【再会】
私がまだ幼稚舎の頃。
年下の、小さな友達がいた。
短い手足で、いつも私の後を追いかけてきてくれる子。
にぱっと、ひまわりのような笑顔が、私はとても気に入っていた。
「えぃこねぇた」
舌っ足らずの声で、私を呼ぶその言い方が、とても気に入っていた。
私があの子の名前を呼んで手を差し出すと、嬉しそうに抱きついてくる。
そんな、柔らかな体を抱きしめるのが、ひそかに気に入っていた。
私がそっぽを向くと泣きそうになるのに、私が微笑みかけるとすぐに満面の笑みになる。
一つ一つの私の動作で、喜怒哀楽が激しくなる、そんなコロコロ変わる顔が気に入っていた。
だから、幼稚舎を卒業する時、そんなあの子と会えなくなるのが、寂しくて、悲しかった。
絶対に、先生に抱き止められながらも、泣き叫んで私に両手をだす彼女には、言わなかったけれど。
言ってしまえば、自分も同じように周りを無視して、泣いてしまうような気がしたから。
それから2年、私はあの子がいないつまらなさを紛らわす何かを探しながら過ごしていた。
そして、ようやく3年生になって、あの子が小等部にあがってくる。
嬉しくて楽しみで、仕方がなかった。
だって、あの子の家と私の家は結構離れていて、子供の私がそうそうに行ける距離ではなかったから。
なのに、あの子は入学生の中にいなかった。
どれほど落胆したことか。
1年生のクラスを見回っても、あの子はいなくて。
それをわかっていながら、何度も、何度も、1年生のクラスをみて回った。
それは、私の学年があがっても、変わることのない行動だった。
中等部にあがって、さすがにそれをすることはなかったけれど、常にあの子がいないかを探していた。
高等部にあがっても、諦めずにそれをして。
何か一つに、ここまで執着したことはない。
けどそれは、蓉子にも聖にも、令にさえも秘密のこと。
言ってしまうと、これから先絶対に会えないような気がするから。
自分で言っていて、らしくないなんて思うけれど。
けど、自分らしさを見つける前に出会った彼女のことだから、それでも良いんじゃないか、なんて思ってもいるわ。
志摩子はその日、学校から帰ってくると、父親に会ってほしい人がいる、と言われた。
不思議に思いながらも客間に行けば。
藍色の着物を着た、漆黒の髪をかんざしでお団子に止めている、背筋の伸びた少女が正座して座っていた。
「待たせたね」
「失礼します」
父親は笑顔で、志摩子は緊張しながら、その少女の前に座る。
少女はそれに、にこと、控えめな、清楚で落ち着いた笑みを返してくれる。
志摩子はそれに見惚れるように見つめてしまう。
「この子は、娘の志摩子といってね、今年リリアンの高等部にあがるんだ」
「そうなんですか。お綺麗な方ですね」
「い、いえ、あなたの方がっ」
自分が見られていることに気づき、志摩子は慌てふためきながら、何とかそう返した。
相手の少女は、そんな志摩子に笑みを深め、さらに志摩子の動機を早くするのだからたまらない。
「ありがとうございます」
「ははは。娘を気に入ってくださったようで、嬉しいですな。これなら、これから志摩子とも仲良くできますな」
「え?」
志摩子が驚いて父親を見れば、そうだった、と父親は笑った。
「私の知り合いが宮司を勤めている神社があるんだが、彼女はそこで巫女を勤めている子でな」
「巫女って・・・」
「彼女のご両親が、彼と古い知り合いにあったらしいんだが、彼女が5歳の頃、ご家族を亡くされてね。親族もおらず、引き取り手のいなかった彼女を、彼が引き取ったらしい」
志摩子が目を見張って少女を見れば、少女はそんな経験があったなどと感じさせない、優しい笑みを見せた。
「だが、5歳からずっと外に出ることなく巫女をしていた彼女に、外の世界を見せてやりたい、と頼まれたんだ。正式に巫女になれるのは高校卒業後からだから、卒業ま
で、うちで暮らすことになったんだ」
「その間にやりたいことを見つけられたらそれも良し、見つけられなければ正式な巫女となると義父と約束を交わしました」
「そういうことだ。すまなかったな、勝手に決めてしまって」
「もちろん、他に住む場所が決まれば、そちらに移住するつもりですので、短い期間だけでも、お許し願えませんでしょうか?」
静かな声。
志摩子は、自然と頷いていた。
「かまいません。けれど、学校はどこに」
「それなら、志摩子と同じリリアンに入るらしい」
「え!?けれど、リリアンはカトリックでは!?」
驚きの声をあげる志摩子に、少女はにこと。
「学園長にその旨を話したところ、問題はないとのお返事をいただきました。何より、リリアンに入ることは亡き母の望みでもあります」
「そう、ですか・・・」
それを言われてしまえば、特に後者の理由は、志摩子にはそれ以上いう権利のない内容。
そんな志摩子の頬に、少女の手が。
「リリアンがカトリックであり、私が巫女であったとしても、相手方は入学を許可してくださった。それが、覆すことのできない真実なのではないでしょうか?」
「え・・・・」
「あなたは、私が巫女だからと、リリアンに入る私を断罪なさいますか?」
「そんなこと!」
「ええ、そうです。・・・・・志摩子さま、あなたが思っているほど、世界は無慈悲ではありませんよ」
志摩子は、ポロリと、瞳から涙を流した。
父親はそれに目を見張って驚き、少女は優しく笑みを深めた。
江利子は薔薇の館に行く道すがら、いつものように探し人を探す。
