【怒れる獅子】
「お邪魔するわね」
ノックをして、ミサトは病室へと入る。
今はもう、レイが上半身を起こしていても何も言わない。
もっとも、トイレ等以外でベッドからおりることは禁止にしているが。
「ミサトさん・・・」
レイはミサトに名前で呼ぶようにお願いされてから、名前で呼ぶようになり。
どこか嬉しそうにミサトが近づいてくるのを見ている。
そんなレイに、ミサトは手に持っている物を掲げて見せた。
「さて、これはなんでしょう?」
「・・・お菓子」
無表情ながらに、レイの目が輝いたようにみえる。
というのも、ミサトは何度か手作りの洋菓子を持ってきており。
レイはどうやらそういったものを今まで食べたことがないらしく、あまり表情は変わらなかったが気に入った様子。
「そうよ♪今お皿にもるわね」
微笑みながら、ミサトはお皿に形が崩れないようにしてのせた。
テーブルを用意し、それをジッと見つめているレイの前に差し出す。
何かこだわりがあるのか、紅茶と共に。
「はい、どうぞ」
フォークを渡し。
レイはさっそくフォークをいれ、一口。
「・・・美味しい」
「それは良かったわ♪」
そのあとは無心で食べ続けるレイ。
ミサトはベッド横の椅子に座りながら、その姿を微笑んで見つめていた。
少し大きめの洋菓子をあっという間に食べきったレイは、どこか満足気に紅茶のカップを飲んでいる。
「次はどんなのが良い?」
「・・・ミサトさんが作るものはなんでも美味しい・・・」
「嬉しいこといってくれるわね」
柔らかく微笑み、ミサトはレイの髪を梳く。
レイはやはり気持ち良さそうに目を細めて。
その時、ミサトは見知った気配が近づいてくるのを感じてドアへと。
ミサトの手が離れたのを感じて、レイが不思議そうに彼女へと目を向ける。
同時に、空気の抜けるような音と共に、ゲンドウが入ってきた。
「・・・ここで何をしている、葛城一尉」
「レイのお見舞いですが、何か」
立ち上がったミサトの声は、レイの前ではしたことのない硬いもの。
レイがそれに戸惑ったような目を向けるが、ゲンドウとミサトは視線を合わせたまま。
「・・・出て行け」
「何故そのようなことを言われるのかがわかりませんが」
「私が出て行けといったら出て行け」
「いくら碇司令の言葉であっても、理由もわからないのに受け入れることはできません」
「っ私が出て行けと言っているんだ!!」
なんと傲慢な理屈だろう。
自分が言うのだから絶対、などと。
彼は、自分が神だとでも思っているのだろうか。
ミサトはそれに、わかりやすく不快そうな表情をして見せた。
「理由をお教えください」
「っ!」
放たれる威圧。
ミサトの背中で、レイが身体をすくませたのがわかった。
ミサトは途端、ゲンドウのことなど目にはいっていないかのようにレイに向き直り、その華奢な身体を抱きしめる。
「驚いたのね、レイ。けど大丈夫よ。何も心配することなんてないわ」
まるで母親のような優しさで、レイの髪を撫でるミサト。
それによってだろう、強張っていたその身体から力がぬけていく。
無意識にミサトにすりよるレイに、ミサトは笑みを深め。
だが、ゲンドウがそれをただ見ているはずもない。
「葛城一尉、君には失望した!よって降格とする!」
バッと勢いよく、レイがミサトを見上げ。
けれど、ミサトはその揺れる瞳に微笑み返すだけ。
「私情で降格ですか。かまいませんが」
ゲンドウを無機質な眼で見、それに思わず一歩後退してしまうゲンドウ。
そんなゲンドウを気にもしていない様子で、再び柔らかな目をレイへと向ける。
「それじゃあね、レイ。またくるわ」
「・・・はい・・・」
いまだ揺れるその瞳。
ミサトは微笑みながら、そっとレイの額にキスを。
「っ葛城二尉、早く出て行け!!!」
それを見て、さらに声を荒げるゲンドウ。
ミサトはそれが聞こえないかのようにレイに向かって深めた笑みを向けると、病室を出て行った。
残ったのは、額に青筋を浮かせたゲンドウと、ミサトの出て行ったドアを見つめるレイ。
が、ゲンドウが突如としてそのレイをベッドに押し倒し、服を破き、腕を押さえつけてきた。
「っいや!止めてください!」
「ユイ!お前は私のものだ!ユイ!!お前は誰にも渡さん!!」
「っ!?」
レイは身体を固まらせ、目を見開いた。
「私以外に笑顔を向けるのなど許さん!お前は私だけを見ていれば良いんだ!!」
この時、レイは気づいた。
ゲンドウには温かみを感じず、ミサトには温かさを感じた理由が。
「っ離して!」
「ユイ!ユイ!!」
暴れようとするが、体格がかなり違うレイとゲンドウでは意味がなく。
レイは、意味の分からない絶望に支配された。
それは、ゲンドウが自分ではなく自分を通して誰かを見ていたという事実。
もう一つは、そんな相手が、意味がわからないが、自分を傷つけようとし、さらにそれに抵抗できない事実に。
絶望の中、レイが無意識に口にした名前。
「っミサトさん・・・!」
