【歓喜に泣いて】
「起き・・・・ださい!!・・・てく・・・い!!・・・起きてください!!」
意識が一気に覚醒したように、祐巳は目を開けた。
目に入ったのは、桃色。
「あ!」
「起きたの!?」
もう一つ、黒。
ぼやけていた視界が一気に明瞭になり、それが髪の色だと祐巳は気づいた。
癖で、その瞬間警戒してしまう。
「なんで?」
体を起こせば、全身びしょ濡れ。
「うわっ!なんでこんなに濡れてるの!?」
「それは、お姉さんが水に浮いていたからです!」
「身投げ、ってわけでもないみたいだし、どうしたんですか?」
ぽややんとした雰囲気の少女。
そんな少女を押しのけるようにして問いかけてきた、黒い髪の少女。
祐巳はそれに困ったような顔を見せ、首をかしげた。
「よりによって水に浮いてたって・・・。たぶん、足を滑らせちゃっただけだと思うから、心配しないで良いよ」
心配してくれてありがとう、そう言って笑顔を向けると、1人はあからさまに安堵し、もう1人は小さく安堵した。
「あ、私の名前は福沢祐巳。2人は?」
「私は水無灯里です!」
「私は藍華・S・グランチェスタです」
「そうなんだ。って、2人のその制服、ARIAカンパニーと姫屋の・・・?」
「はひっ!まだ半人前ですけど」
てれてれ、と照れる灯里。
純粋な反応を示してくれる灯里は、かつて祐巳がなくした素直さを持っていた。
「・・・・ねえ、2人とも。アリシアと晃は元気?」
「アリシアさんとお知り合いなんですか!?」
「晃さんを呼び捨て!!?」
驚く灯里とは反対に、何故か藍華は顔を青くしてひぃ〜と、怯えている。
藍華の反応に、祐巳は首をかしげた。
「晃、怖いの?」
「私は、まだ会ったことがないので・・・」
「怖いなんてもんじゃありません!あの人は鬼です!!」
断言する藍華に、祐巳は苦笑してしまう。
確かに、晃は目つきも鋭いしよく声を荒げるから、怖い部類に入るかも、と思ったからだ。
「ぷいぃぃぃ〜〜!!」
そのとき、独特の鳴き声をあげながら追突してきた物体、アリア。
アリアは号泣しながら、祐巳の腕の中で制服を強くつかんでいる。
「あ、アリア。ごめんね、心配させたね」
「にゅぅぅ・・・」
優しく抱きしめ、祐巳はふわりと微笑む。
その笑みを見た瞬間、灯里と藍華の胸がどきりと大きく鳴った。
祐巳はアリアをなだめ、その間一言も言葉を発さなかった2人を不思議そうに見た。
「どうかした?」
「ほへっ!?な、なんでもありません!!」
「そう?」
「はい!」
強く頷く灯里と藍華に首を傾げつつ、とりあえず納得した祐巳はそういえば、とアリアを離した。
「ごめんね、アリア。今私濡れてるから、毛並みがびしょびしょになっちゃったね」
「ぷいにゅ!」
「気にしないって、アリア、お風呂とか嫌いじゃなかった?」
「ぷい!」
「まあ、アリアが良いなら良いけど。とりあえず、乾かさないとね」
そんな会話をしている後ろで、聞いていないらしい灯里が藍華に囁いている。
「祐巳さん、天使様みたいだね」
「恥ずかしいセリフ禁止!って言いたいところだけど、それ同感」
「灯里ちゃん?藍華ちゃん?」
「あ、気にしないでください」
慌てて藍華が手を横にふると、そう?と祐巳は立ち上がる。
「にしても、本当にびしょびしょ。どうやって乾かそう」
「でしたら、ARIAカンパニーにいらしてください!ここから近いですし!」
「え?良いの?」
「はひっ!」
「そうしましょう、祐巳さん。それに、そのままだと風邪ひきますよ?」
「ぷいにゅ!」
びしっと敬礼する灯里と心配そうに見つめてくる藍華から感じるのは、アリシアと初めて会ったときに感じた純粋な好意。
祐巳は気づかれないような小さな、けれど深く息を吐き出す。
「・・・・ありがとう、灯里ちゃん、藍華ちゃん。アリアも」
祐巳は、心を開いて、心からの笑顔を2人と1匹に向けた。
やはりそれは、とても綺麗なもの。
2人が、見惚れてしまうくらいに。
その日、アリシアと晃、アテナは朝から胸騒ぎがしていた。
まるで、昔失くしたものが戻ってくるような。
そんな、曖昧な感覚。
昔失くしたもの。
3人はそれぞれなんだろう?と首をかしげる。
けれど、これといって当てはまるものはない。
ただ、唯一あるとすれば、それは、笑顔の綺麗な、2歳くらい年上の人。
急に現れて、かと思えば急に、本当に急にいなくなった人。
3人が、希望を胸に抱いて戻ってみたら、跡形もなく消えてしまっていた人。
探したけれど、見つからなかった人。
それは、夢かと思ったけれど、アリシアが今も大切に持っているその人が使っていたパジャマが、唯一のいたという明確な証拠。
