【閉ざした心を】
「「おはよう、晃ちゃん、アテナちゃん」」
「おはようございます!」
「・・・・・(ペコリ)」
元気に挨拶してくれた晃と、頭を下げるアテナ。
「今日はどこで練習しますか?」
「そうだな〜。潮の複雑なところとかにいってみようか」
「はい!」
「ええ」
「・・・・(ガッツポーズ)」
それぞれの反応を返す3人に笑い返して見せ、祐巳たちは3人が潮の複雑だと思う場所へと向かった。
そこは、小さな島があるところ。
その海流は、晃たちいわく上級者向けなのだそうだ。
「晃ちゃん、もう少しオールを持つ手から力を抜かないと。強く持ちすぎだよ」
「んなこと言われても!」
「アテナちゃん、慌ててるうちに流されてるから、気をつけて」
「・・・・っ(こくん)」
「アリシアちゃん、いい感じだけど、もう少し海流をよんでみた方がいいよ」
「ええ、わかったわ」
3人が1人ずつ練習するのにつきあって、祐巳も並列しながら指導してやる。
潮に流される半人前たちとは違って、祐巳は軽くオールを動かすだけ。
鮮やかなオール捌きを盗もうと、休憩中のほか2人は祐巳の動きを熱心に見ている。
こうして、祐巳たちは1週間ほどこうして練習をし続けていた。
きっかり1週間。
祐巳はその夜、眠ることが出来ずにいた。
一生懸命で、意地っぱりで、けどとても優しい晃。
いつもはボーっとしているけれど、謳がうまくて、気配り上手なアテナ。
祐巳はアリシアだけではなくて、この一週間の間に2人にも気を許すようになっていた。
だからこそ、祐巳は思うのだ。
ここにきて、懐かしい平穏を感じることができるようになった。
もとの世界ではそれを失い、心を閉ざしてしまっていた。
けれど、もし心を閉ざさなかったら?と。
そう思ってしまう。
たくさんの、今まで心を閉ざしていたがために見えなかった人たちの優しさ。
向けてくれる笑顔を、祐巳にはどうしても素直に受け入れることが出来なかった。
何を企んでいるのだと、いつも考えながら周りの笑顔を見ていた。
自分の周りにいる他人は全て、能力を目的に近づいてきているのではないかと、そう勘繰っていた。
家族と精霊以外全てを信じずにいた世界。
祐巳は夜中、真新しいパジャマを着て、つないである舟(ゴンドラ)に座りながら、月を見上げていた。
アリシアに握られた手を、起こさないように気をつけながらとき、やってきたのだ。
祐巳は倒れこむように寝転がり、視界いっぱいに広がる月を見つめる。
――― ザパァン
ピチャ、と水が顔にかかり、祐巳は驚くことなくそれを拭うことなく、祐巳は顔をそちらに向けた。
そこには舟(ゴンドラ)のふちに両手を重ねて置き、そこに顎を乗せながら嬉しそうに祐巳を見ている女性の顔が。
「セイレーン、初めまして」
『ええ、初めて会うわね主様。異国の地へようこそ』
投げキスを祐巳に送るセイレーンに、祐巳はクスッと笑う。
「ありがとう、セイレーン」
『う〜ん、やっぱり、私の魅力は主様には効かないのね』
「それはね」
苦笑する祐巳に手を伸ばし、ぬれた頬を拭う。
たいして効果はなかったが。
「・・・・ねえ、セイレーン。あなたは人間が好き?」
『ええ、好きだわ。手の平で踊ってくれるし、何より自然を大切にしてくれるもの』
にっこりと笑うセイレーンから目を離し、祐巳はもう一度月を見つめた。
「そうだね。ここの人たちは、良い人がいっぱいいる」
『うんうん。主様も、ここにきたんだからあまり深く考えちゃ駄目よ?』
「・・・・・・・・・」
『あなたの心が、精霊たちにはわかるのよ。忘れた?』
「そうだったね」
苦笑をこぼし、祐巳は両腕を上にあげて伸びをする。
セイレーンはその腕をつかみ、上半身を舟(ゴンドラ)に乗せた。
そのまま、祐巳の顔に自らの顔を近づけていく。
祐巳もそれを受け入れる。
水面から出た下半身は、魚のうろこを持っていた。
「ふ・・・」
『自分の心に素直になったら良いわ。確かに、今までいたところにいた醜い人間たちは殺したいほどに憎らしいけど、ここには主様を狙うやつなんていない』
頬を撫で、セイレーンは謳うように言う。
祐巳はそんなセイレーンを見つめた。
『それに、主様は気づいているもの。ここでは心を閉ざさなくていいことに。まあ、嫉妬しないでもないけど、私たちは主様に本当の笑顔を浮かべてほしいのよ』
