【変貌】
惣流・アスカ・ラングレーには、尊敬する人がいる。
葛城ミサト。
体術の訓練をしてくれる教官だ。
数ヶ月前まで、遅刻は当たり前。
行ったことに対する責任を持たず。
勤務中にもかかわらずお酒は飲む。
自己中=葛城ミサトと公式が出来上がるくらい、自分勝手だったその女性。
尊敬の念などまったく感じなかった。
だが、まるで人が変わったように、キリッとしてカッコイイ女性になった。
こんな女性になりたい、そう思わせるような人に。
「アスカ!もっと腰を沈めなさい!重心がぶれるわよ!」
「はい!」
ミサトの叱咤を受け、言われたとおりにしながらアスカはふと考えた。
いつからこの女性は、こうまで変わったのだろうか、と。
「うん。今日はここまで。無理させすぎても、成長期の身体には悪いしね」
「ありがとうございました」
「どういたしまして♪」
教官の顔から、親しみのある綺麗な女性に変わるそれを見ながら、アスカは答えを見つける。
一日中サボってた、あの日からだ。
「ねえ、ミサト」
「なぁに?」
訓練中でなければ敬語を強要しないミサトに、アスカは汗を拭い問いかけた。
「アンタ、何かあったの?」
「へ?」
「だって前のアンタ、すっごく酷かったじゃない」
「あ、あんたねェ〜・・・」
がっくりと肩を落とすミサトだが、それは自分でも自覚があるのかそれ以上の反論はしない。
「私も良くわからないのよねェ」
「なによそれ」
「だってそうなんだもの。今思い返すと、以前の私は本当に酷かったわ。仕事をなんだと思ってるのかって、そう自分自身に問いかけたいくらいにね」
「前の時は、なんとも思ってなかった。ってわけ?」
「そうなのよぉ。むしろ、当然、みたいに捉えてた節があるわね。何がどうして、当然、なんだか」
その時の心情を、自分でも理解ができないのだろう。
理解できるのは、まるでそういう風に操られていたような気がする、そんな意味不明な、けれど絶対な思いだけ。
肩をすくめるミサトに、アスカはよくわからず、ふ〜ん、と返した。
「ま。そんなことより、シャワー浴びてきなさいよ。食堂で待ってるから」
「わかったわ」
ポンポン、と軽く頭を叩く心地よさに頬を緩めながら。
それでも笑わないようにしながら、アスカは駆け出す。
1人になったミサトは、食堂への道を歩きながら以前の自分を思い返していた。
以前の自分は、父親を殺した使徒への復讐に、妙に燃えていた。
そのわりには、行動はてんでおかしくて。
本当にやる気があるのか、はなはだ疑問を感じてしまう。
確かに今でもお酒は好きだ。
だからといって、勤務中に飲んでいいはずがない。
上司から許可を貰ったとしても、今の自分は絶対に飲まないだろう。
何か有事が起こったときに、対処なんて出来るはずがないのだから。
「セカンドインパクトで家族が死んだ人なんて、何十億人もいるのにねェ」
そりゃあ確かに、自分はあの場所にいたけれど、と。
そう、最近変に思い出せるのだ。
当時のことを。
その時の状況を。
そして、冷静に分析できるのだ。
自分が、今で言う初めてのチルドレンで。(だって自分はあの時、確かにエントリープラグ内にいて何かに接触させられた)
けれど暴走かなんかして、激しい痛みを胸下に感じた。(今でも、その時の傷が残っている)
さらに言うなら、もしかしたら、セカンドインパクトは自分が起こした可能性が高い。(正確には、自分と父が)
救助ポットだと思っていたのは、エントリープラグだった。(あんな場所に、救助ポットがあることがおかしい)
完全に正確ではないだろうけれど。
近いであろう、そうミサとは分析していた。
もともとミサトは、頭が良いのだ。
少し前まで、何かに邪魔されていたけれど。
それが消えた今、ミサトの頭脳を遮るものはない。
もっとも、理数系か体育会系かといわれれば、体育会系だけれど。
「・・・ネルフって、なんなのかしらねェ。いえ、当時はゲルヒン、だったかしら?」
謎の多い組織。
自分でもはっきり言えるくらい、以前の無能だった自分。
そんな人物を雇って、何がしたいのか。
「・・・もしかして、客寄せパンダ?」
ありえるわねぇ、なんて心の中で呟きながら、ミサトはアスカの好きな食事と自分の食事を注文するのだった。
「マスター、こっち終わったよ」
「そう。ごくろうさま、サラ」
日本のマンションの一室。
へその出たTシャツと短パンをはいた涼しそうな格好をした女性、サラ。
女性の隣で同じようにパソコンをいじっている、白いワンピースを着た少女、ユミ。
燃えるような真っ赤な髪をしたサラは、ぐぅっと身体を伸ばす。
それから、コキコキ、と首をほぐして。
「それにしても、ずいぶんと腐りきった組織だね、ネルフって」
「ネルフ、というよりも、そのトップが、といったところでしょうね。一般職員は、謳い文句を信じていますから」
「けど、マスターがこのあいだ行ったドイツでも、マインドコントロールしてたんでしょ?」
「ええ。もっとも、そちらももうすぐで完全に排除できるでしょう」
「まあ、あたしらにかかったら簡単だしね」
ミサトのマインドコントロールは外した。
そして、ミサトが妹のように接している相手も、いまだ彼女の身体に残るシルフィの風の影響で段々と外れてきている。
ユミは、気づかれないように布石を蒔いているのだ。
将来、訪れるであろう呼び出しに備えて。
というよりも、使徒戦に備えて。
サラが行っていたのは、ネルフに関しての情報収集。
本当のユミの記憶と身体をもらった祐巳は、もともと高かったIQはさらに高くなった。
そして、1年かからずにMAGIと呼ばれる人工知能を持った機械に、バレずにもぐりこむプログラムを完成させたのである。
それを使って、サラは一番深い、といってもいいネルフの機密を収集していたのだ。
「・・・・こちらも、終了しました」
押したEnterキー。
しばらく画面を見ていたがユミだが、正常に行われているのを確信したのか目線を移した。
「マスター、ご褒美は?」
目線の先には、ニコニコ顔で嬉しそうに笑いながら強請るサラが。
ユミは、かすかに、本当にかすかにだが目を細めた。
すっとサラの頬に手を伸ばし、顔を近づけていく。
サラはうっすらと頬を染め、自らも顔を近づけていった。
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