【ありがとう】




























「それじゃあ、祐巳ちゃんは拉致られたの!?」

「そういうことになりますね」


 行方不明になた経緯を説明をすると、聖は驚きと苛立ちを併せ持った表情で、勢いよく立ち上がった。

 けれどそんな表情をしているのは聖だけではなく、祐巳という人物を知り、愛している者たち全員だった。


「私は連れ去られた直後から意識はあまりなく、それから10時間ほど前に目を覚ましたんです」

「それから今まで、祐巳ちゃんは何を?」


 祐巳の手を握ったまま、蓉子が問いかけてきた。


「目を覚ましてから、施設に残っていた資料をあさったあと、施設にいたアンデッドたちを倒し、武器を持って外に出てきました」

「アンデッドってのは、外にいるやつらのことか?」

「はい。こうなった原因は、1人の学者による失敗です。誤って、死ぬ直前の実験体にT−ウイルスを投与してしまったことが始まりであったようです」

「それで、こうなっと言うの?」

「正確に言えば、そうではありません」


 え?といった顔をする蓉子たち。


「間違えでも、人が生き返るというのは当然新発見でした。彼らは他にも、生きているもの・死んだもの・大人・子供・男性・女性。様々な人間に投与し、実験を繰り返しました」

「・・・・・・・・・・」

「投与した者たちに報告書を書かせ、診察し、体内で何が起こっているのかを研究し続けました。初期症状は、全身の痒み・発熱・意識レベルの低下。その後、大脳新皮質の壊死に起因する、知性・記憶の欠如と代謝の異常による食欲の増大を引き起こすそうです」

「食欲?」


 首をかしげる聖を筆頭にした者たち。

 祐巳はそれに一つ頷いた。


「新陳代謝が異常に加速するため、栄養を常に求めます。その栄養を取るには、私たちにも欠かせない食欲へと繋がります」

「ということは、たくさん食べるってことよね?何を?・・・・・まさか・・・・!」


 由乃は目をかっを見開き、震える声をもらした。

 祐巳はそんな由乃をそっと抱きしめ、頭を撫でた。

 まるで、何も怖くない、と体で表すように。


「食欲を満たす方法は、皆さんもお察しのとおりです」

「祐巳ちゃん。T−ウイルスについて、もっと詳しいことを教えてくれる?なぜ生き返るのか、とか。知っているんでしょう?」


 江利子が珍しく真剣な顔で祐巳に問いかけ、祐巳は由乃からはなれ、はい、と答えた。

 その直後、蓉子がまたしても祐巳の手を握り。

 祐巳も微笑をかえしながら、その手を握り返した。


「もともとそのウイルスは、医療用に開発されたようです。それに目をつけたのが、私を連れて行った機関で。そこではそのウイルスをベースに、様々なウイルスを組み合わせ、T−ウイルスを作った、と資料に残っていました」

「・・・・・・・・」

「T−ウイルスとは、『Tyrant』、暴君の意味を持つウイルスです」

「暴君・・・・」


 嫌な名前、令が静かに呟く。


「死んだ後も人間の肉体は活動を停止することなく、髪や爪あとに新しい細胞が生まれます。脳の中にもほんのわずかながらの電気エネルギーが残され、それが完全に消えさるまでに数ヶ月かかるといいます」

「T−ウイルスは、人体の細胞と、脳に残された電気信号に強い刺激を与えて活性化させます。つまり、簡単に言うと、死体を復活させる、ということです」


「それによって、死者が生き返る・・・・」


 明智に、祐巳は頷いて返した。


「ですが、完全にではありません。死体は肉体的な活動を続けるだけでしかないんです。記憶は多少あるかもしれませんが、人間的知能はまったくないと言っても良いんです」

「もっとも基本的な本能に従い、もっとも基本的な欲求を満たすために活動する」


「それが・・・・」

「はい。食べる、という欲求です」


 江利子に強く頷くと、深い沈黙。


 それを破ったのは明智。

 明智は銃を握りしめ、真剣な顔で祐巳を見た。


「あいつらを殺すには、どうしたら良い」

「脳に損傷を与えるか、首への損傷がもっとも有効な方法だと資料には書かれていました」

「それ以外には?」


「ないようです。足や腕、心臓を撃ったとしても、活動命令を出しているのは脳ですし、何より彼らの心臓はすでに停止しているので、意味をなしません」

「ましてや、彼らがそれによって一時的に活動を停止したとしても、それは人でいう仮死の状態であり、彼らにとっては休眠の状態です。その間、アンデッドの体組織は再構成を行い、さらに強靭な肉体へと変貌、さらに凶暴性も増し、こちらにとって不利になるので、倒す時は頭を撃って倒してください」