それはもはや、癖ともいっても良いほどに、自然な動きで。
挨拶をしてくる生徒たちに、慣れたように挨拶を返しながら。
その時目に入った、前からやってくる2人の少女たちの姿。
2人のうちの片方、黒い髪を後ろで結っているらしい少女を見て、江利子は目を見開いた。
「っ祐巳!!」
叫んだ江利子を驚愕のまなざしで見つめる彼女たちを無視して、江利子は一直線に駆け出していた。
相手の2人も、驚いたように江利子を見、そして片方が軽く目を見張る。
それは、江利子が祐巳と呼んだ少女だった。
「祐巳!!」
飛びつくような勢いで、江利子は少女を抱きしめた。
少女は微かにたたらを踏むが、驚きながらも江利子を抱きとめる。
「江利子おねえ、ちゃん・・・?」
「祐巳っ、祐巳!」
相手が自分を呼んだのを聞いた江利子は、確信をいだき、さらに強く抱きしめる。
それを感じ、少女も強く江利子を抱きしめた。
まるで、失った時間を取り戻すかのように。
だが、とり残されたかたちとなったもう一人の少女、志摩子は混乱をきたし、あたりをキョロキョロ。
顔全体に、ど、どうすれば良いのかしら?なんて文字さえ浮かんでいるように見える。
けれどそれは、周りで見ていた生徒たちも同じ。
それでも、その光景が絵になるほどに美しいため、さりげなく心のフィルムに収めようと心の中でシャッターを押していたりする。
それも連射で。
とりあえず、場所を移して、3人は温室に。
「祐巳、あなた、変わったわね」
江利子が隣に座る祐巳の漆黒の髪を撫でながら、ポツリ。
自分の気に入っていた笑顔がないことが、少し残念。
「江利子さまは、お変わりありませんね」
「あら、さっきみたいに呼んでくれないの?」
「・・・・・それは、恥ずかしいですから」
頬を桜色にして目をうつむかせる祐巳。
黒い髪に白い肌。
それらに桜色が映え、なんと美しいか。
可愛い!!!
江利子は叫びたくなる衝動を抑えながら、残念だわ、と微笑む。
「あの、江利子さまと祐巳さんは、どういったご関係が・・・・」
「幼稚舎の頃、友達だったのよ。ヒナみたいに私のあとを追いかけては、「えぃこねぇた」って!わかる?江利子の”り”が言えなくて、”ぃ”になってたあの舌っ足らずの可愛さ!」
「・・・・・とっても!!」
何を想像したのか、志摩子は数秒のち、顔を赤くしながら力強く頷いた。
それを聞き、さらに顔を赤くさせてさらにうつむく祐巳。
「そっぽを向くととたんに泣きそうになるのに、私が笑顔を向けるととっても可愛い笑顔を返してくれて!祐巳、と呼ぶと嬉しそうに抱きついてきたわ!思い出すだけでも、身悶えしちゃいそう!」
「羨ましいです、江利子さま!」
なんだか妙に意気投合する江利子と志摩子。
反比例して、祐巳がさらに赤くなっていく。
「その時の写真がこれよ!」
どこから取り出したのか、ファイルを胸に抱きしめる。
「この中には、祐巳を形成する可愛らしさが全て詰まっているの!」
「見たいです!」
「志摩子ちゃんには特別よ?」
無駄に勢いよくファイルを開き、志摩子は横からそれを覗き込む。
「祐巳さんの泣き顔、可愛い・・・・!」
「寝顔もあるわよ!」
「可愛い・・・!!」
かなり盛り上がる江利子と志摩子。
祐巳は顔を赤くしながら、2人の後ろから恐る恐る覗き込んだ。
「っ!」
今ではもう浮かべることがないであろう、たくさんの表情。
その時の情景を、こと細かく説明する江利子。
羨ましそうに話しを聞き、かじりつくように写真を見つめる志摩子。
祐巳は一気に耳まで真っ赤にし、その写真から目をそらすように顔をそらしてもとの位置に座り、赤くなった両頬をおさえる。
江利子はそれに気づき、志摩子が写真に集中しているのを見ると、にやり、と笑い、祐巳の前にかがみこんだ。
「祐巳」
あ、と顔を上げた祐巳。
同時に両手に重なる手。
そして、唇には柔らかな感触。
「っ!!?」
祐巳は目を見開き、体を固まらせ。
それを良いことに、江利子は啄ばむようなキスを繰り返した。
いつの間にか祐巳も、目を閉じてそれを受け入れている。
離れていくのを感じて祐巳がゆっくりと目を開ければ、息さえも届きそうなほど近くに江利子の顔が。
「私は、運命を信じてるのよ、祐巳」
「一度はなれて、私たちは再会した」
「けれど、今度こそ私はあなたを離さないわ」
きゅっと手を握られ、その甲にキスをされる。
「離さないわよ、祐巳」
「私はあの頃より、我侭で、自己中になったの。あなた限定でね」
「江利子さま・・・・」
うっとりとした祐巳の顔。
頬も赤く。
それはとても扇情的で、江利子は欲望を抑える。
「愛してるわ、祐巳」
江利子はもう一度、キスをした。
そして志摩子は、後ろでそんなことが行われているなんて気づかず、相変わらず可愛い、なんて呟きながら写真を見つめるのだった。
祐巳の将来。
それはこの時点で、すでに決定したのかもしれない。
いや、かもしれない、ではない。
祐巳の将来は、この日、決定したのだ。
少なくとも、義父の神社に戻り巫女にはならない、という未来は。
あとがき。
拍手にて、江利子が祐巳に激ラブ、なリクエストをいただいたのですが。
なったんでしょうかね(汗
前半は、志摩子が主だったような気がしないでもないですが・・・。
一応、一話完結?です。
ブラウザバックでお戻りください。
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