【始動】































 赤木リツコは、表には出さないまでも驚いていた。

 ミサトとは大学時代からの親友で、性格は大体わかっていたからだ。


 それなのに、目の前にいる女性は誰?

 ミサトのはず・・・本当に?


 リツコは自問自答してしまう。


「本日より、ドイツ支部から本部へとやってまいりました。葛城ミサトです」


 ピシッと、敬礼をするミサト。

 それにご苦労、と告げる副指令である冬月コウゾウ。

 無言で、あの有名なポーズを崩さない総司令碇ゲンドウ。


「君の地位は一尉となっている。何か不満はあるかね?」

「地位に関して、不満はありませんが、お伺いしたいことがあります」


 リツコの見たことのない、きりっとした表情。


「言ってみたまえ」

「碇総司令、冬月副指令、赤木博士。お3方が、ネルフ本部を束ねる方々だと認識してもよろしいのでしょうか?」

「う、うむ」

「では。・・・私は、対使徒のための作戦部長と、作戦指揮に関して、私は碇総司令や冬月副指令よりも権限が下である、と書類に書いてありましたが、それはどういった理由からでしょうか」


 よどみのない質問。

 思わずコウゾウとリツコは顔を見合わせた。


「どういった理由、とは?」

「失礼を言うようですが、お3方は優秀な科学者とはお聞きしましたが、戦略に関してはまったくの素人です。戦を経験したこともなければ、対人に対抗するための訓練を受けているとは思えません。そのような方々が、何故指揮権を持っておられるのでしょうか」


 それを聞き、3人はああ、と思った。

 彼らは、ミサトに行われたマインドコントロールのことを知っている。

 父親の敵をとるために、使徒に復讐する、という心を植えつけられたことを。


 だから彼らは、ミサトがなんとしても自分1人で使徒を倒したい(復讐したい)、と思っているのだと勘違いしたのだ。


「問題ない」

「おっしゃっている意味がわかりません。申し訳ありませんが、総司令。何が問題ないのかを、明言してください」


 初めて発言したゲンドウに対しても、ミサトは物怖じをしなかった。

 ゲンドウがそれに対して腹立ったのか、ミサトに向かって威圧を放ったとしても。


 当然だ、ミサトは死と生が隣り合わせになっている地獄を、何度も味わっているのだから。

 いい加減な以前のミサトだったとしても、そんな状況に陥ったことのない、ただの科学者上がりの男の威圧など、無いに等しい。


 もっとも、コウゾウとリツコは圧されているが。


「総司令。問題ない、という意味は私の発言に対しての許可でしょうか。それとも不許可を意味しているのでしょうか」

「ま、待ってくれたまえ、葛城君。なぜそうも、指揮権を独占したいのかね?」


「独占ではありません。もし私のように白兵戦を経験した方がいらっしゃるのなら、その方にも指揮権があったほうが良いと思っています」

「ですが、あなた方は違う。いつ死んでもおかしくない戦、というものをご存知ではない。そのような方に指揮を乱されれば、チルドレンが死んでしまうかもしれない」

「私たちは、使徒を倒してそれで終わり、ではないのです。ましてや、チルドレンは子供といっても差し支えのない年齢。生きて使徒戦を終える権利があります。当然です。私たちは、本来ならば護るべき子供を戦場に出すのですから」


