【布石】
祐巳は気がついたら、真っ暗な場所にいた。
だが、すぐ目の前に、1人の6、7歳の女の子が座りこんでいるのが見える。
それも、血だらけで。
「あなたは?」
『・・・お姉ちゃん、誰・・・?』
ゆっくりと顔をあげた女の子の顔。
全てを絶望したかのようなその瞳に、祐巳は表情を変えず、けれどどくりと心臓が音を鳴らせた。
それは、かつて、どこかの誰かがしていた瞳。
そう、とても身近な。
「私は、福沢祐巳といいます。あなたは?」
『・・・わたしは・・・碇・・・ユミ・・・』
「・・・・ここはどこです?」
その名前に驚くも、続けて問いかけた。
『・・・わたしの、中・・・』
祐巳はそれで察した。
中、というのは、目の前の女の子の心の中。
そして傷だらけなのは、傷ついた彼女の心をそのまま表しているのだと。
癒されることなく。
治らず、塞がらず。
流れ続ける、血。
『・・・わたし・・・もう、死ぬ・・・』
「それは、あなたの心が死ぬ、ということですね?」
こくり、と縦に振られる顔。
「何故、助けを求めたのです?」
『・・・・・・・・・知って、ほしかったのかもしれない・・・・』
「知る?」
『わたしのこと・・・』
暗い瞳が、祐巳に向けられ。
祐巳は、なんとなくだが、意味を悟った。
自分という存在を。
傷ついているのだということを。
誰かに、知ってほしいと、彼女は消える寸前に思った。
『・・・お姉ちゃん・・・』
「はい」
『帰ったほうが、良いよ・・・』
「そうですね・・・。道が、消えかけていますから」
『帰れないよ。わたしにならなくちゃ、いけなくなるよ・・・』
心の中に2人の人格。
そして、その片方が死ねば、必然的にもう1人の人格が碇ユミにならなければいけない。
崩れていく、女の子の精神体。
ボロボロと。
まるで、砂場が崩れるように。
普通のものが見れば狂いそうな、そんな光景。
それも、人の死を見慣れた祐巳には何の概念も浮かばなかった。
「・・・それも、良いかもしれませんね」
『え・・・?』
「あの世界にいるよりは、良いかもしれない、と言っているのです」
気を置けない日常。
狙われる日々。
他人を警戒する毎日。
月に何回かある、襲ってくるものを殺す、イタチゴッコ。
それから抜け出せるのは、祐巳にとって望むもので。
家族と会えないのは辛いけれど、と。
それでもきっと、他人を信じることは無理なのだろうけれど、と内心気づいてはいるものの。
『・・・お姉ちゃんて、変な人・・・』
「少なくとも、私は自分をまともだとは思っていませんね」
『・・・なんで?』
主語のない問いかけ。
けれど、祐巳はすぐに理解した。
「・・・あなたは、似ているんですよ」
『似てる・・・?』
「その、瞳が」
かつての、精霊以外全て(家族含む)を信じずにいた私に。
それは、言葉にはしなかった。
『そうなんだ・・・』
祐巳の後ろにある歪みが、消えた。
『・・・お姉ちゃん・・・』
「はい?」
『役に立つかわからないけど、わたしをあげる・・・』
同時に、崩れ落ちたはずの女の子の体が形を戻し、
祐巳の心に、吸い込まれた。
「・・・・なるほど」
祐巳の頭に入ってくる、女の子の記憶。
意図せずに記憶の規制をしていたらしいソレさえも。
記録ではなく、記憶として、祐巳に伝えてくれるソレら。
「助かります」
『・・・ばいばい』
小さく、女の子が笑ったように、祐巳には感じた。
浮上する意識。
目に入ったのは、プレハブ小屋の天井。
ベッドから体を起こして、鏡を手に取る。
そこにいたのは、祐巳とは似ても似つかない顔立ちの女の子。
この日、福沢祐巳は碇ユミとなった。
精霊達だけが知っている。
祐巳だけが知っている。
傷だらけの少女が、最後に笑みを取り戻したことを。
その夜、その世界の精霊達は歓喜した。
自分達が求めた魂を持つものが、世界に現れたことに。
ユミは、その日の夜のうちに姿を消した。
ユミを引き取って育てて(?)いた、雇われの者たちが探しても。
誰が探しても、見つかりはしなかった。
その日、葛城ミサトは奇妙な10歳くらいの女の子とであった。
初めは、長く闇を凝縮したような真っ黒い髪をした日本人らしきその少女に、何故ドイツにいるんだろう、と思ったのがキッカケ。
そのわりには、悠々とコーヒーを飲んでいて。
「ねえ、お嬢さん」
「何か」
驚くことなく返され、ミサトはビックリしつつ彼女の前に腰掛けた。
近づいてきたウェイターに、女の子と同じコーヒーを頼んで。
「1人で観光?」
「そうですね」
見知らぬ女性が何の気負いもなく前に座ったのに、女の子は気にしていないのか。
「ご両親は?」
「母親は死んだと知らされましたが、その直後父親には捨てられました」
「・・・・」
それは、気軽に答えていいものなのだろうか。
ミサトは思わず言葉に詰まり。
「え、えっと、私はミサトっていうのよ。あなたは?」
「私はユミといいます」
「ドイツ、何か面白の見つかった?」
話題を変えるように、笑顔で問いかけた。
「・・・そうですね。とても、面白い者を見つけました」
「へー。どんなの?」
暗い話題から離れられると思ったのか、ミサトは身を乗り出し。
ユミは冷静に、そんな彼女を見つめ。
トン、とテーブルを人差し指で軽く叩いた。
「あなたです。葛城ミサト」
力強い。
一陣の風が、あたりに舞った。
「お客様」
「っ!」
ハッとしてそちらに顔を向けた。
あたりは何故か、薄暗くなっていて。
「そろそろ閉店となりますので・・・」
ミサトはその言葉でようやく、自分が寝ていたことに気がついた。
真正面に目を向けるが、そこには誰もいない。
「ご、ごめんね」
慌てて席を立って、会計を済まそうとしたが。
話しを聞くに、ユミがすでに払ってくれていたようで。
とりあえず店員にお礼を言って、ミサトは首を傾げた。
記憶する最後、ユミに何か言われたような気がしたから。
けれど、何を言われたのかまったく覚えておらず。
それに何より。
「なぁんか、スッキリしたというか、心のモヤモヤが晴れた、というか・・・」
と、ミサトは仕事場に行かず、サボっていたことを思い出した。
焦ったように、慌てて駆け出す
その日、職場の同僚達は口々に言う。
ミサトが変わった、と。
「・・・マインドコントロール排除、完了。シルフィ、ありがとう」
【ご主人さまの頼みでしたら、いつでも】
そんな彼女の背中を見送る、一人の女の子。
彼女は、溶けるようにして闇に消えた。
誰にも気づかれぬまま。
ブラウザバックでお戻りください。
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