【負けました】






























 祐巳は今、ちょっと苛々していた。


「なあ、ちょっと付き合うだけで良いんだって」

「そうそう。2時間、いや1時間で良いからさ」

「ご要望なら、もっと短くていいよ?」


 K駅に、卒業まであと2ヶ月あまりしかない薔薇さまたちのために、山百合会のメンバーでお出掛けに来ているのだが。


「なあなあ、無視しなくても良いじゃん」

「怒っちゃって、可愛い顔が台無しよ?」

「いや、これはこれで」


 そこで、ある男達に、ナンパをされてしまったから。

 まあ、揃っているのが美少女達だから、仕方がないといえば仕方がない。

 むしろ、お出掛け開始から2時間、今までナンパされなかったことの方が不思議なくらいだ。


 それで、何故祐巳が苛々しているのかというと。


「マジ綺麗だね、お姉さんたち」

「うるさいわね」

「わぁお。俺、痺れちゃう!」

「俺も、気の強い女の子大好きよ〜?」


 山百合会という組織の中で過ごしていて、人間嫌いが軟化した祐巳は、ある程度彼女達に気を置くようになっていたから。

 次に、ナンパしてくる相手が、祐巳の所属している暴走族チームの男達だから。

 そして、これが一番苛立つ要素なのだが、愛する江利子も当然だがナンパされているから。


 もちろん、それらを表には出さないが。


「祐巳、転ばないようにしなさい」

「は、はいっ」


 怯えている風を装いながら、ちらちらと男達を見る。

 顔を見せて自分だと気づかせ、さっさと消えてもらおうとして。

 けれど、彼らはまったく気づいた様子はない。


 それは当然だ。

 彼らにいつも見せているのは、鋭利な無表情で、髪もおろしている。

 平凡な少女を演じている今の祐巳に、自分たちの特攻隊長である祐巳とを被らせることなど彼らには出来ない。

 何より、チームのほとんどが祐巳を恐れ、その顔をまともに見たことなどないのだから。


「う〜〜〜ん、なんだか実力行使に出たくなってきましたよ?」

「やっちゃうか?」

「ですなぁ。やっちゃいますか」


 自分たちの恐れている相手がそこにいるなど、ましてや苛立っているなど気づかず、男達はにやりと笑いあう。

 ちょうど、人通りの少ない道に祐巳たちが進んだことだし、と。


「綺麗な、お姉さ・・・ん!」

「キャッ!」

「「蓉子!」」

「お姉さま!」

「「「紅薔薇さま!」」」


 1人が、蓉子の手をつかんで引き寄せ、両手を拘束しながら壁に押し付けた。

 慌てて振り返る江利子たち。


 祐巳が目を細めていることに気づかず、蓉子を拘束した男はその首筋に鼻を寄せた。


「うひょぉ〜、良い匂い!」

「や、止めて!!」

「お前そっち?じゃあ、俺こっち〜」

「は、離しなさい!」

「江利子!!」

「お姉さま!!」

「「「黄薔薇さま!!」」」


 つかまれたのは、江利子だった。

 聖が江利子を奪い取ろうとするが、聖も羽交い絞めにされてしまう。


 いつの間にか、周りにいた少数の通行人たちもいない。

 触らぬ神に祟りなし、とでもいうように。

 ようは、逃げたのである。


「離せ!!」

「お姉さま!!」

「「「白薔薇さま!!」」」

「ねえ、君綺麗な顔してるね?どっか血が入ってるの?」

「離せって言ってるだろ!!」


 拘束を外そうと身体をねじらせる蓉子たち。

 けれど、男の力には勝てない。


 だが、江利子を抱きしめていた男の顔に衝撃が。

 同時に、江利子の身体は誰かに抱きしめられていた。


「「え?」」


 驚いたように後退し、たたらを踏む男。

 見知った感触に、瞼を開閉させる江利子。

 2人の声が、重なった。


「この人は、私のものです。勝手に手を出されては困りますね」

「え?ゆ、祐巳ちゃん?」

「ゆ、祐巳?」

「ゆ、祐巳さん?」


 暴れることも、どうにかしようとすることも忘れて戸惑う蓉子たち。

 それは男達も同じで、動きを止めて目を見開き、祐巳を見つめていた。


「聞こえませんでしたか?この人は、私のものなんですよ」


 それにまったく反応はせず、祐巳はもう一度淡々と告げた。

 表情もすでになく、きつい瞳。


 その変化に驚く男達と蓉子たち。

 けれど、誰よりも驚いているのは江利子だ。


「て、てめぇ!」


 男は逆上したように、鼻血が出たまま祐巳に向かって腕を振り上げる。

 祐巳はそれに慌てたりせずに江利子の身体を離すと、回し蹴りで男のこめかみを蹴った。

 衝撃が脳を震わせたようで、男はすぐに白目をむいて倒れてしまう。


「「なっ!?」」


 驚く2人のうち、蓉子を拘束している男の髪をつかみ、祐巳は男の顔を自分へと向けさせた。


「ぐぁっ!は、離せ!」

「私は言ったはずですが?」

「な、何をだよ!」

「どこかで私を見かけたとしても、総長以外は声をかけてくるな、と」