それは、3人の初恋の人。
「・・・・・そんなわけ、ないわよね」
ふっと、アリシアには珍しく、自嘲的な、悲しい笑み。
「・・・・・アホくさ」
苛立ったように、想い人だった人への気持ちを押し込める晃。
「・・・・・ふぅ」
アテナは、憂鬱そうにため息を吐き出す。
それぞれ、場所が違えど、思っている相手は同じ。
そして、感じているものもきっと同じ。
3人は知らない。
その人物が、今まさにARIAカンパニーに向かっていることなど。
「アリシアさーーーん!!」
アリシアはどこか慌てたような灯里の声に立ち上がり、外へと出た。
「どうしたの?灯里ちゃ・・・・」
「アリシアさ・・・ほえーー!!?」
「灯里うるさい!って、アリシアさん!!?」
アリシアの言葉が途中で止まる。
と同時に駆け出した。
その先は、灯里がこいでいた舟(ゴンドラ)にいて、アリアに話しかけている少女。
「え?・・・・・ええ!!?」
その相手である祐巳は、急に抱きついてきた年上の人物に目を見開き、だがそれが誰かを悟るとさらに目を見開いた。
「祐巳さん!祐巳さんよね!」
なかなかどころか、藍華でさえも初めて聞くアリシアの大きな声。
灯里と藍華は呆然とし、祐巳は慌てて頷く。
「う、うん、祐巳だよ!け、けど、なんで大人になってるの!?」
「それはこちらのセリフだわ、祐巳さん。何故、歳をとっていないの?」
そこでようやく、自分が過去にいたのだと気づいた。
だから、アリアに会ってもわからない、と言われたのだ。
アリシアは呆れたようにため息をつく祐巳の頬に手をあて、潤んだ瞳でジッとと祐巳を見つめた。
「本物、なのよね・・・・?」
泣き出しそうな顔。
2人の、祐巳だって見たことのない顔。
祐巳は聖母のような笑みを浮かべ、すでに自分の身長よりも高くなっているアリシアの体を優しく抱きしめた。
「本物だよ。アリシアたちに、舟(ゴンドラ)漕ぎの指導をした、福沢祐巳だよ」
囁き、アリシアのサイドの髪を耳にかけるようにして撫でる。
それに答えるように、震えはじめるアリシアの肩。
祐巳は優しく、なだめるように、ここにいるよ、と囁き続け、髪を撫で続けていた。
「・・・・祐巳さんとアリシアさん、どういう関係なんですか?」
ムッとしたように問いかけてくる藍華。
その隣には、期待の顔をした灯里が。
祐巳はとりあえず服を着替え、かつて使っていたパジャマを着ている。
そんな祐巳の隣を離れようとしないのはアリシア。
「え、えっとぉ・・・・」
「祐巳さんはまだ私や晃ちゃんたちが半人前だった頃、私達の指導をしてくれていた方なの」
「・・・・・・ほえ???」
「・・・・どう見ても、私達と同じとしか、一つ年上くらいにしか見えないんですけど」
混乱する灯里を無視して、藍華が険しい顔で問いかけてきた。
祐巳はそれに頬をかき、目をそらす。
「そ、それは。いろいろと、ねぇ?」
「それじゃわかりません!」
藍華のもっともな意見に、祐巳はテヘッと笑い、唇に指を押し当てた。
「秘密、ってことで」
「そんなので、誤魔化さないでください!」
テーブルをダン、と叩く藍華から目をアリシアへと移し、微笑む。
「アリシアは、気になる?ここにわたしがこうしているだけじゃ、満足できないかな?」
「・・・・うふふ。ずるいわ、祐巳さん。そんな聞き方」
「そうだね。けど、どうかな?」
アリシアは、かつてのように祐巳の手に自らの手を重ね、握りしめた。
「気にならないわ。だって、祐巳さんは祐巳さんだもの。こうして、傍にいてくれるだけで良いの。それ以外は、望んだりしないわ」
「ありがとう、アリシア。・・・藍華ちゃん、灯里ちゃん。それじゃあ、駄目かな?」
「・・・・・アリシアさんがそう言っているのに、私が追求なんてできるはずないじゃないですか」
ムスッとしたように椅子に座りなおす藍華に笑みを向け、それから灯里へ。
灯里は、アリシアとはまた違った、けれどこちらも笑顔にさせてくれるような笑みを浮かべていた。
「気にならないといったら嘘になりますけど、祐巳さんが素敵なことには変わりませんから!」
「・・・・・ありがとう、灯里ちゃん。それと、藍華ちゃんも」
灯里の言葉に驚いた顔をするも、祐巳はすぐに微笑み、あいている方の手で灯里の頭を撫でる。
藍華にも、笑みを向けて。
藍華はそれに恥ずかしそうにフン、とそっぽを向き、灯里は嬉しそうにはにかんで返してくれた。
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