【まったくもう・・・】



























 祐巳達が2年生に上がって、そろそろ夏も終わる頃。

 薔薇の館では、祥子、令、祐巳、志摩子、由乃、乃梨子、瞳子がいた。



「短期体験、ですか?」

「ええ。私の友人で、天地ひつぎさんと仰るのだけれど、その方がこの間、お互いに生徒を交換してそれぞれの学校を体験させましょう、と」

「そんなことをする意味があるのでしょうか?」


 祥子の言葉に、乃梨子が手を上げてそう問いかけた。

 乃梨子の言葉は他の者達の代弁だったようで、由乃や志摩子、瞳子たちも祥子を見つめる。


「それがさ、どうやらそのひつぎさん、面白いことが大好きな人らしくて、今回のことも面白そうだからって。わたしは実際に会ったことはないんだけどね」


 令が苦笑してそう答えてくれる。

 祐巳たちは顔を見合わせた。


「それで、なぜその交換生徒が祐巳さまに決まったのですか?」

「ひつぎさんが交換する条件を出してきたのよ。それぞれの学校の代表、生徒会のもので、高校2年生」

「志摩子は2年生だけど、薔薇さまとしていないと困るし、由乃は今度剣道で試合があるでしょう?それで、何もない祐巳ちゃんに行ってもらうしかない、ってことになっちゃったんだ」

「なるほど」


 納得の表情を見せる瞳子。


「期間は3週間なのだけれど。どうかしら、祐巳。行ってはくれない?」

「そ、それは、まあ、構いませんけど・・・」

「良かった。祐巳ちゃんに断られたらどうしようかと思ってたんだ」


 酷く安堵したような令の吐息。


「ところで、リリアンに来る方はもう決まってらっしゃるんですか?」

「ええ。帯刀洸さんと仰る方よ。彼女には、祐巳が抜けた部分を補ってもうらことになるわ」


 志摩子に祥子が書類を見ながら答えつつ、もう一つの書類に祐巳の名前を記入している。


「あ〜あ、良いな〜、祐巳さん。もしわたしが試合じゃなかったら、絶対に行ってたのに!」

「あ、あはは」


 うらやむ由乃に、祐巳は苦笑を返すしか出来なかった。

 けれど、その苦笑の理由が由乃の言葉だけではないことに、ここにいる誰も気づかない。








 




