【いてくれて】
「ねえ、アリシアちゃん」
「はい」
「私たち、友達だよね?」
アリシアは戸惑いながら、それに頷いた。
もちろん、こぐ手は止めずに。
「なら、敬語はやめない?」
「え?」
「だって、友達って敬語で話さないよ」
「良いんですか?」
アリシアの問いかけに返って来たのは、満面の笑み。
アリシアはそれに笑みを返した。
「ええ、わかったわ。・・・・うふふ」
「どうかした?」
「なんでもないの。ただ、素敵だな、って」
「うん、そうだね。素敵だよね」
祐巳はそう言って街並みを見渡しているが、アリシアの言った意味はそうではない。
アリシアが言った素敵の対象は、目の前にいる祐巳である。
しばらく雑談などをしながら舟(ゴンドラ)を進めていると、時計台の前を通りかかる。
そこで、アリシアは先ほどまで自分がどこに向かっていたのかを思い出し、口に手をあてた。
「あらあら」
「?」
祐巳がアリシアを見ると、申し訳なさそうに両手を重ねた。
「ごめんなさい、祐巳さん。私、舟(ゴンドラ)をこぐ練習している友達と待ち合わせをしていたの」
「へ?何時から?」
「10時からよ」
「・・・・もう1時だよ!?」
祐巳も時計台を見て、声を上げてしまう。
アリシアはそれに、小さく舌を出す。
「え!?それだけで済むの!?まずくない!?」
「ええ、晃ちゃん怒ってるわ、きっと」
「のんびり!?」
謝る姿もゆったり。
そんなアリシアに、祐巳は慌てて水に手をつけた。
「アリシアちゃん、その晃ちゃんとアテナちゃんてどんな子!?」
「?髪が肩にかからないくらいで、黒髪。それで、少し目つきが鋭い子と肩にかかるかかからないかくらいの髪をしたのんびり屋さんかしら?」
「・・・・・・・見つけた」
祐巳は小さく呟くと、立ち上がる。
「祐巳さん?」
「あんまりのんびりできないから、私と交代ね」
「けど、祐巳さん着たばかりでしょう?」
「良いから良いから。素敵な時間をくれたアリシアちゃんに、少しだけ恩返し」
アリシアと場所を交代し、祐巳はウィンクをすると、アリシアの使っていたオールを一回転させた。
「つかまっててね」
そういうと同時に、舟(ゴンドラ)がすごいスピードで進み始めた。
その速さに、アリシアが建物のことを言おうとしたとき、
「・・・・・・何故・・・・・?」
水面が、あまり波立っていないことに気づいた。
目を見開くアリシアに気づいているのかいないのか、祐巳は軽く建物にオールをあて、軌道変更。
その姿は、水先案内人(ウンディーネ)を見慣れているアリシアでさえ、惚れ惚れするようなオール捌き。
「凄い・・・凄いわ、祐巳さん・・・」
前を向き感嘆していると、アリシアにとって見慣れた場所が。
そこには、苛々&ボーっとしていただろうに、今はただただ驚いた顔をしたアリシアの練習友達が見えた。
舟(ゴンドラ)は次第にゆっくりになり、黒髪のつり目少女と肩にかかるくらいの髪をした少女の待つ場所に着くと完全に舟(ゴンドラ)は停止した。
「なっ・・・なっ・・・!」
「・・・・・・・・」
「晃ちゃん、アテナちゃん、遅くなってごめんなさい」
驚いて言葉にならないらしい少女2人に、アリシアはふんわりと謝る。
祐巳は息一つ乱しておらず、アリシアののんびりな言葉に苦笑していた。
「祐巳さん、あれどうやったんですか?」
自己紹介をした後に、晃から来た質問。
祐巳はそれに首を傾げて見せる。
「なにが?」
「だから、波立てないようにあんなに速くこいでたじゃないですか!」
「あ〜、あれか」
祐巳は苦笑を浮かべて見せ、まだ持っているオールをくるんとまわした。