 はっきりと告げた本心。

 3人は、3人ともそれに目を見開いた。


 当然だ。

 彼らは、ミサトのような気持ちで”対使徒”へと挑んでいるわけではない。

 1人は、失くした愛するもののために。

 1人は、失くした大切なかつての生徒のために。

 1人は、愛人に手伝わされて。

 そこに、世界を護るため、だとか、大それたことを考えているわけではないのだ。


 ここでハッキリいっておくべきだろう。

 世界のために、そう言うものは偽善者でしかない。

 愛する妻のために、子供ために。

 身近な大切な人のために、戦へと身を差し出す。

 それが結果的に世界を救うことにつながるのであり、彼らの考えも一見十分な理由に思える。


 だが、彼らは違うのだ。

 ゲンドウは、初号機に消えた愛する妻を取り戻すため、サードインパクトを起こそうとしている。

 コウゾウだって同じである。

 リツコは、最終的な結末を見て見ぬ振りし、ゲンドウに愛を向けてもらうために罪を重ねている。


 彼らには、ないのだ。

 世界を救う気など。

 誰かを救う気など。

 自らの欲望のために、彼らは世界の人間達を犠牲にしようと、画策しているのだから。


 そして彼らは、ミサトも同じ考えだと、そう思っていた。

 否、同じであるはずなのだ。


「あなた方に、本当に世界を救う気があるというのなら、指揮権を返上するべきではないでしょうか。無知なる指揮は、人を殺すことしかしません」


 ここまで言われ、それでも指揮権に固執することはできない。

 妙にまともなミサトに、勘繰られてしまう。

 暴かれてしまう。

 自らの醜い欲望を。


「・・・いいだろう」

「碇!!」

「問題ない」


 反論するようなコウゾウの声。

 ミサトはそれに、片眉をあげた。

 それに気づくものはいなかったが。


「他に何か言いたいことはあるか、葛城一尉」

「いえ。ありません」

「ならば、職場にいきたまえ。案内は赤木博士がする」

「わかりました」


 ゲンドウの言葉にリツコはハッとし、司令室を出て行った。

 その後を追うように、ミサトも。


「・・・本当に良かったのか?碇」

「問題ない。アレは復讐を建前で隠しているに過ぎない」

「・・・それならば良いが」


 人の目を見る、なんてことをゲンドウはできない。

 小心者だから。

 けれど、コウゾウはわかっていた。

 ミサトの瞳は、復讐なんていうものに燃えてはいなかったことを。


 リツコは、隣を歩くミサトが顎に手をあてて何かを考えているのを見て、声をかけた。


「ミサト、どうしたの?」

「・・・ねえ、指令と副指令って、何をするつもりなの?」

「っどういう、意味・・・?」


 驚き、けれど何とかそれだけを問いかけることができた。


「だって、おかしいじゃない。私は白兵戦経験者として、もっともなことを言ったと自負してるわ。けど、指令も副指令も、指揮権がほしかったように思える。・・・ありえないことを行うために必要だから、とか・・・」

「・・・気のせいよ」

「それなら良いけど」


 そう答えるも、ミサトは納得していないようだった。

 マズイ、とリツコは思う。

 だから、早々に話題を変えることにした。


「それにしても、あなた変わったわね」

「そうね。それはよく言われるわ、最近」 

「何かあったの?」

「強いて言うなら、私を取り戻した、といった感じかしら」

「取り戻した?」


 首を傾げるリツコに、ミサトは笑う。

 今まで見たことのないような、綺麗な笑みを。


「そう。葛城ミサトを、取り戻したのよ♪」


 リツコはその笑みに、目を見開き。

 けれど、内心嫉妬してしまう。

 自己中の代名詞であったようなミサトが、美しい笑みを浮かべて。

 なのに、自分はそんな笑みを浮かべることはできないと、そう思ったから。


 自分がとても、醜い心をもっていると、リツコは知っているから。






























「ユミ様、お手紙が届いてらっしゃいますわ」

「ありがとう、ノーラ」


 ゴスロリ調の服に眼鏡をかけた、ユミよりも2,3歳年上に見える少女に渡された封筒を、ユミは受け取った。

 開けてみれば、そこには一枚の紙と写真、片道の切符が入っていた。


 『こい  ゲンドウ』と書かれただけの・・・手紙?

 快活な笑顔でピースをする、ミサトの写真(わきには、私が迎えに行くからねん♪ と書かれている)。

 切符に関しては、言わなくてもいいだろう。


「・・・ずいぶんと、不躾な方ですのね」

「これも、ゲンドウにとっては布石に一端なのでしょう」


 ユミは飲んでいたコーヒーのカップをさげ、


「ノーラ、荷物は用意してありますか?」

「不承不承ながら」

「では、向かいましょう」

「日付は一週間後、となってらっしゃいますがよろしいのです?」

「使徒が現れた当日、などと、迷惑以外の何物でもありませんからね」

「わかりましたわ、ユミ様」


 頭を下げ、ノーラは準備をするために。

 ユミは最後にやるべきことをするために、電話へと近づいていった。
















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