「ありがとう。・・・うん、そうだね。今は思うの。心を閉じずにいたら、由乃さんたちとちゃんとした友達になれたかもしれない、って」
『まあ、周りにあんな奴らがいたら無理でしょうけど。だから、ケット・シーはここに主様を連れてきたんだし』
微笑むセイレーンに、祐巳も笑い返す。
それを見て、セイレーンは笑みを深めて返した。
「そっか・・・・。うん、そうだね」
祐巳は体を起こし、アリシアが寝ているであろう2階を見て、笑みを浮かべた。
そのとき、セイレーンが水の中に戻り、室内から祐巳を呼ぶ声が聞こえてきた。
祐巳はいなくなってしまった隣を見て、苦笑する。
「別に帰らなくても、私以外には見えないのに」
「祐巳さーーん!」
「こっちだよ!」
出てきたアリシアに手を振り、声をかける。
駆け寄ってきたアリシアに、祐巳も舟(ゴンドラ)から降りて近づいていった。
「ごめんね、探させちゃったかな?」
「いいえ。けど、ビックリしたわ」
頬に手をあてて、うふふと笑うアリシアはある程度探した後なのか、眠そうではない。
「さ、寝ようか」
そう言って祐巳がアリシアの手をとると、アリシアは目を見開いた。
祐巳が今まで、自分から手を握ってきたことなどないから。
だが、すぐに嬉しそうに笑う。
「ええ、明日も早いもの」
その夜、祐巳は本当に久しぶりにぐっすり眠ることが出来た。
祐巳は夢の中で、由乃や志摩子、祥子たち山百合会のみんなの夢を見た。
もう会うことのない、今ならば本心で笑えるかもしれない人たちの夢。
それは、祐巳が初めて見る、他人の夢だった。
「とうちゃーーく」
祐巳につれてこられた島。
「・・・・なんですか?ここ」
「・・・・・・(きょろきょろ)」
「あらあら」
「素敵島」
晃に白けた目で見られ、祐巳はあははと頬をかきながら逃げるように舟(ゴンドラ)から岸に飛び下りた。
舟(ゴンドラ)を近くの木につないで、アリシアたちに手を差し出して同じように降ろしてやる。
「それで、なんの練習なんですか?」
「うん?のんびりする練習」
「はぁ?」
「簡単に言うと、ここ一ヶ月ずっと練習ばっかりだから、今日はのんびりしようってこと」
「うふふ、楽しみだわ」
「・・・・・・(そわそわ)」
「それじゃあ、しゅぱーーつ!」
祐巳が手を上げると、アリシアとアテナ、何気に晃も手を上げていた。
3人は岩場を祐巳に手伝ってもらいながらのぼり、森の中を歩いていく。
「祐巳さんって、最近着たばっかりなのに、よくこんなところ知ってますね」
「教えてもらったんだ。最終目的地は晃ちゃんにも笑顔になってもらえるようなのがあるみたいだから、待っててね」
「じゃあ、楽しみにしてます」
社交辞令のように言ってくる晃にクスッと笑いながら、祐巳は一歩先に出て、3人を振り返った。
「さ、着いたよ」
もう?と顔を見合わせる3人に、にっこりと笑う。
とりあえず3人とも祐巳の所まで駆け寄った。
開けた場所には、寂れた建物が。
「ここは・・・?」
「火星(アクア)の入植初期に使われてた軽便鉄道の駅なんだって。けど、50年以上前に廃線になって今はもう人は来ないらしいんだけどね」
アテナに答えながら、祐巳はその建物を見渡している3人を見た。
「昔の開拓団の人たちはこの鉄道を使って、街造りに必要な材木や岩石を運んでいたみただよ」
「そうだったんだ」
「昔から火星(アクア)に住んでたけど、知らなかったでしょ」
にっと晃たちに意地悪な笑みを向けると、晃はむぅっと口を尖らせ、アリシアは笑顔で頷き、アテナは無言で頷いた。
「まさか、ここが目的地だなんて言いませんよね?」
「あはは、言わないよ。ここはね、出発地点なの」
「「「出発地点?」」」
続く道は、かつて使われていた線路。
「さあ、のんびりまったりの小さな旅、出発進行!」
ぐっと腕をあげる晃たちに満面の笑みを浮かべ、祐巳たちは線路の上を歩き出した。
「ねえ、アテナちゃん」
「はい」
「なにか、謳うたってよ。私、アテナちゃんの謳好きなんだ」
アテナはその言葉にかすかに頬を染め、はにかみ笑いを浮かべて頷いた。
祐巳たちしかいないその場所で、アテナの声が澄み渡る。