さりげなく、その動作が気に入っていたりする祐巳。
「秘密」
むぅっと不満そうな顔を隠しもせず、晃は祐巳を睨むように見てくる。
祐巳はそんな晃の頭を撫でてあげる。
もちろん、アリシアに対するように気を許しているわけではない。
晃とアテナには申し訳ないが、アリシアの友人だからと簡単に気を許せるほど、祐巳の心は柔らかくない。
「・・・・・教えてほしいです」
困ったような顔のアリシア、不満そうだが頬を染めた晃。
そんな2人を気にした様子もなく、アテナが手を上げた。
「そうだ!良いこと言うな、アテナ!私も、その案に賛成!」
「うふふ、私も良いかしら?」
続けて手を上げる晃とアリシアに、祐巳はしょうがないな、と苦笑を浮かべて見せる。
「じゃあ、簡単なことだけしか教えられないけど、教えてあげる」
祐巳がそういうと、晃はガッツポーズをとり、アリシアの笑みが深くなり、アテナの周りが華やかになった。
その後、まだまだ幼い技術の彼女たちを祐巳なりに指導し、もう夕方。
「私、そろそろ帰るな。また明日教えてくださいね!」
「・・・・・・(ペコリ)」
疲れただろうに、嬉しそうな晃と、無言で頭を下げるアテナ。
残ったのは、アリシアと祐巳。
「それじゃあ、アリシアちゃん。明日ね」
「待って、祐巳さん」
踵を返そうとしたが、袖をつかまれ祐巳は不思議そうにアリシアを見た。
アリシアは苦笑を浮かべている。
「祐巳さん、どこに帰るつもり?まだ、家も見つかっていないでしょう?」
「あ・・・・」
「だから、家が見つかるまで、ARIAカンパニーに泊まるといいわ」
「え?」
祐巳が驚いてアリシアを見つめれば、アリシアはふわりと笑う。
「私も今、会社に住まわせてもらっているの」
「けど、私は野宿でも・・・」
「あらあら、それは駄目よ。それに、私もっと祐巳さんと一緒にいたいの。駄目?」
「・・・良いよ」
この世界で初めて会った、そして唯一心を許している者にそう問われ、祐巳は苦笑してしまう。
「本当?」
「うん。いいよ。というか、ありがとう」
「うふふ。帰りましょう、祐巳さん」
「そうだね」
アリシアに手を引かれて舟(ゴンドラ)に乗り込む祐巳。
祐巳に教えてもらった技術を駆使して舟(ゴンドラ)をこぐアリシアに、祐巳は笑みを浮かべながら自分よりも少し小さなその背中を見つめる。
「ありがとう・・・・」
「なにか言った?祐巳さん」
「ううん、何も」
「そう?」
笑みを浮かべたまま前を向いたアリシアに、祐巳は軽く目を閉じた。
「(シー、ありがとう)」
『あなたの笑顔のためでしたら』
帰ってきたシーの言葉。
祐巳は目を開けると、すぅっと息を吸い込んだ。
知らない世界。
それでも、周りには醜い人間たちもいない世界。
それだけで、祐巳はずいぶんと気が楽になっていることに気づいた。
だから、今祐巳に不安はない。
あるのは、安堵と、今まで常に感じていた不快感と恐怖感がないことに対しての違和感。
「あそこが、ARIAカンパニーよ」
見えてきたのは、ほのぼのとした建物。
「・・・・素敵な建物だね」
「うふふ。でしょう?」
自然と口をついて出た言葉。
それは、アリシアと一緒にいるためか。
それとも、この穏やかな世界がそうさせるのか。
「さ、あがって」
アリシアが、舟(ゴンドラ)を足で押さえながら差し出してきた手に自らの手をかさね、祐巳は足をつけた。
「ぷいにゅ〜〜!」
そのとき、駆け寄ってきたのはアリア。
アリアはいまだ祐巳と手をつないだ状態だったアリシアに抱きつく。
それを、アリシアは微笑みながら抱きとめる。
「アリア?」
「ぷい?」
「誰って・・・私のこと、忘れちゃったの?」