「死んだ人にも、そのT−ウイルスは感染するのね?」


 祐巳は、蓉子に曖昧に首を横にふった。


「完全に活動を停止した死体、正確に言えば、半年以前に死んだ者の死体にはT−ウイルスは感染しません。もっとも、資料が確かならば、ですが」


「・・・・それで、君はなぜ拉致を?」


 明智のその言葉は、もしかしたら全員が聞きたくて。

 けれど、恐れて口にしなかった疑問なのかもしれない。


「・・・・・予想されている方もいるかもしれませんが、私はT−ウイルスを投与されています」

「っ!!」


 やっぱり。けれど、そんな。


 蓉子たちは唇を噛みしめ、うつむいた。

 祐巳の手を握る蓉子の手が、痛い。

 それはもしかしたら、蓉子たちが感じている心の痛みを表したものなのかもしれない。


「それなのに、なぜ嬢ちゃんは生きてるんだ?」

「投与された全ての人間がアンデッドになったわけではありません。T−ウイルスに侵されたものには全員、ある条件がありました」

「条件?」

「それは、心身ともに衰弱していることです」

「というと、元気な人間には意味をなさない、ということ?」


 由乃に答え、江利子に祐巳は頷く。


「はい。そして、10人に1人の割合で、T−ウイルスの抗体を持っている人が存在します。その人間は、アンデッドに襲われたとしても感染することなく生き延びるか、そのまま死ぬかのどちらかです」

「私の場合、他の人とは違う特異な遺伝子を持っていたらしく、彼らはそれを目的に私を連れ去ったようです」


「特異、というと?」

「T−ウイルスと細胞レベルで接種し、それによって起きる異常を、体細胞が再構築することによって体に適合させる、という遺伝子です」

「????」


 疑問を浮かべる由乃と明智を筆頭にした者たち。

 祐巳はそれに苦笑した。


「簡単にいうと、人ではないモノになった、ということです」

「人ではないものって・・・・」


「以前の私は、銃なんて使ったことなんてありません。使うために筋肉だって、当然存在していませんでした。にもかかわらず、なぜ簡単に扱い、なおかつアンデッドたちを武器もなしに倒すことができるのか」

「彼らは、体内に入ってきた遺伝子を取り込み、さらに進化する私の遺伝子に目をつけ、様々な情報を宿した遺伝子を投与したらしいんです。記述には、銃の扱いに長けている人間、武術に長けている人間、知識に富んでいる人間。ゆうに、100はあるであろう人たちの遺伝子を、です」


「なんてやつらだ・・・・!」


 ぎりっと聖は唇を噛みしめ、それによって噛み切れた唇から血が。

 祐巳はそんな聖の唇を親指で拭う。


「今の私の性格に、違和感があるでしょう?」


 驚いたように祐巳を見た聖たちはそれを聞き、目をうつむかせた。

 祐巳は知らないが、それは先ほど、江利子が指摘した部分だ。


「私の憶測ですが、様々な遺伝子と適合した結果ではないかと、私は思っています。きっと、もとの私では、精神的にもたなかったのでしょう。そのために、自己防衛として、精神がそれに合わせたものとなってしまった」