「「っ!!?」」


 思い当たる節があるらしく、男達はとたんに顔を蒼白にさせた。


「そ、そんなっ!まさか!!」

「ですが、そんなことも守れないような馬鹿だとは、私も予想外です」

「ぎゃぁっ!!」


 力任せ、といった感じで祐巳が髪をつかんだまま男の顔を近寄せ。

 その痛みに男は叫び祐巳の手を離そうとするが、離れるどころかさらに強くつかまれてしまう。


「いっそ、死にますか?」

「きっ、気づかなかったんです!!まさか、特攻隊長だったなんて!!」

「たっ、助けてください!!」


「特攻、隊長・・・・?」


 誰かの、唖然とした呟き。

 やはりそれを気にした様子もなく、祐巳は聖を離して土下座してきた男の頭をつかみ、同じ目線くらいまであげさせた。


「以前、あなた方のように声をかけてきた馬鹿がいましたね。その時私は確か、そいつの顎を砕いたんでしたか?」

「「っ!?」」


 声なき悲鳴をあげる男達。

 その者を、彼らはもしかしたら知っているのかもしれない。


「もう二度と特攻隊長に声をかけたりしませんから!!どうか、許してください!!」

「お願いします!助けてください!!」


 泣き出した彼らを冷めた目で見、祐巳は髪をつかんでいた手を離した。

 それにホッと安堵の息をついた男だったが、足払いをかけられてバランスを崩したところで、顔面に祐巳の膝が。

 続けて、すでに頭から手を離していた男の顎に、ジャンプ後ろ回し蹴りを。


 それは、慣れているような、とても鮮やかな動き。


 口から、鼻から血を流しながら、1人目の男と同じように白目を向いて、男たちは気絶していた。


「祐巳、ちゃん・・・」


 そんな彼らをどうでもよさそうに見ていた祐巳の背中に、かけられた声。

 祐巳が振り返れば、目を見開いて祐巳を凝視する者たちを置いて、江利子が近づいてきた。


 蓉子や聖でさえ初めて見る。

 祐巳にとっては見慣れた、怯えたような顔で。


「さっき、言っていた、私のものって・・・・」


 江利子は震える手で、祐巳の服をつかんだ。

 それは、祐巳の答えに期待するような、怯えたような。


 祐巳はそれに、口端をあげた。

 それから、江利子の腰に腕をまわして引き寄せる。


「このゲームは、私の負けですね」

「え?」

「あなたが私を欲しいと言うまで、そういったことは言わないつもりだったのに」

「っ!」

「あいつが江利子さまを抱きしめたりするから、思わず本心言っちゃったじゃないですか」

「っあなたは、ただ私を弄んでいるだけだと・・・・!」

「だったら、もうすでにあなたを抱いてますよ。大切だから、キスだけで止めているというのに」

「っ祐巳ちゃん!」


 瞳を潤ませて祐巳の首腕をまわす江利子を、祐巳はため息をつきながら抱きしめ返す。

 けれど、やはりその口端は上がっていたのだが。


「好きなの!あなたが欲しいの!欲しいのよ!!」


 江利子らしくなく、感情のままに叫んだ。


「遅いですよ」


 祐巳はそう言って、肩に寄せていた江利子の顔を離してキスをした。

 江利子も、それに応えるように目を閉じる。


 祐巳と江利子は、みんなが見ていようとかまわず、深いキスを交わす。











 後日。


「ゆ、祐巳ちゃん、今度一緒にお出掛け、しない?」

「あ、あのさ、今度祐巳ちゃんの家に行っちゃ駄目、かな?」

「ゆゆゆ祐巳ちゃんの好きな、甘さ控えめのクッキー作ってきたんだけど、食べるっ?」

「ゆ、祐巳、あなた、遊園地などには、行きたくはない?」

「あ、あの、祐巳さん、銀杏の煮物を作ってきたのだけれど、食べて、ほしいの。・・・駄目、かしら?」

「ゆ、祐巳さん!あの動きを教えてほしいの!一対一で!」


 我れ先に、とでもいうように声をかけてきた、蓉子、聖、令、祥子、志摩子、由乃の6人。

 江利子と祐巳はらしくなくはそれにポカン、と口を開き。


 だが、祐巳はすぐに声をあげて笑い、江利子はキッと蓉子たちを睨んだ。


「あはははははははっ!」

「どういうこと、これは」

「くくっ。良いですよ?皆さんのご要望に、すべてお応えしましょう」

「ちょっと、祐巳!!」


 江利子が目を見開いて祐巳を見るが、彼女はにやりと返す。

 蓉子たちさえも魅了した、その笑みを。


「第2ラウンド。今度は、嫉妬して我慢ができなくなった方が負け」

「なっ!?そんなもの、不公平じゃない!祐巳は、私に嫉妬するような状況ではないんだもの!」


 祐巳はそれにやはり口端をあげるだけで、蓉子たちを話しをし始めてしまう。

 蓉子たちは、ニヒルなその笑みに頬を染めながら、嬉しそうに顔をほころばせた。


 江利子はそれを見ながら、本来祥子の十八番であるハンカチを切り裂く、という行動を起こしていた。

















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