眉を寄せる祐巳と首をかしげるアリアを交互に見て、アリシアは疑問符を浮かべる。
「アリア社長、祐巳さんとお知り合い?」
「ぷいぷい」
「・・・・・・まあ、良いや。これからよろしくね、アリア」
祐巳が本当にアリアが自分を知らないことを疑問に思うも、わからないならいいと諦め、手を差し出した。
アリアはそれに体を揺らしながらその手に、肉球を押し付けた。
「ぷい♪」
「祐巳さんはしばらくここに住むことになったんですけど、いいですか?アリア社長」
「ぷい!」
もちろん、といったように頷いてくれるアリアを降ろし、アリシアは祐巳に笑顔を向ける。
「アリア社長からも許可をもらったし、よろしくね、祐巳さん」
「うん、よろしく、アリシアちゃん」
アリアと同じように握手をして、2人は微笑みあった。
アリシアが作った夕食を食べ、お風呂にも入った祐巳たち。
後は寝るだけ。
「同じベッドで寝るの?」
「ええ。これしかないのよ」
「・・・・うん、アリシアちゃんなら平気だと思うし、良いよね、それで」
「?」
「気にしないで。電気消しても平気?」
「ええ。それに、窓から月の光が入ってくるから、十分明るいの」
それを聞き祐巳が電気を切ると、確かに月の光りで相手の顔がわかる。
「これなら、確かに明るいね」
「うふふ、でしょう?」
アリシアは微笑みながらベッドの中へと入っていく。
それから、隣をぽんぽんと叩いた。
祐巳も笑顔を返し、一本に結っていた髪をといた。
さら、と背中に舞い落ちる祐巳の髪。
その姿がなんだか綺麗で、アリシアは鼓動を早めさせてしまう。
「失礼するね」
どぎまぎするアリシアになど気づくことなく、祐巳はアリシアの隣に滑り込んだ。
「おやすみ、アリシアちゃん」
「お、おやすみなさい、祐巳さん」
挨拶を交わし、祐巳は目を閉じる。
もちろん、そう簡単に眠れるわけもない。
祐巳が目を閉じたままでいると、しばらくして祐巳の手に何かが触れた。
驚いて顔を向けると、あ、といった顔で祐巳を横目に見るアリシアが。
月に照らされ、アリシアの頬が赤くなっていくのがわかる。
「あ、あの・・・・っ」
どこか慌てたように祐巳から手を離そうとするアリシアの手を、祐巳は引き寄せて握りしめた。
「あ・・・」
「寂しかった?」
「・・・ええ。アリア社長もいたけれど、社員は私だけでしょう?昼は晃ちゃんたちがいてくれるけど、夜はやっぱり寂しくなってしまうの」
「晃ちゃんたちが?」
「うふふ。晃ちゃんはね、1人の私を心配して、いつも何かと理由をつけては会いにきてくれるのよ」
「そうなんだ。良い子だね」
気の強そうな印象の晃の優しさに、祐巳は感心した。
「アテナちゃんものんびり屋さんだけど、とても良い子なの」
「良い子達なんだね」
「ええ。けど、夜はやはり寂しいわ。だから、祐巳さんがいてくれてとても嬉しいの」
握られる手に、力がこもる。
「祐巳さんが・・・・いてくれて、良かった・・・・」
だが、眠気が襲ってきたのか、アリシアはそれだけを言うと目を閉じ、寝息をたてはじめた。
祐巳はそんなアリシアに笑みを浮かべ、自分からもつないでいる手に力をこめた。
自分が、必要とされる感覚。
能力ではなくて、祐巳そのものを必要としてくれる。
いてくれて良かった。
なんと嬉しい言葉か。
祐巳は穏やかな気持ちで、初めてといえるであろう、他人の隣で眠ることが出来た。
まだまだ、アリシアにも完全に心を許しているわけではないけれど、それでも祐巳が心を閉ざしてからは初めてのことだ。
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