【ゲーム】





























 江利子は、ドキドキとしながら仕事をこなしていた。

 本来ならばそんなに率先してするほうではない。

 けれど、そうやって誤魔化していなければ、彼女をジッと見つめてしまいそうだから。






「・・・こ・・ま・・・・りこ・・・ま・・・・江利子さま」

「・・・・・何かしら?」


 彼女から声をかけられていたことに気づいて、私は内心慌てたのを隠して彼女を見た。


「他の方々はいついらっしゃるんですか?」


 私だけでは不満なの?

 そんな、らしくないことを思ってしまう自分を、気持ち悪いと感じる。


「蓉子は先生に呼ばれただけだし、由乃ちゃんと志摩子は掃除でしょうね。令は部会よ。聖はそこらで生徒たちに囲まれているんじゃない?祥子はお家に用事らしいわ」


 あなたの、お姉さまは、ね。


「そうですか。なら・・・・」


 そう言って、あの子は私へと近づいてくる。

 ドキッとしたそれを、隠して書類に目を向け、興味を失ったように振舞う。


 けれど。


「なら、あなたを抱きしめる時間があるわけですね」


 それは、彼女の淡々とした声に脆く崩れ、私の体は氷のように固まった。

 続いて抱きしめられ、凍った私の体は面白いくらいに熱くなる。

 それでも、固まりは溶けないのだけれど。


「いつも、あんなに余裕そうなのに、どうしたんですか?」


 耳元で囁かれる言葉に、私は何も答えられない。

 今私の体で動いているところは、心臓だけ。




 彼女は、福沢祐巳。

 一見平凡な、「普通」と称する他ない子だけど。

 私も実際そう思っていて、興味なんてあまりなかったけれど。


 それは、祐巳ちゃんの思う壺で、わざとそう振舞っていると知ったのは彼女が祥子の妹(プティ・スール)になった頃。

 祥子の妹(プティ・スール)になったとしても、あまり祐巳ちゃんに興味をもってはいなかった。

 それが変わったのは、彼女のあんな場面を見たから。


 喧嘩をする祐巳ちゃんの姿。


 その時の祐巳ちゃんは私服で、髪もツインテールではなく、帽子を深くかぶっていて。

 一見すると男の子のような格好をした彼女は、見ただけで不良とわかるような格好をした人たちと殴り合っていた。

 それを、私はバレないようにしながら見ていたのだ。


 その時私はまだ彼女だと気づかなくて、ただ初めて見た殴り合いの喧嘩というものを観察していただけ。

 けれど、彼らが倒れた後、帽子を脱いで口端を拭ったその姿をみて、私はようやく彼女が祐巳ちゃんだと知った。


 思わず言葉をこぼしてしまった私に気づいた彼女。

 目が合って、それから私と彼女の秘密の関係が始まった。


 あれ以来、彼女は私と2人きりの時、決まって私の心をかき乱すようなことをする。




「心臓、ドキドキしてますよ?」


 顔を熱くさせながら、私は本当に悔しくて仕方がない。

 完璧に騙されていた自分に。


 言い訳をするなら、普通は気づかないわよ。

 誰が気づく?

 にぱっとした笑顔を浮かべて。

 何を考えてるのかすぐにわかる百面相で。

 何かしら馬鹿な部分があって、聖に抱きしめられると怪獣みたいな悲鳴をあげる子。


 それが本当は、暴走族の特攻隊長なんてものをしていて。

 喧嘩が強くて、冷静で、


 ・・・・・にやりと笑うその姿が、とても魅力的、だなんて。


「私を、気にかけてくれているんですか?」

「・・・・別に、そんなことないわ」

「そのわりには、ドキドキうるさいですよ?」


 背中に、祐巳ちゃんの顔が押し当てられるのを感じた。

 吐息も感じて、肌が粟立つ。


「気のせいよ」

「本当ですか?」

「っ!」


 耳元で囁かれ、自分の肩がびくりと震えたのがわかった。

 ボールペンを持つ手が、震える。

 その手に、祐巳ちゃんの手が重なって、さらに肩が震えた。


 もう、なんなのよ!

 私らしくないし、こんな子だって初めて見たときは予想してなかったわよ!

 私が、2歳も年下の子に翻弄されるなんて!


「可愛いですね、江利子さまって」

「・・・年上をからかうものじゃないわ」

「からかってなんていませんよ」


 ボールペンを持つ手が引き寄せられて、祐巳ちゃんがそこにキスをしてきた。


 ドクン!

 低くて重い大きな波が、私の体中を駆け巡った。


 意地の悪い笑みが、私を見ている。

 ゲームで遊ぶ子供のような笑みが。


「・・・やめ、なさいっ」

「本当、可愛い」


 近づいてくるその顔を、両手で押し返す。

 けれど、手首をとられ、いつも喧嘩をしているらしい彼女の力に敵うはずもなく、後ろに回されてしまった。


「離しなさい・・・!」

「欲しいくせに」

「欲しくなんてないわっ」

「そんな潤んだ目をして、何言ってるんですか。欲しいんでしょう?私が」


 どくどくとうるさい私とは反対に、祐巳ちゃんは落ち着き払った、子供の目をする。

 無邪気で。

 純粋で。

 とても、残酷な瞳。


 私が欲しいといえば、すぐに興味をなくし、違う者を標的にして遊ぶ。

 とても、恐ろしいゲーム。


 柔らかな感触を唇に感じて。

 深くなっていくキスに。

 私は、知らず知らずのうちに、腕を祐巳ちゃんの首にまわしていた。


 それでも私は、彼女に絶対、好きだなんて言葉を、言いはしない。




































 初めは、見られちゃった、っていう思いだけだった。

 それだけで、慌てたりなんてしなかった。

 別に、いつかばれると思ってたし。


 けど、あの人はそれを誰かに言ったりはしなかった。

 だからそれを利用して、隠してたものをその人の前でだけはさらけ出して。

 そうすればほら、あの人は酷く狼狽するから。


 それが、面白いって、思ってただけだったのに。


 いつの間にか、その狼狽する姿が可愛いだなんて、本気で思うようになっていて。

 髪の毛一本一本にも、キスしたくなっていて。

 この人を抱きたい、だなんて思うようになっていて。


 自分が、誰かを好きになるなんて、絶対にないと思っていたから。

 だって、人なんて嘘つきで我侭で、醜いから。


 なのに、自分でも不思議に思うくらい、江利子さまが愛しい、だなんて思うようになっていた。


「やめて、祐巳ちゃん」


 あなたの目はいつだって、そんな私に気づかないで怯えた色を宿していましたね。

 私の心がすでに変わっているとは知らずに、あなたは私に飽きられやしないかと怯えていて。


 そんな江利子さまが、とても可愛い。


 だから、私はあなたを形成する全てを奪いたいんですよ。

 心も。

 体も。


 けど、そんなことは秘密です。

 怯えながらも、私を求めるあなたが可愛いから。


 そう、これはゲームなんですよ、江利子さま。


 あなたが、私の心に気づいて気持ちを告げるか。

 それとも、私が我慢できず、あなたに愛を告げるか。


 もっとも私は、勝つ自信がありますけどね。





 あなたが根を上げるまで、私は愛しいだなんて、絶対に言いませんよ?










 









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