 初めてあの人達に会ったのは、まだ小等部の頃。

 学校が終わっていつも行く公園に、見慣れない女の子が2人いた。

 1人は両手に木刀。

 1人は片手に木刀。

 
「何してるの?」


 興味が湧いてそう声をかけると、2人は驚いたようにわたしを見てきた。

 
「やってみる?」

「ええ!?」

「良いの!?」


 なんだか驚いているらしい相手の子を無視して、わたしにそう言ってくれた彼女に問いかければ、彼女は笑顔で頷いてくれた。


「にゃっ!重い〜〜!」

「あ〜、やっぱり無理か」

「良くこんなの持てるね!2つも持てるなんてカッコイイね!」


 両手で持ち上げることしか出来ないそれを、もう1人の子が2つも持っていることにわたしは素直に驚いた。


「え?そ、そうですか?」


 恥ずかしそうに頬を染めるその子に笑い返すと、先ほどの子がなぜかわたしから木刀を取り上げた。


「?」

「静久、貸して」

「へ?ひつぎさん?」

「貸して」

「は、はい!」


 何をするのかと見ていたら、その子も軽々と2本の木刀を持ち上げた。


「カッコイイ!」


 多分わたしは、すごいキラキラした目で見ていたのだろう。

 彼女は、嬉しそうに笑った。


「天地ひつぎって言うんだ。あんたは?」

「わたし?わたしは福沢祐巳!」

「あ、私は宮本静久です!」



 その日、わたしたちは友達になった。


 その日から、わたしはひつぎさんのお家で静久さんと一緒に剣の腕を磨いた。

 楽しい日々。

 
 ひつぎさんが笑わなくなって、口調が変っても。

 私たちの前でだけは微笑んでくれるひつぎさんに会いに、ひつぎさんの家に行った。

 それは、今でも変らない。

 山百合会に入ってから、行く回数は減ってしまったけれど。

 わたし達の関係は、終わっていない。


 それは、両親にさえ話していない、わたしの秘密。





















「ひつぎさん、わたし、お姉さまとひつぎさんがお友達だなんて知らなかったんだけど?」

『あら、言ってなかったかしら?』

「言ってないよぉ」

『そんな細かいことより、祐巳は来てくれるのよね?』

「もう・・・。それに、あの条件って、わたし以外の人には当てはまらないじゃない」

『それはそうよ。あなた以外には当てはまらない条件を出したんだもの』

「わざわざ由乃さんのスケジュールまで調べて・・・・」


 自分の部屋の中、祐巳は携帯の向こう側にいる人の行動にため息をついた。


『良いじゃない。それとも、祐巳はわたくしに会いたくないの?』

「そんなこと言ってないでしょう?」

『ひつぎさん!私にもそろそろ代わってください!!』

『嫌よ』

『ひつぎさーーーん!!』


 受話器から聞こえるそんな会話に、祐巳は笑い声をもらす。


「ひつぎさん、代わってくれる?」

『祐巳に言われても、絶対に代わらないわよ?久しぶりに祐巳の声を聞くことができたんだもの』

『それは私だって一緒です!!』

『静久、わたくしに逆らうというの?』

『祐巳さんに関しては、譲りません!!』

「ひつぎさん」


 なんだか泣きが入った声に、さすがの祐巳も諭すようにひつぎの名前を呼んだ。


『・・・・良いわ。来週には、祐巳に会えるんだもの』


 そう余裕そうな声が返ってくるが、祐巳や静久はわかっている。

 若干拗ねていることを。


「まったく・・・」

『やった!祐巳さんですか!?』


 祐巳の顔に浮かんだのは、柔らかな苦笑。

 受話器から聞こえたのは、静久の嬉しそうな声。

 祐巳は見なくとも、静久が満面の笑みを浮かべているだろうことがわかった。


「元気?静久。最近、会いにいけなくてごめんね?」

『いえ!良いんです。こうやってお話できるだけで!』

『なら、静久は祐巳が着ても会う必要はないわね』

『それとこれとは話が違います!!』


 静久の大きな声に、祐巳は慌てて携帯を離した。

 それでも聞こえる静久の怒鳴るような声に、祐巳はクスッと笑った。


「静久、もう少し落ち着こうよ」

『あ、ごめんなさい。嬉しくて』


 恥ずかしそうな声に、祐巳は初めて会ったときの表情を思い出した。


「静久は可愛いね」

『そそそそんな!私よりも、祐巳さんのほうが全然可愛いですよ!』

『静久、そんな羨ましいことを祐巳に言われるなんて、今日の特訓は厳しく逝こうかしら?』

『字が違います!』


 相変わらずひつぎと静久。

 祐巳はクスクス笑いながらそれを聞いていた。

 その笑い声が聞こえたのか、


『祐巳さんに笑われてしまったではありませんか!ひつぎさん、少し黙っていてください!!』

『そう言うことをいわれてしまうと、もっと邪魔したくなってくるわ』

『ひつぎさん!!』

『おほほほ』


 今向こうではどんなことが行なわれているのか簡単に想像できるほど2人と一緒にいた。

 祐巳は、リリアンでもそうそう無いだろうというほどに穏やかな気持ちになっていていて、自然と優しい笑みを浮かべていた。


「あ、そろそろ寝ないと」

『え!?私、そんなに話していませんよ!?』

『ふは――っ!』

『吹き出さないでくださいよ!ひつぎさんのせいじゃないですか!!』

「まあまあ。来週からはしばらく一緒にいられるんだから、良いじゃない?」

『それはそうですけど・・・』

「というわけで、おやすみ。ひつぎさん、静久」

『ええ。おやすみなさい、愛する祐巳』

『おやすみなさい!祐巳さん、愛してます!』

「うん。おやすみ、2人とも。わたしも愛してるよ」


 決まり文句をお互いに告げ、祐巳は携帯を切った。

 
 いつから言うようになったのかと思い出せば、中等部2年に上がった頃からだろうか?

 先にひつぎが言い始め、争うように静久が言い始めた。

 祐巳も、言うようになった。

 初めの頃は恥ずかしかったそれも、今では慣れたように口に出来る。

 もちろん、他の人には恥ずかしくて言えるはずはないし、多分これから先も祐巳はひつぎたち以外には言わないだろう。

 それはきっと、ひつぎも静久も同じ。


 祥子達の知らない笑みを浮かべた祐巳が、そこにはいた。






















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