【ようやく叶ったこと】





























「おい、アリシア、どうしたんだ?こんなところに呼び出して」

「あまりここ、来たくないのに・・・・」


 かつて、祐巳が練習を教えてくれた場所。

 毎日のようにきていたそこは、あるときから3人がもっとも近づきたくない場所となった。

 それは、祐巳が消えてしまったその日から。


「競争、しましょう」

「は?」

「え?」


 うふふ、と不機嫌そうな晃と、嫌そうな雰囲気をまとうアテナとは違い、いつものように微笑むアリシア。

 アリシアだって、ここに来るのを嫌がっていたはずなのに、と2人は驚いてしまう。


「あの時のように、競争しましょうよ」

「・・・・・やってられっか」

「アリシアちゃん、ごめんね」


 踵を返す2人。

 そうさせるのは、ここに嫌な思い出が色濃く、いまだ2人の心の中に残っているから。

 けして、そればかりではないはずなのに、楽しかった思い出のほうが多いはずなのに。

 それでも、それを帳消しにしてしまうほど、祐巳がいなくなった場所、というのは2人にとって、否、3人にとっては重い事実。


「お願い、晃ちゃん、アテナちゃん。やってほしいの」


 ゴンドラに乗り込もうとする2人の腕をつかみ、アリシアは引き止める。

 あまり見ない、真剣な表情で。


「・・・・・・・・1回だけだからな」


 それに根負けしたようにため息をはく晃と、小さく頷くアテナ。


「ありがとう、2人とも」


 それに、アリシアは嬉しそうに微笑んだ。


 そんな3人を、隠れてみていた祐巳は今すぐにでも飛び出したい衝動を、どうにか抑えていた。

 あんな悲しそうな顔をさせる原因は、間違いなく自分。

 けれど、やりたかったのだ、祐巳は。

 あの時、嬉しそうに、頑張りながら舟(ゴンドラ)をこいでいた3人の前から、自分の意思ではなくとも消えてしまったから。

 もう一度、あの時の再現を。

 今度こそ、やりたい、と。


「よーい・・・・スタート!」


 あの時とは違い、アリシアが号令をかける。


 初めはやる気のなかった2人はけれど、当時のことを思い出したように真剣な顔でこいでいく。

 三大妖精とうたわれる彼女達は、一列に並んだままスタート地点でありゴール地点へと目指す。


 しかし。


「・・・・・・やっぱり、やだ・・・」

「・・・・・・・・・・っ」


 急に、ゴール目前で晃とアテナの舟(ゴンドラ)がとまった。

 それを見て、アリシアも舟(ゴンドラ)をとめて、少し後方にいる2人を振り返る。


「晃ちゃん?アテナちゃん?」

「嫌だ!!」

「晃ちゃん・・・」


 茜色に染まった空の中、晃の悲痛な叫び声が響く。

 それは、祐巳にも聞こえていた。


「あそこに行ったって、祐巳さんはいないんだぞ!!どんなに頑張ったって、あの人はいなかったんだ!!!」

「行きたくない・・・・。また、あの悲しみを味わいたくないわ・・・・」

「晃ちゃん・・・アテナちゃん・・・・」


 晃に続く、アテナの小さな声。

 アリシアだって当時、2人と同じ思いを感じた。

 今だって、本当は怖い。

 また、いなくなっているのではないか、と。


「っ3人とも!頑張れ!!」


 とうとう、祐巳は耐え切れずに飛び出していた。


 3人の耳に届く、求めてやまなかった人の声。

 弾かれるように3人がゴールである小島に目を向ければ、そこには祐巳が立っていた。

 ハッとしたように顔をあげる3人。


「もう20分過ぎちゃうよ!!」


 そんな言葉、3人には聞こえていなかった。


「「祐巳さん!!」」

「姉さん!!」


 必死に漕ぐ。

 向かう先は、大好きだった人のいる場所。


 そこにいるのは、三大妖精とうたわれた水先案内人(ウンディーネ)たちではなく、祐巳がいなくなった当時のままの心を持った子供だった。

 当時、できなかったことのように、一瞬だけアリシアたちにかぶる、かつての小さな姿。


 舟(ゴンドラ)を岸に寄せるとか、そんなこと考えなかった。

 近づいた瞬間、3人は同時に小島に飛び移り、その勢いのまま祐巳に飛びついた。


 自分よりも身長の高い彼女達に、耐えられず祐巳は地面に倒れ。

 けれど、しっかりと3人を抱きとめていた。

 かつてのように、3人の頭を撫でた。


「・・・・頑張ったね、晃、アテナ、アリシア」