先へ続く線路、周りを彩る木々や花々を気持ちよさそうに見ながら、うっとりと耳を傾ける。
飛ぶ鳥、撫でるような風。
さわさわとゆれる可愛い花たち。
自然と、晃たちも気持ちよさそうに笑顔を浮かべていた。
そこで出会う、別れ道。
それに迷うことなく、左の線路を進んでいく祐巳を3人は追いかける。
「お?」
「祐巳さん、あれは桜よね?」
「そうだよ。近づいてみよう!」
小さく見えるピンク色の木を見て、祐巳たちは駆け出した。
だんだん近づいていくと鮮やかなピンクが。
そこにあったのは、数えることさえも難しそうな、満開の桜。
「すげぇ・・・・」
花びらがゆっくりと舞い落ちる景色。
そこだけ、景色が違かった。
見とれている3人に笑みを深め、祐巳は右手をしなやかな動きでふわっと円形に回した。
途端、さぁぁぁっと風が吹いた。
「うわっ・・・」
「素敵だわ・・・・」
「・・・・・・」
ピンク色の花びらが、意思を持っているように動き回る。
祐巳たちの視界を埋め尽くす、桜色。
それはこの世の風景とは思えないような、幻想的な光景。
全員がそれを、言葉なく見つめていた。
祐巳たちは頭をお互いの頭をくっつけながら、円形になりながらねっころがっていた。
花びらの絨毯の上、全員が気持ちよさそうに眠っている。
あたりはすでに、茜色。
ゆっくりとした時間の中、祐巳がふっと目を開けた。
起こさないように静かに上半身を起こし、熟睡しているらしい3人を見渡し、ふわっと微笑んだ。
祐巳がかつていた世界では、こんな風に外で寝ていたら、確実に一族の誰かに拉致されていた。
それが、ここにきて、当然と言えば当然なのだが、まったく違う。
以前も感じていたが、それが違和感。
「ふふ、みんなのおかげかな」
右隣で眠っているアテナの髪をなでる。
くすぐったそうに身をよじるも、すぐに穏やかな寝息に戻った。
祐巳はくすりと笑い、空を見上げた。
「・・・・今なら、あなたを好きになることができるかもしれません、お姉さま」
金持ちの家。
それゆえに、一番嫌っていた人物。
お金で解決しようとする、一族とかぶるから。
それは、小笠原祥子。
だが、今は、好きになれるかもしれない。
わかるから。
祥子が、自分を見ようとしてくれていたのだと。
今ならわかる。
祥子が、自分の持つ能力など知らなかったと。
全てに疑っていた過去の自分。
全てが嫌いだった過去の自分。
「セイレーン、シー、ありがとう・・・」
『気にしないで良いってば』
『ご自愛くだされば、私は別に良いのです』
改めて2人に感謝をのべて、返ってきた言葉に祐巳は満面の笑みを浮かべた。
「・・・・・あ?」
晃が目を覚ますと、自分の部屋のベッドで眠っていることに気づいた。
髪をぐしゃぐしゃとかきながら、あたりを見渡した。
「晃、目が冷めた?」
「あ、先輩。私、どうやって帰ってきたんですか?」
「ああ、ポニーテールの子が寝てる晃を連れてきたんだって」
「え?どうやってですか?」
きょとん、と首をかしげる晃に、先輩の女性はにやりと笑う。
「凄かったよ〜。なんたって、晃よりも1,2歳くらい年上なだけなのに、晃のことお姫様抱っこで連れてきたんだよ?」
「お姫様抱っこ!?」
「そうそう。あのときばかりは、晃が女の子に見えたよ!」
「女の子です!!」
反論するが、その顔は赤くなっていて、恥ずかしいのだということがわかる。
その同時刻、同じように同室の先輩からそのことを教えてもらい、頬を赤く染めるアテナがいた。
「・・・あら?」
「起きた?アリシア」
「祐巳さん、ここはARIAカンパニーよね?」
「そうだよ。晃ちゃんたちも、それぞれ会社に寝かせたから心配しないでね」
「・・・うふふ、ありがとう、祐巳さん。けど、大変だったでしょう?」
「ううん。3人とも軽かったし。さ、アリアが待ってるから、下におりよう。今日はポトフを作ったんだ」
「あらあら、アリア社長、今頃泣いているかもしれないわ」
ベッドから出て、アリシアは祐巳と一緒に下に行き、おなかをグーグー鳴らせているアリアに謝り、夕食を楽しく食べたのだった。
ブラウザバックでお戻りください。
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