助けて、と。
そしてそれに、しっかりと答えは返ってきた。
「何をなさっているのですが、碇司令」
瞬間、ゲンドウは首筋に刃物を突きつけられたかのような殺気を浴びて。
小心者で臆病なゲンドウは、当然身体を恐怖で固まらせた。
その隙に、レイはゲンドウの腕を振り払い、ドアへとかけていく。
「ミサトさん!」
「レイ、怖かったわね。遅れてごめんなさい」
ミサトはレイの破かれた病院服の上に、自らの着ていた上着を着させ。
そんなレイを、一緒に来たらしいマヤに預けると一歩前へ。
「それで、碇司令。まだ14歳であるレイに、何をしていたんですか」
ゲンドウがゆっくりと顔を上げれば、そこには当然ミサトとマヤ。
それだけではなく、病院の職員達もドアからゲンドウを、まるで汚物でも見るような目で見ている。
特にそれが色濃いのは、潔癖症であるマヤだ。
それらを見ながら、ゲンドウはやはりゆっくりとベッドに腰を落とし。
「・・・レイの怪我の具合を調べていた」
「といいますと、碇司令は医者の診察が信用できないと、そうおっしゃるわけですね?」
「・・・・・・・・」
お得意の沈黙。
「それに、碇司令は医者でもないにもかかわらず、レイの上に覆いかぶさってその上服を破いてまで診察をしようとしたわけですか」
「そうだ・・・」
混乱しているのか、肯定。
途端、ゲンドウのみに叩きつけられる殺気。
それはまるで、風さえ感じるほどの。
「いい加減にしなさい!!!」
「っ!!!??」
ゲンドウは怯えてベッドから落ち、しりもちをつくとそのまま逃げるように後退。
だが、ミサトはそれさえも許さない、とでもいうようにゲンドウへとその分近づいた。
「まだ子供であるレイを守るのが私たち大人の責務でしょう!!にもかかわらず、もう50を迎える男が何をやっているの!!!」
マヤはゲンドウの情けなさに驚くと同時に、ミサトにも驚いていた。
いつも大人の落ち着きを見せるミサトが、声を荒げている。
それも、相手は情けなくとも、一応自分達のトップなのだ。
マヤはもともと、優しくて綺麗で落ち着いていて有能なミサトをリツコと同じように尊敬している。
そして、今の彼女を見て失望するなんてことは当然なく、反対にレイのためにここまで怒れるミサトに対して今までとは違う感情を抱いた。
「自分がどれほど愚かな行為をしたか自覚しなさい!!!!」
「ヒッ!」
視線が、
殺気が。
今にも殺さんとゲンドウに向けられ、思わずでた風貌に似合わない悲鳴。
「っちょっと!ミサトあなた何をしているの!!」
そこに現れたリツコ。
誰かが連絡をしたのだろう。
その声に反応するように消えた殺気。
それでも視線はいまだ変わらず、ゲンドウは壁に背中を預けて震えている。
心なしか、股間部分が湿っているようにも見えるが。
「次、このような行いをしたときは、いくら司令といえど容赦はしません」
最後に叩きつけられた殺気。
ゲンドウはそれに白目を向き、床が濡れていく。
「なっ!?」
リツコは病室を覗き込み、あまりなゲンドウに絶句。
ミサトのほうは興味などもはやない、といわんばかりにレイの肩に手をおきながら歩き出していた。
「ミサト!一体どういうことなの!」
「センパイ、葛城さんが悪いわけじゃありません!碇司令が嫌がるレイちゃんを襲っていたんです!」
ミサトに詰め寄ろうとするリツコを制するマヤ。
大きな声で言われたその内容に、事情を知らないネルフ職員や病院の職員達は目を見開いた。
そのまま気絶しているゲンドウへと視線を向ける。
それはリツコも然り。
「レイ、もう骨折もほぼ治っているわ。これから私の家に行きましょう」
「はい・・・っ」
一方、ミサトは優しくレイに声をかけ、返ってきたその震えた声に悲しげな表情を浮かべ、労わるようにレイを抱きしめる。
「ごめんなさい、私が碇司令を挑発してしまったからだわ・・・」
レイはそれに首を横に振り、否定。
けれど、ミサトはそれをさらに否定した。
「私のせいよ。あの男の行動が気に入らなかったのを許せなくて、隠せなかった私のせい・・・」
そう言い。
それでも、と続ける。
「あなたが無事で、良かった・・・!」
心のそこから安堵したようなその呟き。
それは周りにいた者たちにも聞こえ、当然レイにも聞こえていた。
「うぅっ・・・!」
レイはようやく安堵したように、小さな嗚咽をもらし。
リツコはそんなレイに驚愕。
マヤや他の者たちは感動したように涙を流していた。
このことは瞬く間に広がり、ゲンドウの評価はコウゾウがフォローする暇もなく地に落ち。
どころか、マイナス値にまでなった。
反対にミサトの評価は、もともと高かったのもあるがさらに高くなったのだった。
その裏では、マヤがその時の映像をコピーして流していたとかいないとか。
ブラウザバックでお戻りください。
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