。月島みのりさん。わたしは福沢祐巳といいます」

「なんであたしらの名前!」

「ひつぎさんからお聞きしました」

「会長さんたちは、私たちのことをなんて言っていたのかしら?」

「想像はつくのではありませんか?」


 ひつぎと静久をちらりと見上げ、紗枝にニッコリと返した。


「愛すべきソウルメイト、です」

「・・・・・それをマジで言われたとしたら、すごいサブイボたちそうだな」

「そうね・・・」


 嫌そうな顔をする玲と、苦笑を浮かべる紗枝。

 祐巳はそんな2人にくすりと笑い、


「っ!?」

「玲!!」

「なっ!?」

「おおっ!!」


 ――― ガシィ!!


 帯刀していた剣をすくい上げるようにしながら玲に攻撃していた。

 その剣は、本能的な危機を感じた玲が防いでいたが。

 
 けれど、元々怪我をさせるつもりはなかったのだろう。

 鞘から出きれていないまま腹の部分で、祐巳の剣は止まっていた。


「おまっ!!」

「さすがですね、玲ちゃん」

「ちゃん!!?」

「ああ、すみません。リリアンでは下級生をちゃん付けかか呼び捨てで呼ぶ習わしなんです」


 祐巳が剣を収めると、玲も警戒しながら半分だけ出ている剣を鞘に入れた。


「それで今のは何のつもりだったの?」


 紗枝も警戒している様子。

 祐巳は苦笑し、口を開こうとした。

 けれど、それよりも早く。


「わたくしが勧めたのよ」

「はあ?」

「会長さんが?」

「祐巳さんが、自分が強いのか自信がない、と言われたので、ひつぎさんがだったら神門さんで試してみれば良い、と」

「おい、ひつぎ!」

「あら、良い経験になったでしょう?」

「チッ」


 玲は舌打ちをすると、ひつぎから祐巳へと顔を向けた。


「すみませんでした、玲ちゃん。身勝手な事情で」

「お、おいお前!!」

「はい?」


 きょとん、と首を傾げる祐巳。

 玲たちは思わずその可愛さにドキッ。

 それでも、玲は続けた。


「その、かたっ苦しい言葉使い止めろ!きもちわりぃ!」

「う〜ん、じゃあ、普通にするね」


 玲の言葉に、祐巳はにっこりに返す。

 
「それで、お嬢様学校のリリアン生が、どうしてあんな早い動きが出来るのよ?」

「わたくし達と祐巳が、幼馴染だからよ」

「ですので、私たちは一緒に剣の腕を磨いていたんです」


 紗枝にひつぎと静久が答え、それを肯定するように祐巳は笑顔。


「すげー奴だな、お前!」

「そうね」

「えへへ、ありがとう、みのりちゃん、紅愛ちゃん」


 照れたように笑う祐巳に、なんとなく紅愛は頬を染めた。


 それに目ざとく気付くひつぎと静久。

 2人は無言で祐巳の隣へと移動すると、見せ付けるように抱き締めた。


「ひつぎさん?静久?」

「祐巳は、わたくしのものよ。オマケで、静久もいるけれど」

「オマケってなんですか、ひつぎさん!祐巳さんは、正真正銘、”私達の”です!」

「あら、そうだったかしら?」

「初めからそうです!!」

「2人とも・・・」


 抱き締めながら口論(?)を始める2人に、祐巳は呆れた笑みをこぼし、玲たちはそれを見て不満そう。


「とりあえず、これからしばらくはこの学園にいることになるから、よろしくね」

「・・・・・おう」

「ええ。よろしくね、祐巳さん」

「よろしくなー!」

「よろしく」


 祐巳の笑顔にどきりとしつつ、それを表に出さないようにしながら玲、紗枝、みのり、紅愛もそう返した。


 




















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