 それが引き金だったように、3人は泣いた。

 互いには絶対に泣き顔を見せることはなかったのに。

 どんなに辛くとも、悲しくとも、誰にも涙なんて見せなかったのに。

 目の前にいる大事な人の前では、そんな意地は脆くも崩れ去る。


 泣きながら、晃は思う。


 戻ってきたら、一発殴ってやろうって、そう思ってた。

 そう思うたびに、泣きたいくらい悲しくなって。

 そんなの、私らしくないから、ずっと強がってたんだ。

 それなのに、この人は当時と変わらない笑顔で笑うから。

 それなのに、この人は当時と変わらない優しさで頭を撫でるから。

 怒りとか、腹立たしさとか。

 そういったものは、湧き上がってこなくて。

 あるのはただ一つ。

 体が震えるほどの、歓喜。


 アテナは思う。


 絶望だった。

 一番に着いたのに、姉さんはいなくて。

 頭を撫でてくれる優しい人は、いなくなった。

 そのことを思い出さない日なんて、この数年間一度もなかった。

 もう、一人で泣くことに慣れてきていて。

 だからといって、姉さんがいないことにはまだ慣れてなくて。

 本物なのよね?

 そんなこと、聞かなくても私の体が覚えている。

 姉さんの持つ、優しい雰囲気を。

 姉さんの、柔らかな手を。

 ・・・・・姉さん、涙が止まらないの。







































「大きくなったね、3人とも」

「祐巳さんがちっさいままなんだよ」


 祐巳の言葉に、晃はそっぽを向きながら不機嫌そうに言う。

 それに苦笑しながら、祐巳はそっと晃の長い髪を撫でた。


「晃、ずいぶん髪が伸びたんだね」


 それに答えず、晃は頬を染めるのみ。


 晃の髪が長いのは、願掛け。

 祐巳が、戻ってきますように、という。

 だから、祐巳がいなくなって以来、一度も切ったことがないのだ。


「・・・・・姉さん」

「うん?」


 アテナはくいくい、と祐巳の服を引っ張り、そっと頭を差し出す。

 その意味をすぐに読み取り、祐巳は微笑んだ。


「アテナも、綺麗になったね」

「//////」


 アテナの髪をなでながら言えば、アテナの頬が赤く染まる。

 それに不満そうにするのは晃とアリシア。

 それでなくともアリシアは、祐巳の両隣を晃とアテナに取られているのだから。


「なんだよ、私は綺麗になってないっていうのか!?」

「う〜ん、晃は、ねぇ?」


 違うかな、なんて呟いた祐巳に、ムカッとした顔になるが。


「晃は、綺麗というよりも、可愛くなった」

「かわっ////!?」


 可愛いといわれるとは思わなかったのだろう、晃は怒りの表情から一気に恥ずかしそうな顔に変わった。


「わ、私のどこかが可愛いんだよ!!」

「そういう、すぐにムキになるところ」


 にっこりと微笑まれ、晃は一気に顔まで真っ赤に。

 今度はそれに不機嫌そうになるのは、アテナとアリシア。


「うふふ。祐巳さん、そろそろ帰りましょうか」

「え?もう?」

「駄目?」


 首を傾げるアリシアに苦笑し、祐巳が口を開こうとしたが、それよりも早くアテナの手が祐巳の口を押さえた。


「?」

「アテナ!」

「あらあら、アテナちゃん?」


 不思議そうにアテナを見る祐巳と、とたんにムッとする晃に笑顔のアリシア。


「まだ、一緒にいたいもの」


 それから、祐巳に抱きつく。

 言動は静かだが、行動は積極的。


「アテナ!!」

「アテナちゃん!」


 さすがにそれには声をあげてしまうアリシアだった。


「ふふ、じゃあ、もう少しみんなと一緒にいようか」

「わっ」

「きゃっ」


 こめられた感情に気付かず、祐巳もアテナを抱きしめる。

 同時に、晃とアリシアにも手を伸ばして同じように抱きしめた。


「ね?」

「・・・・・ええ、そうね」

「・・・・しゃーねぇな」

「・・・・・(こくん)」


 祐巳にそれぞれ頬を染めながら、微笑み返す3人。


 けれど、祐巳の見ていないところで、

 晃は2人を睨み。

 アリシアは笑顔で。

 アテナは無表情に。

 互いに、火花を飛ばしあっていた。














 あとがき。


 一応、これで終了です。

 もしかしたら、第2部として書くかもしれませんが。












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