 震えた声。

 蓉子たちがハッとして祐巳を見れば、祐巳は自らの体を抱きしめていた。

 震えた、自らの体を。


「自分でも、気持ち悪いんです。・・・・アンデッドを見ても、なんとも思わなくて。昔なら、恐怖を感じるはずなのに、ずっと、冷静なんです・・・っ」


 たまらず、由乃と蓉子は祐巳を両側から抱きしめていた。


「祐巳さん!祐巳さんはどんなに変わっても、祐巳さんよ!わたしの大親友で、かけがえのない人で、大好きな人なんだから!」

「そうよ。何も恐れることはないわ。今のあなたがあなただというのなら、それが真実で、私の可愛い孫の福沢祐巳であることには変わりはないの」

「由乃ちゃんと蓉子のいう通りよ、祐巳ちゃん。あなたは、変わらず私の面白おもちゃなんだから」

「そうそう。わたしの抱き枕でもあるんだぞ〜」


 続いて江利子と聖も抱きしめてくれる。


 明智はそんな彼女たちに男くさい笑みを浮かべ、祐巳の頭をぽんぽん、と叩いた。


「ま、なんだ。俺は今日初めて会ったしな、今の嬢ちゃん以外知らんからよ。とにかく、若いやつが、んなこと気にすんなよな」

「・・・・・ありがとう」


 祐巳はそれこそ、かつていつも浮かべていた、満開のひまわりのような笑顔を浮かべた。





















「この後はどうしますか?」


 祐巳が注射器のようなものを片しながら、明智に問いかけた。


 何をしていたのかというと、祐巳が施設からもってきたT−ウイルス抗体のワクチンを蓉子たちに打ったのだ。

 それは、感染を防ぐことができる、抗体のない人間に抗体をつけさせる薬。

 それを投与していれば、噛まれたり引っかかれたりしてもアンデッドになることがないもの。


 何を隠そう、それは、数時間前、施設にいたアンデッドたち全員を殺した後、祐巳が自らの血液で作り出した完全なるワクチンだった。

 もちろん、害が及ばない、副作用なども一切ない。

 それを、30分ほどの間に計算に基づいて作り出したのだ。

 様々な遺伝子と適合した(させられた)、副産物といえるだろう。


「どうしましょうか・・・・」

「もし考えていないのでしたら、お姉さまや志摩子さんたちの安否を確認したいのですが」


 あ、といった顔で、蓉子と聖が慌てて携帯を取り出した。

 だが、祐巳はそれに待ったをかける。


「携帯はやめましょう。もしお姉さまたちが隠れていたとしたら、彼らに居場所を知られてしまいます。何より、彼らは音に惹かれて動きますから、あちらの状況がわからない以上、こちらからかけるのは得策ではありません」


 唯一アンデッドの特性を知っている祐巳に言われてはどうしようもない。

 蓉子と聖は、心配の表情を浮かばせたまま、携帯をしまった。


「じゃあ、その嬢ちゃんの姉の家に行ってみるか。まだその家には行ってないんだろ?」

「ええ」

「ありがとうございます」


 顔をほころばせる祐巳に、蓉子たちは微笑みあった。

 ずっと一緒にいたころよりもかすかなものだが、蓉子たちにとって祐巳の笑顔は元気のもと。

 それは、どんな笑みでも変わることがない。

 ただ、祐巳が笑うだけで、その場が明るくなるのだ。


「っ!?」


 その時、祐巳が勢いよく立ち上がった。


「祐巳さん?」


 まくっていた袖を戻していた由乃は、目の前で立ち上がった祐巳を不思議そうに見上げる。

 祐巳はそれに答えず、会議室から飛び出してしまう。


「祐巳ちゃん(さん)!?」

「嬢ちゃん!?」


 慌てて全員が祐巳を追い、1階へとおり。

 そして、絶句した。


「なんて、こった・・・・」

「やめなさい!」


 明智の呟きが、祐巳の声によって掻き消える。


 その場は、まさに血の海と化していた。

 署内にあったであろうナイフで、互いを差し合って絶命している夫婦。

 恋人であろう男女。

 親子であろう子供と大人。


「なにを、やっていらっしゃるんですか?」


 祐巳は、1人の恐怖に震える幼子を抱きしめながら、母親らしき女性に、静かにそう問いかけた。

 半狂乱となった、血走った目、けれどそこには涙が溢れ出ていた。


 ナイフを振り上げていた女性のその手を祐巳がはたき、幼子を守ったのである。


「止めないで!!あいつらに殺されるのなら、目の前で娘が殺されるのを見るくらいなら、いっそ一緒に・・・・!!」


 ――― パシン


 乾いた、軽い音。


 思わず、蓉子たちは肩をびくつかせた。


「そんなの、あなたの我侭でしょう?この子は、生きたいとそう願っている。だから、こんなにも震えているんです」


 凛とした声。

 紅薔薇のつぼみの妹でしかなかった祐巳は今、蓉子と同じくらいの威厳を持っていた。


「母親だからと主張するのならば、守るべきではないのですか?何があろうとも、自分の命をかけてでも守る。それが、愛しい我が子を思う母親というものでしょう?」


 嗚咽をもらし、祐巳の服をぎゅっと抱きしめる幼子を、先ほど蓉子にしたように、優しく包みなおす。

 それでも、祐巳の目は母親を鋭く見ていた。


「確かに、それも愛でしょう。けれど、それしか選択肢がないなどと、なぜ言い切れるのですか?」

「なら!あなたはどうしろというの!?私は、いつだってこの子の為に命をかけられるわ!!けど、残ったこの子はどうなるの!!」

「なぜ、あなたは自分が生き残らないことを前提に物事を考えるのです?」

「こんな状況で、私たちが生き残れるはずがないじゃない!!」

「生き残りますよ」

「え・・・・?」


 微笑むその表情。

 女性は、その笑みに見惚れるように、言葉を失った。


「私が、必ずあなたたちを助けます。生きて、この地獄から救い出します」


 それは、確信にあふれた声。

 見る者をその気にさせる、そんな目、笑みだった。


「絶対に」


 女性自身、意味のわからない涙を流し、女の子は女性に抱きついて声をあげて泣きだした。

 女性も我が子を抱きしめる。


 祐巳はそれを見て、小さく安堵の息を。



「・・・・救世主、だな」

「ええ、そうね」

「カッコよくなっちゃって〜」

「ふふ。祐巳ちゃん、戻ってきてからさらに良いわね」

「「祐巳さん(ちゃん)、カッコイイ・・・・」」


 とりあえず、周りの状況を見て見ぬふりしながら、明智たちは笑いあった。



 しかし、その決意の裏に隠れた祐巳の陰に、気づくものはいなかった。

 悲しくも優しい、その陰に。
 





















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